EP 6
四分割の定例リモート会議と、画面越しに響く仁義のドス
どれほど危険な特級受刑者の組事務所へ出前を届け、どれほど凶悪な邪神とサシで葉巻を燻らせようと、娑婆へ戻ればそこには「日常の業務報告」が待っている。
午後一時過ぎ。
秋晴れのからりとした日差しが降り注ぐポポロ村。
未踏ダンジョンの最深部から無事に帰還した俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)と護衛部隊の面々は、木造モルタル三階建てアパート『ポポロ・コーポ』の管理人室へと戻ってきていた。
「母さん! ただいま!」
「ヒエン……! 佐伯さん……っ!」
女子棟(B棟)一〇一号室の引き戸を開けると、中から飛び出してきたのは、すっかり血色の戻った不死鳥フレアだった。
朝方のあの今にも燃え尽きそうな炭のような顔色はどこへやら、頭頂部のアホ毛はピコーンと元気よく立ち上がり、背中からは柔らかな紅蓮の神聖光がチリチリと温かな熱を放っている。
俺が朝イチで仕込んだ『肉椎茸とネギカリバーの鶏卵月見雑炊』と、人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」が、弱り切っていた神鳥の胃壁を完璧に再点火してくれたらしい。
「よ、よかったぁ……! 無事だったんだねぇぇぇっ!」
フレアは涙目で息子のヒエンを抱きしめ、それから俺の両手をガシッと握りしめてぶんぶんと上下に振った。
「デュアダロス様、暴れてなかった!? チャカ乱射されてハチの巣にされなかった!? 『飯が遅ぇ!』って爪で引き裂かれなかった!?」
「暴れるどころか、ご機嫌でしたよ。炙りチーズも肉椎茸のアヒージョも完食して、赤ワインのボトルを空けてました。ついでに、散らかっていた組事務所の掃除と、愛用の特注スーツのアイロンがけまで済ませてきましたからね」
「は……? そ、掃除……? あ、アイロンがけぇぇぇ……!?」
フレアが目を白黒させて固まる。
後ろでは、護衛任務をやり遂げたA級冒険者フェイトが「俺……生きてる……! あの邪神の部屋から生きて帰ってこれたぁぁぁ!」と中庭の砂利の上に大の字になって号泣し、竜人族のイグニスは「佐伯の旦那ぁ! これで俺様の部屋の敷金没収ペナルティ、帳消しっすよね!?」と尻尾をパタパタ振っていた。
「ああ、イグニス、よくやったな。後で役場のニャングルさんのところへ行って減点相殺の書類にハンコを押してやる。フェイトも、臨時危険手当の銀貨五枚を給与明細に上乗せしておくぞ」
「神様! 佐伯さんマジ神様ぁぁぁっ!」
手を叩いて喜ぶ現金な連中を見届け、俺は作業着の胸ポケットから、先ほどデュアダロスから直々に手渡された『漆黒と白銀の代紋入り名刺』を指先で軽く弾いた。
裏社会のトップを極めた男からの、最高顧問の証。
これで、未踏ダンジョンの暴動リスクは完全に解消され、ポポロ村の地下の地雷は無力化されたのだ。
「……よし、これで一件落着だな。さあ、遅めの昼飯にするか」
俺が胸ポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターで火をつけようとした――まさにその時だった。
ピピピピピピッ! ピピピピピピッ!
フォォォォォン……ッッッ!!
