EP 3
フル課金勇者の15cmシークレットブーツと、無限再生ネギディベート
どれほど巨額の資本を投じようと、どれほどきらびやかな装備で着飾ろうと、足元の重心が定まっていない人間は、現場の凸凹道を一歩歩いただけで無様に躓く。
午後一時整。
ポポロ村の西側境界ゲート前、未舗装の農道と石畳の境目。
晩秋の乾いた風が吹き抜ける中、俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、愛用の作業着の袖をまくり、フェンスの留め金の最終チェックを終えたところだった。
作業着の胸ポケットから取り出したのは、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』。
二粒をポリポリと奥歯で噛み砕き、保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込む。
じんわりと内臓の底から温もりが広がり、午前中の側溝清掃で張っていた腰がふっと軽くなる。
左胸のポケットの中では、ウサギ村長キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の規則正しい心音を感知して、トクン……トクン……と優しく、穏やかな微振動を伝えてきていた。
「……よし、異常なし。さあ、来るなら来いってんだ」
俺が青箱のハード煙草にジッポライターでカチリと火をつけ、紫煙を燻らせた――その時だった。
ジャリ……ジャリ……ズシン……ッ!
カツ……カツ……ガクッ!
街道の彼方から、信じられないほど不規則で、耳障りな重金属の足音が近づいてきた。
そして――晩秋の木漏れ日を力任せに乱反射させながら、視界の奥からギラギラと眩い金色の光塊が姿を現した。
「な、なんだありゃあ……?」
俺が老眼鏡を直して目を凝らすと、そこにいたのは、見る者の網膜を物理的に焼きに来ているようなド派手な青年だった。
美しくブローされた金髪に、過剰なスキンケアと美容整形を施したような作り物めいた白面の美貌。
全身を隙間なく覆っているのは、惜しげもなく純金メッキが施された最高級オリハルコンのフルプレートアーマー。背中には、神界の特命契約勇者を示す真紅のシルクマントが風にたなびいている。
だが――何よりもその男の威厳を根底から台無しにしていたのは、足元だった。
足甲の靴底が、まるで厚底サンダルのように不自然極まりない厚みで盛り上がっている。
どう見ても十五センチは底上げされた、特注の魔導シークレットブーツ。
その上げ底のせいで足首の可動域が完全に死んでおり、小石を踏むたびに「ガクッ!」「おっと!」と膝をガクガクと震わせ、ぎこちないロボットのような歩行を繰り返していた。
炎上神ワイズの飼い犬――特務契約勇者ゼロス・ディバインである。
「ふぅ……ふぅ……ッ! な、何なんだこの田舎の農道は! 舗装もされていない砂利道ばかりで、僕の特注シークレットブーツの踵が削れてしまうじゃないか!」
ゼロスは額の汗を拭いながら悪態をつくと、懐から口臭予防の魔導スプレーを取り出してシュッシュッと口内へ吹きかけ、歯の白さを指でカチッと確認した。
そして、空中を音もなく旋回していた不可視の使い魔ドローン(中継カメラ)のレンズへ向けて、貼り付けたような営業用スマイルをバチッと向けた。
「さあ! 全宇宙のGodTubeリスナーの皆さん、お待たせいたしました! 正義の公認A級勇者ゼロスです! 本日は、魔王軍や反社会的勢力と裏で癒着し、神界の秩序を乱していると噂の極悪集落――ポポロ村へ、成敗の鉄槌を下しに参りましたよ!」
カメラ目線でオリハルコンソードの柄を握り、ポーズを決めるゼロス。
その背後――木々の影から、音もなく滑り出てきたもう一つの影があった。
