↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/75

EP 7

突貫土木工事スタート! 逆勾配の下水と氷魔工学の超突貫

 夜を徹して書き上げた設計図の羊皮紙を丸め、俺は管理人室の縁側で朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 午前六時整。

 ネギオの『ロイヤル皇帝カンチョウ液』の凄まじいデトックス効果のおかげで、徹夜明けだというのに四十男の身体は恐ろしいほど軽い。腰痛も四十肩も皆無だ。

 だが、これから乗り込む先が「香水と下水が1対1で殴り合う悪臭都市」であることを思い出すと、別の意味で胃の奥がきゅっと縮みそうになる。

 俺は作業着の胸ポケットから、天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと噛み砕いてから「ぬるい陽薬茶」で胃袋へと流し込んだ。

「健太、朝飯の支度ができたぞ。腹が減っては現場で指先が狂うからな」

 ホームセンター『タローマン』のカーキ色ツナギに身を包んだ元・氷魔将軍スアイが、台所から湯気を立てる大きなお盆を運んできた。

 テーブルに並べられたのは、昨晩の残りの肉椎茸を細かく刻んで混ぜ込んだ、香ばしい焼きおにぎり。それに、タローマートの塩漬け白菜と、薄切りにした大根と油揚げの味噌汁だ。

 炭火でこんがりと焦げ目をつけられた醤油の匂いが、食欲を暴力的に刺激する。

「いただきます」

 熱いおにぎりを両手で割ると、ふっくらとした白米の間から、肉厚な肉椎茸のエキスがじゅわっと湯気とともに溢れ出してきた。

 かぶりつく。

 外側のカリッとした歯ごたえと、中のモチモチした米の甘み。噛み締めるたびに濃厚なキノコの出汁とネギカリバーの風味が鼻腔を抜け、味噌汁を啜れば胃袋の芯からポカポカと活力が湧き上がってくる。

「美味いな、スアイ棟梁。手際がいい」

「軍の兵站部にいた頃から、飯の段取りだけは誰にも負けんかったからな。……さて、健太。昨夜引いたあの『ムーンキャピタル下水道大改修設計図』、完璧な出来栄えだ。逆勾配を力任せに直すのではなく、三段階の中継浄化槽を設けて落差を稼ぎ、既存の白大理石の景観を一切壊さずに地下本管を通すルート……元総務のビルメンにしておくには惜しい腕だな」

「前世で手抜き工事の商業ビルの配管トラブルを何十件も処理させられたからな。嫌でも身体に叩き込まれるさ」

 俺が苦笑いしながら最後の米粒を喉へ流し込んだ、まさにその時だった。

 ズズズズズズズッ……!!

 ガガガガガッ! ドォォォォォンッ!

 ポポロ・コーポの前庭を揺るがす、凄まじい地響きと重機の駆動音。

 障子を開けて外を見ると、そこには映画の撮影現場すら生ぬるい、規格外の重土木部隊が集結していた。

 先頭に立つのは、分厚い耐火耐酸エプロンを身に纏い、くしゃみ防止の特製防毒マスクを装着した竜人イグニス。

 その後ろには、ポポロ村の地下深くから駆けつけた、ドンガン地下帝国の重工土木ギルドのドワーフ親方衆三十名あまり。全員がヘルメットを被り、肩には巨大なミスリル削岩機や、蒸気圧ドリルを担いでいる。

 さらに、村の自警団からは、背中にパイルバンカー式刺突盾『アグニ』を背負ったケンタウロス団長マンミアと、今朝のコイントスで奇跡的に連続の「表」を出してやる気に満ち溢れたA級冒険者フェイトが、装甲魔導牽引車の荷台に整列していた。

「佐伯の旦那ぁッ! ドンガン重工の親方衆、手配完了っす! 俺様の火炎ブレス、いつでも掘削現場の岩盤焼き切りに使ってくださいッ!」

「おう佐伯のおっさん! 今日の俺はステータス二倍継続中だ! 大理石の側溝だろうが山だろうが、大剣の峰打ちで一撃で割ってやるぜ!」

「佐伯さん! 現場の交通整理および警備は我が自警団が万全を期します! ……あ、もし長距離の移動でお疲れでしたら、私のこの頑丈な背中……いつでも乗ってくださって結構ですからねっ! 大理石の上でも揺れずに疾走できますのでぇぇッ!」

