第十話 灯台の魔女
ソレはいつからそこにあったのか。
気づけば目の前にはたくさんの花や供物があり、人々が己に手を合わせていた。礼を述べ、時には願いを言うものもあったが、すぐ近くの社に祀られた神とは違い、大きく物事を変えるほどの力は持っていなかった。だからか、訪れる人は徐々に減っていき、いつしかそこは雑草だらけの苔むした祠となってしまった。誰も見ない、呼ばない。そんな長い時間の中で考える。……自分は何を求められていたんだったか。どうして、人々は手を合わせていたのか。
家族連れの人間が、子供に言って聞かせていたことを思い出す。
「お道具さまは大事なんだ」
大事。
だから、手を合わせた?
だから、花いっぱいだった?
ならば、また大事なものになればいい。
大事なものを集めたら、そうなれるんじゃ無いか。
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あたりはすでに暗く染められ、ぽつぽつと等間隔でほんのりと石燈籠が灯っている。参道を行き交う人はもう居ない。
『ナマエ、欲しイ!』
提案に、ソレは紐のような、手のようなものをぴょこんと上げた。
「そうは言いますが、我々の名付けとは従属を指します。それがわからないあなたでは無いでしょう。」
神域にいるものの名前を、魔に属するものがつけてしまうのは理に反するのでは無いか。
「僕は反対だね!こいつ主のものを勝手に持っていったのに、主に名前をもらうなんて許せない!僕は許してないからね!」
「おれもっ!おれも反対ですっ!雑巾がおんなじ使い魔とかなんかやだ〜!」
汚れすぎて巾着を通り越し、酷い言われようである。言われた側はユエの背で上下に伸び縮みして揺れている。
「 君は、どうしたい? 」
問いかけに、辺りがしんと静まる。
「 ここに居たいのか、他へ行きたいのか 」
外であるはずなのに、先程まで聞こえていた雑草の揺れる音や、木の葉の声など何も聞こえない。
「 大事にされることを望むなら、君は何をする? 」
『大事、されたイ、名前、ほしイ』
「 そうされるためには、理由が必要だよ 」
なぜ大事にされるのか、大事にされていたか。沢山の花が飾られ、供え物が置かれ、人々が訪れていたのは何故だったか。
『あリがとウ、言ッた』
手を合わさる人々は、礼をし、感謝の言葉を述べていた。
『ありガトう、言わレ、る、こと』
「 君は、そのためになにをするんだい 」
感謝する、礼を尽くす、そうされる為に。自分は何をするのかと問われている。
『まモ、る、コと、ヒト、を、みま、モ、る』
そうだった。自分は元々、道具に宿り人々を影から見守っている、そんな存在の塊。それぞれが愛着を持って使う道具に宿ったもの。大事に使った道具はその分自らのことを守ってくれるはずだという、人の信仰から生まれたもの。
これはいつの日にか"付喪神"と呼ばれていた存在であった。
『人、ま、もル、皆、守る』
かつての自身の役目を思い出す。
「 ではその誓いが揺らがぬように 」
答えに満足したように、頷くと、目を閉じる。右手を胸の中心にあてると、そこから仄かな灯りが生まれる。それを取り出すように手を離すと、右手には星屑を詰めたような硝子のペンが現れる。あたりにはその星屑が飛び回り、滲んでは消えていく。
「 役割に恥じぬ名を与えよう 」
宙にさらさらと、カリグラフィーのような文字を描く。淡く発光した文字は、夜空へ溶けるように瞬きながら、その名を綴っていく。
「 真守、それが君の名だ 」
世界から音が消え、その名の音だけが響く。
すると宙に浮いた文字はひらひらと風に吹かれたリボンのように宙を舞い、ソレに巻き付いた。そしてそれは弾けて眩い光の粒となる。やがて溢れた光が収まると、ユエの背のそれは先ほどのような汚れた姿ではなく、ちらちらと発光しながら優雅に宙を漂う美しいクラゲのような姿に変わっていた。
『マモル、私の名……』
