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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 12

悪徳役人ご来訪! 村長客間のぬるい陽薬茶と盛大なくしゃみ

 砂煙を巻き上げてポポロ村の中央広場に乗り込んできたのは、重装甲の魔導装甲車三台と、漆黒のプレートアーマーで身を固めた三大国合同徴税局の武装兵二十名あまりだった。

 車列の先頭から降り立ってきたのは、肥え太った豚のような体躯を金糸の豪奢な官服にねじ込んだ中年男――三大国合同徴税局・特務筆頭査察官のゴドル男爵である。手には分厚い羊皮紙の束と、威嚇用の魔導短杖(ワンド)が握られていた。

「ヒヒッ! 前村長が高飛びしたと聞いて飛んでみれば、案の定、田舎者どもが腰を抜かしておるわ! おい、この村の責任者を出せ! 前村長ロップが持ち逃げした『背任重加算税』金貨千枚、ならびにこの緩衝地帯の全統治権を即刻引き渡してもらおうか! 一分でも遅れれば、この装甲魔導砲で村ごと焼き払って更地にしてくれるわッ!」

 下卑た怒声が広場に響き渡る。

 だが――ゴドル男爵が期待していたであろう「怯え惑い、泣き叫んで命乞いをする無力な農民たち」の姿は、広場のどこにも存在しなかった。

 畑のあぜ道やタローソンの店先から、作業着や野良着姿の村人たちが、ゾロゾロと笑顔で集まってきている。

 その手には――

 ガシャリ、と油の匂いも香ばしく槓桿(ボルト)を引かれる『九九式魔導ボルトアクションライフル』。

 キュルキュルと無限軌道を軋ませ、砲身をゴドル男爵の眉間へピタリと向ける『八九式魔導中戦車』。

 さらに、麦わら帽子を被った小柄な農家のおばちゃんたちが、肩に担いだ『魔導対戦車多連装誘導バズーカ』の照準レンズをキュッキュッと雑巾で磨きながら、満面の笑みで手招きしている。

「あらぁ、いらっしゃい征税官のお偉いさん! 今日もいい天気ねぇ」

「ちょうど昨夜、帝国軍の余剰兵器オークションで新型の徹甲榴弾を競り落としたところでさぁ! 試し撃ちの的になってくれるのかい?」

「ひ、ヒィッ……!? な、なんじゃこの村の武装は……!? 農具を持て農具をォォッ!?」

 ゴドル男爵と武装兵たちが一瞬で青ざめ、ガタガタと膝を震わせ始めた。

 そこへ、背後に人狼執事リバロンを従えた村長キャルルが、ふわふわの白いウサギ耳を揺らしながらパタパタと小走りで現れた。

 両手を後ろに組み、明後日の方向を見上げながら「ピピ〜ピピピ〜♪」と下手くそな口笛を吹いている。

「あらぁ〜? 三大国のお役人様、遠路はるばるご苦労さまですぅ〜。私達はどこにでもいる、と〜っても平和で無害な農民たちですよぉ〜? うふふ、物騒な鉄の棒なんて引っ込めて、どうぞ村長公邸の客間でお茶でも召し上がってくださいな♡」

「む、無害……!? あの後ろの戦車が火を噴きそうなんだが……!? お、おい貴様ら、油断するなよ! 公邸へ入るぞ!」

 逃げ道を塞がれたゴドル男爵は、冷や汗をダラダラと流しながら公邸の石段を駆け上がっていった。

      *

 村長公邸の二階、応接客間。

 分厚い絨毯の上に重厚な革張りソファが並ぶ部屋に、ゴドル男爵と側近の護衛兵二名が落ち着かない様子で腰を下ろしていた。

 正面には、無邪気な笑みを浮かべるキャルル村長と、腕組みをして影のように控える執事リバロン。

 そして――

 トントン、と控えめなノックとともに、くたびれた作業着姿の俺が盆を持って入室した。

「失礼します。総務の佐伯です。どうぞ、お茶が入りましたので」

 コトッ、コトッと机の上に並べられたのは、安っぽい陶器の湯呑み。

 中に注がれているのは、前世の総務課長時代、来客した悪質クレーマーや横柄な取引先を骨抜きにするために開発した、秘伝の『ぬるい陽薬茶』である。

 熱すぎず、冷たすぎず、飲んだ瞬間に胃袋の緊張の糸をだらしなくブツリと切断する、絶妙な「人肌温度(三十七度五分)」。

 ゴドル男爵は喉がカラカラだったのか、出された湯呑みをひったくるようにして一気に啜った。

「ズズッ……! ……ぬ、ぬるいな。なんだこの締まりのない茶は……。だが、妙に……胃の腑がふにゃふにゃと緩むような……。……ハッ! いかんいかん! 誤魔化されるところであったわ!」

