EP 2
地雷原のど真ん中に設定された、ヤラセ焼き討ちターゲット
どれほど綿密に組まれた事業計画書であろうと、現場の実態調査を怠った机上の空論は、実行に移された瞬間に大惨事を引き起こす。
前世の総合商社時代にもいたのだ。現地の下水道設備も治安の悪さも知らぬまま、地図上の空白地帯を指差して「ここに巨大ショッピングモールを建てれば競合ゼロで大儲けですよ!」と豪語し、地元のヤクザと不法投棄の山に突っ込んで億単位の損害を出した若手エリートが。
午前十一時整。
ポポロ村役場、村長公邸二階の執務室。
俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、愛用の老眼鏡を鼻先にかけ、村役場の公務用魔導通信石から出力された『周辺空域・高エネルギー生体マナ走査ログ』に赤ペンを走らせていた。
「……なるほどな。街道の監視カメラの死角を突いて、不可視の使い魔ドローン(中継カメラ)が三十二基、村の周囲を包囲するように上空三千メートルに配置されている、と」
「へい、その通りやで健太のおっちゃん」
長テーブルの向かい側で、三毛猫耳のCFOニャングルが純金の金算盤をパチパチと弾きながら、キセルをくゆらせてニヤリと笑った。
「GOD本社の回線網を迂回して、裏チャンネルの『極限炎上・生中継特設ルーム』へ直結されとる。すでに待機リスナーが五百万人を突破して、チャット欄には『いよいよポポロ村が燃えるのか!』『魔王と通じる悪徳集落を殲滅しろ!』っちゅうヘイトコメントが溢れかえっとるわ」
「完全に絵に描いたようなヤラセのセッティングですね」
漆黒の燕尾服を優雅に着こなした人狼執事リバロンが、手帳の銀時計をパチンと閉じ、冷ややかな笑みを浮かべた。
「炎上神ワイズの筋書き(プロット)も、すでに筒抜けでございます。まず先遣隊として、過激派ネフィリムの剣客ミラースが妖刀『哭刀』を抜いて村の境界フェンスを叩き斬り、無辜の農民たちを恐怖の底へ突き落とす。……そして村が焼き討ちにされる寸前、神界公認の契約勇者ゼロス・ディバインが純金の鎧を着て颯爽と現れ、ミラースを討ち取って村を“救済”する、という三文芝居でございますな」
「……バカバカしい」
俺は作業着の胸ポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと奥歯で噛み砕いた。
口に広がる生薬のほろ苦さを、保温水筒から注いだ人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込む。
じんわりと温もりが染み渡り、連日のトラブル対応で凝り固まっていた胃壁がふっと落ち着きを取り戻す。
「ワイズの野郎、うちの村の人口台帳とアパートの入居者リストを一行たりとも読んでないな」
「読んでへん、読んでへん! 完全に『辺境の無防備な田舎村』っちゅう記号だけでターゲットに選定しとるわ!」
ニャングルが腹を抱えて大笑いした。
無理もない。
ポポロ村は、外見こそ長閑な田舎農村だが、その実態は大陸全土……いや、全宇宙を探しても類を見ないほどの「極悪トラップだらけの超重武装地雷原」なのだ。
木造モルタル三階建てアパート『ポポロ・コーポ』の一階を見渡すだけでも――
A棟一〇一号室には、二十四時間豚骨を煮込み続ける一万馬力級の伝説の暴君・竜王デューク。
隣の一〇二号室には、パチンコで家賃を溶かしながらも本気を出せば大陸を凍結させる狼王フェンリル。
女子棟の一〇一号室には、息子のヒエンが作る雑炊で過労から超回復を遂げた不滅の調停者・不死鳥フレア。
さらに二階には、先日のコンプラ指導でようやく規律を取り戻し、いつでも絶対調停合体ロボ『聖獣機神ガオガオン』を起動できる五聖獣が勢揃いしている。
地下数千メートルの更生監獄には、最高級テーラー仕立ての濃紺スリーピーススーツを着こなした任侠邪神デュアダロスが、黒鉄の自動拳銃を手入れしながらリモート防犯カメラのモニターを睨みつけており、街道からは時速八十キロで爆走する十万馬力の始祖竜ロードがママチャリで出入りしている。
おまけに、村の自警団詰所の裏には、元・氷魔将軍スアイの開拓村と、元四天王ダストンのちゃんこ鍋屋、そして奇樹ネギオの廃工房が控えているのだ。
