EP 9
逃亡不能の逆探知ログと、天界監査部の重役室突入
どれほど巧妙に責任を現場へ押し付け、どれほどダミー会社や迂回ルートを噛ませて不正を隠蔽しようと、現場のプロが保全した「動かぬタイムスタンプ付きのログ」の前には、どんな言い訳も通用しない。
前世の総合商社時代、粉飾決算と横領を繰り返していたエリート役員が、総務と情報システム部が徹夜で復元したメール履歴を突きつけられ、応接室で失禁しながら崩れ落ちたあの光景と、何一つ変わりはしなかった。
午前九時整。
天界の最上層に位置する、白を基調としたミニマリズム溢れるオフィス。
GOD大宇宙管理局・第3種惑星創造神格公務員、炎上神ワイズのプライベート執務室には、普段のスタイリッシュな静けさなど微塵も残されていなかった。
ガタガタガタッ! バァァァァァンッ!!
「な……何なんだこれはぁぁぁッ!? なぜだ! なぜ僕の設計した完全無欠のマッチポンプ・アルゴリズムが、こんな底辺の限界集落ひとつで瓦解するんだぁぁぁッッ!!」
ワイズはトレードマークだったブルーライトカット眼鏡を斜めに歪ませ、仕立ての良すぎるシルク混紡スーツの胸元をかきむしりながら発狂していた。
デスクの上に置かれた愛用のマイタンブラーは床に叩き落とされ、冷め切った『ソイカプチーノ(無糖・常温)』が、純白の毛足の長い絨毯へと無残に広がっている。
膝の上で狂ったようにキーボードを連打していた天界最新鋭の神格ノートPC『エンジェル・ブック・プロ』の画面には、血のように真っ赤なエラーアラートが怒涛の勢いで押し寄せていた。
『警告:裏配信枠【極限炎上・救世主誕生プロジェクト】の同接がゼロを記録』
『警告:全宇宙スポンサー全四十二社より、詐欺的演出および規約違反による損害賠償請求書(総額・金貨三億枚)を受理』
『警告:大宇宙管理局・中央理事会より、被疑者ワイズのアカウント決済枠および因果介入権限の全面凍結を執行』
「クソッ……! 契約勇者ゼロスの無能め! 厚底ブーツを脱ぎ捨てて土下座した上に、土方作業の契約書にサインするなど……! あの作業着の1馬力管理人は一体何者なんだ!? なぜ僕の流し込んだ数万枚の金貨が、たかが人魚の掃除機ひとつに根こそぎ吸い尽くされるんだよぉぉぉッ!!」
ワイズは血走った目でトラックパッドを擦り、緊急脱出用プロトコルを起動しようとした。
証拠ログの全消去と、ダミーサーバーの爆破。
下界の炭素生命体ごと因果の彼方へ吹き飛ばし、自分だけは「偶発的な通信障害の被害者」として逃げ切る――いつもの汚い隠蔽工作だ。
だが、その指先が決定キーへ振り下ろされる直前――
ピピッ! フォォォォォン……ッッッ!!
エンジェル・ブック・プロのスピーカーから、甲高く澄み渡る金属音が響いた。
パチパチパチ……と、何者かが極めてリズミカルに算盤を弾く音。
『……おいおい、どこの若造が往生際の悪い逃亡劇を企んどるんや? 画面消したら借金がチャラになるとでも思とるんか、エリートの神様よぉ』
「な……っ!? だ、誰だ! 僕のプライベート回線に勝手に割り込んでくる奴は!」
画面の中央に、強制的にウィンドウが割り込んできた。
映し出されたのは、キセルをくゆらせながら純金の金算盤を弾く、ポポロ村の三毛猫耳CFOニャングルだった。
その隣には、モノクルを光らせて表計算魔導ボードを冷徹にスクロールするルナミス帝国のオルウェル内務官。
さらには、眼鏡をくいっと押し上げて腕組みをするインテリ奇樹ネギオと、タローマンのツナギを着て腕まくりをした元・氷魔将軍スアイの姿まで並んでいた。
『へい毎度! ゴルド商会ポポロ村支店長兼CFOのニャングルやで。……ワイズはん、アンタが地上へ放った三十二基の使い魔ドローン(中継カメラ)の暗号化パケットな、うちの村の魔導防空サーバーを経由した瞬間に、全件パケットキャプチャで丸裸にさせてもろたわ』
『帝国内務省通信保安局のオルウェルです。……貴殿が神界から違法に接続していた因果律クラッキングのIPアドレス、ならびに帝都の闇商人へ流していた工作資金の裏帳簿、すべて帝国法および宇宙協定に基づき、完全にログ保全を完了いたしました。言い逃れは一切不可能です』