「 そう、それが君の名だ 」
ペンを軽く一振りすると、世界に消えていた音が戻ってくる。
「私が出来るのはここまで。これから先、己の勤めを果たせば自ずと望みは叶えられていくだろう。」
マモルと名付けられた付喪神は、嬉しそうにひらひらと辺りを踊るように浮遊する。
『マモル、マモル、わたしの名前』
「マモル綺麗になったねーっ!」
『ユエ、ありがとう』
くるくるとユエの周りで揺れると、一緒にユエもふわふわの尻尾を揺らす。その横で耳を横に倒し、尻尾を激しく打ち付けて不満を露わにしているのは金太郎。
「僕は納得いかないんだけどっ」
『金太郎、ごめんなさいね。あなたの言うとおり。奪っても成り代わることはできなかった。』
「……ちゃんと、守れよ。僕と約束しろ。破ったら名前を取り上げるからな!」
『うん。そう、約束する。』
そう言ってひらひらと舞う姿に、不満そうな顔はそのままだが尻尾の動きは落ち着いていた。
「じゃあ一件落着、と言いたいところだけれど、祠があのままじゃねぇ……ここまできたんだ、もう一仕事して帰ろうじゃないか。」
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改めて、崩れた祠まで戻った一行。
苔むした祠の石は崩れ、雑草もさらに荒れたように見える。
「あとで怒られるかもしれないが……まぁ、良いさ。」
手に持ったままだったペンを一振りする。また辺りに星屑のような光が漂い、くるくると祠の周りを飛びまわる。やがて漂っていた光の粒が次々に爆ぜていく。眩しさが落ち着いた頃に恐る恐る目を開けると、祠は見違えるように綺麗になっていた。
「わぁっ!マモルのお家が綺麗になったね〜!」
『なんて素敵な……!』
「ちょっと主、大盤振る舞いすぎるんじゃない?」
クラゲのようなマモルが嬉しそうに祠の周囲をぐるぐると周るのを、金太郎とユエも追いかけていく。
「これでこの場所に気づく者も増えるだろうよ。」
「劇的……ナントカですねぇ。」
「あの苔むした祠がなんと言う事でしょう!魔女の手によって、見違えるほどに蘇りました!」
「これはオファー殺到ですね。」
「そうなったら転職を検討しようかね……っと!」
一新された祠と走り回る者たちを眺めながら軽口を叩いていたところ、突然の立ちくらみ。くらりとしたところを、側にいたジョージが咄嗟に支える。
「神域で力を使ったからですよ……大丈夫ですか?」
「……すまないね。助かった。」
「主!どうしたの?!」
目ざとく異変を見つけた金太郎が飛んでくる。ユエは走り回るのが楽しくなってしまったのか、祠の周りを周回している。
「大丈夫だよ。私も歳をとったもんだねぇ。この程度で立ちくらみなんて。」
大丈夫、と自分を支えるジョージの腕を軽く叩く。そして足元に擦り寄ってきた金太郎を抱き上げて撫でた。
「ほんとに?大丈夫?」
「あぁ。この程度、問題ないよ。」
「……そろそろ夜半にもなります。そろそろ私たちも帰って休みましょう。ユエ!帰りますよ!」
楽しく走り回っていたところ、帰宅を促されて渋々戻ってくる。ソレと一緒にマモルも目の前にやってきた。
『ありがとう、魔女殿。あなたには、なんと礼を述べれば良いか。』
マモルはまた淡い光を撒き散らしながら、ふわふわ浮かんでいる。
「思い出し、選択したのは自身だよ。私は進める道の先を、ほんの少し照らしたに過ぎないさ。」
『それでも私には十分だ。ありがとう。最大限の感謝を。……そういえば、あなたの名を聞いていなかった。』
「……私の名は、ニュクス。」
黒猫を抱き、マモルの淡い光と月明かりに照らされた魔女は自らの名を名乗る。
「夜の女神の名を冠する魔女さ。北の魔女とか、灯台の魔女とか、そんなふうに呼ぶ者も多い。」
『ではニュクス、あなたよりいただいた名前に恥じぬよう、努めましょう』
夏の気配が濃くなり始めたその夜、魔女はひとつの誓いを受け取ったのだった。




