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『戦力1馬力のおっさん管理人、魔境の村で静かに暮らしたい〜ぬるい茶と三文判で神や竜王を手懐けていたら世界の黒幕に〜』   作者: 月神世一


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EP 11

マンミア団長の「25歳クライシス」と、管理人室のホットミルク

 ウゥゥゥゥゥンッ! ウゥゥゥゥゥンッ!

 村長公邸の窓の外で、空襲警報のような防衛サイレンがけたたましく鳴り響いていた。

 極貧人魚姫リーザが賄い炒飯を木匙で綺麗に平らげ、天然サイコパス令嬢ルナの純金百キロを地下核シェルターの修繕積立金庫へ封印し終えたばかりの、平和なはずの午前十時。

 公邸の玄関先へ駆け出すと、自警団の詰め所から転がり出てきた門番たちが、腰を抜かして街道の彼方を指差していた。

「た、大変だぁぁッ! 団長が……団長がパイルバンカーを全開空撃ちしながら、時速六十キロの暴走ドリフトで突っ込んでくるぞぉぉッ!!」

 砂煙を天高く巻き上げ、舗装された街道を猛烈な勢いで疾走してくる影。

 赤褐色のポニーテールを振り乱し、四本の頑丈な馬脚でアスファルトを砕かんばかりに踏み鳴らしているのは、紛れもなくポポロ村自警団長マンミア(25)だった。

 だが、その表情は異形討伐の鬼神ではなく、完全に失恋した泥酔者のそれだった。

 両目から大粒の涙と鼻水を滝のように撒き散らし、両腕に装備したパイルバンカー式刺突盾『アグニ』のシリンダーから、怒りの蒸気をプシューッと噴き出させている。

「うわああああんッ! なんでよぉぉぉッ! なんで街の広場のベンチというベンチで、十代のガキ共が『あ〜ん♡』とか言いながらクレープを食わせ合ってるのよぉぉぉッ!! 十六歳成人で二十歳結婚が大陸規範!? 知るかそんなもん! 公道で痴態を晒す不逞の輩は、全員このアグニで貫いて挽き肉にしてやるわぁぁぁッ!!」

「ひ、ヒィィッ! 団長が発狂したぞ! 退避ぃぃッ!」

 門番たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 単体百八十馬力のケンタウロスが全速力で突っ込んでくれば、村のトーチカだろうが木造家屋だろうが紙細工のように粉砕される。

 俺は深くため息をつくと、作業着のポケットから天界指定の強精神性胃腸薬『ストマック・オメガ錠』を取り出し、二粒をポリポリと噛み砕いた。

「……おいおい、午前中からなんて重たい私怨の暴走なんだ」

 俺は門番たちが放棄した防護バリケードの前にスッと進み出ると、愛用の便所スリッパを左手に構え、右手には朝刊の『ルナミス新聞』をきつく丸めて掲げた。

――【敷地内交通安全(ハウス・ルール)】適用。

――事象:自警団長による公道での制限速度超過、器物損壊未遂、および八つ当たり暴走。

――運動エネルギーを『敷地内減速プロトコル』にて強制減衰します。

「止まりなさいマンミアさん! 村内制限速度は時速二十キロだ!」

 ズドォォォォンッッッッ!!!!

