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灯台の魔女  作者: 笹木悠
黒猫と魔女の家
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第九話 忘れ去られた者


『ぜんブ、あげる、かラ、大事、欲しイ』


咄嗟に主人の前に使い魔達が庇うように出た。

じっとそのまま声が聞こえた方を睨む。


「 君は何が欲しいんだい? 」


風の音が止み、月が隠れ、静寂が訪れる。


『大事、欲しイ』


「 大切なものが、欲しい? 」


『……大事、なりたイ』


「 大事に、されたい? 」


問いかけた刹那、祠の石が欠け落ち、できた隙間から先ほどの薄汚れた巾着が姿を現した。


『大事!なりたイ!大事!されたイ!』


激しく伸び縮みするように形を変え、それはのそのそと這い出てくる。


「主、お下がりください!」

「なんなのこいつ!」

「ヤダ、なんか怖いよぅ〜。」


這い出るとともに、先ほど引きずっていた風呂敷が引っかかって中身がばら撒かれる。


「あ!あれ主の!」


無くしたと思っていた、あの時計を模したブローチがそこにあった。どうやら中に入っていたのは、さまざまなところから持っていった、「無くしもの」のようだ。

巾着は風呂敷の中身をばら撒きながら、まだそれを引きずってどこかへ行こうとする。


「待て!返せ!」

「金太郎!」


飛びかかった拍子に風呂敷に爪が引っかかり、中身が全て飛び出てしまう。マドラー。裁縫鋏。木彫りの熊。レースのハンカチ。おもちゃの指輪。フォーク。ガラス細工の鳥。万年筆。時計のブローチ。どこかでなくなった気がしていたものが溢れていく。


『あァ、イやだ、大事、ダイジ』


慌てた様子で溢れたものをかき集めようとするが、それの手らしきものが届く前に、サッと金太郎がブローチを回収する。


「これはまず先に返してもらうんだからっ!」


『あァぁ、なんで、ナゼ、だいジ、され、テ、る、ノに』


表情などわからない顔をしているが、それでも金太郎がブローチを取り返したのを見て嘆いている様子だった。


「はい、主。ちゃんと取り返したよ。」


主人の元へ戻り、前脚で捧げ持つようにブローチを持ち上げる。


「ありがとう。金太郎。」


誇らしげな姿が微笑ましく思われて、ブローチを受け取る。二、三度その頭を撫でて喉元をくすぐると、金太郎はご機嫌に喉を鳴らした。


『いいなァ、いいなァ』


その様子を見て、祠から這い出た何かが2人の方へと進路を変え、またのそのそと動き始める。近寄ってくる様子を見ると、それまで気味悪がっていたユエが前足でそれを払った。


