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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 6

裏垢レスバトル女神と、ツナギ姿の元・氷魔将軍

 氷血公爵ヴァルターとの間で『公衆衛生緊急包括協定』を電撃締結した日の夜。

 ポポロ・コーポ一階の管理人室は、いつになく静まり返るはずだった。

 男子棟一〇四号室の竜人イグニスは広場テントで寝息を立て、女子棟二〇四号室に入居したエミリアも、清潔な布団の温もりに包まれて泥のように眠っている。

 俺は作業着の袖をまくり、小さな丸ちゃぶ台の前に腰を下ろした。

 今夜の晩酌は、タローソンで仕入れてきた『イモッカ』の長期熟成原酒。炭酸水で割り、氷を浮かべると、立ち上る泡とともに芳醇なサツマイモの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

 酒の肴には、タローマートのオークベーコンと、泥沼農園から届いた新鮮な肉椎茸の厚切り。これを卓上コンロのフライパンでじっくりと焼き上げ、仕上げにネギオの『ネギカリバー』を刻んで醤油草の天然醤油を鍋肌から回し入れた。

 香ばしい煙が立ち込め、ジュウジュウと至福の音が響く。

「……よし、いただきますか」

 分厚い肉椎茸を箸でつまみ、口へ運ぶ。

 ぷりっとした弾力とともに、キノコとは思えないほどのジューシーな旨味エキスが溢れ出し、ベーコンの塩気とネギの鮮烈なキレが後味を完璧にまとめる。すかさず冷えたイモッカ・ソーダを喉へ流し込む。

 喉を抜ける爽快感と、五臓六腑に染み渡るアルコールの温もり。

「ぷはぁ……美味い」

 胸ポケットから青箱のハード煙草を取り出し、ジッポライターで火をつけた。

 紫煙をくゆらせ、四十男の凝り固まった肩を回す。

 今日もストーカー公爵の突入をスリッパ一本で鎮圧し、余計な胃痛の種を片付けた。これぞ現場管理人の醍醐味というやつだ。

 だが――俺が安堵の息を吐ききった、まさにその瞬間だった。

 ピロリロリ〜ン! ピロリロリ〜ン!

 ファァァァン! 緊急回線接続アラート!

 管理人室の片隅に置かれていた、神界直通の魔導通信モニター(通称:エンジェル・スクリーン)が、突然けたたましいサイレンを鳴らしながら真っ赤に点滅し始めたのだ。

 手元のイモッカのグラスが微振動でカランと鳴る。

「……おいおい、夜の九時過ぎに緊急通報かよ。労基法を無視した時間外労働は受け付けてないんだが」

 俺は深くため息をつき、作業着のポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出して二粒ポリポリと噛み砕いた。

 リモコンを押してスクリーンを立ち上げると、画面いっぱいに映し出されたのは――豪奢極まりない純白の十二単を着崩し、眉を吊り上げて発狂している絶世の美女だった。

 月の女神カグヤ。

 美の都ムーンキャピタルを直轄し、全宇宙動画配信プラットフォーム『GodTube』で莫大な信徒を囲い込む、自称・天界一の美貌神である。

『ちょっとぉぉぉぉッ! 誰よ貴方!? くたびれた作業着着て、呑気にタバコなんか吸っちゃってんじゃないわよ!!』

 画面の向こうで、カグヤは手に持っていた高級発泡神酒のグラスをガシャーン!と大理石の床へ叩き割った。

 背後の神殿には、信徒から巻き上げたと思われる高級ブランドバッグや毛皮のコートがうず高く積まれている。

『わらわのドル箱コンテンツ! GodTube週間ランキング第1位独走中の『冷徹公爵の無口な顎クイ溺愛ざまぁチャンネル』の最新回生配信を、一体どうしてくれるのよぉぉぉッ!?』

「……は? 顎クイ溺愛チャンネル?」

『そうよ! エミリアの『絶対愛憐』スキルを使って、公爵に顔面距離二センチまで迫らせて悶絶させる神回を配信して、スパチャと広告収入で今月のエステ代と高級毛皮代を回収する完璧なビジネスモデルだったのよ! それなのに……何なのあの映像は!?』

 カグヤが爪を噛みながら、画面の隅にサブウィンドウを表示させた。

 そこには、今朝ポポロ・コーポの前で撮影されたらしい映像――額にスリッパの痕をつけて鼻血を流しながら「死にたい……穴があったら埋まりたい……」と地面にめり込んでのたうち回るヴァルター公爵の無様すぎる姿が、鮮明な高画質で映し出されていた。