 突進してきた百八十馬力の巨体が、俺の掲げたルナミス新聞の先端に触れた瞬間――激突の轟音はフッと吸い込まれ、綿菓子に飛び込んだような無音のブレーキがかかった。

 前のめりに前の蹄をつんのめらせ、マンミアの巨体がピタリと静止する。

「ふぇ……? あ、アグニの突進が……止まった……?」

「止めたんだよ。……ほら、鼻水が出てるぞ。拭きなさい」

 俺が胸ポケットからティッシュを差し出すと、マンミアはハッと我に返り、真っ赤に腫らした目で俺を見つめた。

「さ、佐伯さん……? う……うっ……うわぁぁぁぁぁんッッ!!」

 突然、大柄な武人が俺の胸元に顔を埋め、子供のように声を上げて号泣し始めた。

 背中を抱きしめるには馬胴が大きすぎるので、俺は苦笑しつつ、彼女の頑丈な肩口をポンポンと軽く叩いてやった。

「はいはい、よしよし。何があったか知らんが、道路の真ん中で泣いてちゃ自警団の威厳が台無しだ。コーポへ戻るぞ」

      *

 ポポロ・コーポ女子棟三階、三〇一号室。

 自警団長マンミアの私室は、武骨な武器や盾が整然と並ぶ一方で、棚の一角にはやたらとファンシーな羊毛フェルトのぬいぐるみや、少女趣味のレースカーテンが飾られていた。

 部屋の中央で、マンミアは前足を折りたたみ、床にペタンと座り込んでいた。

 その手元には、生鮮スーパー『タローマート』の黄色いビニール袋。

 中から取り出されたのは、真っ赤な「半額見切りシール」が無慈悲に貼られた、六号サイズの生クリームホールケーキだった。

「うう……ぐすっ……。今日の午前中、隣町の商業ギルドへパトロールに行ったんです……。そしたら、すれ違う若者たちが……どいつもこいつも腕を組んで、将来のマイホームの話なんかしちゃってて……!」

 マンミアは銀のデザートスプーンを力任せに握りしめ、半額ケーキのど真ん中をブスリと抉り取った。

 崩れるイチゴ、飛び散るホイップクリーム。

「このマンルシア大陸では、十六歳で成人して、十八から二十歳前後で身を固めるのが当たり前なんです……! それなのに、私は……帝国辺境騎士団で剣を振り回し、気づけばポポロ村の自警団長……。今年で二十五歳……! 恋人いない歴、二十五年と三ヶ月……ッ!! 誰にも背中を預けたことがないどころか、男性と手を繋いだことすらありません……! この売れ残って割引シールを貼られたケーキは、まさに賞味期限切れの私そのものじゃないですかぁぁぁッ!!」

 抉り取った生クリームの塊をヤケクソで口に放り込み、咀嚼しながら涙をポロポロと零すマンミア。

 痛い。

 見ているこちらの胃のあたりが、前世の記憶と共鳴してシクシクと痛み出す。

 前世の総合商社時代にもいたのだ。

 仕事熱心で優秀すぎるあまり婚期を逃し、後輩社員たちの結婚式ラッシュのたびに総務の給湯室で「もう寿退社なんて都市伝説よ!」と叫びながら安納芋の羊羹を一気食いしていた三十代半ばの女性係長が。

「マンミアさん、ちょっとそのスプーンを置きなさい。すきっ腹に半額ケーキを一気食いしたら胃もたれするぞ」

「放っておいてください……! どうせ私は、一生パイルバンカーを抱いて一人で死んでいく女なんですから……! うっ、うう……イチゴの酸味が胸に染みる……」

 完全に重度の自己憐憫スパイラルに陥っている。

 武力百八十馬力の戦士だろうが、中身はただの傷つきやすい不器用な乙女なのだ。

 俺は腕をまくり上げると、ポケットからワンタッチ認印(インク内蔵式三文判)とルナミス新聞の裏紙を取り出した。

「マンミアさん、まずは総務課長として公的な通達を出す。いいか、よく聞きなさい」

「……え?」

 涙で濡れた瞳をパチクリとさせるマンミア。

 俺は裏紙に赤ペンでサラサラと書き殴り、決裁欄へポンと力強く三文判を押し込んだ。

 ポンッ。

――【村役場総務補佐・緊急業務命令発令】。

――『本日より一ヶ月間、ポポロ村内の全公文書、掲示板、および回覧板において、数字の「25」の使用を全面的に自粛・禁止とする』。

――事象:自警団最高幹部の精神的損害防護および村内コンプライアンスの遵守。

「……な、なんですかこれ……?」

「村内法制化だ。今日からポポロ村において、あんたの年齢は『二十四歳の十二ヶ月目』、あるいは『ピチピチの若手枠』と呼称することを義務付ける。誰かが村内で『二十五』と口走ったら、俺が『管理人権限』でスリッパを叩き込んで始末書を書かせてやる」

「さ、佐伯さん……!? そ、そんな無茶苦茶な職権濫用……!」

 呆気にとられるマンミア。

 だが、その強張っていた頬の筋肉が、わずかに緩んだのを俺は見逃さなかった。

「それにだな、マンミアさん。俺の世界――地球じゃな、二十五歳なんて大学を出て就職して、ようやく現場の仕事に慣れてきたばかりの『ピカピカの若手』だぞ。人生これから、いくらでも楽しいことが待っている一番いい時期だ。四十二歳で独身のくたびれたおっさんから見りゃ、眩しすぎて直視できないくらいだ」

