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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 4

暴走旧車の役場突入と、ルナキンの特大バーガー作戦会議

 キュルルルッ! ズザザザザザザッッッ!!

 黄金の雷光を排気管から派手に撒き散らしながら、第6の聖獣・麒麟ことリキ兄貴(陸奥騎麟)の愛車『爆音天聖号』は、ポポロ村役場の正面ロータリーで見事な横滑り停車(サイドスライド)を決めた。

 三段シートの後部座席から、俺――佐伯健太(四十二歳・戦闘力1馬力)は、くたびれた作業着の裾を整えながら地面へと降り立った。

 時速百キロを超える爆走だったというのに、リキ兄貴の「絶対安全運転の仁義結界」のおかげで、髪の毛一本すら乱れていない。暴走族ルックのくせに、安全運転義務の遵守っぷりだけは前世の優良タクシードライバー以上だった。

「到着だぜ健太のオッサン! 役場の売店と地下倉庫、まだ在庫が山積みのはずだ!」

「ああ、行くぞリキ兄貴。……火種は現場で即座に消火する。ボヤのうちに叩き潰すのが総務の基本だ」

 俺は出勤鞄から、愛用の『厚底ゴム底・来客用便所スリッパ(抗菌・茶色)』を右手に引っ提げ、大股で村長公邸の正面玄関を押し開けた。

      *

 公邸の二階、村長執務室。

 扉の前に立った瞬間、部屋の中から漏れ聞こえてきたのは、微かに鼻をすする音と、とろけるように甘ったるい独り言だった。

「……ふふ……『男はね、言葉じゃなくて行動で奪いに来る生き物なのよ……♡』 すごいわ……ルチアナ様の同人誌『第3巻:暴走する純白の獣』、完全に真理を突いてる……! 健太さん、すごい勢いでこの公邸に向かって走ってきてるし……GPSの波形が真っ直ぐ私の心臓にロックオンされてる……♡ もう、強引なんだからぁ……♡♡」

 ドアの隙間から覗き込むと、純白のウサギ耳を上気させてペタリと伏せ、パジャマの上から村長羽織を羽織ったキャルルが、ピンク色の同人誌を胸に抱きしめてソファーの上で身悶えしていた。

 執務机の上には、未開封のダンボール箱が三つ。

 外箱にはご丁寧に『聖獣機神ガオガオン社内恋愛アンソロジー・全巻特装BOX(特典ドラマ魔導水晶付き)』と金箔でデカデカと印刷されている。

 しかも、その横には村役場の公金支出伝票が置かれており、勘定科目の欄には堂々と『村内防衛幹部向け・情操教育推進研修費』と書かれていた。

 俺の額の血管が、ピシリと音を立てて浮き上がった。

 前世の総合商社時代、役員が銀座のクラブの請求書を「海外市場動向調査費」という名目で総務に回してきた時と、まったく同じ種類の殺意が胸を満たす。

「……総務課長、入りまーす」

 バァァァンッ!!

 ドアを蹴破る勢いで開け放つと、ソファーで悶絶していたキャルルが「ふぇっ!?」と飛び跳ねた。

「け、健太さん……っ!? あ、やっぱり来てくれたのね……! 私の心音が聞こえて、いてもたってもいられなくなって……私の顎をクイッて……!」

「クイッて持ち上げるのは、この不適切な公金支出伝票だバカ野郎」

 パシィィィッッ!!

 俺の持っていた来客用便所スリッパが、キャルルの純白のウサギ耳の間――頭頂部へ容赦なくヒットした。

「ふみゃっ!?」

 キャルルはその場にペタンとヘたり込み、両手で頭を押さえて目を白黒させた。

 戦闘力一万馬力の月兎族の皮膚をあっさりと貫通して響く、昭和の軽いツッコミ打撃。

「健太、さん……? スリッパ……? 顎クイじゃなくて、スリッパ……?」

「当たり前だ。誰が公金を勝手に使って同人誌を大人買いしろと言った。情操教育推進費だと? こんなドロドロの昼ドラ怪文書を読んで、一体どこのどんな情操が育つっていうんだ!」

