第五話 祖母の鋏
「こちらはこの棚に載せて良いですか?」
「はい。ありがとうございます。」
店内ではユエの報告に主人が笑い転げているところ、喫茶店のパントリーでは他の使い魔達が仕事中だった。
「あまり高いところに置くと、使う時に困りますよね。どの辺りだと都合が良いですか?」
ジョージは紙ナプキンの入った段ボールをいくつも重ねて持ちながら問いかけた。薄暗いパントリーの灯りの下、首を傾げて幼いおさげが揺れる。
「きっと補充するのは私かご主人様なので、私の手の届く高さ…この辺に置いていただけると助かります。」
「わかりました。ではここに。」
雪の肩くらいの高さの棚の段に段ボールを三つ置く。ここであれば持ち上げる時にも腰を痛めたりすることにはならないだろう。
3畳程度の大きさのパントリーには、他にも季節の装飾品や電球、予備の皿、テーブルクロスなど、様々なもの達の置き場になっているようだった。
「ありがとうございます。お客様なのにお手伝いいただいてしまい、すみません。」
「良いんですよ。我々にはいつも何かしらサービスしていただいているでしょう?その分労働で返したとでも思っていただければ、こちらも助かります。」
生真面目な少女の礼に、ジョージが笑って返す。見る限り、2人の年齢差は親子と言っても差し支えないように見えた。
「本当は千代ちゃんにもやってもらえたら良いんですけど、まぁ……あんな感じなので。」
「……彼女はうちのユエみたいな?」
「使いやすく効率的な配置、とか、一目で在庫量がわかるように、とか。そういうのは得意な子じゃないので……」
「……わかります。」
元気一杯の2人には、どうやら苦手な共通項があるようだった。
棚に段ボールを置くと、今度はさらに上の棚にあるものを下ろす。雪の手が届かない高さの棚には易々と手が届くジョージが、重たそうな真鍮製のキャンドルホルダーを下の段へと移していく。
「でも、私はお客様の前に出るのはあんまり得意じゃないので、千代ちゃんの元気さは、ちょっと羨ましい時があります。」
「そうですか?あなたの接客はとても丁寧だと感じていますよ。」
受け取ったキャンドルホルダーを拭いて、雪が両手で下段に収めていく。
「それは、ありがとうございます。千代ちゃんはご主人様にも他の誰にでも怖気付くことなくって、裏表がないと言うか。まっすぐなんです。」
「まっすぐですか……」
キャンドルホルダーを下ろし終わり、空いた棚板を拭いたジョージが雪の背の高さに身を屈めて言った。
「確かにそれは良いことです。……ただ、我々は魔女の使い魔です。警戒心のない使い魔は主人を危険に晒すこともあり得ます。」
いつもの世間話ではなく、それは忠告のようにも聞こえた。
「この時代、世間に溶け込んで生きることは必要です。それでも主が魔女であるのなら、我々はその使命を忘れてはなりません。」
黒い瞳に今は雪だけを写し先輩使い魔が言うことに、雪は両手を胸元に握りしめて静かに頷いた。
「…なんてことを言いましたが、皆が皆、明るく元気でいる必要はありません。それぞれに役目があります。あなたの真面目さと警戒心は、きっと春の魔女様の助けになります。」
「本当に、そう思われますか?」
「えぇ。」
またおさげを揺らした雪に、ジョージは朗らかに笑みを浮かべた。
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日も暮れて数時間が経ち、開店後にその殆どが埋まっていた客席は少しずつ余裕が出てきた。
「じゃあ千代ちゃん、こちらは4番テーブルのお客様にお持ちしてね。」
「ハイっ!」
店主がカウンターから出した、ホットサンドとコーヒーパフェの乗った銀盆を元気よく持ち上げようとしたところ、
「待って待って待って!怖い!なにその勢い!」
横から両手で金太郎の制止が入る。それを不思議そうに見る千代。
「その勢いで持ったらお皿ごと飛んでいっちゃうから!パフェ倒れるし!」