「……え? 地球では……二十五歳は若手、なんですか……?」

「当たり前だ。三十歳を過ぎてから結婚する奴なんて山ほどいる。十六や二十で結婚するのが早いだけで、あんたが遅いんじゃない。村の平和を一人で背負って、真面目に職務を果たしてきた誇り高き戦士が、誰かの作った下らん平均値なんかに振り回されて泣く必要がどこにある?」

「あ……っ……」

 マンミアの大きな瞳が、息を呑んで見開かれた。

 これまで誰からも「行き遅れの女騎士」「結婚できない怪力女」と陰口を叩かれ、焦りと孤独に押し潰されそうになっていた心が、温かい毛布で包まれるように解きほぐされていく。

「ほら、ケーキの残りは後で冷やして食えばいい。一階の管理人室へ降りてきなさい。温かい飲み物を作ってやる」

      *

 一階、管理人室。

 縁側の障子を開けると、庭の木々を揺らす穏やかな秋風が吹き込んできた。

 畳の上に座布団を敷き、小さな丸ちゃぶ台を囲む。

 俺は台所の小鍋で、タローマートから仕入れてきた新鮮なモウモウ牛のミルクをコトコトと弱火で温めた。

 膜が張らないよう木べらで静かにかき混ぜながら、村の裏山で採れる天然の百花蜜をひとさじ落とす。

 さらに、ネギオから分けてもらった薬草の中から、精神鎮静作用を持つ甘い香りの『陽香草』を乾燥させて細かく砕き、パラリと振り入れた。

「はい、どうぞ。特製のハニー・ホットミルクだ」

 ことっ、と置かれた陶器のマグカップ。

 ふわりと立ち上る、濃厚なミルクの甘い湯気と、百花蜜の優しい香り。

 マンミアは両手でカップを包み込み、恐る恐る口をつけた。

「ふー……ふー……、ちびっ」

 一口含んだ瞬間、マンミアの長い耳がピクンと跳ね上がった。

「…………っ! あ、甘くて……すっごく、まろやか……」

 喉を通るたびに、ミルクの優しい温もりが、冷え切っていた胃袋とささくれ立っていた神経へじわ〜っと染み渡っていく。

 鼻腔を抜ける陽香草の清涼感が、頭の中に渦巻いていた嫉妬や焦燥感を、まるで朝霧を払うように消し去っていく。

「おいしい……。あんなに胸がキリキリ痛んでいたのに……身体の奥から、ポカポカしてきます……」

「緊張がほぐれた証拠だ。……ついでに、これもつまみながら飲みなさい」

 ちゃぶ台の真ん中に置いたのは、タローソンで買っておいた素朴なバターサブレと、俺が昨晩の残りの肉椎茸を薄切りにして軽く炙った塩焼きだ。

 甘いホットミルクと、ほんのり塩気の効いた肉椎茸。

 交互に口へ運ぶと、これが驚くほど相性がいい。

 マンミアはサブレをサクサクと齧り、肉椎茸の旨味を噛み締めながら、マグカップのミルクを一口ずつ大切そうに喉へ流し込んだ。

「ふぅ……」

 深く、長い息がマンミアの口から漏れた。

 眉間に刻まれていた険しい皺はすっかり消え去り、その頬には健康的で愛らしい桜色が戻っている。

「佐伯さん……私、情けないですね。自警団長として、村のみんなを引っ張っていかなきゃいけない立場なのに……あんな下らないことで取り乱して、大暴走してしまって……」

「下らなくなんかないさ。誰だって孤独は怖いし、他人の幸せが妬ましくなる夜はある。……あんたが普段、命懸けでこの重武装限界集落を守ってくれてるからこそ、村の若者たちも安心して恋愛ができるんだ。現場の最前線で泥をかぶってる人間が一番報われなきゃいけないのに、割を食うのはいつだって真面目な奴だ。俺はそういう理不尽が一番嫌いでね」

 俺は青箱のタバコを取り出し、ジッポライターで火をつけて紫煙を庭へ吐き出した。

「いつも村を守ってくれてありがとうな、マンミアさん。あんたは立派だよ。胸を張って、堂々と生きていればいい。二十四歳の十二ヶ月目だろうが何だろうが、あんたの価値は誰かの嫁になることだけで決まるもんじゃない」

