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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 10

降臨!聖獣機神ガオガオンと、深夜の女子棟MV鑑賞会

 サウナの熱気とマイナス茄子水風呂によって、大陸の命運を握る胃痛持ち実務者たちが歴史的な不戦条約を結んだ翌日のことである。

 午後九時を回り、夜の帳がしっとりと下りた木造モルタル三階建てアパート『ポポロ・コーポ』。

 ルナミス帝国のオルウェル内務官と獣人国のサイラス内務官は、すっかり肩の凝りがほぐれた憑き物の落ちたような顔で、定期サミット用のサウナ回数券を握りしめて帰路に就いた。ゴルド商会のオロチ会長も、ライブコマース用の特産品サンプルをトランクいっぱいに詰め込み、上機嫌で名古屋弁を唸らせながら馬車を走らせていった。

 すべてが丸く収まり、昭和の総務課長としては「定時退勤からの晩酌」を満喫する最高のシチュエーションが整ったはずだった。

 ――そう、アパートの敷地内に、まだ「お説教の後始末」を抱えた厄介なVIPが残っていなければ、だが。

 トボ、トボ、トボ……。

 管理人室の縁側に座り、人肌温度(三十七度五分)の「ぬるい陽薬茶」を啜っていた俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)の耳に、魂が完全に抜け落ちたような二つの足音が響いてきた。

 暗がりの中から姿を現したのは、薄汚れた小豆色の芋ジャージを着崩した金髪の女神ルチアナと、漆黒のフリル付きゴスロリドレスの裾をずるずると引きずるアバロン魔皇国の絶対君主、魔王ラスティアだった。

 二柱とも、両目の下には漆黒の隈がべったりと張り付き、膝をガクガクと震わせている。

「うぅ……三時間……。あのモノクル美形宰相め、三時間も正座させて『国家財政健全化における最高権力者のコンプライアンス遵守について』の講義を延々と垂れ流しおった……。余の麗しき膝の軟骨が砕け散るかと思ったぞ……!」

「あたしなんてさぁ〜、ヴァルキュリア部長から『会議室の音響デシベル超過および公費流用未遂に関する始末書』を原稿用紙十枚分書かされたんだよぉ……。右手が腱鞘炎でプルプルして、スマホのフリック入力すらできないよぉ……ッ!」

 二人は管理人室の畳の上にドサリと雪崩れ込み、屍のように大の字に倒れ伏した。

 俺は作業着の胸ポケットから、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと噛み砕いてから、丸めた『ルナミス新聞』で二人の尻を軽く叩いた。

 パシッ、パシッ。

「自業自得だバカ野郎。道路の舗装予算をアイドルのスパチャに溶かした魔王と、神界のカード枠を飛ばしかけた創造神が何を被害者面してるんだ。ルーベンスさんもグレンさんも、あんたたちのケツを拭くために胃に穴を開けて電卓を叩いてたんだぞ」

「うっ……! ぐうの音も出ない……!」

 ラスティアがゴスロリの袖で顔を覆い、ルチアナは畳をバンバン叩いて転がった。

 だが、次の瞬間――ルチアナがバッと跳ね起き、芋ジャージの胸ポケットから純白の『エンジェルすまーとふぉん』を掲げた。その瞳には、先ほどまでの疲弊を吹き飛ばす、狂信的なオタクのギラつきが宿っていた。

「でもね健太! 耐え抜いた甲斐はあったのよ! 見てこれ! 地球の福岡事務所から、ついに届いたの! あたしが作曲して、ラスティアが握手会で託した、朝倉月人君の公式タイアップ新曲――『降臨!聖獣機神ガオガオン』の特撮フルCGミュージックビデオの先行完成データがぁぁぁッッ!!」

「な……ッ!? ついに届いたのかルチアナ様!?」

 床で沈んでいたラスティアが、跳弾のような勢いで飛び起きた。

 銀髪を振り乱し、真紅の瞳を爛々と輝かせる。

「月人君の……月人君の最新MV! あの神曲を、月人君が自腹で特撮CGを作って踊り狂ったという伝説の映像か……! 健太! 今すぐ女子棟一〇三号室の女子会部屋で鑑賞会を執り行うぞ! お前も来るのだ! そして……余たちの魂を極限まで高めるための、至高の『夜食ツマミ』を作るのだぁぁぁッ!!」

