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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 5

1億円フル課金の自爆テロと、木造モルタルのペーパードライバー

 神界公認のプラットフォーム『GodTube』の裏回線を通じて、全宇宙の数百万人の好事家たちが固唾を呑んで見守る中、画面の向こうに映し出されていたのは、あまりにも痛々しい「自称・正義の勇者」の立ち往生だった。

「ヒィ……ヒィッ……! み、ミラースが……概念切断の剣客が、ただのネギ汁と名刺で秒殺された上に……包丁を傘袋に没収されて連行された……だと……!?」

 ポポロ村の西側境界ゲート前。

 純金メッキを施した最高級オリハルコンのフルプレートアーマーに身を包んだ契約勇者ゼロス・ディバインは、十五センチの特注魔導シークレットブーツの足首をガクガクと震わせ、泡を吹きかけていた。

 その頭上――上空三千メートルに滞空する使い魔ドローン(中継カメラ)の回線を通じて、炎上神ワイズの冷酷な、だが苛立ちを隠せない早口の通信音声が、ゼロスの受信魔導具へ直接叩きつけられた。

『……何をもたついているんですかゼロス! 先遣隊のミラースが無力化されたなら、台本を変更するだけです! “悪徳村の罠に嵌められた悲劇の同朋を救うため、正義の勇者が単身で魔境へ殴り込みをかける”……これで行きますよ!』

「む、無理ですよワイズ様ぁぁッ! あそこの連中、頭がおかしいんです! 長ネギが無限再生して、執事が名刺で人間を縫い止めて、半神の鍛冶屋が一万馬力のハンマー構えてるんですよ!? 僕の今の基礎ステータスじゃ、足を踏み入れた瞬間にミンチに――」

『だから言ったでしょう、僕の演出には“予算”を惜しまないと』

 パチッ、と冷ややかな指を鳴らす音が通信越しに響いた。

『大宇宙管理局の僕の無制限クレジット枠から、君のユニークスキル『マネー』へ、今すぐ【金貨一万枚(一億円相当)】の因果律ブースト資金を送金します。……これで君の戦闘出力は、一時的に竜王クラス――【一万馬力】へ跳ね上がる。小細工などいりません。その暴力で、村の境界フェンスもアパートも、あの作業着の中年男ごと更地に焼き払ってしまいなさい!』

 ピロリ〜ン♪ ジャラララララララララッッッ!!

 ゼロスの視界の右上に、天文学的な金貨のチャージログが猛烈な勢いでカウントアップされた。

 その瞬間――

 ドォォォォォォォンッッッッ!!!!

 大気が激しく震動し、ゼロスの全身から、まともに直視できないほどの黄金色の神気オーラが爆発的に噴き上がった!

 筋肉が異常膨張し、オリハルコンの甲冑の継ぎ目からキシキシと軋むような高圧のマナが漏れ出す。

 戦闘力測定値――わずか数百馬力程度だった見掛け倒しの勇者が、一億円の札束の力によって、一瞬にして【一万馬力】の超怪物へと強制ドーピングされたのだ!

「ぐ……おおおおおおおおっ!? ち、力が……! 全能の神気が、僕の身体を満たしていく……ッ!!」

 ゼロスの白面の美貌が、下品極まりない万能感で歪んだ。

 背中の真紅のシルクマントが暴風を巻き起こし、手にしたオリハルコンの大剣が、太陽のような黄金の輝きを放ち始める。

 ゼロスは胸ポケットから、天界のドーピング用超高濃度マナドリンク『超陽薬ドリンク』を取り出すと、一気に喉へと煽り散らした。

「ぎゃはははははッ! 見たか愚民どもめ! これこそが神の資本力! 正義のインフレーションだぁぁッ!!」

 ゼロスは使い魔ドローンへ向けてギラリと白い歯を見せ、ポポロ村の境界フェンス――そして、その奥に建つ木造モルタルアパート『ポポロ・コーポ』へ向けて剣先を向けた。

「魔王軍と通じる悪徳集落ポポロ村よ、神聖なる正義の裁きを受けるがいい! 僕の一万馬力の神聖ダッシュで、貴様らのボロアパートごと塵芥に変えてくれるわぁぁぁッ!!」

 バァァァァァァァンッッッッ!!!!

 ゼロスが地面を蹴った。

 一万馬力の一歩。本来であれば、音速を超えて大地を抉り、目標へ瞬時に肉薄するはずの超絶の加速――

 ……のはずだった。

 ――ガキッ! グニャリッ!!

