↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/75

EP 5

朝5時のネギ問答! インテリ奇樹ネギオと減価償却のディベート

 翌朝、午前五時。

 木造モルタル三階建て『ポポロ・コーポ』の管理人室で、俺は鳥のさえずりと共に目を覚ました。

 昨晩あれほど大騒ぎだった一〇一号室の豚骨寸胴も、一〇二号室の爆音パチンコも、ピタリと静まり返っている。昭和の管理人流・物理と法廷OSの合わせ技による躾けは、どうやら百点満点の効果を発揮したらしい。

 薄暗い部屋の窓を開けると、高原特有のひんやりとした朝の空気が流れ込んできた。

「……よし、まずは朝風呂だな」

 手拭いと石鹸を抱え、一階奥の共用大浴場へ向かう。

 薪ボイラーの火加減を点検し、フィンランド式サウナ小屋に薪を一本くべてから、並々と張られた一番風呂に肩まで浸かった。

 手足を伸ばし、ふぅーっと長いため息を吐き出す。

 前世の総合商社時代なら、朝の五時といえば昨晩の泥酔接待の二日酔いに苦しみながら満員電車に揺られていた時間だ。それに比べれば、戦力1馬力だろうが魔力ゼロだろうが、ここは天国以外の何物でもない。

 風呂から上がり、作業着に着替えて管理人室の小さな台所に立つ。

 朝飯の献立は昨晩のうちに決めてあった。

 一〇一号室の竜王デュークから「味見用」として丼ごと譲り受けた、あの極上豚骨スープの残りだ。一晩寝かせたことで余分な脂が固まり、旨味だけがぎゅっと凝縮されている。これを鍋で軽く温め直し、タローソンで買っておいた米麦草の細縮れ麺を茹でて合わせる腹づもりだった。

 だが、冷蔵魔導箱を開けて俺は思わず眉根を寄せた。

「……薬味がないな」

 チャーシューもどきの煮豚はある。だが、濃厚極まりないロックバイソンの豚骨スープを受け止めるには、鮮烈な青みとキレのあるネギが絶対不可欠だ。それがないラーメンなど、ハンコのない稟議書のようなものである。

 タローソンへ買いに行こうかと玄関を出たところで、広場の中央に張られた大型耐火テントから、寝ぐせだらけの赤髪を揺らしながら竜人のイグニスが這い出てきた。

「うーっす……佐伯の旦那、おあざーす……。朝からいい匂いさせてるっすね……」

「おはようイグニス君。朝飯のラーメンにネギを散らしたいんだが、村の生鮮スーパーはこの時間やってないよな?」

「ネギっすか? それならタローマートの開店を待つより、村外れの廃工房跡に行った方が早いっすよ。あそこには『ネギオ』が生えてますから!」

「……生えてる? ネギオっていう人が畑をやってるのか?」

「違います、ネギそのものが生えてるんすよ。インテリ奇樹のネギオっす。あいつの頭から採れる『ネギカリバー』は大陸一の絶品薬味っすけど……毎朝五時に始まる『ディベート試練』で論破しないと、絶対に一本も分けてくれないんすよね。毎朝、近所の農家のおっちゃんたちが挑んでは泣きながら返り討ちに遭ってますよ」

 ネギとディベート。

 またしても頭痛のしそうな異世界ワードが飛び出してきたが、空腹の胃袋とラーメンへの情熱には代えられない。

 俺は「ちょっと散歩がてら行ってくる」と言い残し、ポケットに胃薬とシャチハタを突っ込んで村外れの廃工房へと足を向けた。

      *

 朝霧が漂う村外れの廃工房跡。

 崩れかけたレンガ造りの建物の真ん中に、それは確かに「君臨」していた。

 太い大樹のような幹から、青々とした巨大な一本ネギが天に向かって真っ直ぐそびえ立っている。幹の表面には老紳士のような彫りの深い顔立ちが浮かび上がり、蔓で編んだモノクル(片眼鏡)を器用に装着していた。

