EP 4
無限再生ネギカリバーの論理武装と、半泣き妖刀剣客の敗走
大宇宙管理局が誇る最新鋭プラットフォーム『GodTube』の裏チャンネルに開設された、極秘生中継枠『極限炎上・救世主誕生プロジェクト』。
画面の向こうでは、全宇宙から集まった数百万人の視聴者(上位神格公務員や好事家たち)が、リアルタイムに流れる血生臭い阿鼻叫喚を今か今かと待ちわびていた。
――しかし、不可視の使い魔ドローン(中継カメラ)が捉え、全宇宙へ配信されていた映像は、炎上神ワイズの思い描いた「血塗られた惨劇」とは完全にかけ離れた、世にも珍妙な光景だった。
『……な、何なんだこれは!? 画面一面、緑色に刻まれたネギの輪切りしか見えないぞ!』
『おい、悪の剣客がネギ汁を浴びて号泣してるんだが?』
『正義の特務勇者(笑)はどこ行った? 厚底ブーツでコケて自爆してるぞ!』
チャット欄を埋め尽くす、激しい困惑と草を生やす弾幕。
それもそのはず、ポポロ村西側境界ゲートの路上では、触れた森羅万象を分子結合ごと両断するはずの過激派ネフィリムの剣客ミラースが、膝をついてボロボロと大粒の涙と洟を垂れ流していたからだ。
「ぎゃあああああっ……! め、目が……! 網膜が焼けるように熱い……! なんだこの催涙ガスのようなネギ汁はぁぁぁッ!!」
白骨の鞘から抜き放たれた妖刀『哭刀』の刀身には、みじん切りにされたネギの切れ端がべっとりと張り付き、刀身から漏れ出ていたはずの「泣きたい……斬りたい……」という怨嗟の啜り泣きも、「ぐえっ……辛い……目に染みる……」という情けない咳き込みへと変わっていた。
そのミラースを見下ろす位置――境界フェンスの柱の上には、金縁眼鏡をキラーンと冷酷に光らせたインテリ奇樹ネギオが、蔦の腕を組んで仁王立ちしていた。
『フッ……減価償却の概念すら持たん単細胞が、神聖なるポポロ村の境界線に刃傷沙汰を持ち込むとは片腹痛いな』
ネギオは手にした聖葱剣『ネギカリバー』の切先を、ミラースの鼻先へピシリと突きつけた。
先ほど何千回とスライスされたはずの刀身は、わずか0.1秒で根元から瑞々しい新芽を吹き出し、寸分の狂いもなく元の美しい白緑色へと完全再生を果たしている。
『貴様に分かりやすくコスト計算をしてやろう。……貴様のそのユニークスキル『ソード(絶対切断)』の発動にかかる体内マナ消費量は、一太刀あたり標準魔導換算で金貨三枚相当。対する我がネギカリバーの再生原価は、村の生ゴミから生成された完熟腐葉土と、タダで降り注ぐ太陽光のみ。つまり――貴様が一振りするたびに、貴様の財政基盤は金貨三枚の赤字を垂れ流し、我が農園のキャッシュフローは一切のダメージを負わない。費用対効果(ROI)の観点から言えば、貴様の剣術は赤字垂れ流しの破綻企業そのものだな』
「き、貴様ぁぁぁッ! 拙者の至高の剣理を、生ゴミと腐葉土の原価で語るなぁぁッ!!」
屈辱に顔を歪めたミラースが、目を真っ赤に充血させたまま跳躍した!
『哭刀』から立ち上る漆黒の断絶オーラ。空間そのものを裂く横薙ぎの一閃が、ネギオの胴体目掛けて音もなく放たれる!
ズバァァァッッッ!!
綺麗に両断されたネギオの胴体。
――だが!
スポンッ! ニョキニョキニョキッ!!
切断された下半身から、信じられない速度で新しい上半身が音速で生え変わった!
さらに、切り落とされた上半身の断面から、まるで加圧ポンプを直結したかのような超高圧のネギ汁ジェットが、ミラースの顔面へ向けてゼロ距離で噴射されたのだ!
ブシャァァァァァァァッッッッ!!!!
「ぶべらっっっ!?!?!?」
まともに浴びたミラースは、仰向けに吹っ飛んで農道の泥水の中へ背中から叩きつけられた。
顔面全体をポポロ村特産の超濃厚硫化アリルでコーティングされ、もはや目を開けることすら叶わない。
『言ったはずだ、単細胞。ポポロ村の土壌菌で育ったネギの催涙成分を舐めるなと。……次はお前が、我が廃工房の肥溜めにダイブする番だぞ』
ネギオが冷笑を浮かべ、蔦の触手を鞭のようにしならせる。
そこへ――
サッ……。
大気の揺らぎすら感じさせず、漆黒の燕尾服を寸分の狂いもなく着こなした長身の影が、ミラースの背後へ音もなく滑り込んだ。
人狼執事リバロンである。
手帳の銀時計をパチンとポケットに収めると、白手袋の指先で、白銀に輝く薄い名刺を水平に構えた。
「おや……? まだ抜刀を続けられるおつもりですか? 野蛮ですねぇ。私はただの執事、武器など持ち合わせておりませんよ。――この、薄い名刺一枚以外は」
シュパパパパパッッッ!!!!
超音速で投擲された名刺の角が、ミラースの陣羽織の両肩、両肘、そして袴の裾を敷石の隙間へ寸分の狂いもなく縫い止めた!