「ば、バカな……!? 僕の神格暗号化プロトコルを、地上の小役人と猫耳商人が逆探知できるはずが――」
『フッ……減価償却と情報セキュリティのイロハも知らん単細胞め』
ネギオが冷笑を浮かべ、手にした聖葱剣『ネギカリバー』の切先で画面を指差した。
『貴様が村の境界線に潜ませていた演出部隊の助手どもな。カメラのバッテリー充電用マナを村の共用外灯から無断盗電していたおかげで、村のスマートグリッド魔導メーターの異常値から0.1秒で居場所が特定されたぞ。……電気代の窃盗は立派な刑法犯だ』
『ええ、すでにスアイの開拓DIY部隊が、森に潜んでいた特撮スタッフ十二名を全員捕縛いたしましたわ。……いま、極寒のマイナス茄子水風呂に首まで浸かっていただき、反省文を原稿用紙五十枚分書かせておりますことよ♡』
「ヒ、ヒィィッ……!? 演出部隊まで全員……!?」
ワイズの顔面から、完全に血の気が引いた。
手足をもがれ、退路を断たれ、完全な外堀の埋め立て。
そこへ、ニャングルが金算盤をジャラッと鳴らし、満面の邪悪な商売人スマイルを浮かべた。
『さあて、ワイズの旦那。……うちの佐伯健太のおっちゃんが、正式に決裁印を押した【不法侵入・器物損壊・および営業妨害に対する損害賠償請求書】の本請求データ、アンタの口座へ直接送信したで! ゼロスが壊した駐竜場のブロック塀の原状回復費、村人の精神的苦痛慰謝料、不法ドローン中継電波による電波利用料、諸々込みで――金貨五千万枚(五億円相当)の即時一括請求や! きっちりケツ拭いてもらいまっせ!』
「ご、五億円……!? ふ、ざけるな! 誰がそんな田舎の泥水集落に――」
ワイズが絶叫した、その瞬間だった。
――ズズズズズズズズッ……!!
ドォォォォォォォンッッッッ!!!!
天界オフィスの分厚い防音自動ドアが、内側へ向けて蝶番ごと吹き飛んだ。
吹き荒れる白煙と、肌を焦がすような超高圧の放電臭。
立ち込める煙の向こうから、カツ……カツ……と硬質なヒールの音を響かせて踏み込んできたのは、純白の軍服に身を包み、銀縁眼鏡を絶対零度の光で凍りつかせた女性――
天界監査部・最高執行責任者、天使族長ヴァルキュリアその人だった。
その右手には、一億ボルトの神聖雷をバチバチと撒き散らし、オフィスの天井を黒焦げに焼き裂く処刑用の聖槍『グラニ』が握りしめられていた。
「ひっ……! ヴァ、ヴァルキュリア部長……!?」
ワイズが腰を抜かし、床を這いつくばって後退る。
ヴァルキュリアの背後からは、見習い女神のリリスが、分厚い耐衝撃ハードケース付きの『エンジェルすまーとふぉん』を両手でしっかりと構え、冷ややかな視線で突入の瞬間を撮影していた。
『……被疑者ワイズの身柄確保の瞬間、4K超高画質でライブ録画完了だよ〜(棒)』
「よくやりました、リリス」
ヴァルキュリアは眼鏡のブリッジを指先で押し上げると、オフィスの床に散らばったソイカプチーノの染みを一瞥し、氷点下の声音を室内に響かせた。
「GOD大宇宙管理局・中央監査委員会ならびに神聖統括法廷より、緊急執行命令の通達です。……被疑者ワイズ。貴様がポポロ村に対して仕掛けた一連のマッチポンプ詐欺、ならびにヤラセ虐殺煽動工作は、聖獣機神ガオガオン統合統治基本OS『LEX-LUCIANA』の【第1法:平和と人道に対する罪(私欲による戦争・虐殺の扇動)】に完全に抵触いたしました」
「な……ッ!? ガオガオンだと!? あ、あいつらは社内恋愛の痴話喧嘩で合体をボイコットしていたはずだ! なぜガオガオンの法廷OSが起動するんだぁぁッ!」
「愚問ですね」
ヴァルキュリアは冷徹に聖槍グラニの石突を床へ突き立てた。
「すでにポポロ村の佐伯健太殿の手によって、五聖獣のコンプライアンス面談および業務シフトの再編は完了しております。……さらに、佐伯殿が正規の決済手続きを経て押印された『最上位稟議決裁(ワンタッチ認印)』により、貴様に対する強制執行令状は、0.0001秒の内部裁判を経て【有罪】として確定いたしました」
「う……嘘だろ……!? たかが1馬力の……作業着の中年男が……神界の法廷を動かしたというのか……!?」
「佐伯殿を侮ったことが、貴様の最大の敗因です」
