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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 6

ペーパードライバーへの説教と、極貧人魚のバキューム吸引

 どれほど派手な外車を乗り回そうと、どれほど身の丈に合わないブランド物のスーツを着飾ろうと、中身がペーパードライバーのままの人間がアクセルを床まで踏み込めば、待っている結末はガードレールへの激突事故だけである。

 前世の総合商社時代にもいたのだ。親のコネで入社し、一度も現場の泥臭い営業回りを経験したことがないくせに、億単位のプロジェクト予算を任され、初手のプレゼンで大見得を切って競合他社の罠に正面から突っ込み、会社に天文学的な特別損失をもたらして泣きべそをかいたドラ息子が。

 目の前に転がっている金ピカの鉄屑――契約勇者ゼロス・ディバインの姿は、まさにその哀れなペーパードライバーそのものだった。

「あ……あが……っ。な、何なんだ……何が起きたんだ……!?」

 ポポロ・コーポの正門脇、住民共用の駐竜場前。

 俺が『管理人権限』の竹箒ひと撫でで綺麗サッパリ元通りに修復したブロック塀の前に、ゼロスは無様に尻餅をついていた。

 十五センチの特注魔導シークレットブーツは左右ともへし折れて農道の泥水の中に転がり、純金メッキを施したはずのオリハルコン甲冑は激突の衝撃でボコボコに凹み、兜は前後逆にひん曲がっている。

 鼻血と泥で顔面を真っ赤に染め上げ、手足をピクピクと痙攣させていた。

 そのゼロスの眼前へ、俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、履き古した『厚底ゴム底・来客用便所スリッパ(抗菌・茶色)』を踏み鳴らして歩み寄った。

 作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと奥歯で噛み砕く。

 そして、右手に持った丸めた『ルナミス新聞』で、ゼロスのひん曲がった黄金兜の頭頂部を、パシッ!と遠慮なく叩き落とした。

 パシィィィッッ!!

「痛ぇっ!? な、何をするんだ貴様ぁ!」

 ゼロスが涙目で睨み上げてくる。

 上空三千メートルで滞空する不可視の使い魔ドローン(中継カメラ)を通じて、全宇宙のGodTube裏チャンネルには、この無様な勇者の醜態が4K超高画質で余すところなく配信され続けていた。

 中継チャット欄には、百万単位の神々や視聴者からの容赦ない煽りコメントが滝のように流れている。

『うわぁ……一万馬力に課金しといて、壁に自爆してスリッパのおっさんに新聞紙で叩かれてる……』

『これが神界公認A級勇者(笑)ですか? クソダサすぎて見てられないんだがw』

『厚底ブーツ折れて身長縮んでて草生えるwww』

 受信機越しにそのコメントを拾ったのか、炎上神ワイズのヒステリックな怒号が、ゼロスの通信魔導具から漏れ聞こえてきた。

『……何をやっているんですかゼロス! 早く立ち上がりなさい! 一万馬力の出力があるなら、その中年男の首をへし折って、アパートごと吹き飛ばせばいいでしょう! 僕のプロデュースしたチャンネルの同接が、失笑の弾幕で埋め尽くされているんですよッ!!』

 ワイズの罵声を浴びたゼロスは、顔面を真っ赤に沸騰させ、泥まみれの大剣を杖代わりにしてよろよろと立ち上がった。

 十五センチのシークレットブーツを失ったことで、その身長は公称の「百八十五センチ」から一気に縮み、俺の肩口ほどしかない元の小柄な体躯へと逆戻りしていた。

「だ、黙れ……! 僕をコケにするな! 僕は神界に選ばれた特務契約勇者だぞ! たかが1馬力の田舎の小作人風情が、僕を見下ろすような目で見るなぁぁぁッ!!」

 血走った目で喚き散らすゼロス。

 だが――俺は眉毛一本動かさず、作業着のポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターでカチリと火をつけた。

 ゆっくりと紫煙を青空へと燻らせ、老眼鏡の奥の瞳で、目の前の哀れな青年を冷徹に射抜いた。

「……おい、ゼロス」

 低く、底冷えのするような、昭和の総務課長のドス。

 ゼロスのヒステリックな怒声が、ピタリと喉の奥で詰まった。

「お前な、自動車学校にも通ったことがないくせに、いきなり時速三百キロの超高級スポーツカーを公道で全開運転してどうするつもりだ?」

「は……? な、何を言って……」

「分からないか? 運転技術も、動体視力も、ブレーキの踏み方すら知らないレベル1の精神しか持たないペーパードライバーのお前に、レベル百の一万馬力の暴力がまともに操作できるわけがないだろうが」

