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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 3

未踏ダンジョン突入! 醤油草採取ピクニックと護衛部隊の労働安全衛生

 ポポロ村の背後にそびえ立つ、万年雪を抱く未踏山脈の切り立った岩肌。

 その標高千五百メートル付近、黒々と口を開けた巨大な大空洞の前に、俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)率いる「深淵デリバリー部隊」は立っていた。

 吹き抜ける風は晩秋の冷たさを帯びているが、洞窟の奥底からは――ゴォォォォ……と地獄の業火が吹き上がってくるような生温かい大気のうねりと、地響きのような唸り声が漏れ聞こえてくる。

『おいコラァァァッ!! ルナミス新聞の競馬欄はまだ届かんのかぁぁぁッッ!!』

『焼きチーズじゃ! トロットロに炙った濃厚なチーズを流し込まんと、この監獄の岩盤ごと破裂させるぞボケェェェッッ!!』

 ビリビリと鼓膜を揺さぶる、特級更生受刑者・邪神デュアダロスの怒号。

 その音圧だけで、洞窟の入り口に群生していた雑草が一斉に千切れ飛んでいく。

 背後に控えていた護衛の面々が、揃って顔を引き攣らせた。

「ひ、ヒエッ……! ま、マジでこれ、星を滅ぼす邪神がブチ切れてる咆哮じゃん! 佐伯さん、俺、やっぱりさっきの『コイントス』の裏が出た件で、労災申請を出して引き返したいんだけど……っ!」

 両手剣を抱えて腰を引いているのは、月給三十万円のA級冒険者フェイト・ラック(二十五歳)である。

 パシッ。

 俺は右手に持った『厚底ゴム底・来客用便所スリッパ(抗菌・茶色)』の先端で、フェイトの額を軽く小突いた。

「往生際が悪いぞフェイト。日当に危険手当を銀貨五枚上乗せしてあるんだ。さっさとヘルメットの顎紐を締めなさい。現場での安全第一は基本中の基本だぞ」

「へ、ヘルメットぉ!? 相手は惑星崩壊級の邪神だぞ!? こんなタローマンで買った黄色いプラスチック帽一つで、何の安全が守れるって言うんだよぉぉッ!」

「守れるに決まってるだろ。落石事故の八割は適切な保護帽の着用で防げるんだ。前世の安全衛生講習で耳にタコができるほど習った常識だぞ」

 俺は出勤鞄から、予備の黄色いヘルメットを取り出し、隣に立つ竜人族のイグニスへ放り渡した。

 イグニスは角の間に無理やりヘルメットをねじ込みながら、鼻からプシュッと火炎を漏らして身震いした。

「へ、へい! 佐伯の旦那ぁ、俺様、部屋の敷金没収ペナルティを帳消しにしてもらうためなら、どんな地獄の底でも火を噴いて露払いするっすよ! ……でも、本当にあんな怪物のところへ出前に行って、生きて帰れるんすかね……?」

「大丈夫だイグニス。俺がついてる」

 背中に巨大な鍛冶ハンマーを背負ったヒエン(二十歳)が、力強く自分の胸板を叩いた。

「母さんが寝込んでる間、ポポロ・コーポと村の平穏を守るのは息子の俺の役目だ! 佐伯さん、いつでも行けますぜ!」

「よし、頼もしいな。……それじゃあ、出前ケータリング部隊、突入するぞ。制限時間は二時間、定時退勤目標だ!」

 俺は背中に背負った特大の背負子――保冷結界を施した木箱に収められた、最高級赤ワイン『グラン・ルナミス・レセルバ』二本、桐箱入りの『ポポロシガー』、極厚の『ドンガン・パルミジャーノチーズ』、そして競馬スクラップ帳の重みを肩で確かめると、迷わず洞窟の中へと足を踏み入れた。

      *

 未踏ダンジョン、第一層から第三層。

 本来であれば、生息する凶暴な魔獣どもが冒険者の肉を求めて群がり、血で血を洗う阿鼻叫喚の修羅場となるはずの領域である。

 ――しかし、現在の隊列は、どう見ても「秋の山菜採りハイキング」そのものだった。

「おっ、ヒエン君、ちょっとストップだ」

「えっ? 何か出ましたかい、佐伯さん!?」

 ヒエンがハンマーを構えて身構えるが、俺がしゃがみ込んだのは、薄暗い岩肌の割れ目だった。

 そこには、青紫色の葉を茂らせ、ほのかに香ばしい塩気を含んだ露を滴らせている野生のハーブが群生していた。

「見てみろ、見事な自生の『醤油草』だ。村の栽培物より、こういう冷涼な岩陰に生えてる天然モノの方が、出汁のキレと香りが段違いなんだよ。……アヒージョの隠し味にちょうどいい。フェイト、軍手をはめて根元から丁寧に摘みなさい」

「えええええっ!? 俺、A級冒険者だよ!? なんで未踏ダンジョンの奥底で、ビニール袋片手に雑草の採取作業させられてんの!?」

「文句を言うな、これも業務の一環だ。あと、そこの岩陰に転がってる丸っこい白いやつ……あれも拾え」

 俺が指差した先。

 湿った土の中から、小さな顔を覗かせていたのは、銀河系最悪の口臭を放つことで悪名高い怪異ニンニク――『ガーリッ君』の野生個体だった。

『……おいおいおい! 誰だよ俺の安眠を邪魔すんのはよぉ! ルナミス帝都の貴族街の裏事情、全部バラ撒いてやろうかコラァ――ぶべっ!?』

 喚き散らそうとしたガーリッ君の頭頂部へ、俺の愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)が、音もなく正確無比に押し当てられた。

 ポンッ。

――ユニークスキル『管理人権限(有害動植物検疫および消臭プロトコル)』発動。

――対象物:野生種ガーリッ君。

――事象:共用通路における【悪臭騒音公害の強制遮断および旨味成分固定】を執行。

『ふへぇぇぇ……南無……』

 ガーリッ君から毒気と悪臭が綺麗さっぱり抜け落ち、純白でツヤツヤとした、極上の無臭スタミナニンニクへと一瞬で変貌した。

「よし、収穫完了。これでアヒージョのオイルベースは完璧だな」

「す、すげぇ……。あの凶悪なガーリッ君を、三文判一発で無臭化して野菜カゴへ放り込みやがった……!」

 フェイトが目を丸くして震え上がる。

 グオオオオオオオオッッッッ!!!!

