EP 7
お賽銭箱型掃除機の全自動バキュームと、脱ぎ捨てられた15cm
木造モルタル三階建てアパート『ポポロ・コーポ』の駐竜場前。
晩秋の澄み渡る青空の下、神界の裏回線『GodTube』を通じて全宇宙の数百万人がリアルタイムで目撃していたのは、神話級のインフレバトルなどでは断じてなかった。
それは――天文学的な課金マネーを注ぎ込まれて暴走した「自称・正義の勇者」に対する、ポポロ村の住人たちによる、あまりにも手慣れすぎた「現場の害獣駆除・回収作業」だった。
「う……うわああああああああっっ!! 消えろ! 消えてなくなれ佐伯健太ぁぁぁッ!!」
炎上神ワイズから無制限クレジット枠を通じて数万枚の金貨(数億円相当)を流し込まれ、全身の毛穴から黄金色の神気蒸気を噴き上げる特務契約勇者ゼロス。
一万馬力どころか、いまや数万馬力級の暴力的破壊エネルギーをオリハルコンの大剣に充填し、狂乱の形相で俺の脳天目掛けて振り下ろそうとした――まさにその刹那。
「……やかましい」
ドォォォォォォォンッッッッ!!!!
大気全体を押し潰すような重低音とともに、A棟一〇一号室の玄関から踏み出した竜王デュークの巨躯から、琥珀色の絶対覇気が津波のように解き放たれた。
物理的な接触すらない。
ただ「丹精込めて二十四時間強火で炊き出していた特製豚骨スープの灰汁取りを邪魔された」という料理オヤジの怒りだけで、ゼロスの足元のアスファルトがメキメキと陥没し、振り下ろされかけた大剣の軌道がピタリと空中で静止したのだ。
「ひ、ヒィッ……!? う、腕が……動かない……!?」
「動かすなと言っているのだ、羽虫が。我がスープに埃一つでも入ったら、貴様の魂を寸胴の底で出汁にしてやると言ったはずだぞ」
ゼロスが恐怖で白目を剥きかけたところへ――
ジャラララララララララッッッ!!
「治安維持規約第1条、敷地内での火気および凶器の無断使用の現行犯! 確保します!」
ケンタウロス族の自警団長マンミア(二十五歳・単体百八十馬力)が、四脚の蹄で大地を力強く蹴りつけ、愛用の刺突盾『アグニ』をゼロスの懐へと突き立てた。
盾の先端から射出された神聖拘束鎖『メビウス』が、蛇のようにゼロスの四肢へ巻き付き、オリハルコンの甲冑ごとガチガチに締め上げる。
「ぐ、ぐわああああっ!? 離せ! 僕は一万馬力……いや、数万馬力の神界公認勇者なんだぞぉぉッ!」
「往生際が悪いですよ! 健太さんの前で暴れるなど、百万年早いのです!」
完全に動きを封じられたゼロス。
だが、その体内には依然として、炎上神ワイズが注ぎ込み続けている天文学的な「因果律課金マネー」が、高圧の爆薬のように臨界点に達しようと渦巻いていた。
このまま暴発すれば、コーポの前庭はおろか、村の西側一帯が消し炭になりかねない。
――しかし、ポポロ村の現場管理において、そんな「過剰なエネルギーの放置」などあり得なかった。
「じゅるり……。お待たせいたしましたわぁぁぁッ!!」
シュバババババッ!と、ゴミ集積所の陰から野獣の身のこなしで跳び出してきたのは、薄汚れた芋ジャージの裾をからげた極貧人魚姫リーザ・シーランだった。
その両手には、段ボールと針金で雑に魔改造された特製の掃除機ノズル。
本体の集塵タンクには、マジックで『お賽銭(全自動超高圧吸引型・領収書不要)』と殴り書きされている。
リーザは鼻の穴に詰めたピカピカの五円玉を興奮の鼻息で「フンッ! フンッ!」と鳴らしながら、掃除機のスイッチを『強』へと捻り込んだ!
カチリッ!
キュイィィィィィィィィンッッッッ!!!!