「だ、だってぇ……! ルチアナ様が『大人の男をオトすテクニックが全部詰まってるわよん☆』って言うから……健太さんともっと仲良くなりたくて……予備費から……」

 キャルルは涙目で縮こまり、耳をシオシオと垂れ下げた。

 俺はため息をつきつつ、執務机の上に積まれた同人誌のダンボールに手を伸ばした。

――【ポポロ村役場・コンプライアンス管理規定】適用。

――事象:公金の目的外使用、ならびに有害図書の庁舎内無許可保管。

――『管理人権限(職権差押え執行)』を発動します。

 胸ポケットから取り出したインク内蔵式の三文判(佐伯)を、ダンボールの外箱へポンと叩き込む。

 ポンッ。

 白銀の幾何学光がダンボール全体を覆い、ガオガオンの法廷OSによって「証拠保全・開封禁止」の赤テープが瞬時に焼き付けられた。

「この在庫は全弾差し押さえだ。……ニャングルさん!」

「へいへい! 呼んだか健太のおっちゃん!」

 廊下の陰から、金算盤を脇に抱えたCFOニャングルが、ニヤニヤと笑いながら顔を出した。

「キャルル村長が使った予備費の金貨五十枚、ルチアナ様の『神界原稿料受取口座』から全額強制引き落としで補填処理しておきなさい。不当利得返還請求だ」

「任しときぃ! 年利十四パーセントの遅延損害金も上乗せして口座凍結かけたるわ! あの芋ジャージ、今月のソシャゲ課金枠ゼロ確定やで!」

 ニャングルが電光石火の勢いで算盤を弾き始める。

 キャルルは「うう……私の恋愛マニュアルがぁ……」と項垂れていたが、俺が胸ポケットから取り出したポポロ珈琲飴を一個口に放り込んでやると、「あむっ……♡ 甘い……健太さんの味がする……♡」と一瞬で骨抜きになってソファーへ沈んでいった。実に手のかかる首長である。

「よし、役場と倉庫の在庫は全弾押さえた。……リキ兄貴、次の現場へ行くぞ」

「おうよ! ……だがオッサン、もう昼時だぜ? 腹が減っちゃあ喧嘩も指導もできねぇ。メシにしようや!」

 リキ兄貴がガハハと笑い、金髪リーゼントを誇らしげに揺らした。

      *

 午後十二時半、ポポロ・コーポ一階の共同談話室。

 長テーブルの上に、ドサリ!と威勢のいい音を立てて広げられたのは、巨大な油紙の包みと、芳ばしい揚げ物の匂いだった。

「買ってきたぜ! 街道沿いの魔導ファストフード『ルナミスキング』――通称『ルナキン』の特大バリューセットだぁッ!!」

 リキ兄貴が腕まくりをして並べたのは、アメリカンコミックに出てくるような規格外のジャンクフードの山だった。

 包み紙をバリバリと開くと、そこから姿を現したのは――大人の両手から溢れんばかりの超特大『ギガント・ワイルド・ドラゴンバーガー』!

 厚さ三センチはあろうかという、地竜肉とオーク豚を粗挽きにした極厚ダブルパティ。

 その間から、滝のようにとろけ落ちる濃厚なチェダーチーズと、タローソン特製のスモーキーなバーベキューソース。

 さらに、ポポロ村の特産品を組み込んだ特別仕様として、泥沼農園から仕入れた肉厚な肉椎茸のフライと、ネギオの『ネギカリバー』を刻んだシャキシャキの特製タルタルソースがこれでもかと挟み込まれている。

 脇には、大皿に山盛りにされた太切りのフライドポテトと、タローマン特製のオニオンリング。

「うわぁ……! すごいボリューム……! 東京にいた頃も、こんなデカいハンバーガー見たことありません!」

 談話室へ顔を出したエミリアが、目を丸くして作務衣の袖をパタパタさせた。

 足元では白狐のコン太が「きゅぅぅ〜ん(ジャンクの暴力や! ポテト一本よこせ!)」と鼻を鳴らしている。

「おうエミリアの嬢ちゃんも食え食え! 健太のオッサン、コーラも冷え冷えの樽ごと積んできたぜ!」

「ありがたいが、俺の年齢の胃袋には少々ヘビーだな……」

 俺は苦笑しつつ、作業着のポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと噛み砕いてから、備え付けの魔法水筒から「ぬるい陽薬茶」をコップに注いだ。

 だが、漂ってくるパティの焦げた肉汁と、香ばしいバンズの香りは、四十男の眠っていたジャンク欲を否応なしに刺激してくる。

「……よし、いただきますか」

 両手でしっかりと重たいドラゴンバーガーを抱え込み、大きく口を開けてガブリとかぶりついた。

 ジュワッッッッッ!!!!