 インテリ奇樹、ネギオ。推定戦闘力測定不能、知力・弁論力SSS級の植物生命体だ。

 その足元では、麦わら帽子を被った地元のドワーフ農家が、膝をついて悔し涙を流していた。

「くそっ……! わしが丹精込めて作ったジャガイモを、まさかそこまでコキ下ろすとは……!」

「ふっ、感情論は結構ですよドワーフの友よ」

 ネギオが葉をサワサワと揺らし、鼻につくバリトンボイスで滔々と語りかける。

「君の主張する『愛情を込めた手摘み収穫』など、労働生産性の観点から見ればただの自己満足に過ぎない。魔導トラクターの導入による単位時間あたりの減価償却費と、市場におけるコモディティ価格の弾力性を考慮したポートフォリオを提示できない限り、我が至高の青葉『ネギカリバー』を分ける価値など微塵もありませんね。さあ、今日のところは我が知性の前にひれ伏して退場したまえ!」

「うわああああん! 理屈っぽくて手も足も出ねぇぇぇ!!」

 ドワーフの親父は頭を抱えて脱兎のごとく逃げ去っていった。

 朝の五時からなんて不毛な光景だ。

 ネギオは満足げにモノクルを直すと、作業着姿でぽつんと立っていた俺に視線を向けた。

「おや……見慣れぬ顔ですね。くたびれた作業着に、覇気のない猫背……。新手の挑戦者ですか? 言っておきますが、我が知力は初代皇帝・佐藤太郎様の残した『近代経済原論』を完全にマスターしております。資本主義の初歩も知らぬ田舎者に、我が身を刻む資格はありませんよ」

 深いため息が口から漏れた。

 俺は青箱のタバコを取り出し、ジッポで火をつけて紫煙をくゆらせた。

「……あんた、さっきドワーフの親父さんに『魔導トラクターを導入して設備投資しろ』って言ってたな」

「ええ、極めて合理的かつ模範的な経営判断でしょう。最新機器の導入による単位あたりの固定費削減、それこそが近代農業の王道です」

「典型的な机上の空論だな。教科書しか読んだことのない新卒コンサルタントのプレゼンを聞かされている気分だよ」

 ネギオの葉先がピクリと跳ね上がった。

「何ですと……!? 机上の空論だと!? この私の経済学が!」

「現場のキャッシュフローが見えてないんだよ。あの親父さんの畑は、三大国の国境に近い斜面地の段々畑だ。大型の魔導トラクターなんて入れたら旋回半径が取れずに転落事故を起こすのがオチだ。導入初年度の事故率は何パーセントで見積もってる?」

「ぐっ……そ、それはオペレーターの習熟度によって……」

「さらに言えば、魔導トラクターの法定耐用年数はドンガン帝国規格で六年。定率法で減価償却費を計上した場合、導入から最初の二年間でキャッシュフローは猛烈に圧迫される。ポポロ村の現在の不安定な金融情勢と、三大国の関税リスクを考えれば、固定費を増やす設備投資は悪手中の悪手だ。あの親父さんが手摘みと手押し鍬に拘っているのは、固定費を変動費化していつでもリスクヘッジできるようにするためだよ。経営の安全性分析で見れば、親父さんの自己資本比率は九〇%超の健全企業だ。あんたの提案は、無借金経営の優良個人事業主を、ただの債務超過に叩き落とすだけの悪魔の融資話だな」

「な……ななな……ッ!?」

 ネギオの幹が激しく震動し、モノクルがずれ落ちかけた。

「さ、三期連続の損益分岐点比率すら……瞬時に現場の地形と照らし合わせて暗算したというのか……!? し、しかし! 我がネギカリバーは最高級ブランド野菜! B級グルメの屋台ラーメンごときに使われては、ブランドエクイティが毀損する!」

「それも違うな。あんたのそのネギ、頭頂部の糖度と香りは極上だが、下部の白い茎の部分は繊維が硬すぎてそのままじゃ一般家庭の煮物には向かないだろ。ブランド野菜として一本丸ごと出荷しても、客のクレームで返品リスクが高まるだけだ」

