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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 4

三大国実務トップの鉢合わせと、村長客間の胃薬円卓会議

 どれほど国家の威信を背負った冷徹なエリート官僚であろうと、徹夜続きで胃壁をすり減らした中年男の身体は、人肌に温められた一杯の茶の前に驚くほど無力である。

 午後三時過ぎ。

 ポポロ・コーポ一階の共同談話室で、俺の淹れた「ぬるい陽薬茶」とタローソンの肉まんを口にしたルナミス帝国の内務官オルウェルと、レオンハート王国の内務官サイラスの二人は、もはや当初の鋭利な殺気など見る影もなく、パイプ椅子の上で深く長い吐息を漏らしていた。

「……オルウェルさん、サイラスさん。ここはアパートの談話室で、住人の出入りも多いですからね。込み入った話なら、村役場の村長公邸の客間へ移動しましょうか。あそこなら防音魔導結界も完備されてますから」

「あ、ああ……かたじけない、佐伯殿」

「フン、フン……異存はない。貴殿の淹れてくれた茶の温もりが、我が擦り切れた胃壁にこれほど染み渡るとは思わなんだ……」

 立ち上がった二人は、先ほどまで魔導銃と短剣に手をかけていたとは思えないほど行儀よくトレンチコートと革ジャケットを羽織り直し、俺の後ろをついて歩き出した。

 道中、中庭を通り抜ける際、タローマンの割烹着を着て黙々とモップがけをする南天の朱雀や、庭石を素手で軽々と運ぶ西天の白虎の姿を目撃した二人は、再び「ヒッ……」と喉を鳴らして縮こまっていたが、俺が「はいはい、よそ見しないで足元に気をつけて」と声をかけると、小学生のように素直に頷いて歩調を速めていた。

      *

 ポポロ村役場、村長公邸二階・貴賓客間。

 重厚な防音扉に守られたその部屋は、かつて三大国の悪徳徴税査察官を村人総出のおもてなしと盛大なくしゃみで完全粉砕した、いわく付きの歴史的スポットである。

 中央には円形の黒檀テーブルが据えられ、座り心地の良さそうな革張りソファが並んでいる。

 だが、俺がドアを開けてオルウェルとサイラスを招き入れた、まさにその瞬間だった。

「……ん?」

 客間の奥、すでにソファーの特等席を占領していた先客の姿があった。

 昨晩、アバロン魔皇国の「道路舗装予算消失事件」で血反吐を吐きながらコーポへ転がり込んできた、二人の要人である。

 一人は、昨晩のサケスキー陽薬茶割りと肉椎茸の七輪焼きで劇的に英気を養い、すっかり顔色の戻ったアバロン魔皇国筆頭宰相・ルーベンス(自称二十八歳)。

 そしてもう一人は、両腕にタローマンの黒腕カバーを着け、ハチマキ代わりに額に冷えピタ魔導シートを貼り付けながら、分厚い『表計算魔導ボード』を猛烈な勢いで叩いている四天王筆頭・炎魔将軍グレンだった。

「ぬぅ……! 佐伯殿に教わった『通信インフラ負荷実験費』への科目振替、魔王城の会計監査サーバーをノータイムで通過したぞ! 素晴らしい、これで国債暴落は回避できる……ッ!」

「ふふ……久しぶりに八時間も熟睡できましたよ。やはりポポロ・コーポの畳と、佐伯殿の出汁の効いた夜食は最高ですね……」

 優雅に珈琲を啜っていたルーベンスが、ふと顔を上げた。

 そして――客間の入り口に立つ、オルウェルとサイラスの姿を視界に捉えた瞬間。

 カチャリッ……!!