管理人室のちゃぶ台の上に置かれていた、神界直轄の公務用大型魔導モニターが、けたたましいアラート音とともに勝手に起動した。
画面の中央に、真っ赤な警告文字が点滅する。
『緊急通知:GOD大宇宙管理局・アナステシア星区【月間PV戦略およびコンプライアンス定例リモート会議】を開始します。関係神格公務員は直ちに回線へ接続してください』
「げぇっ!? 定例リモート会議!?」
廊下の向こうから、小豆色芋ジャージを着崩した世界神ルチアナが、飲みかけの缶ビールを片手に血相を変えて転がり込んできた。
頭には『月人命♡』のハチマキを巻いたままだ。
「最悪ぅぅぅっ! 今日、月末の定例会議の日だったの忘れてたぁぁぁっ! 健太、ちょっと画面の端っこに隠れてて! あたし、今月のPVノルマ大赤字だから、オリンのハゲ頭とヴァルキュリア部長から何を言われるか分かんないのよぉぉッ!」
「隠れるも何も、ここ俺の管理人室なんだが……」
俺のツッコミを待たず、魔導モニターの画面がカチリと音を立てて四分割された。
全宇宙の神々を戦慄させる、地獄のオンラインミーティングの幕開けだった。
*
モニターに映し出された【四分割画面】の構図は、一目見ただけで胃がキリキリと引き攣るような、凄まじい緊張感と格差に満ちていた。
【左上:ルチアナ(担当世界神)】
ポポロ・コーポ管理人室の畳の上。散乱するみかんの皮と缶ビール、小豆色の芋ジャージ姿で、正座しながら目を泳がせている。
【右上:カグヤ(競合世界神)】
月世界の超高層タワーマンション最上階サロン。最高級ツイードジャケットを優雅に羽織り、クリスタルのグラスで最高級発泡神酒を傾けながら、サングラスの奥から嘲笑の視線を投げかけている。
【左下:ヴァルキュリア(天使族長兼カスハラ部長)】
天界監査部の冷徹なオフィス。背後には天井まで届く『未決始末書』の山。銀縁眼鏡を冷たく光らせ、机の上には一億ボルトの神聖雷をパチパチと漏らす聖槍グラニが立てかけられている。
【右下:デュアダロス(特級更生受刑者)】
未踏ダンジョン最深部・デュアダロス組事務所。黒漆デスクに足を乗せ、最高級テーラー仕立ての濃紺スリーピーススーツを完璧に着崩したオールバックの邪神が、机に置いた黒鉄の旧式自動拳銃を布でキュッキュッと磨きながら、だるそうに画面を睨みつけていた。
そして、画面の中央下部――司会進行役として震えながら映し出されていたのは、星区統括リーダーの主神オリンだった。
ピカピカの後光を点滅させながら、目の下にはどす黒い隈、手元には天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』のボトルが握りしめられている。
「え、えー……。定刻となりましたので、今月の星区定例会議を始めたいと思います……」
オリンが声を上ずらせながら口火を切った。
「まずは……アナステシア世界の月間PVレポートだが……ルチアナ君。先週、君の管轄で起きた『聖獣機神ガオガオン一時停止アラート』と、魔皇国の『道路整備予算巨額消失事件』について、本部に提出する理由書はどうなっているかね……?」
「ギクッ!」
ルチアナの肩が跳ね上がる。
すかさず、右上の画面からカグヤがクスクスと意地の悪い笑い声を響かせた。
「おやおや〜? ルチアナちゃん、またやらかしちゃったんですの〜? 私の月世界チャンネルなんて、今期も『追放された月兎族姫のざまぁ配信』で同接数千万人、GOD本社からボーナス予算をたっぷりいただいたというのに。……下水も満足に通せないような泥臭い群像劇に拘るから、いつまで経ってもリボ払いの残高が減らないんじゃありませんこと? おほほほほ!」
「うるっっっさいわね港区ビッチ!!」
ルチアナが画面に向かって缶ビールを突き出す。
「てめぇだって信徒の国宝売り飛ばしてギャラ飲みしてたくせに! あたしの世界は今、種まきの時期なの! 地球のアイドル月人君とのタイアップ新曲だってミリオンセラー行ったんだからぁぁッ!」
「言い訳は見苦しいです、ルチアナ様」
左下のヴァルキュリアが、冷徹な氷点下の声で遮った。