 俺は煙草の灰を携帯灰皿へトントンと落とすと、丸めた新聞紙でゼロスの胸元――ボコボコに凹んだオリハルコンの装甲を小突いた。

「十五センチの底上げ靴で誤魔化した足元、神から恵んでもらった一億円の課金マナ、他人の金をジャブジャブ使った過剰な装備……。おいゼロス、その派手なオリハルコンの鎧を剥がして、ワイズから恵んでもらった金を全部没収したら……一体お前には、何が残るんだ?」

「………………ッ!?」

「何一つ自分の力で積み上げたものがない。現場で泥水も啜ったことがない。……そこに転がっているのは、ただの背伸びした臆病なチビのクソ野郎だけじゃないか」

 ドガァァァァァァァンッッッッ!!!!

 物理的な一撃などではない。

 だが、四十男の吐き捨てた痛烈極まりない「現場の真実」が、ゼロスの薄っぺらい自尊心を、オリハルコンの装甲越しに真っ向から粉砕した。

 全宇宙のGodTube中継チャット欄が、一瞬にして静まり返る。

 痛い。

 痛すぎる。

 画面の向こうで見ていた数百万人の視聴者の中にも、親の七光りや会社の看板だけで威張り散らしていたエリートたちが大勢いたのだ。その全員の胸元に、四十男の言葉が鋭利な刃となって突き刺さっていた。

「あ……あぁ……っ! うわああああああああっっっっっ!!!!」

 完全に図星を突かれたゼロスは、発狂の絶叫を上げた!

 耳から煙を噴き上げ、口から泡を飛ばしながら、オリハルコンの大剣を両手で力任せに構え直す!

「殺す……! 殺してやるぅぅぅッ!! ワイズ様ぁぁッ! 残りの神界クレジット枠を全部僕に注ぎ込んでください! この小作人を、跡形もなく消し炭にしてやるぅぅぅッ!!」

 ピロリ〜ン♪ ジャラララララララララッッッ!!

 ゼロスの視界の右上で、ワイズのヤケクソじみた追加送金ログが跳ね上がった。

 金貨二万枚――合計三億円相当の因果律ブーストマナ!

 ゼロスの身体から、暴走した黄金の神聖熱気が竜巻となって噴き上がり、足元の石畳がドロドロのマグマへと融解し始めた!

「死ねぇぇぇぇぇぇぇっ、佐伯健太ぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 自爆覚悟の特攻!

 三億円のエネルギーを刃先に凝縮し、ゼロスが俺の脳天目掛けて大剣を振り下ろそうとした――まさにその刹那だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

「……おい」

 地獄の底を煮えたぎらせるような、暴力的なまでの重低音が、ポポロ・コーポの敷地全体を揺るがした。

 A棟一〇一号室の玄関ドアが、ガララッ!と音を立てて開く。

 湯気の立ち込める廊下から姿を現したのは、頭に白いタオルを巻き、右手に巨大な木製寸胴鍋の蓋、左手に超極太のガラ割り用鉄パイプを提げた、一万馬力級の絶対暴君――竜王デュークだった。

 その全身から噴き出す、漆黒の豚骨神気と焦熱の闘気。

「我が……丹精込めて仕込んでいる『極上豚骨スープ』の灰汁取りの最中に……外でキャンキャン騒ぎ立て、大事な振動計の針を狂わせているのは……どこの蛆虫だぁ……?」

「ひっ……!? り、竜王……!?」

 ゼロスの動きが、本能的な恐怖でピタリと止まる。

 さらに、反対側――中庭の木陰から、ドスン!と大地を揺るがして駆け込んできた影があった。

 四本の頑強な馬脚で地面を抉り、両手に構えた刺突盾『アグニ』の先端から高圧の蒸気を噴き上げる、ケンタウロス族の自警団長マンミア(二十五歳・単体百八十馬力)である!

「佐伯さんに刃を向ける不届き者は、このマンミアが許さん! 敷地内器物損壊および殺人未遂現行犯! 縛鎖『メビウス』、展開ッッ!!」

 ジャラララランッッッ!!

 マンミアの腰から放たれた白銀の神聖鎖が、生き物のようにゼロスの両手両足を幾重にも雁字搦めに拘束した!

 三億円のブーストマナで暴れ狂うゼロスの腕を、竜王の威圧と自警団長の鎖が完全に封じ込める!