ボロボロの黒い陣羽織を羽織り、頭から編み笠を目深に被った長身の痩躯。
肌は死人のように青白く、額からは禁忌の混血種「ネフィリム」の証である小さな漆黒の角が覗いている。
腰に差していたのは、白骨のような鞘に収められた長大な日本刀――妖刀『哭刀』。
その刀身からは、鞘越しにも関わらず、真夜中の古井戸から響くような不気味な怨嗟の啜り泣きが漏れ聞こえていた。
『……泣きたい……斬りたい……森羅万象を断ち割り、この世の全てを血の海に沈めたい……ヒヒッ……!』
触れたものすべてを分子結合ごと両断するユニークスキル『ソード(絶対切断)』を宿す剣客、ミラース。
炎上神ワイズがマッチポンプの「悪役」として仕立て上げた先遣隊である。
ゼロスはカメラの死角でミラースへ目配せし、小声で囁いた。
「おいミラース、台本通り頼むぞ。まずお前が派手に村の防壁を切り刻んで、村人どもを恐怖のどん底に叩き落とせ。……その絶叫がピークに達したところで、僕が背後からお前を討ち取る演出だ。スパチャの取り分は、約束通りお前にも一割くれてやるからな」
『……フッ……銭勘定などどうでもいい……。拙者はただ、斬れぬものなき我が『哭刀』の刃を、生きた肉と骨で濡らしたいだけよ……!』
チャキッ、とミラースが親指で妖刀の鍔を弾く。
溢れ出す、空間を歪ませるほどの殺気。
二人は意気揚々と、ポポロ村の境界フェンスへ向けて踏み込もうとした――まさにその時だった。
「はいはい、そこまで。ストップストップ」
静寂を切り裂いて響いたのは、あまりにも気の抜けた、くたびれた中年男の声だった。
フェンスの脇の脚立から、茶色い便所スリッパをパタパタ鳴らしながら降りてきたのは、作業着姿の俺だった。
手には、バインダーに挟まれた『来訪者受付簿』と赤ボールペン。
「あんたたち、村の境界ゲートに入る前に、ちゃんと受付簿に氏名と目的を記入しましたか? それと、そこの金ピカのお兄さん。足元、何ですかその異常な厚底ブーツは。未舗装の農道でそんな重心の狂った履物を履いてたら、側溝に足を取られて足首を複雑骨折しますよ。現場の労働安全衛生上、極めて不適切です」
「な……な、何だと貴様ぁ!?」
ゼロスの完璧な営業用スマイルが、一瞬で引き攣った。
「ぶ、無礼な! これは神界最高峰の職人が誂えた、由緒正しき魔導シークレットアーマーだ! 厚底などと言うな! 僕の身長は生まれつき百八十五センチだぁぁッ!! だいたい、戦闘力測定値たったの『1馬力』のド底辺のおっさんが、正義の特務勇者である僕に指図するな!」
「生まれつき百八十五センチの奴が、十五センチの上げ底履く必要ないでしょうが。見栄を張る前に、現場の足元を見なさい」
俺が淡々とツッコミを入れると、ゼロスは顔を真っ赤にして地団駄を踏み、上げ底の踵を石畳に打ち付けた。
すると、背後の編み笠の剣客ミラースが、青白い顔に獰猛な薄笑いを浮かべ、一歩前へ進み出た。
『……ゼロス殿、雑魚の相手など無駄口よ……。邪魔立てする者は、村のフェンスごと両断してくれよう……! 哭け、我が妖刀『哭刀』……!!』
ヒュルルルルルルッッッ!!
ミラースが白骨の鞘から、抜き打ち一閃!
あらゆる物理硬度を無視し、大気の分子結合そのものを切り裂くユニークスキル『ソード(絶対切断)』の漆黒の斬撃が、真空の刃となってポポロ村の境界フェンスへ向けて音もなく放たれた!
鉄柱が、空間ごと真っ二つに両断されかけた――まさにその瞬間だった!
バシィィィィィィッッッッ!!!!
どこからともなく飛来した、鮮やかな白緑色の閃光!
それは、ミラースの放った絶対切断の刃のど真ん中へ、超音速で突き刺さり、火花を散らして弾き飛ばした。
斬撃と激突したのは――なんと、白くツヤツヤと輝く、巨大な一本の『長ネギ』だった!