「はいはい、騒がない。深夜の女子棟で奇声を上げたら、隣のリリスちゃんが泣くぞ」

 俺はため息をつきつつも、作業着の袖をまくり上げた。

 散々叱られて凹んだ後に、大好きな趣味の映像を観て美味い飯を食う。

 前世の社畜時代、理不尽な重役会議を乗り切った金曜の深夜、コンビニで買い込んだ缶ビールと惣菜を並べて録画した深夜アニメを観ていた、あのささやかな救済の時間を思い出す。

 神や魔王だろうが、労働の後に必要な癒やしの本質は変わらない。

「……分かったよ。音量は控えめにすること、それが条件だ。ちょっと台所を借りるぞ」

「「やったぁぁぁぁぁぁッ!!」」

      *

 ポポロ・コーポ一階、管理人室の台所。

 MV鑑賞会というからには、じっくり腰を据えて箸を伸ばせる、パンチの効いた「夜の酒の肴」が必要だ。

 俺が戸棚と冷蔵魔導庫から取り出したのは、泥沼農園から届いた肉厚な肉椎茸、奇樹ネギオの聖葱剣『ネギカリバー』、タローマートの新鮮な豚ひき肉、そして昨日ドンガン重工から分けてもらった特製の薄皮生地だった。

 まずは、まな板の上でネギカリバーと肉椎茸の軸をリズミカルにみじん切りにしていく。

 トントントンッ、と心地よい包丁の音。

 ボウルに豚ひき肉を入れ、刻んだネギと椎茸、すりおろし生姜、ドンガン岩塩、村特産の醤油草から引いた天然醤油、そして料理酒代わりのイモッカを少々。

 粘りが出るまで手早くこね上げ、薄皮で手際よく包み込んでいく。

 作るは――『肉椎茸とネギカリバーの特製一口鉄板餃子』だ。

 卓上七輪の上に浅い鉄鍋を乗せ、油を薄く引いて強火にかける。

 綺麗に並べられた餃子が、ジュワワワワッ!と小気味よい音を立てて弾け飛ぶ。

 少量の水を差し、素早く木蓋を落とす。

 立ち上る香ばしい湯気。

 さらに、もう一品。

 肉椎茸の肉厚な傘を短冊切りにし、オーク豚のバラ肉と一緒に強火でサッと炒め、自家製マヨハーブと焦がし醤油で絡めた『肉椎茸と豚バラの旨辛ガーリック炒め』を一気に仕上げる。

 仕上げに、ネギカリバーの青い部分を刻んでドサッと散らした。

 ジューッッッッッ……!!

 焦がし醤油の香ばしさと、豚肉のジューシーな脂、そしてネギの清涼な刺激が台所いっぱいに充満する。

 俺は大皿に盛り付け、冷えた太陽芋の蒸留酒『イモッカ』のボトルと炭酸水、そして保温ポットの「ぬるい陽薬茶」をお盆に乗せて、女子棟(B棟)一〇三号室へと向かった。

      *

 女子棟一〇三号室、通称・女子会部屋。

 ちゃぶ台の上には、すでに簡易魔導プロジェクターが設置され、向かいの白壁に巨大な映像スクリーンが投影されていた。

 部屋には、ルチアナとラスティアだけでなく、隣室で夜食の匂いに釣られてやってきた見習い神リリス(お団子をもぐもぐ中)、作務衣姿の元社畜令嬢エミリア、そして純白のウサギ耳をパタパタ揺らす村長キャルルまでが、ちゃっかり正座して待機していた。