 空気が、一瞬でマイナス五十度まで凍りついた。

 ルーベンスのモノクルの奥で、冷酷な上級魔族の魔力が青白くスパークする。

 対するオルウェルも、トレンチコートの内ポケットへスッと右手を滑り込ませ、銀縁眼鏡の奥で暗殺機関トップの冷徹な光をギラつかせた。

 サイラスの黒い犬耳がピンと直立し、口元から鋭利な牙が覗く。

「……ほう。ルナミス帝国の秘密警察の元締めオルウェルに、獣人王国の狂犬サイラスか。なぜ貴様らのような大物が、この中立地帯の奥座敷に揃って顔を出している?」

「それはこちらの台詞だ、魔皇国のルーベンス宰相。貴殿が国境を越えてここにいるということは……魔王軍がこの緩衝地帯を足がかりに、帝都への電撃侵攻を企てていると判断せざるを得んな」

「フン、フン……嗅ぎ慣れた魔界の血生臭い匂いだ。炎魔将軍グレンまで同席しているとは、穏やかではないな。我がレオンハート王国への奇襲条約でも結ぶ腹積もりか?」

 バチバチバチッ!と大気が軋むような凄まじい威圧が交錯する。

 三大国の情報・内務・軍事・行政の最高実務責任者四名。

 常人であれば、この部屋のドアノブに触れただけで心臓麻痺を起こして即死するレベルの、大陸崩壊級の一触即発サミットだった。

 だが――

 トン、と音を立てて円卓の中央に置かれたのは、湯気を立てる素朴な陶器の急須と、大きめの茶筒だった。

「はいはい、そこまで。客間での抜刀および殺気の放出は、ポポロ村公有財産管理規則第8条『庁舎内平穏維持義務』に違反しますよ。壁の漆喰が魔力でひび割れたら、修繕費は各国の公費へ容赦なく請求書を回しますからね」

 俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、くたびれた作業着の袖をまくり、手際よく円卓の上に四つの湯呑みを並べた。

 そして、魔法水筒から人肌温度(三十七度五分)に保たれた黄金色の液体を、トクトクトクと均等に注ぎ分けていく。

 ふわりと立ち上る、素朴な薬草の香気。

 さらに、胸ポケットから取り出したのは、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』のボトルと、タローソンで仕入れてきた茶色いセロファン包みの「ポポロ珈琲飴」、そして小皿に盛られた「塩茹で落花生」だった。

「ほら、オルウェルさんもサイラスさんも突っ立ってないで座りなさい。ルーベンスさんもグレンさんも、殺気なんて物騒なものを出す前に、まずはお茶を一口啜る。……同世代の中間管理職同士、胃薬でも飲んで落ち着きましょうや」

「……っ」

 張り詰めていた空気が、拍子抜けするような俺の脱力ボイスによって、ぷすぷすと音を立てて抜けていった。

 そこへ、漆黒の燕尾服を寸分の狂いもなく着こなした人狼執事リバロンが、音もなく背後へエントリーしてきた。

 手帳の銀時計をパチンと閉じ、慇懃無礼な笑顔を浮かべる。

「皆様、佐伯殿の仰る通りでございますよ。このポポロ村において、血を流すような野蛮な抗争は最もコストパフォーマンスの悪い愚行。……どうしても武力衝突をお望みであれば、当村の防空魔導要塞砲全門と、自警団のパイルバンカー部隊が、調停の名の元に皆様の所属部隊を更地にする準備を整えておりますが……いかがなさいますか?」