「……竜王、狼王、不死鳥、始祖竜、五聖獣、邪神、元魔王軍四天王。そんな連中が家賃三万円のモルタルアパートや広場のテントに密集して暮らしてる村を、よくもまあ『無防備な薪』に選んでくれたもんだよ」
俺が青箱のハード煙草にジッポライターでカチリと火をつけ、紫煙を天井へと燻らせると、部屋の隅のソファーで純白のウサギ耳をピクピクと揺らしていた第43代村長キャルルが、トボトボと俺の隣へ歩み寄ってきた。
その愛らしい瞳には、不安と怒りが入り混じっている。
「健太さん……あのね、村の外の森から、すっごく嫌な心音が近づいてきてるの」
「心音? どんな音だキャルル村長」
「一つはね、血の匂いと怨嗟がドロドロに渦巻いてて、まるで壊れた機械みたいに『斬りたい、刻みたい』って繰り返してる冷たい心音……。そしてもう一つは、すごく速くて、嘘と見栄と虚栄心でペラペラに張り詰めてて……足元がグラグラ揺れてる、情けない心音だよ」
超聴覚による完璧な生体プロファイリング。
前者は妖刀使いの剣客ミラース、後者は十五センチの底上げシークレットブーツを履いた契約勇者ゼロスに他ならない。
キャルルは俺の作業着の袖をギュッと握りしめ、上目遣いに見つめてきた。
「健太さん、私、あんなヤラセのためにこの村の畑やみんなの家を壊されるなんて絶対に嫌。……今すぐ私が、満月じゃなくてもマッハ1で飛び出して、あの二人をまとめて地面に埋めてきちゃおうか……?」
物騒極まりない提案。
俺は苦笑しつつ、丸めたルナミス新聞でキャルルのウサギ耳の間をペシッと軽く叩いた。
「落ち着きなさい、村長。相手の狙いは『全宇宙生中継での炎上とスペクタクル』なんだ。こっちがいきなり音速の暴力で相手をミンチにしたら、それこそワイズの思う壺だぞ。『ポポロ村の凶暴なウサギ怪獣が正義の使者を虐殺した!』って切り抜き動画を作られて、格好のバズのネタにされるのがオチだ」
「うぅ……っ。じゃあ、どうするの……?」
「決まってるでしょう」
俺は作業着の胸ポケットから、愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出し、出勤簿の余白へトンと置いた。
「『段取り』と『現場のルール』で、相手の演出を最初から最後まで完全にスカしてやるんですよ。……ヤラセ劇団が一番恐れるのは、武力による反撃じゃない。『台本が一切成立しない、圧倒的な日常の事務処理』だ」
俺の言葉に、リバロンが目を細めて微笑み、ニャングルが金算盤を鳴らして賛同した。
前世の総務課長時代、テレビのワイドショーの突撃取材や、炎上狙いの悪質YouTuberが本社の受付にカメラを回して乗り込んできた時と同じだ。
怒鳴り散らしたり暴力を振るえば相手の勝ち。
必要なのは――カメラの前で一切動じず、施設管理規則と道路交通法、そして労働安全衛生基準の条文を淡々と読み上げ、相手の芝居をただの「迷惑な不法侵入事案」として処理することなのだ。
「リバロンさん、村の防災放送で全住民へ通達を。『本日午後、村の境界付近にて無許可のゲリラ撮影および不審者の侵入が予想されますが、住民の皆様は通常通りの農作業と生活を続けてください』とな」
「かしこまりました、佐伯殿。速やかに手配いたします」
「ニャングルさんは、村の防衛魔導ドームの出力を最小限にしておいてくれ。派手なバリアで弾くと相手が『強固な結界を破る俺カッケー!』の演出に使っちまう。……あえて、境界ゲートの扉を油の切れた軋む音で開けておくんだ」
「了解や! 拍子抜けさせて、舞台の幕が上がる前に客席を冷え冷えにしたるわ!」
「よし、段取りは決まったな」
俺は立ち上がり、足元の『厚底ゴム底・来客用便所スリッパ(抗菌・茶色)』をポンポンと軽く踏み鳴らした。
作業着の胸ポケットにインク内蔵式三文判をしっかりと収める。
その左胸のポケットの中で、キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の安定した心音を感知して、トクン……トクン……と優しく、穏やかな微振動を返してきていた。
地雷原のど真ん中へ、何も知らずに土足で踏み込もうとしている哀れなヤラセ劇団。
数字狂いの冷血神が描いたマッチポンプのシナリオが、昭和の現場総務課長の手によって、音を立てて崩壊へのカウントダウンを始めようとしていた。
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