 ゴドルは慌てて湯呑みを机に叩きつけ、尊大な態度を取り繕って身を乗り出した。

「小娘、戯言は終わりだ! 前村長が持ち逃げした積立金および重加算税金貨千枚、直ちに支払え! 払えぬというなら、この書類にサインと拇印を押し、このポポロ村の土地と全住民を三大国の合同直轄領――すなわち奴隷鉱山として差し出すのだ! 帝国軍の法廷令状もすでに下りておるのだぞ!」

 突きつけられた極悪非道な譲渡契約書。

 前世の悪徳金融屋ですら躊躇するような暴利の押し貸しだ。

 俺は客間の壁際にスッと下がり、胸ポケットから『ストマック・オメガ錠』を取り出してポリポリと噛み砕きながら、朝刊の『ルナミス新聞』をパサリと広げた。

(さて……合図を待つまでもないな。うちの村の凶悪な実務陣が、黙って引き下がるわけがない)

 案の定だった。

 ゴドル男爵がふんぞり返ったその瞬間、客間の扉がバァン!と蹴破られた。

「やかましいんじゃボケェェェッッ!!」

 怒声とともに躍り出てきたのは、ゴルドスマイル銀行支店長兼村の最高財務責任者(CFO)、三毛猫耳のニャングルだった!

 その両手には、純金とミスリルで鍛え上げられた巨大な魔導金算盤『十露盤』が構えられている。

 バチバチバチッ!と凄まじい電光を散らしながら、ニャングルは猛烈な速度で算盤の珠を弾き鳴らした。

「金貨千枚やとぉ!? 寝言は寝てから抜かせこのメタボ役人が! ええか、ポポロ村は三大国の全関税決済中継地や! うちの銀行のサーバーをたった五分遮断して為替ログを巻き戻すだけで、アンタらの帝国の国債金利は一晩で四〇〇パーセント暴騰、ルナPayの決済システムは完全フリーズ! 三大国合同のハイパーインフレを引き起こして、アンタらが大事に抱え込んどる紙幣の束を全部ケツ拭き紙に変えてまうこともできるんやぞオラァッ!! 通貨戦争の恐ろしさ、骨の髄まで味わわせてやろうかァッ!?」

「ヒ、ヒィィッ!? な、なんたる悪魔的経済テロリスト……!?」

 ニャングルの経済恫喝にゴドル男爵が泡を食った、その刹那――。

 ソファに座っていたキャルル村長が、ふわりと立ち上がった。

 その純白のウサギ耳はピクピクと楽しげに揺れ、顔には天使のような可憐な笑みが浮かんでいる。

「ねぇ、お役人様……♡」

 キャルルはゴドル男爵の目の前まで歩み寄ると、客間に置かれていた分厚い黒檀のサイドテーブルの角に、そっと華奢な右手を添えた。

 メキ……メキメキメキ……!

 握力一万馬力。

 硬度オリハルコンに匹敵する最高級の黒檀材が、まるで熟した豆腐のようにグシャリと握り潰され、木屑の粉塵となってパラパラとゴドルの膝の上に降り注いだ。

「私ね、心臓の音を聞けば、相手が今どんな気持ちかぜ〜んぶ分かっちゃうの。今のお役人様の心音……『この小娘を脅して金を毟り取ったら、帝都の愛人に宝石を買ってあげよう』って、すっごく汚いリズムで波打ってるよ? ……ねぇ、そのいやらしい顎の骨、この手で木っ端微塵に砕いてミンチにしちゃおっかなぁ〜? うふふ、治癒魔法でくっつけては砕いて、百回くらい遊んであげようかぁ……?♡」

「ぎゃあああああっ!? ひ、人外! 化け物ぉぉぉッ!!」

 ゴドル男爵の股間から、ジョボジョボと温かい液体が染み出し、高級絨毯に染みを作った。

 だが、ポポロ村の悪夢のようなおもてなしは、まだ序の口に過ぎなかった。

「はーい! 全銀河のリスナーのみんな、息してるぅ〜?☆」

 パリンッ!と客間の窓ガラスが内側から突き破られ、頭上に眩い天使の輪を浮かべた美少女が、魔導突撃銃M4を小脇に抱えて飛び込んできた!