 笑顔で放たれる、完全無欠の軍事的恫喝。

 オルウェル、サイラス、ルーベンス、グレンの四人は揃って喉をゴクリと鳴らし、静かに腰を下ろした。

「……いただくとするか」

 オルウェルが震える手で湯呑みを持ち上げた。

 続いてサイラスも、ルーベンスも、グレンも、導かれるように湯呑みに口をつけた。

 ズズッ……ズズズッ……。

「………………ッッッ」

 四つの喉仏が、同時に上下した。

 熱すぎず、冷たすぎない、絶妙な三十七度五分の人肌温度。

 口内に広がる薬草の素朴な甘みと、喉を通るたびに、連日の心労と徹夜業務でキリキリと引き攣れていた胃壁を優しく包み込んでいく圧倒的な鎮静作用。

 四人の眉間の険しい皺が、まるでアイロンをかけたかのようにスルスルと伸びていく。

「ふぅぅぅぅぅ……っ」

 重なり合う、四つの深い長い溜息。

 俺は作業着の胸ポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターでカチリと火をつけた。

 紫煙をくゆらせながら、老眼鏡を鼻先にかけ、円卓を見渡す。

「……さて。帝国、獣人国、魔皇国。三大国の裏で実際にハンコを押して現場を回している実務トップが、これだけ綺麗に揃うことも珍しい。……皆さん、お互いに探りを入れるのはやめにしませんか。どうせ、集まった理由は全員同じでしょう?」

「……同じ、だと?」

 オルウェルがスクエア眼鏡を押し上げ、警戒の眼差しを向けてきた。

 俺は灰皿に煙草の灰をトントンと落とし、淡々と告げた。

「『上が勝手にやらかした大赤字と無茶振りの尻拭い』ですよ」

 ドクンッ……!!

 その瞬間、円卓に座る四人の背筋が、目に見えてビクッと跳ね上がった。

 急所を完璧に撃ち抜かれた男たちの反応だった。

「ち、違うかグレンさん」

「う……うむっ! 我が魔皇国の惨状は、先ほど佐伯殿にお話しした通りだ!」

 グレンが耐えかねたように立ち上がり、分厚い『表計算魔導ボード』を机の上に叩きつけた。

「聞いてくれ各国の同胞たちよ! 我が国の絶対君主ラスティア様は、地球の若手男性アイドルのライブ遠征のために、国家の道路舗装予算金貨五万枚を全額スパチャとチケット代に溶かしたのだぞ! それを私が昨晩から佐伯殿と徹夜で『通信インフラ負荷実験費』へ科目振替して、ようやく破綻を免れたところなのだ!」

「ぶっっっっ!?」

 オルウェルが思わず吹き出し、サイラスの犬耳が「パタッ」と垂れ下がった。

 だが、二人は笑えなかった。

 なぜなら、その話を聞いた途端、自分たちの胸の奥底に封じ込めていた「自国のトップに対する血反吐の記憶」が、濁流のように溢れ出してきたからだ。

「……笑えん。全く笑えんぞ、グレン殿……」

 オルウェルが両手で顔を覆い、指の隙間から苦悶の声を漏らした。

「我がルナミス帝国のマルクス皇帝陛下とて同じだ……。普段は哲人皇帝などと気取って『自省録』を読み耽っているくせに、先月、帝都の中央公園で鳩の餌を奪い合っていた飢餓状態の天使キュララを網で捕獲して市民権を与えたのは陛下なのだぞ……! おかげで内務省の予算から『迷い天使保護特別手当』という謎の枠を捻出させられ、私の胃壁には毎日新しい潰瘍が増えているのだ……ッ!」

「貴様らなどまだマシだぁぁぁッ!!」

 ドーベルマン獣人のサイラスが、テーブルをバンッと両手で叩いて立ち上がった。

 その琥珀色の瞳からは、大粒の涙がボロボロと溢れ出している。

「我がレオンハート王国の獣王アーサー様を見ろ! 『筋肉こそが国防の要である!』と叫んで、来期の防衛予算の四割をプロテインの国家備蓄と巨大サンドバッグの配備に勝手に回しおったのだぞ! 兵站部からは『武器と矢の予算が足りません!』と毎日怒号の抗議書が届き、私が一人で夜な夜な他部署の予算を削って帳尻を合わせているのだ! 我が研ぎ澄まされた嗅覚は、今やストレスのせいで胃酸の臭いしか感知できんわぁぁぁッッ!!」

 ボリッ! ボリボリボリッ!!

 ガリボリッ!!

