EP 10
聖獣機神ガオガオン再起動! 氷点茄子水風呂と男たちのサウナ打ち上げ
秋の陽が西の山並みへと沈み、群青の夜空に数多の星々が瞬き始めた午後八時整。
木造モルタル三階建て『ポポロ・コーポ』の中庭には、普段ののどかな田舎アパートの風景とは完全にかけ離れた、神聖にして壮大な光の柱が天を突いて立ち昇っていた。
「全機、生体マナ・コネクタ直結! メインフレームOS『LEX-LUCIANA』、ブートシーケンス開始ッッ!!」
中庭の中央で、白銀と黄金の重装甲を輝かせた獅子の鬣の巨漢――聖獣ガオンが、腹の底から咆哮を轟かせた。
昨晩までのあの胃潰瘍寸前で部屋の隅に引きこもり、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を噛み砕いていた哀愁漂う姿は、そこには微塵もない。
その背後には、昨日の地獄のコンプラ面談と俺の説教を経て、見違えるように規律正しくなった四神の姿が整列していた。
「朱雀機、南天熱エネルギー回路、同調率九九・九パーセントですわ! ……もう、廊下で火は噴きませんことよ!」
「青龍機、東天電撃マナバランサー安定! 村役場の通信回線へのノイズ混入はゼロだ!」
「白虎機、西天推進スラスター全開! 手すりを折った分の筋力、全部合体トルクに注ぎ込んでやるぜオラァッ!」
「玄武機、北天重力アンカー固定完了……! 僕の重力は、みんなを支えるためにあるんだ……!」
四柱の聖獣たちの背中から、赤、青、白、黒の神聖オーラが吹き上がり、螺旋を描いて夜空へと収束していく。
昨日まで中庭でドロドロの痴話喧嘩を繰り広げ、他人のシーツを衛星軌道に打ち上げかけていた連中とは到底思えない、寸分の狂いもない阿吽の呼吸。
生体シンクロ率、驚異の百パーセント。
キィィィィィィンッッッッ!!!!
大気が激しく震動し、ポポロ・コーポの上空に、全高数十メートルに達する黄金の絶対調停巨神――『聖獣機神ガオガオン』の神聖ホログラム実体フレームが、堂々とその巨躯を現した。
その胸元の基幹OSコアから、パァァァァッ!と澄み渡る白銀の法廷光が放たれ、長らくフリーズしていた大陸全土の行政登記ログと三大国不戦条約の因果律が、一瞬にして正常稼働へと復旧していく。
『システム・オールグリーン。調停機構ガオガオン、再起動完了を確認』
無機質で厳かなシステムアナウンスが天から響き渡った。
完全なる復活。
ポポロ村の広場や畑で見守っていた村人たちから、地鳴りのような歓声と拍手が沸き起こった。
コーポの管理人室の前で、腕組みをしてその光景を見上げていた俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、深く安堵の息を吐き出すと、作業着のポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターで火をつけた。
紫煙をくゆらせ、隣で直立不動の敬礼を決めていた人狼執事リバロンに視線を送る。
「……どうやら、無事に動いたようだな、リバロンさん」
「ええ、お見事です、佐伯殿」
リバロンが感嘆のため息を漏らし、手帳の銀時計の蓋をパチンと閉じた。
「天界のいかなる上位神も修復できなかった五聖獣の機能不全を、個別面談と同人誌の破棄、そして一杯の雑炊だけで完全に解消してみせるとは……。貴方の総務管理手腕、もはや神話の域に達しておりますな」
「ただの現場の交通整理ですよ。……さて、機械が無事に動いたなら、次は人間の番だ」
俺は煙草を携帯灰皿へ消すと、コーポの玄関へ向かって大きく声を張り上げた。
「おーい、合体テスト終了だ! 全員手を止めて大浴場へ集合! 薪ボイラーは全開、サウナの熱気も仕上がり済みだぞ!」
*
ポポロ・コーポ一階、男湯大浴場。
脱衣所を抜けた先、太い丸太で組まれた本格フィンランド式サウナ小屋の中は、熱気を愛する男たちの猛烈な熱気と汗に包まれていた。
室温、きっかり九十二度。
一段目には、白銀の装甲を脱ぎ捨てて筋骨隆々の巨躯を晒したガオンと、若き鍛冶青年ヒエン。
二段目の中央には、腰巻きタオル一枚で胡坐をかいた俺。
そして最上段のストーブ前には、カチカチの金髪リーゼントを誇らしげに反らせ、黄金ジャージを脱ぎ捨てて全身から凄まじい紫電の闘気を湯気とともに放つリキ兄貴(陸奥騎麟)が仁王立ちしていた。
「いくぜ野郎ども! 今夜のロウリュは、俺の『聖雷熱波』特製ブレンドだぁッ!!」
リキ兄貴が手にした特大の木柄杓で、奇樹ネギオから届いた芳香ハーブ液を、真っ赤に熱されたサウナストーンの上へ豪快にぶちまけた。
ジュワワワワワワワァァァッッッ……!!