 その時、前方の鍾乳洞の闇を切り裂いて、巨大な影が飛び出してきた。

 全身を分厚い漆黒の甲殻で覆い、両腕に巨大な鎌を備えた、深淵ダンジョンの捕食者――『ブラック・サイス・マンティス(推定三百馬力)』の群れだ。

 刃のような複眼を光らせ、獲物を八つ裂きにせんと跳躍してくる。

「出たぁぁぁッ! 深淵の殺人カマキリだぁッ!」

「フェイト、ビビるな! サボったら減給だぞ!」

 俺が後ろから声を飛ばすと、フェイトは「うわあああん、有給が欲しいぃぃぃ!」と半泣きになりながら、腰の両手剣をサッと抜き放った。

 ポケットから銀貨を取り出し、親指で弾く。

 ピィィィィンッ……カシッ!

「コイントス……表だぁぁぁッ!!」

 ズドォォォォォォンッッッッ!!!!

 能力二倍、運気二倍。

 ギャンブルが成功した瞬間のA級冒険者は、手がつけられないほどの戦闘マシンへと変貌する。

 銀色に輝くミスリルソードが一閃した瞬間、先頭のマンティス三匹が、甲殻ごと真っ二つに両断されて吹き飛んだ。

 さらに横から――

「佐伯の旦那に指一本触れさせねぇっすよ! 俺様の突貫火炎(とっかんかえん)を喰らえぇぇぇッ!!」

 ゴオオォォォォォォッッッッ!!!!

 イグニスが黄色いヘルメットの鍔を押さえながら、口から極太の超高温火炎ブレスを放射した。

 残りの魔獣どもが断末魔を上げる暇もなく、一瞬にして真っ白な灰へと焼き尽くされていく。

 通路を塞いでいた魔獣の群れは、わずか十秒足らずで綺麗さっぱり消滅していた。

「ふぅ……。見たか佐伯さん、俺の本気を!」

「イグニス、火炎放射の角度を上に向けすぎだ。鍾乳石が熱で脆くなって落石の原因になる。フェイトも、倒した魔獣の甲殻は端に寄せなさい。通行人の足元が危険だろうが」

「「へ、へーい……」」

 どんな戦闘だろうと、昭和の現場監督の労働安全衛生管理は一切の妥協を許さない。

 俺は作業着の胸ポケットから、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと噛み砕いてから、腰の水筒を取り出した。

 人肌温度(三十七度五分)に保たれた黄金色の「ぬるい陽薬茶」を一口含み、喉を潤す。

「よし、通路の安全確認ヨシ。……いよいよ最深部だぞ」

      *

 ダンジョンの最深部、地下三千メートル。

 そこは、周囲の岩肌とは完全に隔絶された、異様な空間だった。

 洞窟の奥に築かれていたのは――白木で組まれた重厚な門構えと、黒漆塗りの頑丈な引き戸。

 門の扁額には、金箔で堂々とこう彫り込まれていた。

『特級更生受刑者隔離区画・デュアダロス組事務所』

 周囲には、大宇宙管理局が敷設したはずの十重二十重の神聖遮断結界が張り巡らされているのだが……その結界の壁面には、革靴の踵で力任せに蹴っ飛ばされた無数の凹みとヒビが刻まれていた。

 そして、内側から響いてくるのは――

 ガシャァァァァンッ!!

 バァァァァァァンッッッッ!!

 机を蹴り倒す音と、重厚な金属の破裂音。

『おいルチアナのクソ尼公! オリンのハゲ! 娑婆の美味い飯はどうしたコラァァァッッ!!』

『三週間じゃぞ三週間! ルナミス新聞の競馬欄も読めず、ワインも切れ、シガーの吸い殻を噛み締めながら耐える俺の身にもなってみんかいワレェェェッッ!!』

 凄まじい神気圧。

 漏れ出てくる殺気だけで、ヒエンの持つ炎熱ハンマーが悲鳴を上げて軋み、フェイトは「ひぃっ、帰る! 有給いらないから帰るぅぅ!」と床にへたり込み、イグニスはヘルメットを手で押さえてカタカタと歯の根を鳴らしている。

 だが――俺は背負子のバンドを外し、木箱を地面にコトッと置くと、作業着の袖をまくって引き戸の前へと進み出た。

 右手には、愛用の来客用便所スリッパではなく、タローソンで買ってきた素朴な茶色いセロファン包みの「ポポロ珈琲飴」を二個、ポケットに忍ばせている。

 コンコンコン。

 逃げ場のない怒号の渦の中、俺は至極穏やかに、事務所の木戸を三度ノックした。

「ごめんください。……ポポロ村役場兼、ポポロ・コーポ管理人の佐伯です。出前ケータリングのお届けに上がりましたよ」

 ピタリと、部屋の中の暴風が止まった。

 不気味な静寂。

 続いて、ガチャリと内側から重々しい閂が外される音が響いた――。

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