――ユニークスキル『貧乏神』発動。
――対象:契約勇者ゼロス体内の【未決済・課金神気エネルギー全量】。
――事象:全自動お賽銭回収プロトコルを執行します。
「いっけえええええええええええッッ!! 私の血肉となれ、神界の無制限クレジットぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
ズヴォオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!
ノズルの先端が、ゼロスの胸のオリハルコン甲冑のど真ん中へ吸着した瞬間、天地を揺るがすような猛烈な吸引竜巻が巻き起こった!
ゼロスの全身から噴き出していた黄金の神気オーラが、まるで濁流のようにノズルの中へズバババババッ!と吸い込まれていく!
「あ……あぎゃああああああああっっっっ!?!?!?」
ゼロスが喉も裂けんばかりの絶叫を上げた。
痛いのではない。
身体を満たしていた万能感、全能感、そして「金で買った偽りの力」が、秒速数千枚の猛スピードでスルスルと抜け落ちていく精神的恐怖。
視界の右上のチャージ残高が、猛烈なカウントダウンを刻む。
【課金残高:金貨30,000枚……15,000枚……5,000枚……300枚……0枚!】
ピロリ〜ン♪
『警告:アカウントの課金ブースト残高がゼロになりました。通常出力(基礎戦闘力:15馬力)へ移行します』
プシュゥゥゥゥ……。
間抜けな排気音とともに、ゼロスの身体の異常膨張がスーッと縮み上がった。
パンパンに張っていた筋肉は元の貧弱なモヤシ体型へと萎み、オリハルコンの鎧はサイズが合わなくなってブカブカと音を立てて崩れ落ちる。
そして――課金マナの加圧が消え去ったことで、左右の足首に引っかかっていた【十五センチの特注魔導シークレットブーツ】が、ボロリ……と情けない音を立てて両足から完全に脱げ落ちた。
コロン、コロン……。
砂利道の上を転がる、ヒールのへし折れた二つの厚底靴。
そこに残されたのは――
生まれつきの身長百六十センチそこそこ、靴下履きで土埃にまみれ、鼻血を垂らしながら地面に正座させられた、ただの情けない三流冒険者ゼロスの哀れな姿だった。
「う……うぅ……っ。ぼ、僕の……僕の力が……身長が……っ」
ゼロスは両手で顔を覆い、子供のようにポロポロと涙をこぼして泣き崩れた。
一方、掃除機のタンクを満タンにしたリーザは、段ボールの小窓からキラキラと光る莫大な神気チップを覗き込み、よだれをダラダラと垂らしながら地面に突っ伏して歓喜の痙攣を起こしていた。
「ふ、ふへへへへ……♡ 吸いましたわ……! 全部吸い尽くしましたわぁぁぁッ! これで……これで向こう十年間は、タローソンの具たっぷりツナマヨおにぎりとカツ丼を、値段を見ずにカゴに入れ放題ですわぁぁぁッッ!!」
チャット欄には、全宇宙からのツッコミと草の嵐が吹き荒れていた。
『完 全 敗 北 www』
『一億円吸われてシークレットブーツ脱げて泣いてる勇者(笑)』
『人魚の掃除機が強すぎるだろwww』
そんな狂騒の真ん中へ、俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、愛用の竹箒を地面にコトッと立てかけ、静かに歩み寄った。
作業着の胸ポケットから、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと奥歯で噛み砕く。
口に広がる生薬の苦味を、保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込んだ。
「……ふぅ。やれやれ、近所迷惑もいいところだな」
俺はしゃがみ込み、靴下履きで震えるゼロスの頭の上に、ポンと優しく手のひらを置いた。
怒号でもなく、暴力でもない、ただの疲弊した中年男の溜息。
ゼロスがおずおずと涙で濡れた顔を上げ、俺を見つめる。
「ゼロス。……痛かったろ」
「え……?」
「自分の器に合わない力を無理やり流し込まれて、他人の書いた台本で踊らされて……心も身体も、軋んで悲鳴を上げてたんじゃないのか」