鋼鉄の杭を打ち込まれたかのように、身動きを完全に封じられるミラース。
さらに、正面からはドスンドスンと大地を揺るがす足音が近づいてきた。
巨大な炎熱鍛冶ハンマーを肩に担ぎ、額に青筋を浮かべた若き半神鍛冶師・ヒエンが仁王立ちしていた。
「おいコラ、ネフィリムのチンピラ。俺の母さん(不死鳥フレア)が、佐伯さんの雑炊でようやく過労から回復して寝てんだよ。……その枕元でガチャガチャ刃物を振り回して、母さんの安眠を邪魔する気かぁッ!?」
ゴオォォォッ!とハンマーから立ち上る、神鳥直伝の紅蓮の業火。
無限再生のインテリ奇樹ネギオ、超音速名刺刃の人狼執事リバロン、そして一万馬力級の炎熱ハンマーを構える孝行息子ヒエン。
三方に完全に包囲され、ミラースの青白かった顔面は、今度は恐怖で真っ白に染まり上がった。
「ヒ、ヒエェェッ……!? な、なんだこの村は……!? 話が違う……! 無防備な田舎の農村などではない……! 神話級の化け物が当たり前のようにゴロゴロと……ッ!」
ガチガチと歯の根を鳴らし、妖刀『哭刀』を抱え込むようにして震えるミラース。
――そんな修羅場の真ん中へ。
くたびれた作業着姿の中年男が、茶色い便所スリッパをパタパタと鳴らしながら、何食わぬ顔でトボトボと歩み寄ってきた。
俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)である。
「はいはい、そこまでそこまで。みんな武器を収めなさい」
「さ、佐伯さん! 危ねぇっすよ、そいつは概念切断の人斬りだ!」
ヒエンが慌てて制止しようとするが、俺はミラースの目の前でしゃがみ込むと、作業着のポケットから一枚の複写用紙を取り出した。
ホームセンター『タローマン』のロゴが入った、『危険物・刃物類一時預かり証』である。
「ミラースさん、ですね。……ポポロ村公有財産管理規則第十二条に基づき、村内への抜刀状態での立ち入りは固く禁じられています。その刀、一旦こちらで預かりますよ」
「な……何をふざけたことを……! この『哭刀』は数千人の怨嗟を吸った妖刀! 貴様のような無力な人間が触れれば、精神を汚染されて一瞬で発狂――」
「はい、預かり預かり」
サッ。
俺はミラースの警告を完全に無視し、電車の網棚から忘れ物の傘を降ろすかのような自然な手つきで、ミラースの手首からスッと『哭刀』を抜き取った。
そして――作業着の胸ポケットから、愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出すと、刀の柄頭へ迷いなくポンと押し当てた。
ポンッ。
――ユニークスキル『管理人権限(危険物一時保管&共用部騒音遮断プロトコル)』発動。
――対象物:妖刀『哭刀』。
――事象:共用通路における【怨嗟ノイズの完全消音および不浄の成仏】を執行。
ピカァァァァァァァッッッ……!!
白銀の神聖法廷光が、刀身全体を優しく包み込んだ。
先ほどまで「泣きたい……斬りたい……」と喚き散らしていた刀の怨念が、まるでポポロ・コーポの熱々サウナとマイ茄子水風呂に浸かったかのように、フワァァァ……と蕩けるように成仏していく。
刀身にこびりついていた禍々しい黒気が綺麗さっぱり蒸発し、残されたのは――刃こぼれ一つない、鏡のように澄み渡った「ただのやたらと切れ味の良い極上和包丁」だった。
『……あぁ……極楽、極楽……南無……』
刀から満足げな成仏ボイスが微かに漏れ聞こえ、そのまま静かに沈黙した。
「な……っ!? 拙者の……拙者の魂の相棒である妖刀が……成仏してただの綺麗な名刀になりおったぁぁぁッ!?」
ミラースは目を剥き、顎が外れんばかりの絶叫を上げた。
俺はその刀を、持参したタローマンの傘袋へスポッと収めると、作業着の脇にしっかりと挟んだ。
「よし、危険物の無力化完了。これ、ダストンさんのちゃんこ鍋屋の魚捌き用にちょうどいい切れ味だな。……ネギオ先生、この人の身柄、預かってもらえますか?」
『フッ……構わんぞ、佐伯の旦那』
ネギオが蔦の手を伸ばし、名刺で縫い止められていたミラースの襟首をヒョイと吊り上げた。
『貴様には、我が工房の裏山の薪割りと堆肥運びで、労働の尊さと減価償却のイロハをみっちり叩き込んでやろう。逃げようとすれば、毎朝五時のロイヤル皇帝カンチョウ液の刑だ』
「ヒ、ヒエェェッ……! カンチョウ液だけはご勘弁をぉぉぉッ!」
過激派ネフィリムの恐るべき剣客は、半泣きで蔦に引きずられながら、ネギオの廃工房へとドナドナ連行されていったのだった。
*
静けさを取り戻した西側境界ゲートの路上。
俺は作業着の胸ポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターでカチリと火をつけた。
紫煙をゆっくりと青空へ燻らせながら、視線を前方へと戻す。
そこには――
悪役として送り込んだはずのミラースがあっさりと無力化され、成仏した妖刀を傘袋に入れられて連行された一部始終を、口をあんぐりと開けて見届けていた男が一人。
十五センチの特注魔導シークレットブーツの足首をガクガクと震わせ、純金メッキの鎧の中で脂汗をダラダラと流している契約勇者ゼロス・ディバインの姿があった。
「……さて」
俺は老眼鏡を鼻先にかけ直し、出勤簿のバインダーを指先でトントンと叩いた。
「お次は、あんただな。……神界公認の、厚底勇者さん」
「ヒィッ……!?」
ゼロスの喉から、情けない引き攣った悲鳴が漏れた。
炎上神ワイズの仕組んだヤラセマッチポンプ劇団は、いよいよ主演男優の「課金自滅」という次なる地獄の幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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