第十一話 そこにあるもの
「ただいま戻りました。」
ジョージがリビングへ続くドアを開け、声をかける。家の中に人の気配はなく、カーテンが揺れている。ベランダの窓が開けっぱなしのようだ。近づくと、主人の声が聞こえた。
「あぁハイハイ、そちらの言い分は最もだよ。……私がちょっとやり過ぎた感は否めないからね。……ただ少し言わせてもらうなら、そちらの領域で起きていた事なんだから、外に影響させる前に治るべきだったんじゃないか?……えぇ、そう。……近々対応するつもりだった?今更じゃ無いか。うちだって紛失の被害があったんだ。他も…………まぁ、そういう事なら。お互い様だろう?……じゃあ今後は、お互い気をつけましょう、という事で。」
ベランダへ顔を出すと、紙のような白いものがパタパタと飛び去っていくところだった。
「主、戻りました。」
「あぁジョージ、おかえり。」
少し疲れた様子で眉間をおさえている主人。その様子は厄介ごとを引き受けた時に見せる表情のように思われた。
「今のは?」
「先日の件で、神域内で魔法を行使したことについて、先方からちょっとした"ご意見"さ。」
「あぁ、かなり早い段階で使っていましたものね。」
おや、と主人は眉間を揉んでいたのをやめ、顔を上げる。
「尋問を始めた時からわかっていましたよ。外にいるのに主の声以外、音が遮断されていたんです。力を使っている以外に無いでしょう。」
「ははっ!君は流石だねぇ。」
「伊達に長年お側に勤めてはおりませんよ。」
軽いウィンクをして右手を胸に当てるポーズを取る。それが様になるのがジョージだ。
「そうか、それは私が君を甘く見ていたね。失礼したよ。」
眉間を揉んだあと、疲れたとばかりに首を回し、大きく伸びをした。そして話しながらリビングへ。ベランダで客とのやりとりに疲れた主人はそのまま茶葉のある棚へと向かう。
「まぁ、今回は元はといえばあちらの対応が遅かったから、私がやらざるを得なかったわけだ。」
「本来はあちらの仕事ですからね。」
「あぁ。対応の遅さについて抗議したところ、今回はお互い様という話になったよ。」
「外にも影響を及ぼしましたからね、むしろ感謝いただきたいところですが。」
棚を眺め、何を飲もうかと視線を左右させていた。その横でいつものエプロンを身につけながら、主へと言葉を向ける。
主人は目を閉じて腕を組むと、首を傾げて唸る。
「あちらにはあちらの理があるからね……彼、マモルは、人の物を持っていくことが悪いことだと言う認識がなかったんだ。」
「ならば、その前に対応すべきだったのでは?」
「うん、そうなんだけど、そうなんだけどさ……神域で先方が対応していたら、彼は存在ごと消されていたかもしれないよ。」
ターコイズグリーンの缶を手に取り、蓋を開けて香りを嗅ぐ。ダージリンの芳香が広がり、少し興奮した気持ちを抑えるようだった。
「この国の神々は寛容だけれど、理から外れたものには結構シビアなんだ。」
「それは……確かに、これで良かったのかも知れませんね。」
少し暗い雰囲気になりそうだったところ、冷蔵庫を開けたジョージが明るい声を出す。
「なんと!これは!主のガトーショコラではないですか!!」
キラキラと目を輝かせ、ガトーショコラがワンホール載った皿を掲げる。この使い魔は甘いものに目がないが、とくに主人の作るこれが大好物だった。
「先日うちの優秀な使い魔がこれが食べたいんだと言っていたからね。」
「ありがとうございます!いやぁ私は良い主人を持ちましたねぇ!なんて幸せな使い魔なんでしょう!」
黙っていれば渋く落ち着いた印象なのに、今は露ほども見当たらず、スキップしそうなほど大喜びする姿に苦笑いする。しかしそこでひとつの事に気がついた。
「ジョージ、そのエプロンは無くしたんじゃなかったのかい?」
マモルの一件のあと、ブローチやフォークは元の場所に戻っていたものの、同じく持ち去られたと思われたエプロンだけが見当たらなかった。しかし今、彼がそのエプロンを身につけている。
「こちらは……お恥ずかしいのですが、自分で持ち帰っていたようでして。それを見つけた妻が、気を利かせて洗ってくれていたんです。」
本当に恥ずかしいのか、目を伏せ、先ほどとは違ってボソボソと話す。予想外な事の顛末に口を開けたまま、しばらく何も言えない主人だった。
「あ、それで、このケーキはワンホールいただいても良いものですか?」
さっさと話題を切り替えた使い魔の肩に、思わず渾身の裏拳をお見舞いした。
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「あら、いらっしゃい。今日は2人なのね。」
春の魔女の営む喫茶店。
その日訪れたのは、ニュクスと金太郎の2人だった。
「やぁ。今日はゆっくりコーヒーが飲みたい気分だったんだ。」
「こんばんは、春の魔女さま。お邪魔します。」
2人とも先日の装いとは違い、シャツとデニムというカジュアルな格好をしている。ニュクスは軽いジャケットを羽織り、その襟元には件のブローチを留めていた。
「そうして2人でいると親子というか、祖母と孫っていうか……血の繋がっていそうに見えるわね。」
「おや、祖母と孫はそちらにも言える事だろう?」
カウンターに座ると、横から小さな手が水の入ったグラスを置いた。
「お客様方にはよく、ご主人様の孫なのかと聞かれます。」
「その時はどう答えるんだい?」
「似たようなものなので……とくに否定はしません。」
銀盆を抱えて真面目に答える雪に、思わず笑ってしまう。
「せめて親子って聞いて欲しいものだわ。……で、今日は何にする?」
「そうだね、私はアイスコーヒーにしようかな。」
「僕は、アイスカフェ・オ・レにします。」
「はぁい。じゃあお待ちくださいね。」
ごゆっくりどうぞ、と静かに雪が下がると、金太郎がこっそりと「僕、主の家族に見えてるんだね。」と嬉しそうに笑う。主人の胸元にある時計型のブローチが、一瞬煌めいたようだった。