俺の静かな問いかけに、ゼロスの瞳が大きく揺らいだ。
前世の総合商社時代、親の七光りや上層部の無茶な期待で身の丈に合わないビッグプロジェクトのリーダーに据えられ、プレッシャーに押し潰されて不正に手を染め、最後は監査室で泣き崩れた若手社員の姿が、目の前の青年と完全に重なって見えたのだ。
「他人の金で作ったメッキ鎧も、十五センチのシークレットブーツも、もういらんだろう。……自分の足の裏で、ちゃんと地面を踏みしめて立ちなさい。泥にまみれて汗を流して稼いだパンの方が、何倍も胃に優しいぞ」
「さ……佐伯……さん……っ」
ゼロスの目から、先ほどまでの虚飾と恐怖の涙ではなく、心の底からの悔恨の涙がボロボロと溢れ出した。
「ごめんなさい……っ! ごめんなさいぃぃぃっ! 僕……僕、本当は勇者になんてなりたくなかった……! ただ、認められたくて……馬鹿にされたくなくて……っ!」
地面に額を擦り付けて号泣する青年。
俺は作業着のポケットから、タローソンで買った素朴なセロファン包みの「ポポロ珈琲飴」を一つ取り出し、ゼロスの泥だらけの手のひらに握らせてやった。
「ほら、飴でも舐めて落ち着きなさい。……壊した駐竜場のブロック塀の修繕費と、迷惑料の請求書はきっちり回すからな。自警団詰所の裏で、イグニスと一緒に開墾作業の土方からやり直しだ」
「は、はいっ……! 働きます! 何でもしますぅぅぅっ!」
ゼロスは涙を拭いながら、力強く頷いた。
課金勇者の哀れな暴走劇は、昭和の現場総務課長の「ド正論の包容力」によって、完全に鎮圧されたのだ。
――その時だった。
キィィィィィィィィン……ッッッ!!
ゼロスの首元に落ちていた通信魔導具から、耳障りなハウリング音とともに、今日一番の金切り声が響き渡った。
天界のオフィスから一部始終を見届けていた、炎上神ワイズの狂乱の絶叫だった。
『……ゼロス! 何を手打ちに持ち込んでいるんですかこの無能がぁぁぁッ!! 僕の金貨三万枚はどうしたんですか! 同接が三万人まで暴落して、コメント欄が僕へのバッシングで大炎上してるじゃないですかぁぁぁッ!!』
画面越しに飛んでくる、みっともない責任転嫁の怒号。
俺は眉根を寄せ、通信魔導具を拾い上げると、マイクへ向けて冷徹に言い放った。
「おい、ワイズ。……現場に泥を跳ね上げたツケは、きっちり払ってもらうぞ」
『な……何だと貴様ぁ!? たかが一馬力のゴミクズ管理人が――』
「リバロンさん、ニャングルさん」
「かしこまりました、佐伯殿」
「へいへい! 証拠ログの保全は完璧やでぇ!」
俺の合図とともに、リバロンとニャングルが村役場の魔導端末を操作した。
上空を旋回していた三十二基の使い魔ドローン(中継カメラ)の全通信ログ、不正な因果律クラッキングの痕跡、そしてヤラセ演出の指示音声が、瞬時に全宇宙の法廷ネットワークへと逆流していく。
そして――俺は作業着の胸ポケットから、愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出した。
手元のバインダー――『不法侵入・器物損壊・および業務妨害に対する損害賠償請求書(宛先:炎上神ワイズ)』の承認欄へ、迷いなく力強く押し込む。
ポンッ。
――ユニークスキル『管理人権限(最上位稟議決裁)』執行。
――聖獣機神ガオガオン統合統治基本OS『LEX-LUCIANA』へ直結登記。
――【第1法:平和と人道に対する罪(私欲による戦争・虐殺の扇動)】に基づき、被疑者ワイズへの【強制執行令状】を宇宙法廷へ因果律確定。
キィィィィィン……ッッッ!!!!
白銀の神聖法廷光が虚空を貫いた。
画面の向こう、天界のワイズのオフィスへ向けて、神聖なる「法の鉄槌」が雪崩れ込むカウントダウンが始まったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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