「……ぶへっ!?」

 一歩目を踏み出した瞬間、ゼロスの足元から、致命的な破綻の音が響いた。

 原因は――言わずもがな、その足元に履いていた【十五センチの特注魔導シークレットブーツ】だった。

 急激に一万馬力へ跳ね上がった推進力に対し、十五センチの上げ底ヒールが耐えられるはずがない。

 超絶加速のGが靴底の重心を粉砕し、ゼロスの足首が信じられない角度で外側へグニャリと曲がったのだ。

 さらに――ゼロス自身の動体視力と脳の情報処理能力は、生まれついての「レベル1の雑魚」のまま。

 時速三百キロで迫り来る視界の流れる速度に脳がまったく追いつかず、完全にパニックを起こした両腕が、大剣を握ったまま風車のようにグルグルと空を掻き回した。

「と、止まらねぇぇぇぇぇっ!? ブレーキってどこだぁぁぁぁぁっ!?」

 ズッダダダダダダダダダダッッッッ!!!!

 それは、もはや突撃などではなかった。

 操作不能に陥った金ピカの鉄塊が、蛇行運転を繰り返しながら猛スピードで路上を暴走する、世にも無様な「ペーパードライバーの暴走事故」そのものだった。

 農道から逸脱し、境界フェンスの横をすり抜け、猛烈な砂煙を巻き上げながら突っ込んでいった先は――

 ポポロ・コーポの正門脇、住民たちが愛用する『駐竜場(自転車・飛竜置き場)』のトタン屋根とブロック塀だった!

 ドガァァァァァァァァァァンッッッッ!!!!

 派手な破壊音とともに、ブロック塀が粉々に砕け散り、トタン屋根がぐにゃりと飴細工のように曲がってゼロスの上に覆い被さった。

 猛烈な白煙。

 瓦礫の山の中から、黄金のフルプレートアーマーが煙を上げながら這いずり出てくる。

 十五センチのシークレットブーツは左右とも無残にへし折れてすっ飛んでおり、兜は前後逆にひん曲がり、鼻血で真っ赤になったゼロスが、瓦礫の中でカエルのように手足をピクピクと痙攣させていた。

「あ……あが……っ。な、なんで……壁が……急に目の前に……っ!?」

 全宇宙の中継チャット欄が、一瞬の静寂の後、爆笑の弾幕で完全に埋め尽くされた。

『ぶははははははっ! 自爆したぞあいつ!!』

『一万馬力に課金しといて、最初の一歩で厚底ヒール折れて壁に直撃ってマジ!?』

『クソダサすぎるwww これが神界の正義の勇者(笑)ですかwww』

 だが――

 画面の向こうの視聴者が笑っていようと、神界のワイズが歯ぎしりしていようと、この現場において、絶対に笑って済ませられない人間が一人だけいた。

 ジャリ……ジャリ……。

 立ち込める白煙をかき分け、現場へ向かって、静かに、だが確実に地鳴りのような怒気を孕んで近づいてくる足音があった。

 履き古した『厚底ゴム底・来客用便所スリッパ(抗菌・茶色)』を踏み鳴らし、右手に竹箒、左手にチリトリを提げた作業着姿の中年男――

 ポポロ・コーポ管理人兼、村役場総務の佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)である。

 その眉間には、前世の総合商社時代、新入社員が無免許で社用車を暴走させて本社の正門ゲートをへし折った時以来となる、深々とした怒りの青筋がピキピキと浮かび上がっていた。

「………………おい」

 低く、底冷えのするような、昭和の中間管理職の怒号。

 俺は作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、三粒まとめて奥歯で「ボリボリボリッ!」と噛み砕くと、瓦礫の山の上へとずかずかと踏み込んだ。

 そして――

――ユニークスキル『管理人権限(敷地内絶対平穏&原状回復)』発動。

――対象区画:ポポロ・コーポ駐竜場ブロック塀およびトタン屋根。

――事象:管理規約第2条(共用部器物損壊)に基づく【即時無償原状回復】を執行。

 シュウウウゥゥゥ……ッッ!!

 俺が右手の竹箒でサッと空間を一掃した瞬間、足元から澄み渡る白銀の幾何学光が波紋のように広がった。

 粉々に砕け散っていたブロックがひとりでに宙を舞って元の位置へと組み上がり、飴細工のように曲がっていたトタン屋根が一瞬でシワ一つない新品同様のトタンへと復元される。

 舞い散っていた白煙と砂埃すら、チリトリの中へと吸い込まれるように収束し、わずか三秒で駐竜場は何事もなかったかのような静けさを取り戻した。

「な……っ!? ば、バカな……!? 一万馬力の激突痕を……箒ひと撫でで直しやがった……!?」

 瓦礫から放り出され、地面に尻餅をついたゼロスが、恐怖で目を剥いた。

 そんなゼロスの眼前へ、俺は便所スリッパの先をピタリと突きつけ、丸めた『ルナミス新聞』を右手でパシパシと手のひらに打ち付けながら、冷徹無比な眼差しで見下ろした。

「……おい、ゼロス」

「ヒィッ……!?」

 現場の総務課長としての、魂からの説教が、静かに幕を開けようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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