爆発的な蒸気の噴煙が立ち昇り、柑橘と薬草の鮮烈な香りがサウナ小屋いっぱいに充満する。
リキ兄貴は巨大なバスタオルを両手で構え、ブンッ!と風切り音を立てて熱波を振り下ろした。
「オラァッ! ガオン、まずはテメェの胃袋に溜まった残りのストレスを焼き尽くせぇッ!」
「ぐはっ……! 熱い……! だが……染みる! 全身の毛穴から、濁った毒素が全部吹き飛んでいくようだぁぁッ!!」
ガオンの毛穴から、滝のような大粒の汗が吹き出す。
ヒエンも「熱ちちっ! 親父の鍛冶場の炉より熱波がキレッキレだぜ!」と声を上げ、俺も目を閉じて深く息を吸い込んだ。
皮膚をチリチリと焼く心地よい熱気の圧力。
重力異常の対応、同人誌の証拠隠滅、後光ハゲ主神オリンの深夜面談……連日の激務で凝り固まっていた四十男の肩と腰が、熱波の力で芯からジワジワとほぐれていく。
「……よし、十二分経過だ。水風呂へ行くぞ!」
「おうよ! 今夜の水風呂は一味違うぜ!」
サウナ小屋を飛び出し、掛け湯で汗をしっかりと流した俺たちが向かったのは、露天スペースに設えられた特設の岩風呂だった。
水温、きっかり十度。
ポポロ山の純度百パーセントの雪解け地下水が掛け流されているその水面には、なんと――濃紺に輝く巨大な茄子のような物体が、ゴロゴロと浮かべられていた。
元・氷魔将軍スアイがポポロ山の開拓村で栽培に成功したという、極冷魔導作物――『マイ茄子(氷点茄子)』である。
周囲の熱を一瞬で吸い尽くし、水温を常に氷点下ギリギリの極限まで冷却し続ける天然のチラー(冷却機)だ。
「いくぞ野郎ども! ドボンといけぇッ!」
ザパァァァァァンッッッッ!!!!
四つの巨躯が一斉に極冷水風呂へ飛び込んだ。
「………………ッッッッッ!!!!」
言葉すら出ない。
火照りきった皮膚の表面に、一瞬で不可視の氷の羽衣が張り巡らされる感覚。
マイ茄子の放つ清涼な冷気が、急速に心拍数を整え、気管の奥底へスーッと澄んだ空気を送り込んでいく。
一分間、じっくりと冷やし切った後、水風呂から上がり、露天スペースに並べられた木製のととのい椅子へと深く身を沈めた。
夜風が、肌を優しく撫でていく。
頭の奥が、ポワァァァン……と黄金の光に包まれるような圧倒的浮遊感。
脈拍が、大地の呼吸と完全にシンクロする。
――至高の、ディープ・リラックス。
「……ふぅ。ととのったな、完全に」
俺がポツリと呟くと、隣の椅子に座っていたガオンが、天を見上げて深く息を吐き出した。
「佐伯さん……生きててよかったです。俺、昨日は本当に死のうかと……胃を破裂させて消えてしまおうかと思っていました。こんなに素晴らしい夜が待っているなんて……」
「生きてりゃ美味いサウナと飯があるさ。……さぁ、喉もカラカラだ。宴会にするぞ!」
*
大浴場から上がり、清潔な作業着のズボンと半纏を羽織って共同談話室へ戻る。
長テーブルの上には、すでに入居者たちが腕を振るった、豪快極まりない晩酌の宴が整えられていた。
「へいお待ちぃ! 竜王特製、ロックバイソンの極厚炙りチャーシュー一本盛りだ!」
一〇一号室の竜王デュークが、白いねじり鉢巻き姿で大皿をドンッと置いた。
屋台『竜の髭』の秘伝のタレでじっくりと煮込まれ、表面を竜炎でこんがりと炙られた、重さ一キロを超える極太の煮豚チャーシュー。
ナイフを入れると、繊維がほろりと崩れ、濃厚な肉汁が溢れ出してくる。
上には、ネギオから届いた『ネギカリバー』の白髪ネギが山盛りにトッピングされていた。
「こっちも焼けたぜ健太のオッサン! 泥沼農園から届いた、朝採れ肉椎茸の炭火網焼きステーキだ!」
リキ兄貴が七輪から運んできたのは、大人の手のひらほどもある肉厚な肉椎茸。
傘の裏側にドンガン岩塩をパラリと振り、醤油草の天然醤油を数滴垂らしただけの、香ばしさが爆発する一皿だ。
さらに、作務衣姿のエミリアが「お待たせしました!」と運んできたのは、タローマートの新鮮なキャベツとキュウリを使った塩昆布浅漬けと、熱々の揚げ出し豆腐。