『なによこれ! 冷酷無比のスパダリ公爵が、便所スリッパで叩かれて正気に戻って泣き叫ぶなんて、誰が見たいのよこんな情けないオチ! 同接が三万人も激減して低評価の嵐じゃないの! 脚本を台無しにされた損害賠償、今すぐ金貨一万枚払いなさいよこのクソジジイ!!』

 理不尽極まりないクレーマーの怒声。

 前世の商社時代にもいた。自分の都合で無理筋な企画書をゴリ押ししておきながら、現場の法令遵守で止められた瞬間に「ビジネスチャンスを奪われた! 損害賠償だ!」と怒鳴り散らしてきた広告代理店の成金プロデューサーが。

 俺は眉一つ動かさず、ぬるい陽薬茶を一口啜ってから、冷ややかに言い放った。

「カグヤ様とやら。人のアパートの敷地前で、軍隊を動員してストーカー紛いの迷惑行為を働いていた不審者を現場ルールで摘発したまでだ。だいたい、街の側溝が汚水と香水で溢れ返ってスメルハザードを起こしているのを放置して、動画のPV稼ぎとはいいご身分だな。公衆衛生法および都市管理責任の重大な放棄だぞ」

『な、なによ下賤な人間風情が生意気な! わらわの美しいムーンキャピタルに下水なんて下品な穴は不要なのよ! わらわの神威に逆らうなら、ポポロ村ごと天罰の光条で焼き払って――』

 カグヤが扇子を振りかざした、まさにその瞬間だった。

 バァァァァァンッッッッ!!!!

 モニターの通信画面が激しく乱れ、画面の右半分が力任せに横からぶち破られた。

 割り込んできたのは、小豆色の芋ジャージを着込み、頭に『月人命♡』のハチマキを巻いた金髪の女神――この世界を創った創造神、ルチアナだった!

 手には『エンジェルすまーとふぉん』を握りしめ、ポテトチップスの袋を小脇に抱えている。

『あーあー聞こえるぅ〜? ちょっとカグヤぁぁぁ! あたしの健太に何イチャモンつけてんのよこの港区パパ活ババアがぁぁぁッ!!』

『なっ……ル、ルチアナ!? 誰が港区パパ活ババアよ! わらわは永遠の清純派・月の女神カグヤよ!』

『どの口が清純派抜かしてんのよ! 裏垢(@luna_glam_17)で信徒の貢ぎ物の宝物をオロチの質屋へ即日転売してブランド品買い漁ってるの、全天界にバレてんだからね! あたしの裏垢(@beer_mikansuki_17)から徹底的に晒し上げて炎上させてやろうかコラァッ!!』

 画面の中で始まる、神と神による泥沼の裏垢レスバトル。

 小学生の喧嘩以下の罵り合いに、俺は思わずこめかみを押さえた。

「……あの、ルチアナ様。夜分の通信は控えてもらえますかね。近所迷惑なんですが」

『あ、健太ぁ〜♡ お疲れっしたー! あのね、ちょうどいいところに連絡くれたの! あたし、あのカグヤの調子に乗ったエセ美の都をギャフンと言わせたくてさぁ!』

 ルチアナは画面越しにポテチをバリバリ齧りながら、親指をグッと立ててみせた。

『ムーンキャピタルの上下水道が逆勾配で大崩壊してるのは天界でも有名な手抜き工事なのよ! あそこを現場の力で根こそぎ大改修して、カグヤの鼻っ柱をへし折ってやってほしいわけ! あ、でも健太は1馬力のおっさんだから大土木工事なんて無理じゃん? だからね、とびきりの現場監督を紹介してあげる! ポポロ山で開拓やってるあの子を召喚しといたから! じゃ、よろしくぅ〜☆』