「ヤダー!あるじの方に行かないでよーっ!」

『ギャンっ』


ぺしっと情けない音と共に、巾着が転がっていく。雑草まみれになりながら、二転三転と転がるので、薄汚れた姿が更にみすぼらしい見た目となる。


「ソレは触っても大丈夫なんですか?」

「なんかヤな感じするよぉ〜あるじぃ〜。」


『大事、されたイよォ』


汚れながら、なおも立ち上がるそぶりを見せるソレを、今度は金太郎が踏み付ける。


「だからさっ!さっきも言ったけど、お前は何がしたかったわけ?」


踏み付けられて、移動しようにもその場で伸びて縮むしかできない。


『大事、され、たイ』


おそらく目ではないかと言うところから、涙のように濡れてシミが広がる。


『大事、あつメ、た、のに、大事、され、なイ』

『あげル、から、大事なりた、イ』


「あぁ、そういうことか。」

「どう言うこと〜?」

「大事に使われてきたものを集めたら、自分も大事にされるのではないかと思った、と言うことですね。」


祠やその周りの様子を見ても、長く大事に祀られていたとは言えない。ここのヌシは人々から忘れられようとしていたのは事実だろう。


「……お前、主が大事にしてる僕のことを羨ましいって思ったの?」


『大事、いいなァ』


「だからって勝手に持っていったり、変なところに連れていくのは違うだろ。」


踏み付けていたそれに猫パンチ。多分泣いていたそれは、今では薄汚れから完全に汚れた巾着になっている。


「それに、僕だって最初から居場所があったわけじゃないんだ。主が場所をくれたから、そこに居るための誓いがある。」


『大事、誓イ?』


「そう。ただそこに居るだけで大事にしてもらえるのは、赤ちゃんしかいないんだぞ。誰かに大事にして欲しいなら、自分がもっと大事にしなきゃ。」


『大事、なりたイ、大事、スル!』


ソレが勢い良く返事をすると、金太郎は脚を避けてやった。そして鼻を近づける。


「まずお前、名前は?まずはちゃんと名前が呼べないと。」


『ナマエ、何、ナマエ、どこ』


どうやら自身の名を知らないようだ。祠の横の看板が朽ちてしまっているため、先程も読み取れなかった。


「お名前わかんないのぉ〜?」

「書いてあるようだけど、かなり古くて読み取れないね…石の方に刻まれていないかい?」

「苔で隠れちゃってるし、看板はこんな感じだし…」

「案内図に、ここは載っていませんでしたか?」


渋い声が発された方を全員が見る。


「神社の敷地内ですから。なんらかの記載があるのではないでしょうか。」


確かに神社の敷地へ入る際通った鳥居を抜け、進んですぐの道の脇に、敷地内の案内図があった。カラスの一声に、名前探しに行き詰まりそうだった場の空気が途端に明るくなる。


「おれ、今、ジョージのことすごくカッコいいと思いました!」

「君って本当に優秀な使い魔だね。」

「通ってきたのに!全然気づかなかった!悔しいっ!」


三者三様のリアクションに、ジョージがニヤリと笑う。


「礼には及びません。いついかなる時も警戒と観察がモットーです。今回は主のガトーショコラで手を打ちましょう。」

「ただ食べたいだけじゃないか!」


今回は心の声を隠しきれない主だった。

-------------------------


「あ!あそこじゃない?」


一行はぞろぞろと鳥居近くの案内図まで戻ってきた。祠の場所からソレも連れて皆で移動してきたが、そのまま移動させると非常に時間がかかりそうだったため、ユエの背に乗せている。「よごれちゃうんだけど〜」と、最初は躊躇して見せたが「泥汚れよりはマシです。」とぴしゃりとジョージに言われ、渋々乗せて歩いていた。


「暗いと文字も見づらいな。」

「えーと、何々……え、なんて書いてあるの?」


案内板の地図上、祠の場所に書いてあるのは


"お道具さま"


「ちょっと名前としてはしっくりこないんだけど。」


その場の全員が同じことを思い、案内図の前で首を傾げる。


「お道具さま?」


試しに呼んでみるが、自分の名だとは思っていないのか、一緒になって首らしいところを傾げている。


「まぁ総称だからね。固有名詞じゃないから認識していなくてもおかしくない。」

「そうしょう?こゆう??」

「お前に狼って名前つけてるみたいってこと。」

「あーなるほどぉ!金太郎はあったまいいねーっ!」

「まったく……」


背中に汚れた巾着のようなものを乗せたまま、感心した様子のユエに金太郎は呆れ顔だ。


『ナマエ、いいなァ』


背中の巾着が案内図を見上げるように伸びる。


『名前、ナニ』


手のような紐のようなものを伸ばして、ちょいちょいとユエの背を軽く叩く。


「おれはねー、ユエだよっ!あるじがつけてくれたんだぁ。」


『名前、ナニ』


今度は金太郎の方に向いて問いかけた。


「僕は…金太郎。僕も名付けは主だよ。」

「えーっ!おれだよー!」

「お前はいちいちうるさい。」


『いいなァ、ナマエ』


「おや、私には聞いてくれませんね。」

「強き者は無闇に名前を明かさないと、昔言ってなかったかい?」

「……若気の至りなので、忘れてください。」


『ナマエ、欲しイ、呼んで、欲シイ』


たった一つ、自分だけの名前。そのものを識別し、本質を理解するために必要なもの。


「そう言うことか……固有の名がないから、自らが何なのか忘れ、呼ばれないから忘れ去られた……」


名もなきものは、呼ばれるものがない。だからいつの間にか、自分が何なのかという意識が保てなくなった。


「 自らの名が、欲しいかい 」

ご覧いただきありがとうございます。

今日、明日は12時と19時の2回更新予定です。

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