「予算の私的流用、ならびに業務時間中の飲酒。すでに懲戒事由に該当いたします。……オリン様、これ以上の猶予は不要かと。今すぐルチアナ様のアナステシア世界運営権を剥奪し、遠洋マグローザ漁船での強制労働ラインへ移送すべきです」
「ヒエッ!? ま、マグローザ漁船だけは勘弁してぇぇぇっ!」
「あ、あのねヴァルキュリア部長、そこまではちょっと……う、うぐぅ、胃が……! 誰か、誰かストマック・オメガを持ってきてくれぇっ!」
ボリボリボリッ!と水なしで胃薬を噛み砕くオリン。
画面越しに罵声を浴びせ合う女神たち。
毎月繰り広げられる、神界の地獄絵図そのものだった。
――その時だった。
「おい」
ドスの利いた、重力そのものを押し潰すような重低音。
右下の画面――それまで無言でチャカを磨いていた邪神デュアダロスが、黄金の双眸をギラリと光らせて、モニターを真正面から睨みつけた。
「……やかましいんじゃ、クソ尼公どもが。ギャーギャー喚いて、耳が腐るわボケェ」
ピタリと、画面の中の全員の口が止まった。
カグヤのシャンパングラスが小刻みに震え、ルチアナが息を呑み、ヴァルキュリアの眼鏡の奥の瞳が険しく細まる。
星を一つ更地にできる終焉邪龍の威圧。
受刑者の身でありながら、この男の暴力性だけは神界の誰も正面から制御できないのだ。
「ヒィッ……! デュ、デュアダロス君……何か意見があるのかね……?」
オリンが青ざめた顔で尋ねる。
デュアダロスはフンと鼻を鳴らし、チャカをホルスターへ収めると、画面越しに煙草の煙をふわりと吹きかけた。
「意見もクソもあるかい。……ルチアナ、てめぇに一つだけ言っておくことがあるわ」
「は、はいぃぃっ!?」
「さっき、俺のシマ(組事務所)に……娑婆の美味い焼きチーズと、極上の赤ワインと、競馬新聞を届けてくれた『骨のある男』がおった。俺の大事な特注スリーピースのシワを伸ばし、完璧なブラッシングをしてくれた、大したタマの四十男じゃ」
「え……?」
神々が揃って眉をひそめる。
デュアダロスは長い脚を組み直し、モニター越しにドスを利かせて言い放った。
「その男……佐伯の兄ちゃんが管理しとるポポロ村に、もし神界の小役人が指一本でも触れてみぃ。……俺がこの特注スーツのジャケットだけ脱いで、終焉邪龍になってダンジョンぶち破って、てめぇらの神殿ごと更地にカチコミかけたるからな。耳の穴かっぽじって、よう覚えとけやワレェッ!!」
「「「「ヒエッッッッッ!?!?!?」」」」
全画面の神々が、同時に飛び上がった!
カグヤがグラスを取り落としてシャンパンをドレスにぶちまけ、ヴァルキュリアの聖槍グラニの火花がピタリと止まり、オリンは「し、心臓が止まるぅぅぅ!」と椅子から転げ落ちる。
あの傲岸不遜で誰にも心を開かなかった任侠邪神が、地上の名もなき管理人のために、全宇宙を敵に回してカチコミを宣言したのだ!
――そんな大パニックの四分割画面の中。
ルチアナの背後――左上の画面の端っこから、くたびれた作業着姿の四十男が、何食わぬ顔でひょっこりとフレームインしてきた。
手には、湯気を立てる湯呑みと、素朴な茶色いセロファン包みの「ポポロ珈琲飴」。
「ルチアナ様、お茶が入りましたよ。……おや、オリンさん、ヴァルキュリア部長、会議中でしたか?」
「「「さ、佐伯君んんんんんんっっ!?!?!?」」」
画面越しに、オリンの絶叫が木霊した。
俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、老眼鏡を鼻先にかけ、画面の右下――デュアダロスの枠に向かって軽く会釈した。
「デュアダロス様、先ほどはどうも。……せっかくアイロンをかけたばかりなんですから、あんまり怒鳴り散らしちゃいけませんよ。襟元に余計なシワが寄りますからね」
その瞬間――
画面右下の凶悪な邪神の表情が、フッと緩んだ。
「がはは! 佐伯の兄ちゃん、すまんな! ワレの言う通りじゃ、このスリーピースのシルエットを崩すわけにはいかんからのぅ。……おい佐伯、さっき渡した名刺の裏、もう読んだか?」