 サイラスが、オルウェルが、グレンが、そしてルーベンスが、狂ったように机の上の『ストマック・オメガ錠』を鷲掴みにして口へ放り込み、ガリガリと噛み砕き始めた。

 響き渡る、生薬の砕ける悲哀の音。

 国家の命運を左右するはずの超エリート官僚たちが、客間のソファーの上で揃って頭を抱え、涙と鼻水を撒き散らしながらトップの愚痴を叫び合っている。

 地獄の、だがどこまでも温かい「中間管理職の共鳴」だった。

「……やれやれ。どこも同じだな」

 俺は苦笑しつつ、小皿の塩茹で落花生をパキンと割り、香ばしい実を口へ放り込んだ。

 すかさず、ぬるい陽薬茶を喉へ流し込む。

 そして、泣きじゃくる四人の中年男たちに向かって、静かに語りかけた。

「皆さん、よく聞きなさい。……上が夢を語り、現場がその泥をかぶる。それは前世の俺のいた世界でも、この異世界でも、組織というものが存在する限り絶対に避けられない構造的欠陥だ。だけどな、あんたたちが胃を痛めながら電卓を叩いて帳尻を合わせているからこそ、今日もそれぞれの国の何百万もの民が、戦争にもならずに飯を食えてるんだよ」

「佐伯……殿……」

 オルウェルが、サイラスが、涙で濡れた顔を上げた。

「あんたたちのその胃痛は、誰にも褒められないかもしれない。だが、少なくとも俺は知っているし、ここにいる全員が、同じ痛みを背負って現場を支えてる戦友だ。……互いに腹を探り合って牽制し合ってる暇があったら、月一回、このポポロ村の客間に集まって、美味い茶と酒を呑みながら愚痴を吐き出し合いなさい。溜まった膿を吐き出せば、明日もまた現場で電卓を叩く気力が湧いてくるってもんですよ」

「「「「うわあああああああああんッッッッ!!!!」」」」

 男泣きだった。

 帝国の秘密警察長官も、獣人国の保安局長も、魔皇国の宰相も、四天王筆頭も、全員が円卓に突っ伏して子供のように号泣した。

 種族も、国境も、信条も超越した。

 ただひたすらに「現場を支える中間管理職の孤独」が、戦力1馬力の四十男の言葉によって、完全に包み込まれ、救い上げられた瞬間だった。

 そこへ、円卓の隅で優雅に煙草を燻らせていたリバロンが、スッと一枚の羊皮紙を滑り込ませてきた。

「……皆様。佐伯殿の温情に報いるためにも、ここは一つ、実務的な合意書を取り交わしておきませんか? 題して『三大国実務担当者間における相互情報共有および不可侵協定(仮)』でございます」

「書く! サインするぞ!」

「我が保安局の印鑑も今すぐ押す!」

「魔皇国の宰相印もここに捺印しよう!」

 涙目のオルウェル、サイラス、ルーベンスが、競い合うように羽ペンを走らせ、真っ赤な公印をベタベタと押し込んだ。

 俺はその書類を受け取ると、作業着の胸ポケットから、愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出した。

 中央の承認欄へ、迷いなく力強く押し込む。

 ポンッ。

――ユニークスキル『管理人権限(最上位稟議決裁)』執行。

――神界統括OS『SELESTIA-CORE』および基幹法廷OS『LEX-LUCIANA』へ直結登記。

――事象:三大国実務トップによる【ポポロ村秘密不可侵および実務者定期協議会】を因果律固定。

 キィィィィン……と白銀の法廷光が走り、協定書が永久確定した。

 これで、三大国の裏を牛耳る実務機関が、ポポロ村を「絶対中立の心のオアシス」として公認したのだ。

「よし、契約成立だな。……さて皆さん、泣き疲れて腹が減ったでしょう。タローソンから買ってきた蒸したての肉まんを温め直してきますから、しっかり腹に入れなさい」

 俺が立ち上がると、四人のエリートたちは「ありがとうございます佐伯殿!」「一生ついていきます!」と直立不動で最敬礼を捧げた。

 こうして、世界を揺るがしかねなかった外交危機は、昭和の総務課長による「お茶出しと愚痴聞き」によって、完璧な平和条約へと生まれ変わったのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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