ヴァルキュリアがスッと右手を掲げると、オフィスの虚空に、巨大な白銀と黄金の法廷ホログラムが浮かび上がった。
そこには、管理人室の濡れ縁で、人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」を啜りながら、出勤簿に赤ペンを走らせている俺――佐伯健太の姿が、リアルタイムで中継されていた。
『……あー、もしもし、ヴァルキュリア部長、聞こえますか』
スピーカーから流れてくる、あまりにも落ち着き払った、くたびれた昭和の中年男の声。
『佐伯です。……朝の点呼とゴミ出しを終えたところで失礼しますよ。ワイズさん、そこにいますね』
「さ……佐伯ぃぃぃぃぃッッ!!」
ワイズが画面へ向かって血走った目で絶叫する。
「貴様! 貴様さえいなければ、僕の完璧なPVビジネスは宇宙一の成功を収めていたんだ! たかが下界の虫ケラ管理人の分際で、僕のキャリアを台無しにしやがってぇぇぇッ!!」
画面の中の俺は、青箱のハード煙草にジッポライターでカチリと火をつけると、紫煙をふわりと吐き出し、老眼鏡の奥から深いため息を漏らした。
『キャリア、ねぇ。……ワイズさん。他人の流した血や涙をオモチャにして、画面の向こうの数字だけを追いかけるのが、あんたの誇るキャリアなのか?』
「な……っ!?」
『数字はな、現場の人間が泥にまみれて汗を流し、信用を積み重ねた結果として後からついてくるもんなんだよ。……現場への敬意も持たず、数字のために命を燃やすような真似をしていれば、いずれ自分自身がその炎に焼き尽くされるのは当然の道理だ。……前世の商社時代にもいたよ、数字を捏造して破滅していったエリートたちがな』
淡々とした、だが逃げ場のないド正論の宣告。
俺は作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと噛み砕くと、ヴァルキュリアへ向けて軽く会釈した。
『ヴァルキュリア部長。……現場からの請求書と証拠物件の提出は以上です。あとは、天界の就業規則と法廷のルールに従って、適正な処分をお願いします』
「承知いたしました、佐伯殿。……現場の規律を乱した不届き者には、天界監査部として相応の引導を渡しましょう」
通信がプチリと切断された。
静まり返るオフィスの中、ヴァルキュリアが一歩、また一歩と、床にへたり込むワイズへと歩み寄る。
聖槍グラニの青白い火花が、逃げ場のない重圧となってワイズの喉元へピタリと突きつけられた。
「ひ、ヒィッ……! や、やめろ……! 僕は第3種神格公務員だぞ! スポンサーがいるんだ! 懲戒免職なんて受け入れられるかぁぁぁッ!!」
「安心なさい、ワイズ。懲戒免職などで済ませるつもりはありませんよ」
ヴァルキュリアの唇が、氷のように冷たく弧を描いた。
その背後から、リリスがカンペを読み上げるように、棒読みで残酷な処分内容を告げる。
『……えー、大宇宙管理局理事会決裁。被疑者ワイズに対し、神格剥奪および全財産没収の上、極寒の外洋航路を航行する遠洋マグローザ漁船兼、極寒の蟹工船「シーラン・キャンサー号」への【三百年間の強制労働懲役刑】を執行します(棒)』
「か、蟹工船……!? さ、三百年の強制労働ぉぉぉぉぉッ!?!?!?」
「ええ。冷め切ったソイカプチーノを啜りながら机上の数字を弄ぶのがお好きだった貴様には、氷点下四十度の甲板で、素手で巨大な蟹の殻を剥き続ける現場の労働こそが、何よりの薬となるでしょう」
ガシィッッッッッ!!!!
ヴァルキュリアの白手袋の手が、ワイズのシルク混紡スーツの襟首を、万力のような力で鷲掴みにした!
「ぎゃあああああああああああっっっ!?!?!?」
美しいオフィスに響き渡る、数字狂いの炎上神の断末魔。
全宇宙を巻き込んだヤラセマッチポンプ劇場の黒幕へ向けて、ついに絶対にして容赦のない「現場からの鉄槌」が振り下ろされようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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