「佐伯、さん……」

 マンミアの瞳が、再び潤んだ。

 だが今度は、悲しみや悔しさの涙ではない。

 生まれて初めて、鎧の下の「一人の女性としての自分」を真っ直ぐに肯定され、労われたことによる、魂の底からの感動の涙だった。

(ああ……なんて、広くて温かい人なのだろう……)

 マグカップの湯気の向こうに映る、くたびれた作業着姿の四十男。

 猫背で、戦闘力はたったの1馬力。

 だが、その背中から漂うのは、どんな強大な魔王や神話のドラゴンにも揺らぐことのない、圧倒的な大人の包容力と絶対的な安心感だった。

 ドックン……ドックン……と、マンミアの胸の奥で、経験したことのないほど熱い鼓動が跳ね上がった。

(ケンタウロスの誇り……大人の男性を一度も乗せたことのない、私の処女の背中……。もし……もし、いつか誰かに預ける日が来るとしたら……)

 カアァァァッッッ!!と、マンミアの顔面が一瞬で沸騰した。

 耳の先から首筋まで真っ赤に染まり、四本の脚の蹄がパタパタと落ち着きなく床を叩く。

(こ、この人だわ……!! 佐伯さんしかいない……! この落ち着き、この包容力、この優しさ……私の理想の殿方、私の『お婿さんランキング』堂々の全宇宙第1位ぃぃぃッ!! ああっ、いつか佐伯さんを私の背中に乗せて、夕焼けの草原を風になって駆け抜けたい……! そしてそのまま教会へ直行して入籍したい……ッ♡)

「ん? どうしたマンミアさん、顔が真っ赤だが。ホットミルクが熱すぎたか?」

「ひゃ、ひゃいっ!? な、なんでもありませんっ! ちょっと、身体の芯から温まりすぎたというか……心の火力が限界突破したというか……ッ!」

「そうか? ならいいが。……あ、そうだマンミアさん」

「は、はいっ! なんでも仰ってください佐伯さん! 私のこの頑丈な背中、いつでも空いてますからっ!」

「いや、背中はいいから。村役場の回覧板に『今週末、大浴場は女性専用レディースアワーを設けます』って告知を出しておいたからな。サウナで泥パックでもして、日頃の疲れを根こそぎ落としてきなさい」

「ああっ……! どこまで気が利くのですか……! 好きです……! あ、いえ、尊敬していますぅぅッ♡」

 湯呑みを抱えて悶絶するケンタウロス団長に苦笑いしつつ、俺は最後の一口のミルクを飲み干した。

 よし、これで自警団長の精神的クライシスも一件落着だ。

 現場の士気管理こそ、総務の最も重要な裏方仕事だからな。

 今日こそは、午後の書類整理を定時で片付けて、静かにサウナに入れるはずだ。

 そう確信して煙草をもみ消した俺の耳に――

 村の東側ゲートから、轟音とともに地響きが迫ってきた。

 ガガガガガガッ! ゴォォォォォンッ!

 重装甲の魔導装甲車が何台も連なり、村の防衛線を強引に突破して広場へと雪崩れ込んでくる鉄の擦れる音。

 続いて、拡声魔導具を通した、ねっとりと下卑た役人の怒声が村中に響き渡った。

『ルナミス帝国・レオンハート獣人王国・アバロン魔皇国、三大国合同徴税局である! 前村長ロップの夜逃げに伴う特別背任重加算税、および緩衝地帯管理権利書の即時明け渡しを要求する! 代表者は直ちに村長公邸へ出頭せよ! 抵抗するならば、村ごと焦土に変えるぞッ!!』

 俺は思わず天を仰ぎ、ポケットの『ストマック・オメガ錠』をさらに二粒、バリボリと音を立てて噛み砕いた。

「……やれやれ。今度は三大国の悪徳徴税官のお出ましですか」

 俺は作業着の襟を正し、愛用の便所スリッパとワンタッチ認印をポケットに突っ込んで立ち上がった。

 どうやら、ポポロ村の総務課長として、最高に「ぬるいおもてなし」を準備してやる必要があるらしい。

読んでいただきありがとうございます。

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