↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/75

EP 8

全宇宙配信の大炎上と、更生勇者の土方アルバイト契約

 どれほど完璧に組み上げたつもりの宣伝企画や炎上プロモーションであろうと、現場で泥を被り、土下座をして謝罪する当事者の姿が全世界へ生中継された瞬間、その絵面はただの「悪質な企業コンプライアンス違反の記者会見」へと成り下がる。

 午後三時過ぎ。

 木造モルタル三階建てアパート『ポポロ・コーポ』の駐竜場前。

 晩秋のからりとした風が、砂煙の収まった中庭を静かに吹き抜けていた。

 上空三千メートルに展開していた三十二基の不可視の使い魔ドローン(中継カメラ)。

 大宇宙管理局の裏チャンネルを通じて全宇宙へ垂れ流されていた『極限炎上・救世主誕生プロジェクト』の配信画面には、いまや前代未聞のリアルタイム大パニックが巻き起こっていた。

『……おいおいおい、勇者ゼロスが靴下履きで土下座して泣きじゃくってるぞ!』

『「本当は勇者になんてなりたくなかった」って、完全なヤラセ暴露じゃねぇかwww』

『炎上神ワイズの通信音声が全部スピーカーからダダ漏れになってるの草』

『神界公認のプロデューサーが自作自演で村を焼き討ちしようとしてたとか、大宇宙管理局の監査部は何してんだよ!』

 中継チャット欄を埋め尽くす、激怒と嘲笑の弾幕の嵐。

 さらに、女子棟(B棟)の二階ベランダからは、月収二億円のメガゴッドチューバー天使キュララが、手持ちの魔導端末を構えて満面のビジネススマイルを浮かべていた。

「はーい、リスナーのみんな〜☆ ただいまポポロ村の現場から、アホ毛天使キュララが超高画質ノーカットでお届け中だよ〜! 炎上神ワイズ様の裏チャンネル、同接がまさかの八千万人を突破しました〜! でもチャットの九割九分が『ワイズをマグローザ漁船に叩き込め』の怒号スパチャで埋まってまーす♡ 運営さん、ログの保全よろしくね〜☆」

 通信魔導具のスピーカーから、ガシャァァァンッ!と机をひっくり返すような破壊音と、ワイズの泡を吹くような絶叫が微かに響き、そのままプツリと音声回線が途絶えた。

 天界のオフィスで、冷酷なエリート神が頭を抱えて発狂している姿が目に浮かぶようだった。

 だが――俺にとって、全宇宙のバズや神々の評価など知ったことではない。

 現場の総務課長にとって最も優先されるべきは、壊された敷地の原状回復と、加害者に対する適正な損害賠償の回収、そして「不祥事を起こした人員の更生プランの策定」である。

「……さて」

 俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、愛用の作業着の袖をまくり、地面に正座して鼻をすすっているゼロスの前へ、パイプ椅子を持ってきて腰を下ろした。

 作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと奥歯で噛み砕く。

 保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込むと、じわりと温もりが染み渡り、荒れていた神経が平常運転へと戻っていった。

 胸ポケットの中では、ウサギ村長キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の規則正しい心音を感知して、トクン……トクン……と穏やかな微振動を返してきている。

「ゼロス君。鼻水は止まったか」

「は、はい……ずずっ……」

 ゼロスは靴下履きの両膝を揃え、すっかり角の取れた、どこにでもいる二十歳そこそこの青年の顔で小さくなっていた。

 十五センチのシークレットブーツは粉々になってゴミ袋に回収され、黄金メッキのオリハルコン甲冑はサイズが合わずに脱ぎ捨てられ、いまやタローソンで買ってきた灰色のスウェット上下を着せられている。

 その背後には、寸胴鍋を抱えた竜王デュークが腕組みをして仁王立ちし、自警団長マンミアが刺突盾『アグニ』を杖代わりに突いて見張っていた。

「リバロンさん、損害の試算は出ましたか?」

「はい、佐伯殿。すでに算出済みでございます」

 漆黒の燕尾服を着こなした人狼執事リバロンが、音もなく歩み出ると、銀時計をパチンと閉じ、手帳から複写式の請求書を差し出した。

「駐竜場のトタン屋根およびブロック塀の物理的損壊、中庭敷石の陥没、ならびに当アパート入居者(デューク殿のスープ仕込み含む)に対する精神的苦痛慰謝料……締めて、銀貨三百五十枚(約三百五十万円相当)となります」