「健太さん、おかえりなさい! いい匂いがします……♡」

「うわぁ……! 餃子の羽がパリッパリに焼けてる! 東京のガード下の名店みたいです!」

 エミリアとキャルルが目を輝かせる。

 俺はちゃぶ台の中央に、ジュウジュウと湯気を立てる鉄鍋餃子と旨辛炒めをドンッと置いた。

「はいお待ち。……冷めないうちに食いなさい。お酒を飲む奴はイモッカのソーダ割り、未成年と神様はぬるい陽薬茶だぞ」

「うおおおおおっ! 完璧な布陣だ健太ぁッ!」

 ルチアナがジョッキのイモッカ・ソーダを掲げ、ラスティアも「うむ! 宴の始まりである!」とグラスを持ち上げる。

 カツンッ!とジョッキ同士が心地よい音を立ててぶつかり合った。

「ぷはぁぁぁっ! 五臓六腑に染み渡るぅぅぅ!」

 ルチアナが喉を鳴らしてソーダ割りを飲み干し、すかさず箸で鉄鍋から熱々の餃子を一つ摘まみ上げ、タレにつけて口へ放り込んだ。

 ハフッ……もぐっ……。

「………………ッッッ!!!!」

 パリッ!と薄皮が小気味よい破裂音を奏でた瞬間、中から溢れ出したのは、肉椎茸の暴力的なまでの濃厚エキスと、豚ひき肉のジューシーな脂の奔流だった。

 噛み締めるたびに、ネギカリバーの鮮烈なシャキシャキ感と生姜の風味が口内を駆け抜け、脂っこさを一瞬で極上の爽快感へと昇華させていく。

「んんん〜〜〜っ! うまっ! 何これ、椎茸がまるでお肉の出汁爆弾だよぉぉ!」

「こっちの豚バラ炒めも絶品であるぞ! 甘辛い焦がし醤油のタレが、白米……いや、酒を呼んで止まらぬ!」

 ラスティアも頬を赤らめ、夢中で箸を動かしている。

 エミリアも「美味しい〜!」と目を細め、キャルルは「健太さんの手料理、世界一……♡」と俺の作業着の袖にすりすり甘えてくる。

 胃袋が温まり、部屋の空気が最高潮にほぐれたところで――

「よし……! 全員、箸を止めて画面に注目しなさい!」

 ルチアナがリモコン魔導具を壁へ向け、再生ボタンを押した。

 カチリ。

 部屋の照明魔導管がふっと消え、正面の白壁に、目も眩むような鮮烈な光の粒子が溢れ出した。

 重厚なシンセサイザーのイントロが、重低音となって床を心地よく震わせる。

 暗闇の中から浮かび上がってきたのは――

 白銀と黄金の近未来特撮スーツを完璧に着崩し、額に汗を光らせた、息を呑むほどの美青年――地球のトップアイドル、朝倉月人(二十歳)の姿だった!

『――愛と法廷の狭間で、僕らは何を裁くのか』

 静かな囁きから、一転!

 ドォォォォォォォンッッッッ!!!!

 爆発するフルCGの特撮火炎を背に、月人がキレッキレの高速ターンを決めてカメラを指差した。

 バックで轟くのは、ルチアナが適当に打ち込んだはずの、だがなぜか魂を根底から揺さぶる激烈な神曲のサビ――!

『〜♪ 鳴り響くアラート 有罪(ギルティ)の鐘〜!

 星の海を裂いて 正義が目を醒ます〜!

 白虎ドリルが唸りを上げて 青龍の雷光が闇を撃つ〜!

 合体承認! 魂をひとつに重ねろ〜〜ッッ!

 降臨! 聖獣機神ガオガオンッッッッ!!!!』

「キャアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!」

「月人くぅぅぅぅぅぅぅぅんッッッッッッ!!!!」

 ルチアナとラスティアが、同時にペンライトを両手で狂ったように振り回し、絶頂の悲鳴を上げた!