「おい待て、勝手に話を――」

 プチッ。

 通信は一方的に切断され、管理人室に再び静けさが戻った。

 後に残されたのは、頭痛と、飲みかけのイモッカ・ソーダだけだった。

「はぁ……。神様って人種は、どいつもこいつも現場に丸投げするのがお約束なのか」

 俺が胃薬の瓶をチャリと鳴らした、その時だった。

 ドスッ、ドスッ、ドスッ……。

 中庭の踏み石を、重く、無駄のない足取りで歩いてくる気配がした。

 障子の隙間から冷たい夜風が吹き込み、室内の空気が一瞬で氷点下近くまで冷え切る。

 ガララッ、と管理人室の引き戸が開かれた。

「……夜分に失礼する。ここが、総務の佐伯健太の執務室か」

 そこに立っていたのは、一人の長身の女性だった。

 白銀のショートカットの髪に、凍てつく吹雪を宿したような鋭利なアイスブルーの瞳。

 身に纏っているのは、華美な鎧でも魔導士のローブでもない。

 ホームセンター『タローマン』のロゴが胸に刺繍された、泥と木屑にまみれた頑丈なカーキ色の作業ツナギ。

 腰にはプロ用のメジャーと水平器、極太のカナヅチがぶら下がり、肩には巨大な丸太を軽々と一本担いでいた。

 その身から漂うのは、魔王軍四天王としての冷気魔力――ではなく、完全に「朝から晩まで現場で汗を流すベテラン大工」の風格だった。

「貴女が……ルチアナ様の言っていた現場監督か?」

「元・アバロン魔皇国四天王筆頭、氷魔将軍スアイだ。……だが、その肩書きはとうの昔に捨てた。今の私は、ポポロ山開拓DIY村の現場棟梁にすぎん」

 スアイは担いでいた丸太を庭先にドスンと下ろすと、ツナギのポケットから丸めたタオルを取り出し、額の汗をゴシゴシと拭った。

 その所作の端々から、飾り気のない職人気質が滲み出ている。

「ルチアナの愚神から話は聞いた。ムーンキャピタルの腐った下水道インフラを、現場の力で根こそぎ叩き直すそうだな」

「ああ。ヴァルター公爵と包括協定を結んだ。あの街の側溝は勾配設計をケチったせいで逆流し、汚水と香水が混ざり合って市民が健康被害を起こしている。ビルメンとして、見過ごせん惨状だ」

「……ふん、気に入った」

 スアイの冷たい唇の端が、わずかに吊り上がった。

「魔王軍にいた頃、上層部は『見た目の威圧感が足りない』だの『ビキニアーマーを着て前線に出ろ』だの、現場の作業効率を無視したセクハラと机上の空論ばかり並べ立てていた。だから長文の退職届を叩きつけてポポロ山へ移住したのだ。現場の泥を片付け、実用的なインフラを敷く……それこそが真の『ものづくり』だ」

 スアイはずかずかと部屋へ上がり込むと、ちゃぶ台の前にあぐらをかいた。

「佐伯健太。貴様が設計図を引けるなら、掘削と土木工事は私の氷魔工学と、ポポロ村の重火器牽引車で請け負ってやる。……ただし、タダ働きはせんぞ」

「当然だ。報酬は村の特別予算から正当に支払う。……それと、現場に入る前に、まずはこれを食いなさい」

 俺はフライパンに残っていた熱々の肉椎茸とベーコンの炒め物を皿に盛り、イモッカのソーダ割りをもう一つ作ってスアイの前へトンと置いた。

 スアイはアイスブルーの目を瞬かせ、恐る恐る割り箸を割った。

 肉椎茸を一切れ口へ放り込む。

「…………っ!」

 その瞬間、元四天王の鋭い眼差しが、カッと見開かれた。

「う、美味い……! なんだこのキノコは……! 噛むほどに芳醇な出汁が溢れ出し、肉の脂とネギのキレが完璧に調和している……! 作業終わりの身体に、塩分とアミノ酸が直撃するぞ……!」

 続いてイモッカのソーダ割りをゴクリと喉へ流し込む。

 スアイの喉仏が上下し、「ぷはぁっ!」と豪快な吐息が漏れた。

「たまらん……! 冷えた酒と熱い肴……これぞ現場の命綱だ……! 貴様、戦闘力は貧弱だが、飯の段取りとツマミのセンスだけは一流だな!」

「総務とビルメンを二十年やってりゃ、現場の人間が何を求めているかくらい嫌でも分かるさ」

 俺は苦笑しつつ、ちゃぶ台の上に広げておいた白紙の羊皮紙をトントンと指先で叩いた。

「さて、スアイ棟梁。夜明けまでに『ムーンキャピタル下水道大改修・突貫工事計画書』を書き上げるぞ。勾配計算、掘削ルート、汚水の仮排水ライン……詰めるべき数字は山ほどある」

「望むところだ。夜通し付き合ってやる。あの見た目だけの悪臭都市を、完璧な近代下水道都市へ魔改造してやろうじゃないか」

 ツナギ姿の元四天王と、作業着姿の元総務課長。

 夜更けの管理人室で、天界の女神をも震え上がらせる「前代未聞の衛生監査作戦」が、静かにその産声を上げていた。

読んでいただきありがとうございます。

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