「ひ、ひえぇぇぇっ!? さ、三百五十万……!?」

 ゼロスが目を白黒させて悲鳴を上げた。

「そ、そんな大金、払えません! 僕、ワイズ様から貰った金貨はさっきの人魚さんに全部吸い取られて、手持ちの全財産は銅貨十二枚しか……!」

「当たり前だ、一括で払えるわけがないだろうが」

 俺はため息をつくと、出勤鞄から一枚の公的書類を取り出し、ゼロスの目の前の段ボール箱の上へトンと置いた。

 村役場総務部指定の『地域雇用創出・損害賠償相殺型臨時就労契約書』である。

「ゼロス君、前世のサラリーマン社会でもな、借金を抱えて踏み倒そうとする奴は山ほどいた。だが、逃げ回ったところで利息が膨らむだけだ。……身体を動かして、汗を流して、毎月コツコツと返済する。それが、大人として社会の信用を取り戻す唯一の道なんだよ」

 俺は赤ボールペンを取り出し、契約書の条文をトントンと叩いた。

「業務内容:ポポロ村東部開墾区域における抜根・土砂運搬、ならびに村内側溝の泥上げ作業。日当:銀貨二枚。そこから食費と宿泊費として銀貨一枚を控除し、残り銀貨一枚を損害賠償の返済へ自動天引き。……実質約一年間の更生プログラムだ。宿舎は自警団詰所の裏庭、イグニス君の耐火ドームテントの隣に、もう一張りタローマンで買ってきたテントを用意してやる」

「て、テント暮らし……! 土方作業……!?」

「嫌なら帝都の警察へ突き出して、法廷で豚箱に入ってもらうまでだが……どうする?」

 俺が老眼鏡の奥から冷徹な視線を向けると、ゼロスはガタガタと震えながら、泥だらけの手で羽ペンを握りしめた。

 そして――

「や、やります! 働きます! 土方でも泥上げでも、何でもやらせてください……!」

 震える筆致で、署名欄に『ゼロス・ディバイン』と書き込まれた。

 俺は満足そうに頷くと、作業着の胸ポケットから愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出した。

 承認欄へ、迷いなく力強く押し込む。

 ポンッ。

――ユニークスキル『管理人権限(最上位稟議決裁)』執行。

――神界統括OS『SELESTIA-CORE』およびポポロ・コーポ管理規約へ直結登記。

――【ゼロス・ディバイン損害賠償相殺就労契約】を因果律確定。

 キィィィィィン……ッッッ!!

 白銀の神聖法廷光が走り、不可逆の絶対契約として宇宙の理に登録された。

 これでゼロスは、逃亡することも、再び怪しげな課金マネーに手を染めることもできず、泥にまみれて額に汗を流す「健全な労働者」として再生するレールへと敷き直されたのだ。

「よし、契約成立だな。……イグニス!」

「へいっ! 佐伯の旦那ぁ!」

 広場のテントから、黄色い安全ヘルメットをかぶった竜人族のイグニスが駆け寄ってきた。

「このゼロス君をテントへ案内して、作業着とスコップを渡してやりなさい。現場での安全第一と、ツルハシの使い方はお前が先輩としてしっかり教えてやるんだぞ」

「がってん承知っす! おい新入り、俺様についてこい! 冬のテント生活の寒さを乗り切るための火炎の灯し方、みっちり叩き込んでやるっすよ!」

「は、はい……イグニス先輩、よろしくお願いします……!」

 元・神界特務勇者が、竜人の土方先輩にぺこぺこと頭を下げながら、トボトボと歩いていく。

 その背中には、もう十五センチの上げ底も、虚勢もなかった。

      *

 午後五時半。

 秋の釣瓶落としの夕陽が地平線の向こうへ沈み、ポポロ村の空は美しい紫紺と茜色のグラデーションに染まっていた。

 駐竜場の瓦礫清掃と現場検証をすべて終え、管理人室の濡れ縁へと戻ってきた俺は、どっこいしょ、と腰を下ろした。

 激務と説教で凝り固まった肩をぐるぐると回す。

「……ふぅ。やれやれ、今日も何とか定時退勤まで漕ぎ着けたな」

 俺は作業着の袖をまくり、濡れ縁のちゃぶ台の上に晩酌の準備を整えた。

 卓上七輪の炭火には、赤々と心地よい熱が灯っている。

 網の上に乗せたのは、泥沼農園から届いたばかりの、肉厚で傘の裏まで純白な最高級の肉椎茸。

 軸を切り落とし、傘のひだを上に向けてじっくりと炙っていく。

 パチパチパチ……ジュワワワワッ……!

 炭火の遠赤外線に炙られ、椎茸のひだから、透明な旨味のエキスがぷくぷくと汗のように湧き上がってくる。

 そこへ、奇樹ネギオから届いた聖葱剣『ネギカリバー』の小口切りをドサッと乗せ、天然醤油草から引いた生醤油を、スポイトでたらり……と数滴垂らした。

 ジュワッッッッッ!!!!

 立ち上る、焦がし醤油とキノコの重厚なアロマ!

