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灯台の魔女  作者: 笹木悠
黒猫と魔女の家
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第八話 金色の腹かけ

どこで生まれたのかとか、親がどうとか、兄弟が居たかとか、そんなことは何も覚えていない。気づけばこの世に生まれていて、捨て置かれていたように思う。そこがどこだったかも覚えていない。思い出せるのは、なんだかよくわからないけどただ悲しくて、お腹が空いて、寒くて、震えていたこと。まだよく開かない目のまま細い声でひたすら泣いていた。なんで生まれたんだろうとか、死ぬってどんなことだろうとか、泣きながら考えていたような気もするけど、よくわかんない。


「あるじぃ〜!あっちでねこちゃんの鳴き声がするよっ!」


あぁ……あいつは最初からでかい声をしていたな。


「どの辺りだい?猫というより小鳥みたいに聞こえるんだけど。」


そう、主はこんなふうにいつも柔らかい声をしているんだ。


「いたーっ!いたよっあるじっ!ねこちゃんっ!!」


騒々しく茂みを掻き分け、あいつは突然目の前にれた。そしてベロベロと僕を舐めまわし始める。本当にこいつは最初からうるさかって、迷惑極まりない。


「こらこら待ちなさい!あぁ、まだ目も開いていない生まれたてじゃないか……」


舐めまわされていた僕を、そっと何かで包んで抱き上げてくれる。今思えばあれは主の服だったのかも知れない。なんだかとっても落ち着く匂いがして、抱き上げてもらったら悲しい気持ちがなくなったのを覚えてる。それでなんだかもっと泣きなくなったんだ。


「あるじ、ねこちゃん大丈夫?元気になる?」

「生まれたてで親の姿が見えないとなると、きっとあんまり栄養も与えられてないね……」

「……元気になる?」

「……元気になるように、世話をしてあげようね。」

「ハイ!」


そうして僕は主の家に迎えられた。

最初は全然食べられないし、飲み込めないし、ひたすらミィミィ泣いてるだけだったけど、主があったかくしてくれて、いつもそばに居てくれて、たまにあいつもいて。そうしたら段々と目も開いてきて、ご飯も食べられるようになったし、体も大きくなった。ヨチヨチと頼りない動きではあるけど、僕が立ち上がって自分で歩けるようになった頃、主が言ったんだ。


「そろそろこの子にも名前が必要だね。」


それまでは鳴き声からミミとか、ミーとか呼ばれてた。ユエなんかはこねこちゃんとか、ジョージもキティとか呼んでたけど本当に2人はセンスがないと思うよ。ユエなんかはセンス無いけど、たまにそのナンセンスな感じが主のツボにハマっちゃうことがあって。

僕の名前もそんな感じで名付けられたんだよねぇ。


「キティについに"名付け"をするんですね。」

「もうここまで面倒を見たんだ。これからもうちの子で良いだろう。さて、名前は何が良いかね……?」


いろんな候補案が出たよ。シャドウ、ノア、オニキス、ナイト、おはぎ、チョコ、セサミ、夜、クロ、このほかにもいろいろ……

そんなふうにたくさん案を出してた時に、ユエが言ったんだ。


「金色……お腹だけ金色の毛があるから、金太郎!」

「金太郎……良いね!それは可愛い!」


ほら、こういうところ。


「確かに、ちょうど前掛けみたいですが……異論は無いか?」


名前の案に少し躊躇した様子で、ジョージが聞いてくれたけど、主が可愛いって言うんだもの。僕は了承とばかりに「ミッ!」と鳴いた。


「じゃあ君は今日から"金太郎"だよ。」


主が優しい顔で笑って僕を撫でたら、体中を金色の光が包んだ。額を人差し指でトンと軽く突かれたその瞬間、使い魔としての印がついた。ソレは見えるものでは無いけれど、使い魔や、魔女たちは感じることができる確かな印。暖かいものが身体中に広がって、ものすごく安心した。僕はこの時、使い魔になったんじゃなくて居場所を得たと思ったんだ。