 その瞬間、口の中で肉汁の奔流が決壊した。

 地竜肉の野性味あふれる力強い弾力と、豚肉のジューシーな脂の甘み。

 そこに、衣をつけてサクッと揚げられた肉椎茸のフライが加わることで、キノコの濃厚な出汁エキスが肉の旨味を何倍にも増幅させている。

 さらに、ネギカリバーを混ぜ込んだタルタルソースの爽やかな酸味が、濃厚なチーズとバーベキューソースの重たさを絶妙に中和し、信じられないほど後味が軽い。

「…………っ! 美味いな、これ」

「だろぉ!? ルナキンのパティは、ポポロ村の肉椎茸とネギを挟んでから売り上げが三倍に跳ね上がったんだぜ!」

 リキ兄貴が豪快に笑いながらバーガーを一気にかじり、ジョッキに注いだ黒炭酸水(魔導コーラ)をゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。

 エミリアも口の端にソースをつけながら、「んん〜っ! サクサクでジューシー! こんなの毎日食べたら太っちゃうけど、止まらないです……!」と夢中で頬張っている。

 俺はバーガーを半分ほど平らげたところで、アツアツのフライドポテトをつまみ、ぬるい陽薬茶で口内を潤した。

 胃薬と陽薬茶のサポートがあれば、四十代の胃袋でもルナキンのギガントサイズを美味しく完食できる。これぞ大人の知恵というやつだ。

 食べ終えた油紙を丸めてゴミ箱へ放り込むと、俺の表情はスッと仕事モードへと切り替わった。

 出勤鞄から取り出したのは、一枚の黄色い公的書面――『ポポロ村役場・共用部秩序維持違反に関する強制出頭命令書』だった。

「さて……腹も膨れたところで、本日のメイン業務に入るぞ」

「おう、いよいよ二階の連中のケジメだな」

 リキ兄貴が指の関節をボキボキと鳴らし、金髪リーゼントをクイッと撫で付けた。

 テーブルの上に広げられた命令書の宛名欄には、四つの名前が並んでいる。

【対象者】

・南天の朱雀(A棟203号室:サークルクラッシャー行為および火気濫用)

・東天の青龍(B棟201号室:電撃による通信障害および不当ストーキング)

・西天の白虎(B棟202号室:共用部での筋肉露出威圧および器物損壊未遂)

・北天の玄武(B棟203号室:中庭への局所的重力特異点発生およびメンヘラ暴走)

「ガオンさんは胃潰瘍でダウン中だ。あの真面目なリーダーのメンタルを救い、アパートの平穏を取り戻すには、この四人を徹底的に叩き直すしかない」

「佐伯さん……でも、相手は神話の四神ですよ? 話を聞いてくれるでしょうか……?」

 心配そうに眉を寄せるエミリアに対し、俺は作業着の胸ポケットから、愛用のワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を取り出した。

 命令書の決裁欄へ、躊躇なく力強く押し込む。

 ポンッ。

――ユニークスキル『最上位稟議決裁(ハンコ・アプルーバル)』執行。

――基本法OS『LEX-LUCIANA』へ直結登記。

――【四神に対する『強制出頭および社内コンプラ面談受講命令』を因果律確定】。

 キィィィン……と、出頭命令書が白銀の絶対神聖光を帯びて確定した。

 俺は右手に来客用便所スリッパを引っ提げ、左手には先ほど没収した同人誌の証拠品を抱えて立ち上がった。

「聞かせるんじゃない、理解させるんだよ。……リキ兄貴、談話室のドアに鍵をかけろ。全員揃うまで、一歩も外には出さん」

「ガハハ! 了解だぜオッサン! 昭和のスパルタ指導、特等席で見せてもらうぜ!」

 秋晴れの午後の日差しの中、ポポロ・コーポの談話室は、神話の四神を震え上がらせる「地獄の説教部屋」へと変貌しようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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