 ネギの甘い香りと混ざり合い、夜風に乗って食欲をこれでもかと刺激してくる。

 さらに、俺はちゃぶ台の上に、厚手のガラスジョッキを置いた。

 氷をギチギチに詰め、ポポロ村特産の太陽芋蒸留酒『イモッカ』を注ぎ、タローソン特製の強炭酸水を静かに満たす。

 仕上げに、ネギカリバーの極薄輪切りを一枚浮かべれば――シュワシュワシュワ……と心地よい気泡が弾け飛ぶ。

「健太さん、お疲れ様です……♡」

 パタパタパタ……と愛らしい足音を響かせ、中庭の敷石を渡ってやってきたのは、純白のウサギ耳を揺らす第43代村長キャルルだった。

 手には、村役場の日報バインダーを抱えている。

「キャルル村長、お疲れ様です。……騒動の事後処理、役場の方も片付きましたか?」

「うん! ゼロス君の就労届も、ニャングルさんの帳簿にバッチリ登録されたよ。……それとね、ネギオ先生の工房へ行ったミラースさんも、すっかり毒気が抜けて、大人しく薪割りと腐葉土運びをしてるんだって」

「そうか、あいつも根は真面目な男なんだろうな。……ほら、村長も座りなさい。椎茸がちょうど焼き上がったところですよ」

「わぁ……! いただきます!」

 キャルルは嬉しそうに俺の隣へちょこんと正座した。

 長いウサギ耳がピクピクと動き、俺の左胸の鼓動へとピンポイントで波長を合わせてくる。

 ドクン……ドクン……と規則正しく刻まれる、四十男の穏やかで打算のない心音。

 それを聞き届けたキャルルの表情が、トロンと甘やかな安心感に染まっていく。

「よし、それじゃあ……乾杯といくか」

「はい、かんぱーい♡」

 カツンッ!とジョッキと湯呑みがぶつかり合う。

 俺は迷わず、冷え切ったイモッカ・ソーダを一気に喉へと流し込んだ。

 ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……ぷはぁぁぁぁぁぁぁっ!

「………………ッッッ!!!!」

 一日中現場で埃を吸い、声を張り上げて説教をかました五臓六腑へ、強炭酸の刺激とサツマイモの香ばしいアルコールがダイレクトに染み渡っていく。

 すかさず、箸で熱々の炙り肉椎茸を口へ放り込む。

 ハフッ……ジュワッッッッッ!!!!

 噛み締めた瞬間、口の中でキノコの濃厚極まりない出汁エキスが決壊した。

 肉厚な弾力はまるで上質なヒレ肉のようで、焦がし醤油の香ばしさと、ネギカリバーの清涼な辛味が完璧なハーモニーを奏でている。

 たまらず、冷えたソーダ割りで追いかける。

「……美味いなぁ」

「ふふ……健太さん、本当に幸せそうにお酒を飲みますね」

 キャルルが目を細め、俺の作業着の袖にすり寄ってきた。

 胸ポケットにそっと手を伸ばし、自らが縫った『人参柄刺繍ハンカチ』の端を指先で愛おしそうに撫でる。

「健太さん……あのね、今日の健太さん、すっごくかっこよかったです。あんなに怖かった勇者さんを、スリッパとお説教だけで改心させちゃうなんて……世界中で健太さんしかできません。……私、やっぱり健太さんが大好きです♡」

「はいはい、おだてても何も出ませんよ。……ほら、熱いうちに椎茸を食べなさい」

 俺が苦笑してキャルルの頭をぽんぽんと撫でてやると、キャルルは「えへへ……♡」とウサギ耳をパタパタと揺らし、顔を真っ赤にして微笑んだ。

 秋風が吹き抜ける濡れ縁に満ちていく、香ばしい醤油の匂いと、穏やかな笑い声。

 現場の日常は、今日も完全に守り抜かれたのだ。

 ――しかし、その頃。

 天界の最高峰に位置する『大宇宙管理局・神聖統括法廷』の巨大モニターには、真っ赤な超特級緊急アラートが狂ったように点滅していた。

『警告:アナステシア星区・ポポロ村より【第1法:平和と人道に対する罪(私欲による戦争・虐殺の扇動)】に基づく、被疑者ワイズへの強制執行令状を受理』

『認可コード照合完了:承認者・佐伯健太(最上位調停権限)』

『対象神格公務員・炎上神ワイズの全権限を即時停止。……法廷機神ガオガオン、および天界監査執行部隊、出動シークエンスを開始します』

 キィィィィィン……ッッッ!!!!

 全宇宙を巻き込んだヤラセ劇団の黒幕へ向けて、逃げ場のない「絶対の裁き」が、いよいよ牙を剥こうとしていたのである。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。