 朝っぱらから百馬力超えの怪物たちが、やる気満々で鼻息を荒くしている。

 俺は作業着の襟を正し、丸めた設計図を小脇に抱えて牽引車の助手席へ乗り込んだ。

 マンミアの背中オファーを秒速で辞退しつつ、重土木部隊は砂煙を上げてポポロ村の防衛ゲートを発進した。

 目指すは、華美なる悪臭都市――ムーンキャピタル。

      *

 街道を突っ走ること二時間。

 壮麗な白大理石の城壁と、天を突く優美な尖塔群が見えてきた。

 月の女神カグヤの直轄都市、ムーンキャピタルの中央大門。

 だが、近づくにつれて車内に充満してくるのは、神聖な都の気配などでは断じてなかった。

「うぐぇぇぇぇぇッ……! な、なんやこの鼻の奥を千枚通しで刺されるような悪臭はぁぁッ!!」

 運転席のニャングルが三毛猫の鼻を両手でギュッと押さえて悶絶する。

 鼻腔を力任せに殴打してくるのは、腐敗した生ゴミと汚水の発酵臭。

 ……の、背後から無理やり塗りたくられた、安っぽい薔薇と白檀の濃厚すぎる香水の匂い。

 まさに、換気扇の壊れた公衆便所に高級アロマを三瓶ぶちまけたような、地獄のケミカルハザードだった。

 門をくぐると、石畳の広場の両脇にある優美な彫刻の足元から、茶色く濁った汚水がボコボコと逆流して溢れ出している。

 行き交う市民たちは、全員が涙目で鼻をつまみ、手にしたバケツからヤケクソのように香水を側溝へ注ぎ込んでいた。

「カグヤ様のバカヤローッ! 香水撒いたって臭いもんは臭いんじゃぁぁッ!」

「息ができない! 洗濯物が全部ドブと薔薇の臭いになっちまうよぉ!」

 阿鼻叫喚の市民たち。

 そこへ、白銀の甲冑を着崩し、額と鼻に白い湿布を貼った氷血公爵ヴァルターが、数十名の側近を連れて小走りで駆け寄ってきた。

 俺の姿を認めるや否や、ヴァルターは敷地結界の教訓を生かして、きっかり一・五メートルのパーソナルスペースを保ったまま直立不動で敬礼した。

「お、お待ちしておりました、佐伯殿……ッ! 通行許可証および都市全域の工事認可書は、領主権限で全て決裁済みです! どうか……どうか我が街を、この地獄の臭気から救ってください!」

「よし、パーソナルスペースは合格だ。……公爵さん、さっそく現場に入るぞ。全員、作業用ヘルメットと防毒マスクを装着!」

 俺の一声で、ドンガン重工部隊とイグニス、スアイが一斉に牽引車から飛び降りた。

 俺は広場の中央に現場用ホワイトボードを立てかけ、昨夜引いた『ムーンキャピタル下水道大改修設計図』を磁石でバチンと貼り付けた。

 赤ペンを手に取り、集まった作業員たちに向き直る。

「朝礼を始める! いいか全員、本日の現場スローガンは『安全第一・即時消臭・近隣配慮』だ! この街の悪臭の元凶は、中央広場から外郭排水門にかけての勾配ミスだ。大理石の見た目を優先した結果、配管が奥に向かって『上り坂』になっている。流れるはずがない。水は低きに流れるのが物理の基本だ!」

「うおおおおおっ! 分かりやすすぎるぞ総務の旦那!」

 ドワーフの親方衆がドリルを構えて吼える。

「工事手順を説明する!

 工程1! スアイ棟梁の氷魔工学により、側溝から溢れ返る汚水を一瞬でマイナス四十度まで急速冷凍・固体化させ、臭気と水流を完全ブロックする!

 工程2! 固まった汚水の直下に、イグニスの指向性火炎ブレスとドンガン削岩ドリルを投入し、深さ五メートル、勾配二パーセントの新設本管ルートを一気に掘削!

 工程3! あらかじめポポロ村でプレキャスト成形してきたドンガン耐酸コンクリート管を即座に埋設し、土木用三文判でガオガオン法廷OSの地盤補強を定着させる!

 工程4! 外郭に新設する大型沈殿浄化槽へ汚水を誘導し、ネギオから提供された好気性分解バクテリアを投入して完全無臭の農業用水へと転換する!

 ……質問はあるか!?」

「「「「ねえええええええええええッッッッ!!!!」」」」

 完璧な段取り。迷いのない作業指示。

 前世のビルメン時代、漏水事故の現場で職人たちを指揮していた昭和の現場監督魂が、異世界の悪臭都市で完全に火を噴いていた。

「作業開始ッッ!!」

 ドンッ!と俺が右手のスリッパを振り下ろした瞬間、現場が超音速で動き出した。

「いくぞ、現場の軟弱者ども! 私の冷気についてこい!」

 ツナギ姿のスアイが前線へ躍り出た。

 元四天王筆頭の魔力が解き放たれ、両の手のひらから白銀の絶対零度ブリザードが側溝へと叩き込まれる。

 バキバキバキバキッッッッ!!!!

 側溝から溢れ、泡立っていた茶色い汚水が一瞬にして硬度ダイヤモンドの透明な氷塊へと凍結された。

 大気を汚染していたあの強烈なドブ臭が、物理的にシャットアウトされる。

 すかさず、防毒マスクを着けた竜人イグニスが踏み込んだ。

「佐伯の旦那、見ててください! 俺様の火炎は、破壊のためだけにあるんじゃねぇっす! 突貫掘削ナパーム・ジェットォォォッ!!」

 ゴオォォォォォォォォォンッッッッ!!!!