足元では白狐のコン太が「きゅぅ〜ん(チャーシューの端っこ寄越せ!)」と尻尾を振っている。
そして――乾杯の酒。
ニャングルが村役場の特需枠から届けてくれた、最高級の太陽芋蒸留酒『イモッカ・ブラックラベル』の一升瓶。
氷をギチギチに詰めた特大ジョッキに黄金色の液体を注ぎ、強炭酸水を静かに満たす。
シュワシュワシュワ……と心地よい気泡が立ち上り、熟成されたサツマイモの香ばしいアロマが部屋いっぱいに広がった。
「よし、五聖獣の和解と、ガオガオンの再起動を祝して……乾杯だ!」
「「「「かんぱーーーーいっッッ!!!!」」」」
ゴツンッ!とジョッキ同士が激しくぶつかり合う。
俺はまず、冷え切ったイモッカ・ソーダを一気に喉へと流し込んだ。
ゴクリ、ゴクリ、ゴクリ……ぷはぁぁぁっ!
サウナで限界まで汗を絞り出した喉を、強炭酸の刺激と力強いアルコールの旨味が駆け抜けていく。
乾ききった五臓六腑が、歓喜の悲鳴を上げながら水分を吸収していく感覚。
すかさず、箸で炙りチャーシューを一切れつまみ、白髪ネギカリバーを巻いて口へ放り込んだ。
「………………っっっ!!」
噛み締めた瞬間、トロットロの脂身が舌の上でフワッととろけた。
甘辛い秘伝タレのコクと、地竜肉の野性味あふれる旨味。
それを、ネギカリバーの鮮烈なシャキシャキ感と爽やかな辛味が完璧に受け止め、脂っこさを一瞬で爽快感へと昇華させる。
続いて、熱々の肉椎茸ステーキにかぶりつく。
ジュワッ!と弾ける濃厚なキノコの肉汁エキス。
焦がし醤油と岩塩のシンプルな塩気が、素材の持つ旨味を限界まで引き出している。
たまらずイモッカ・ソーダで追いかける。
「……美味い。完璧だな」
「うめぇぇぇッ! なんだこの肉椎茸、肉より肉じゃねぇか!」
リキ兄貴が豪快に笑いながらジョッキを干し、ガオンは「美味い……美味い……!」と目を潤ませながらチャーシューを貪り食っている。
ヒエンとデュークも並んでジョッキを傾け、エミリアも「美味しい〜!」と笑顔を咲かせている。
男たちの笑い声と、美味い飯と、冷たい酒。
談話室を満たすその温もりは、前世の冷え切ったオフィスの夜勤では決して味わえなかった、泥臭くも確かな幸福そのものだった。
宴が最高潮を迎えた頃、俺は一人、談話室を抜け出して縁側の段差に腰を下ろした。
秋風が、火照った頬を心地よく冷ましていく。
胸ポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターでカチリと火をつけた。
紫煙をくゆらせながら、満天の星空を仰ぎ見る。
戦闘力はたったの1馬力。
神界の主神に、サークルクラッシャーの聖獣、暴走族麒麟に、胃潰瘍のリーダー。
トラブル続きで、胃薬を手放せない毎日だが――
「……まあ、悪くないか」
筋を通して現場を守り、美味い飯を食い、温かい風呂に入る。
管理人としての仕事は、まだまだやり甲斐に満ち溢れている。
ふと、作業着の左胸ポケットに手を当てる。
そこには、ウサギ村長キャルルから託された『人参柄刺繍ハンカチ』が、俺の平穏な心音を感知して、トクン……トクン……と優しく、温かな微振動を刻んでいた。
そして――夜空の彼方。
天界へ帰還した主神オリンは、執務室の窓際で若々しい緑を取り戻した神樹盆栽『心平』の葉を優しく撫でながら、満足げに微笑んでいた。
ポポロ・コーポの平穏と、五大聖獣の絆は、昭和の現場管理人の手によって完全に守り抜かれたのだ。
だが、俺はまだ知る由もなかった。
三大国の裏を仕切る「胃痛持ちの実務者たち」が、この異常な平和の噂を聞きつけ、さらなる難題を抱えてポポロ村へと集結し始めていることを――。
読んでいただきありがとうございます。
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