 月収二億円の脱走天使メガゴッドチューバー、キュララである!

 その胸元には、赤く点滅する最高解像度の生配信魔導カメラが装着されていた。

「ただいまGodTubeで全宇宙同時生配信中だよ〜ん! 同接、驚異の百二十万人突破! 『三大国の悪徳徴税官ゴドル男爵、限界集落を脅迫して公金横領しようとしたら失禁しちゃった決定的瞬間まとめ』、現在トレンド第一位〜! ついでにリスナーからのタレコミで、帝都の別宅に隠してる裏金金庫の暗証番号と、第二夫人に産ませた隠し子の認知調書も画面にドーンと晒しておきまーす☆ 社会的抹殺完了、お疲れっしたぁ〜!」

「な……な、なんじゃとォォォッ!? 消せ! その映像を消せェェェッ!!」

 絶叫するゴドル男爵。

 そこへ、優雅な足音とともに、甘い百合の香りを漂わせた世界樹のエルフ公爵令嬢ルナが、ふわりと部屋へ入ってきた。

 その手には、怪しいピンク色の燐光を放つ触手のような観葉植物――催眠魔植物『ハッピー・ドリーム』の鉢植えが抱えられていた。

「あらぁ、皆様とても賑やかですわね♡ ゴドル様、そんなに興奮なさると脳の血管が破裂してしまいますわよ。わたくしのこの可愛いハッピー・ドリームちゃんが、お花畑の香りでお心を優しくナデナデして差し上げますわ……♡」

 ルナがふわりと植物を揺らすと、甘い胞子がゴドルの鼻腔を直撃した。

 ゴドルの瞳がトロンと虚ろになり、口元からヨダレが垂れる。

「あ……あぅ……。ママ……ボク、本当は……」

「まあまあ、素直になってよろしくてよ。……さあ、教えてくださいまし? 十歳の時、帝立初等学校の裏山に、おねしょしたシーツと一緒に『大きい方』を掘った穴に埋めた秘密……全部この場で告白なさって、魂をデトックスいたしましょうねぇ……♡」

「ヒィィィィィッ!? な、なぜそれを知っておるんじゃぁぁぁッ!!」

 過去の恥部を全宇宙へ向けて暴露され、精神崩壊寸前のゴドル。

 とどめとばかりに、客間の隅から「ガラガラガラ……」と車輪のついたみかん箱に乗って現れたのは、極貧人魚姫リーザだった!

 青い髪を振り乱し、手にした拡声魔導具に向かって、即興のオリジナルソングを腹の底から絶唱し始める!

「だっぷんだぁ〜♪ だっぷんだぁ〜おじさん♪

 おもらしジョボジョボ、だっぷんだぁ〜!!

 お顔が真っ青、お股がびっしょり、これぞ帝国の恥さらし〜!! はいっ、投げ銭五円玉カモォォォンッッ!!」

「ぎゃああああああああああああああッッッッ!!!!」

 金融崩壊の脅迫、物理的粉砕予告、全宇宙への社会的抹殺、過去の黒歴史暴露、そしてみかん箱人魚による羞恥心破壊ソング。

 五重の精神的絨毯爆撃を受け、ゴドル男爵と護衛兵たちは白目を剥き、床を這いつくばってガタガタと痙攣していた。

 もはや人間の尊厳など一ミリも残っていない。

 その時だった。

 部屋の隅で、ルナミス新聞を読み終えた俺の鼻腔へ、ルナが持ち込んだ『ハッピー・ドリーム』の花粉と、ネギオから貰っていた薬草の微粉末が、ふわりと迷い込んできた。

(……ん? う……鼻の奥が……ツンと……)

 胸いっぱいに息を吸い込む。

 胸ポケットに入れていた胃薬の小瓶が、カチリと鳴った。

「…………ッ!!」

 俺は思わず新聞紙から顔を上げ、客間のど真ん中へ向かって、前世の四十年のサラリーマン人生で培われた、最大出力の生理現象を一気に解放した。

「ヘーーーーーーーッッックショイッッッッ!!!!!!」

 バァァァァァァァァンッッッッ!!!!