「く、クソがぁっ! 離せ! 僕にはまだ三億円の神気があるんだ! このマナを自爆させれば、こんな村ごと吹き飛――」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 ゼロスの言葉を遮り、村長公邸の裏手から響き渡ったのは――

 この世の全ての金銀財宝と資本主義の果実を嗅ぎつけた、狂気と飢餓に満ち満ちた、極貧人魚姫の絶叫だった!

 ズッシャァァァァァァァンッッッッ!!!!

 みかん箱を小脇に抱え、薄汚れた芋ジャージの裾をからげ、鼻の穴にピカピカの五円玉を装填した青髪の人魚少女・リーザが、凄まじい地煙を上げて突撃してきた!

 その両手には、ホームセンター『タローマン』の粗大ゴミ置き場から拾い集めたアルミパイプと、錆びついた賽銭箱を魔導テープでぐるぐる巻きにした、世にも禍々しい呪物――

 ユニークスキル『貧乏神』を具現化した、『超高圧お賽銭箱型バキューム掃除機(手動式)』が握りしめられていた!

「か、金ですわぁぁぁぁぁぁッッ!! 生々しい! 生々しすぎる神界の課金クレジット枠、金貨二万枚の極上マナの匂いですわぁぁぁッ!! 三食雑草サラダと焦げたパンの耳で生き延びてきた深海人魚の怨念、舐めるんじゃありませんことよぉぉぉッッ!!」

「な……な、何だあいつはぁぁぁっ!?」

 ゼロスが引き攣った悲鳴を上げる暇すら与えない。

 リーザは猛然とスライディングを決めると、バキューム掃除機の吸い込みノズルを、ゼロスの胸元のオリハルコン装甲の隙間――マナの排出口へ向けて、力任せにガチィィィンッ!と直結させた!

「吸い取れぇぇぇぇぇぇぇっ! 我が怨念の賽銭箱よ! 資本主義の豚から、最後の一滴まで吸い尽くしなさいましぃぃぃッッ!!」

 ズガガガガガガガガガッッッッ!!!!

 シュゴオオオオオオオオッッッッ!!!!

 刹那――ゼロスの全身から、天文学的な黄金の神気マナが、凄まじい水圧のような轟音を立ててバキューム掃除機の中へと吸い込まれ始めた!

「ぎゃあああああああああっっっ!? な、何だこれぇぇぇっ!? 僕のマナが……三億円の課金ブーストが……一瞬で吸い取られていくぅぅぅぅぅッッ!!」

 ブフォォォォォンッ! カラカラカラカラッ!!

 賽銭箱の内部で、天文学的な金貨のチャージ音が狂ったように回転する。

 一万馬力あったゼロスの筋肉は、見るみるうちにプシューッと空気が抜けるように縮み上がり、オリハルコンの純金メッキはペリペリと剥がれ落ちてただの鉛のような灰色へと変色していく。

 わずか十秒。

 三億円分の神界課金マナは、リーザのバキューム掃除機の中に一滴残らず吸い尽くされ、ゼロスの戦闘力測定値は――元の哀れな【1馬力】へと急降下した。

「ぷはぁぁぁぁぁっ! 満腹ですわぁぁぁぁっ!!」

 パンパンに膨れ上がった賽銭箱を抱きしめ、リーザが恍惚の表情で地面に倒れ伏す。

 そして――残されたのは。

 ボトッ……。

 鎖を解かれ、農道の水たまりの中へ、カエルのように力なく突っ伏したゼロスだった。

 十五センチのシークレットブーツは失われ、純金のメッキは剥げ散らかし、オリハルコンの大剣を持ち上げる腕力すら残っていない。

 ただの、小柄で無力な、泥まみれのチンピラがそこに転がっていた。

「う……うぅ……っ。僕の……僕の正義が……僕の神界クレジットがぁ……っ」

 ゼロスは泥をすすりながら、シクシクと情けなく泣き崩れた。

 神界公認の特務勇者としてのプライドも、見栄も、虚勢も、すべては木造モルタルアパートの駐竜場の前で、完全なる灰燼へと帰したのだ。

 ――そして。

 俺は深くため息を吐き出すと、吸い終わった青箱のハード煙草を携帯灰皿へねじ込み、作業着のポケットから手帳を取り出した。

「デュークさん、マンミア、リーザ、お疲れさん。……さて」

 俺は上空三千メートルで滞空している使い魔ドローン(中継カメラ)のレンズを、老眼鏡越しにスッと見上げた。

「現場の安全は確保された。……お次は、画面の向こうでソイカプチーノを啜ってる、あの意識高い系のプロデューサーに、きっちりと『落とし前』をつけてもらう番だな」

 昭和の総務課長の反撃のメスが、いよいよ天界の炎上神ワイズの喉元へと突き立てられようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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