「お話は出来るかな?」


お風呂に入った時みたいな、身体中がぽかぽかした感じでぼーっとしてたら、主が抱き上げて頭を撫でてくれる。


「……あるじ?」


あんまりにもあったかくて、ぽやぽやした意識のまま。そして、幼くてまだあまりハッキリとは喋れない。それでも顔を見上げて、僕を抱く人を呼んだ。


「っかっわいい!!!!!」


ぎゅっと抱きしめられて、鼻先にキスをしてくれた。この瞬間から、僕と主は家族になったんだ。

何も無い僕の、大事な家族。僕を生かしてくれた、大事な存在。だから僕も、主の大事な存在でいられるように出来る限りのことをするよ。絶対に主を守るよ。それが、僕の使い魔としての誓いだ。


------------------------


白く染まった世界。何も聞こえない。他に誰の姿も見当たらない。ここはどこだ。今何時。みんなどこに行ったの。

真っ白な空間にぽつりと落ちたインクのように、自分だけが居る。


「……ニァア」


呼びかけるけど、誰の返事もない。しかもそれだけじゃない、これじゃあ普通の猫の鳴き声じゃないか。もう一度、今度はもっと大きな声で読んでみるけど、やっぱり猫の鳴き声でしかない。


主!主!

ユエ!

ジョージ!

僕はここだよ!!


『いいなァ、大事にされてるの、いいなあァ』


主!主!ここにいるよ!


『大事、ダイジ、どうシて、なのォ』


ユエ!さっさと応えろ!


『なんでェ』


返事をしてよ!ジョージ!


『それ、欲しイ、欲しいなァ、大事、ほしイ』


「ふざけるなっ!!!!」


頭の中に響くみたいに聞こえてきた、あいつの声が煩わしくて思わず叫んだ。


「何を欲しがってるのか知らないけど、僕がお前に譲るものなんかひとっつもないんだよっ!強請ってるだけのやつが、何か手に入るなんて思うなっ!!!」


怒鳴りつけていると、白い空間にバチバチと電撃のようなものが走る。僕の周りをそれが囲むけど、痛くも熱くもない。多分これは、僕の感情だ。


「さっさと僕らから盗んだものを返せ!!!」


想いに力があるなら、爆ぜよ。

守るものの為に。


『ヤダ、ィヤダ、ほしイよォ、大事がいイよォ』


雷が勢いを増すと、何かがうめき声を上げる。


「あの人のものを返すんだ!!!!」


渾身の叫びと共に、広がる雷撃。それが空間いっぱいに広がると、「何か」の悲鳴のようなものが聞こえた。


------------------------


……んたろ……きん……たろ……

きんた……し……で無い?……

……きん……きんた……金太郎!


「あぁっやめろ!舐め回すな!こら!!」


石造りの祠の前。倒れていた金太郎を、ユエが舐め回していた。


「生きてたー!よかったよぉ〜金太郎生きてる〜っ!!」

「うるっさい!耳の近くででかい声出すな!うわ、ヨダレまみれなんだけどっ!サイアク!!」


飛び起きていつものように怒り始める様子に、喜びのあまり勢い良く抱きつこうとして猫パンチを喰らう。


「えーん!いつも通りで酷いよぉ〜!」

「急に力無く倒れるので、心配したんですよ。」


ジョージが抱き上げ、ハンカチを取り出してよだれに濡れた体を拭く。


「え、何それ?僕倒れてたの?」

「あぁ、ほんの僅かな間だけど。君だけが呼ばれたんだろう。私達は一瞬違和感は感じたけど、それだけだったからね。」


拭いてもらった金太郎を今度は主が抱き上げる。大人しくその腕に抱かれるまま、祠を見る。


「金太郎を狙ったのでしょうか。」

「何か、惹かれるものがあったのか……よく帰ってきたね。偉い。」


ゆっくりと撫でると、甘えるように尾を腕に巻き付けて、胸を張って言う。


「僕は主の使い魔だもん。当然!主のところに帰ってくるよ。」

「ふふ、そうかい。」

「おれも、おれも、あるじのところに帰ってこれますよっ!」

「私ももちろん、戻って来ますよ。」

「あぁ、知ってるよ。2人も何があっても戻ってくるね。」


足元に擦り寄る狼と、側で微笑む人型のカラス。ここが閑散とした、暗い夜の祠の前でなければハートフルな光景だ。


「さて、困ったね。結局あれは何だったんだろう。」

「そういえば、なんかあいつ、ずっと何かを羨ましがってたよ。」


『いいなァ』


祠から先ほど聞こえたものと同じ声がした。







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