 客間のガラス窓がビリビリと激しく共鳴した。

 ただのくたびれた四十男の、盛大極まりないおっさんくしゃみ。

 だが――部屋にいた全員の動きが、その瞬間ピタリと凍りついた。

「…………っ!!」

 リバロンが息を呑み、キャルルが目を見張り、ニャングルが算盤を取り落としかけた。

 悪徳役人を玩具のように嬲っていたポポロ村の怪物たちが、一斉に背筋を凍りつかせ、畏怖の眼差しで俺を見つめたのだ。

(佐伯殿の、くしゃみ……! これ以上の茶番は無用、即座に処刑せよとの『最終宣告の狼煙』か……!?)

(健太さんの心音が……一瞬だけ完全に無音になった……! 怒ってる……あの温厚な健太さんが、この下品な役人たちに本気で呆れ果ててるんだ……!)

 そして――床で泡を吹いていたゴドル男爵にとって、そのくしゃみは「死神の処刑宣告」そのものに聞こえていた。

「ヒィィィィィィィィィッッッッ!!!! あ、合図だ! あの作業着の男こそ、この魔窟の真の支配者! 暗殺の執行命令じゃぁぁぁぁッ!!」

 ゴドル男爵は狂乱したように懐へ手を突っ込むと、持っていた羊皮紙の束――三大国合同徴税局の公式文書を取り出し、震える手で羽ペンを走らせた。

「書く! 書きますぅぅぅ! 『ポポロ村の過去・現在・未来における全納税義務は完全免除、ならびに前村長の負債は三大国合同救済基金より全額補填済みとする』! はいっ! 最高査察官の署名と血判捺印を押しましたぁぁぁッ!!」

 ベチャリと真っ赤な血判が押された免税証明書を机に叩きつけると、ゴドル男爵は靴すら脱ぎ捨てた。

「たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇッ!! 悪魔の村だぁぁぁッ!!」

 ドタバタドタバタッッッ!

 護衛兵を引き連れ、装甲車すら置き去りにして、泥水の中を裸足で街道の彼方へと脱兎のごとく逃げ去っていく徴税官たち。

 その背中を見送りながら、俺はポケットからティッシュを取り出し、フンッと豪快に鼻をかんだ。

「ふぅ……すっきりした。秋の花粉は油断ならんな」

 俺は机の上に残された、完璧に署名捺印された『納税免除・債権放棄完了証』を手に取った。

 そして、作業着の胸ポケットからインク内蔵式三文判を取り出すと、村役場の受領欄へ力強くポンと押し込んだ。

 ポンッ。

――ユニークスキル『最上位稟議決裁(ハンコ・アプルーバル)』直結承認。

――事象:三大国公認・ポポロ村の永久免税特権の確定。

「よし、これで村の負債問題は法的に100%解決だな。時計を見れば……うん、午後四時半。素晴らしい、今日も定時退勤だ」

 俺が満足げに頷くと、客間にいたキャルル、リバロン、ニャングル、キュララ、ルナ、リーザの全員が、息を呑んで俺の前に一斉に平伏した。

「「「「「「佐伯様(健太さん・おっちゃん)……一生ついていきますッ!!」」」」」」

「いや、定時だから上がるよ。サウナのボイラーに薪をくべてこなきゃならんからな」

 大袈裟な連中に苦笑いしつつ、俺は夕暮れのポポロ・コーポへと歩き出した。

 大浴場で汗を流し、冷たいイモッカのソーダ割りを呑む。

 ようやく、本当の平穏が手に入ったのだ――そう信じて疑わなかった。

 だが、俺はまだ気づいていなかった。

 東の地平線から昇り始めた夜空に、妖しく銀色に輝く「満月」が、静かにその輪郭を現し始めていたことに――。

読んでいただきありがとうございます。

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