「なっ……!? ネ、ネギ……だと!?」
ミラースが息を呑んで後退りした。
木陰の廃工房の屋根の上から、眼鏡をキラーンと光らせて優雅に飛び降りてきたのは、インテリ奇樹ネギオだった!
その蔦の手には、先端から七色の神聖マナを噴き上げる聖葱剣『ネギカリバー』が握られている。
『フッ……減価償却の概念すら持たん単細胞が、神聖なる村の境界線に刃傷沙汰を持ち込むか』
ネギオは眼鏡をくいっと押し上げ、冷酷無比なディベート口調で一刀両断した。
『貴様のその『哭刀』の斬撃……空間切断と怨嗟の放射にかかるマナコストは、一太刀あたり金貨三枚相当。対する我がネギカリバーの再生コストは、村の堆肥と太陽光のみで実質ゼロ円だ。費用対効果(ROI)の観点から言えば、貴様の剣術は赤字垂れ流しの破綻企業そのものだな』
「き、貴様ぁぁぁッ! ネギの分際で拙者の至高の剣理を侮辱するかぁッ!!」
激高したミラースが『哭刀』を両手で構え、目にも留まらぬ速さで神速の乱舞を繰り出した!
ズババババババッ! スパン、スパンッッ!!
空間を切り裂く刃が、ネギオの構えるネギカリバーを十文字に、百文字に切り刻んでいく!
飛び散るネギの輪切り!
だが――切り刻まれた端から、ピュッ! ピュッ!と新しいネギの茎が音速で生え変わり、何千回両断されようと、ネギカリバーは一ミリも短くならない!
それどころか、刻まれた断面から、高圧スプレーのように瑞々しいネギ汁が猛烈な勢いで噴射された!
プシューーーッッッッ!!!!
「ぎゃあああああっ!? め、目が痛い! 硫化アリルが粘膜に染みるぅぅぅッ!!」
編み笠を吹き飛ばされ、ミラースが目を押さえて悶絶する。
ネギオは冷ややかに鼻を鳴らし、ネギカリバーをピシリと突きつけた。
『愚かな。ポポロ村の土壌菌で育ったネギの催涙成分を舐めるなよ。……貴様の薄っぺらい怨念など、我が農業経済学の足元にも及ばん』
そこへ――
「おや……? 抜刀なさるのですか? 野蛮ですねぇ。私はただの執事、武器など持ち合わせておりませんよ。――この、薄い名刺一枚以外は」
バサァッ!と黒衣の裾を翻し、木立から音もなくエントリーしてきたのは、漆黒の燕尾服を着こなした人狼執事リバロンだった。
手帳の銀時計をパチンと閉じ、指の隙間に挟んだ白銀の名刺を水平に構える。
シュパパパパパッッッ!!!!
時速三百キロで投擲された名刺の角が、ミラースの陣羽織の袖を切り裂き、地面の敷石へとガチリと縫い止めた。
さらに、鍛冶場から駆け込んできた孝行息子ヒエンが、背中の巨大な炎熱ハンマーをドォォォンッ!と地面に叩きつける。
「佐伯さんに刃物を向けやがって! 母さんの散歩道を汚す奴は、この俺が叩き潰してやるぜ!」
「ヒ、ヒエェェッ……!? な、なんだこの村の戦力は……!?」
ネギオの無限再生ネギ、リバロンの超音速名刺刃、ヒエンの炎熱ハンマー。
三方に完全に包囲され、ミラースは涙目でガタガタと震え上がった。
妖刀『哭刀』の怨嗟の泣き声も、ネギ汁の激痛の前にすっかり小さくしぼんでいる。
そして――ゼロスはといえば。
想定外すぎる地獄の包囲網を前に、十五センチのシークレットブーツの足首をガクガクと震わせ、泡を吹きかけていた。
「う、嘘だろ……!? 無防備な田舎村のはずじゃ……!? な、なんで神話級の化け物が当たり前のようにゴロゴロ出てくるんだよぉぉぉッ!!」
ヤラセマッチポンプ劇団の第一幕は、開演からわずか五分で、見るも無惨な完全崩壊を遂げようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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