「な……ぜ、それを……!?」

「だからこそ、竜王デュークの濃厚な豚骨スープと合わせるんだよ。高温のロックバイソン油を回しかけることで、硬い繊維が瞬時に熱で崩れ、暴力的な甘みへと昇華される。屋台の回転率を考えれば、廃棄ロス率はほぼゼロ。ブランドを大衆店で露出させ、認知度を爆発的に高めた上で、次年度の贈答用高級ネギの予約販売へ繋げるフロントエンド商品にするんだ。これ以上のシナジーがどこにある?」

 静寂が廃工房を支配した。

 ネギオの緑の葉が、まるで感動と畏怖に打ち震えるようにワサワサと大きくざわめく。

 木肌に刻まれた老紳士の目から、ポロポロと大粒の樹液が溢れ出した。

「み……見事だ……!! なんという現場主義、なんという泥臭くも完璧な実務論……! 百年前、私と夜通し国家流通論を語り明かした初代皇帝・佐藤太郎様が、再び私の前に現れたかのようだ……!!」

「いや、ただの元総務課長兼ビルメンだよ。理屈ばかりこねて現場の数字を見ない奴には、前世で散々煮え湯を飲まされてきたからな。……で、ネギを少し分けてもらえるか?」

「勿論ですとも、我が友よ!! いや、我が師よ!! 持っていきたまえ、我が魂の結晶を!!」

 バキィッ!と小気味よい音が響いた。

 ネギオの頭頂部から、神々しい翠緑の光を放つ極上の一本ネギ――聖葱剣『ネギカリバー』の最上部三十センチが自らポキリと折れ、ふわりと俺の手元へ舞い降りてきた。

 手にした瞬間、清涼感のある鮮烈なネギ油の香りが朝の空気に満ちる。文句なしの最高級食材だ。

「助かるよ、ネギオ。いい朝飯が食えそうだ」

「礼には及びません! そして……我が真の友となった貴方に、ネギオ一族に代々伝わる『至高の友情の証』を授けましょう!」

「ん? 至高の友情の証……?」

 俺が首を傾げた、その刹那だった。

 ネギオの幹の根元から、鋼鉄のように引き締まった太い蔦がシュルシュルと猛スピードで伸びてきた。

 その先端は、鋭利な注射針のように研ぎ澄まされた金属質のノズルへと変形している。

「我が体内で千年間熟成された、超高純度奇樹活力液――受け取るがいい! 『ロイヤル皇帝カンチョウ液』ッッ!!」

「……は? ちょっ、待て、何をす――」

 制止の言葉は間に合わなかった。

 戦闘力1馬力のくたびれた中年男性が、音速を超える蔦の機動に反応できるはずもない。

 ズッッッボォォォォォォンッッッッ!!!!

「ンギョオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?!?!?」

 作業着のズボンを貫通し、俺の臀部の急所へ直撃した蔦ノズルから、凄まじい水圧で灼熱の薬液が一気に注ぎ込まれた。

 成層圏を突き破るような情けない絶叫がポポロ村の朝空に木霊する。

 目の前に広がる極彩色の銀河、全身の神経を駆け巡る超高圧の電流、そして裏返る白目。

 俺の意識は、あまりの衝撃に数秒間完全に宇宙へと吹き飛んだ。

      *

「……ハッ!?」

 気がつくと、俺は廃工房の草むらに四つん這いで倒れていた。

 荒い息を吐きながら、冷や汗でびっしょり濡れた額を拭う。

 なんて恐ろしい罠だ。異世界の植物は狂っているのか。

 怒鳴りつけてやろうと立ち上がろうとした――その瞬間、俺は自分の体の異変に気づいた。

「……あれ?」

 痛くない。

 前世のデスクワークと無理な現場仕事でボロボロになり、転生後も重い鉛のように腰にこびりついていた『慢性万年腰痛』が、完全に消え去っていた。

 それどころか、四十肩の重みも、朝起きるたびにキリキリと痛んでいた胃の不快感も、何一つ残っていない。

 手を見れば、荒れてカサついていた肌がまるで二十代の青年のようにツヤツヤと輝き、背筋が羽が生えたように軽い。

「ふふふ……効いたようですね」

 ネギオが満足そうに葉を揺らしている。

「我が一族の秘薬は、超高濃度の植物性幹細胞活性液。経口摂取では胃酸で分解されてしまうため、直腸粘膜から直接超高圧で投与するしかないのです。これで貴方の五臓六腑の経絡は完全に覚醒し、疲労物質は根こそぎデトックスされましたよ」

「……事前に説明しろバカ野郎。死ぬかと思ったぞ」

 悪態をつきつつも、俺は自分の腰を軽く叩いてみた。

 本当に痛みが一切ない。身体が軽いというのは、これほどまでに素晴らしいことなのか。

 俺は片手に握りしめていた『ネギカリバー』を抱え直し、ネギオに向かって軽く頭を下げた。

「……まぁ、礼は言っておくよ。腰痛が治ったのは事実だからな。またラーメンのガラが出たら持ってきてやる」

「ええ、いつでもお待ちしておりますよ、健太殿! 知性を語り合える友を得られたこと、我が年輪の誉れといたしましょう!」

 軽やかな足取りで、俺はポポロ・コーポの管理人室へと戻った。

      *

 台所の小鍋で、デュークの豚骨スープを温め直す。

 茹で上げた細麺を平ザルで湯切りし、熱々のスープが張られた丼へ滑り込ませる。

 そして、まな板の上で『ネギカリバー』に包丁を入れた。

 トントントン、と軽快な音が響くたび、甘く爽やかな芳香が台所いっぱいに広がる。

 刻んだネギカリバーを山盛りにトッピングし、仕上げに熱したラードを上からジュッ!と回しかけた。

「……よし、完成だ」

 管理人室の小さなちゃぶ台に丼を置き、割り箸を割る。

 まずはレンゲでスープを一口。

 濃厚な豚骨のコクの奥から、ネギカリバーの鮮烈なキレと甘みが押し寄せてくる。

 続いてバリカタの細麺をすする。

 シャキシャキとしたネギの歯ごたえと麺が絶妙に絡み合い、喉を通るたびに多幸感が脳髄を突き抜けた。

「……美味い。完璧だ」

 ネギのカンチョウの激痛を耐え抜いた甲斐があったというものだ。

 スープの一滴まで綺麗に飲み干し、湯呑みに注いだぬるい陽薬茶をズズッと啜る。

 絶品の朝食、治りきった腰痛、そして静かな管理人室。

 ようやく思い描いていた理想のスローライフが始まった――そう確信した、まさにその時だった。

 ドタドタドタッ!と乱暴に廊下を駆けてくる足音。

 バンッ!と管理人室の引き戸が勢いよく開け放たれた。

 息を切らして飛び込んできたのは、自警団長のマンミアだった。

「佐伯さん、大変ですッ! 至急、村役場の総務デスクへお越しくださいッ!!」

「……マンミアさん? 朝からどうしたんですか、そんなに慌てて」

「自警団の勤怠管理です! 村が月給三十万円で特別雇用しているA級冒険者のフェイト・ラックが、またしても無茶苦茶な理由で本日の防衛任務の有給申請を出してきたのですッ!!」

 差し出された羊皮紙の『休暇届』を覗き込む。

 そこには、達筆な文字でこう書かれていた。

『事由:親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の飼い犬が逝去したため、忌引休暇を申請します』

「……もう関係ないじゃん」

 俺は思わず前世と寸分違わぬ鋭いツッコミを零していた。

 軽くなったばかりの背筋を伸ばし、俺は引き出しからシャチハタと丸めたルナミス新聞を引っ張り出した。

 どうやら、朝飯の余韻に浸る暇もなく、総務課長としての初仕事が始まるらしい。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。