 画面の中では、月人が圧倒的な歌唱力とハイトーンボイスでシャウトし、背後にはなぜか本物のガオガオンの法廷執行シークエンスの3Dホログラムが、寸分の狂いもなく完璧なバックダンサーとしてシンクロ稼働している。

 歌詞の意味(白虎ドリルやプロテスタンティズム)はまったく意味不明だというのに、月人の切実で情熱的な視線と、全身全霊のパフォーマンスが、観る者の涙腺を容赦なく破壊してくる。

「尊い……ッ! 顔面国宝が爆発しておる……ッ!」

 ラスティアがボロボロと大粒の涙を流し、胸を押さえて悶絶する。

「余の道路舗装予算が……こんなにも美しい光となって結実したのだ……! 悔いはない……余の治世に一片の悔いなしぃぃぃッ!!」

「だから予算を私的に使うなって言ってんだろバカ野郎」

 俺のツッコミなど二人の耳には一切届かない。

 隣では、エミリアも「かっこいい……! 日本のアイドルのレベル、異世界を完全に超越してます……!」と息を呑み、キャルルも「すごい熱気……! 命が燃えてるよぉ!」とウサギ耳をピンと立てて見入っている。

 曲のラスト、月人がカメラ目線でフッと切なげに微笑み、親指を立てて決めポーズをとった瞬間――

 バァァァンッ!と画面が暗転し、盛大なスタッフロールが流れ出した。

 そこには、堂々たる太字でこう刻まれていた。

【楽曲提供:芋ジャージ本舗(ルチアナ)】

【特別協賛:アバロン魔皇国道路整備特別会計(ラスティア)】

【制作協力:ポポロ・コーポ管理人室】

「……おい、俺の名前を勝手にクレジットに入れるな」

 俺が思わず頭を抱えると、ルチアナとラスティアが感極まった顔で俺の両肩をガシッと掴んできた。

「健太ぁぁぁっ! 最高だったでしょ!? ねえ最高だったでしょ!?」

「うむ! 余たちの愛が、ついに宇宙の理(オリコン1位)を掴み取ったのだぞッ!」

「はいはい、良かったな。……ほら、餃子が冷めるぞ。全部食って、明日の朝までにちゃんと宰相に謝罪の手紙を書きなさい」

「「はーい……♡」」

 二人は素直に頷き、再び鉄鍋の餃子と旨辛炒めをハフハフと頬張り始めた。

 女子会部屋に満ちていく、笑い声と香ばしい湯気、そして冷たい酒の爽快感。

 国家の危機も、神々の確執も、すべてはこのささやかな食卓の温もりの中に溶け去っていた。

 宴がひと段落した深夜十一時過ぎ。

 俺は一人、管理人室の濡れ縁へと戻り、冷たい秋の夜風に身を委ねていた。

 青箱のハード煙草に火をつけ、紫煙を満天の星空へと燻らせる。

 魔皇国の使途不明金から始まった大騒動は、三大国実務者のサウナ同盟、ゴルド商会とのライブコマース提携、そして地球のアイドルMV鑑賞会という、とんでもなく斜め上の平和な着地を迎えた。

 作業着の左胸ポケットの中で、キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の安定した心音を感知して、トクン……トクン……と優しく、穏やかな温もりを伝えてきている。

「……ふぅ。やれやれ、これでようやく、静かな日常に戻れるか」

 俺が煙草の灰を携帯灰皿へ落とし、満足げに目を細めた――その時だった。

 ズズズズズズズズッ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

 遠く、ポポロ村の背後にそびえる未踏山脈の地下深くから、大気をビリビリと震わせるような不気味な地鳴りが響いてきた。

 それは、地震ではない。

 まるで、深い深い地の底に幽閉された何者かが、檻の鉄格子を苛立ち紛れにドカドカと蹴飛ばしているかのような――ドスの利いた怒号の余波だった。

『……おいルチアナのクソ尼公ぉぉぉッ!! 飯はどうした! ルナミス新聞の競馬欄と焼きチーズを差し入れろとあれほど言っただろうがコラァァァッッ!!』

 夜風に乗って微かに届いた、最高級スーツを着こなす任侠邪神のブチ切れボイス。

 俺は吸いかけの煙草をくわえたまま、深々と天を仰ぎ、ポケットの胃薬の小瓶をそっと撫で下ろした。

(……どうやら、俺の定時退勤スローライフは、まだまだ先になりそうだな)

 くたびれた四十男の苦笑いとともに、魔境ポポロ村の夜は、さらなる波乱の予感を孕みながら静かに更けていくのだった。

(第4章・完/第5章へ続く)

読んでいただきありがとうございます。

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