 イグニスの口から放たれた極太の紅蓮の業火が、道路の下の硬質な岩盤を寸分の狂いもなく融解させていく。

 溶けた岩盤の隙間へ、ドンガン重工のドワーフたちが時速八十キロでスチームドリルを突っ込み、ガガガガガッ!と綺麗なU字溝を穿ち抜いていく。

「掘れ掘れ掘れぇぇぇッ! 勾配二パーセント、狂いなしだ!」

「重力ブロック、一気に敷設しろォッ!」

 さらに、フェイトが大剣を振るって巨大な白大理石のフタをスパスパと規格通りに切り分け、マンミアがパイルバンカーの杭を使って、基礎杭を正確無比に地中深くへと打ち込んでいく。

 ドガァン! ドガァン!と響く力強い杭打ちの音。

 そこに、俺が胸ポケットから取り出したワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)を、埋設された配管の継ぎ目へリズミカルにポン!と押し込んでいく。

 ポンッ! ポンッ! ポンッ!

――ユニークスキル『管理人権限(建築基準適合・絶対耐用年数付与)』発動。

――施工区画の漏水率:永久ゼロパーセント確定。

――配管強熱耐久度:神聖オリハルコン級へ固定。

 認印が押されるたびに、地中のコンクリート管が淡い白銀の光を放ち、地震だろうがドラゴンの踏み荒らしだろうが絶対にビクともしない超近代インフラへと昇華されていく。

 わずか一時間。

 本来なら三大国の国家予算と半年間の工期を要するはずの大幹線下水道工事が、中央広場から外郭門まで、みるみるうちに地下へと開通していった。

「す……すごい……」

 広場の物陰で見ていた市民たちが、信じられないものを見るように目を見開いた。

 あんなに道路を覆い尽くしていた汚水が消え去り、白大理石の石畳が泥一つなくピカピカに磨き直されている。

 そして何より――側溝から立ち上っていたあの地獄のような悪臭が、急速に消え去り、澄んだ高原の秋風が街を吹き抜けていくのだ。

「息が……できる……! 空気が、美味しい……!」

「ドブの臭いがしないぞ! あの作業着のおっちゃん達、一体何者なんだ!?」

 歓声が上がり始めた広場で、俺は腕をまくり直し、額の汗をタオルで拭った。

 時計を見れば、午前十一時半。

 現場監督として、最も重要な時間だ。

「おーい、全員手を止めろ! 十一時半だ、昼飯休憩に入るぞ!」

「「「「うおおおおおっ!! 昼メシだぁぁぁッ!!」」」」

 ドワーフたちとイグニスが歓声を上げてドリルを置く。

 俺は牽引車の荷台から、朝のうちに仕込んでおいた特大の保温寸胴と、竹の皮に包まれたおにぎりの山を下ろした。

 寸胴のフタを開けた瞬間、ふわぁぁぁっと立ち上る黄金色の湯気。

「佐伯特製・豚バラ肉と肉椎茸の具沢山豚汁だ。ネギカリバーを山盛りに散らしてある。塩分とアミノ酸をしっかり補給しろ!」

「たまらんっす! この出汁の匂いだけで白メシ三杯食えるっすよ!」

 イグニスが丼を抱えて豚汁を掻き込み、ドワーフたちが冷えた麦茶を豪快に喉へ流し込む。

 スアイもツナギの袖をまくり、熱い豚汁を啜って「ふぅ……身体の芯に染み渡るな」と満足げに目を細めた。

 現場の士気は最高潮だ。

 だが――その時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴッ……!

 ムーンキャピタルの中央上空、青空を切り裂くようにして、目も眩むような黄金の雷光が立ち込めた。

 見上げれば、天空に浮かぶ豪奢な白大理石の神殿バルコニーから、純白の十二単を着崩した月の女神カグヤが、般若のような形相で街を見下ろしていた。

 その手には、最高解像度の生配信カメラ石が握りしめられている。

『ちょっとぉぉぉぉッ! 何やってんのよ貴方たちぃぃぃッ!! わらわの美しい街の道路に、勝手に泥臭いコンクリートの管なんて埋め込んでんじゃないわよ! エミリアを返さないばかりか、わらわの芸術的景観を破壊するなんて……許さない! 全天界の信徒の前で、その作業部隊ごと天罰の光条で焼き払ってくれるわぁぁぁッ!!』

 カグヤの絶叫とともに、上空に巨大な神聖魔法陣が展開された。

 市民たちが悲鳴を上げ、現場の空気が一気に凍りつく。

 だが――豚汁の椀を片手に持った俺は、眉一つ動かさず、静かに青空を仰ぎ見た。

「カグヤ様とやら。昼飯時に上空から怒鳴り込んでくるのは、労働安全衛生法第6条『快適な職場環境の形成義務』に対する重大な違反だぞ」

 俺はポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターでカチリと火をつけた。

 紫煙をくゆらせながら、俺は助手席の無線魔導機へ向かって、静かに合図を送った。

「……ニャングルさん。予定通りだ。ポポロ村の秘密兵器……ドンガン重工特製『超音速魔導バキュームカー部隊』、全車一斉に出撃させろ」

 街道の彼方から、地響きのような巨大なバキュームポンプの重低音が、怒涛の勢いで迫り始めていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。