「いえ、まだですが……」
俺が胸ポケットから先ほどの代紋入り名刺を取り出して裏返すと、そこには古代神聖文字で、小さな術式回路が刻まれていた。
「それな、俺の神気直結の『遠隔監視魔導回路』じゃ。ワレが管理しとるポポロ・コーポの防犯カメラの映像を、俺の組事務所のモニターへ転送するように設定したったわ。……俺が刑務所の暇つぶしに、アパートの『リモート防犯顧問』を引き受けてやる。不審者や空き巣が近づいたら、俺が画面越しに指パッチン一発でミンチにしたるから安心せぇ」
「………………ッッッ!!!!」
画面の中のオリン、カグヤ、ヴァルキュリアが、今度こそ完全に絶句した。
惑星崩壊級の特級受刑者が、家賃三万円の木造アパートの「防犯カメラの監視員」に就任したのだ。
世界で最も物騒で、最も鉄壁なセキュリティシステムの誕生だった。
「……なるほど。監視員を引き受けてくださるのは助かりますが、デュアダロス様、不審者相手でもいきなりミンチにしちゃダメですよ。まずは防犯ベルを鳴らし、警察へ通報するのが正規の手順です。敷地内で血を流されると、タイルの原状回復清掃が大変ですからね」
「ケッ、相変わらず現場主義の細かい男じゃのぅ! わかったわ、まずは威嚇射撃からにしたるわい!」
邪神が楽しそうに笑い声を上げる。
そのやり取りを呆然と見届けていたオリンは、震える手で湯呑みを握り直すようにして、涙目で画面の俺を見つめた。
「さ、佐伯君……。君は……君という男は、あの狂犬のデュアダロスまで、完全に胃袋とスーツの手入れで手懐けてしまったのかね……!?」
「手懐けてなんかいませんよ、オリンさん。相手の立場を尊重し、筋を通しただけです。……それよりオリンさん、今月の盆栽『心平』の葉水はちゃんとやってますか? 過干渉は禁物ですよ」
「あ……あぁっ! 毎朝、君に教わった通りに霧吹きを一回だけかけているよ! 見違えるように青々とした新芽が出てきてね……あぁ、佐伯君、君と話していると胃の痛みが引いていく……!」
中間管理職の神が、画面越しに平伏して涙を流す。
カグヤは完全に毒気を抜かれて「な、なんですのこの男……底が知れませんわ……」と後ずさりし、冷徹無比だったヴァルキュリア部長ですら、静かに聖槍を机に置き、眼鏡を押し上げて深く一礼した。
「……佐伯殿。貴殿の現場マネジメント手腕、感服いたしました。今期のルチアナ様の処分については、貴殿の功績に免じ、厳重注意処分に留め置くことといたします」
「よ、よかったぁぁぁっ! 助かったぁぁぁっ!」
ルチアナが畳に突っ伏して歓喜の涙を流す。
こうして、神界を揺るがす大修羅場となるはずだった定例リモート会議は、昭和の総務課長の存在によって、奇妙な平穏と和解のうちに幕を閉じたのだった。
モニターの電源がプチッと切れ、静けさを取り戻した管理人室。
俺は青箱のハード煙草にジッポライターでカチリと火をつけ、紫煙を天井へと燻らせた。
「やれやれ……。神様連中も、会議となると前世の重役会と何も変わらんな」
苦笑しつつ、胸ポケットの『人参柄刺繍ハンカチ』に触れる。
ウサギ村長キャルルの温もりを伝える布地が、俺の安定した心音を感知して、トクン……トクン……と優しく、穏やかな微振動を刻んでいた。
――だが、俺はまだ知る由もなかった。
この神界リモート会議のログを、薄暗い部屋でソイカプチーノを啜りながら、血走った目で冷酷に見つめていた「もう一柱の男神」の存在を。
『……へぇ。面白いじゃないですか、ポポロ村。戦闘力1馬力の雑魚管理人が、神々を丸め込んでスローライフですか? ……僕の演出する“炎上マッチポンプ劇団”の舞台装置として、これ以上ない極上の薪になりそうだ』
青白いノートPCの光に照らされた、新進気鋭の冷血神――炎上神ワイズの冷酷な嗤い声が、静かにポポロ村の平穏へと照準を合わせ始めていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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