「えー?大丈夫だよ?千代、お皿飛ばしたことないもん。」
勢いを止められ、不満そうに口を尖らせる。
その顔でさえ様になる。
「そうね、飛ばした事はないわね。飛ばしたことは。」
カウンターの向こうから、皿を飛ばす以外の何かはあったんだとわかる声が飛んでくるが、もちろん何のフォローにもなっていない。引いた様子で金太郎が銀盆を受け取り、その手に持つ。
「あのね、食べ物なんだから優しく丁寧に扱うんだよ。そうじゃないと、食べる人の前に持って行った時に綺麗じゃないでしょ。」
「雪ちゃんみたいに、ゆっくり静かにってこと?」
「そう言うこと。いい見本がいるでしょ。」
「わかった!やってみる!」
同じ使い魔のいつもの動きを思い出しながら、金太郎から銀盆を受け取ると慎重に歩いていく。そして目的のテーブルまで運ぶと、トレイをテーブルに置いてホットサンドとコーヒーパフェを一つずつ両手で持ち、それぞれ客の前に置く。終わると勢いよくお辞儀した。
「ごゆっくりどうぞ!」
顔をあげ、ニコニコと満面の笑みで戻ってくる。
「千代!トレイ!」
客席に忘れた銀盆を慌てて取りに戻り、照れ笑いを浮かべながらまた戻ってきた。
「今の、どうだったー?」
「やれば出来るんじゃん。ちゃんとできてたよ。」
「えへへー。金ちゃんに褒めてもらったー!」
「次も雪の真似をするんだよ。」
「はーい!」
ニコニコ顔のまま、銀盆をクロスで拭く。そして所定の位置に戻した。今度はウォーターピッチャーを持って、水の追加を聞きに席を回る。
「キンタロちゃんは、面倒見が良いわねぇ。」
店主はコーヒーを淹れながら、感心した様子だ。
「なんか、既視感って言うんですか?ウチにいるのはもっと勢い強いんですけど。」
「あぁ、お月ちゃんもなかなか、ね?うふふ。」
そのお月ちゃんことユエは主のいる個室にいる。タロットカードが気になったらしく、そのカードの意味を一つ一つ説明してもらっているようだ。金太郎も気にはなったが、ユエと一緒だと自分の聞きたいポイントが聞けなさそうなので、別の機会にまたじっくりと主に教えてもらうことにした。
「あら、マドラーどこに置いたかしら?」
店主の困惑する声が飛ぶ。
「今さっき使ったばかりなのに…嫌ぁねぇ。私も歳かしら?最近すぐ何か無くすのよ。」
「魔女さま、まだまだ現役じゃないですか。何処かに置き忘れですか?」
「もう、嫌になるわ。さっき使ったはずなのに。もうどこに置いたか思い出せないのよ。」
仕方ないわね、と引き出しからもう一本、柄が捩れたステンレスのマドラーを取り出しさっとイチゴソーダを混ぜた。
「千代ちゃん、これ8番のテーブルにお願いするわ。」
「ハイ!」
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「あの、こちらでタロット占いをされていると聞いたのですが…予約が無くてもお願いできたりしますか?」
カーテンを開けた個室に遠慮がちな声がかかる。それは30代前半くらいの女性だった。都会的に洗練された、と言う感じではない。ただ見るからに人の良さそうな雰囲気がする。
「えぇ、大丈夫ですよ。ユエ、また後で続きを話そうね。」
「はいっ!ありがとうございました!あの、お客さまはこちらにどうぞっ!おれ、向こうに行くのでっ」
立ち上がって主人に満面の笑みを向けた後、声をかけた依頼人にも満点の笑顔で椅子をすすめる。勢いが良いが、ぱっと見は人形とも見まごう美少年に、女性は目を丸くした。
「え、あ、ありがとうございますっ」
勢いに押され、ユエの引いた椅子に座る。元気すぎるのが玉に瑕だが、ジョージの教えでこういったマナーはちゃんと出来るように育てられている。
ごゆっくり〜と手を振って席を離れるユエにぽーっと頬を赤らめていた女性だったが、向かいに座る占い師の空咳に我に帰る。
「それで、今日は何をみましょうか?」
「その、あの、私ハンドメイドが趣味で。色々作るんですが、特にこういうマスコットをメインに作ってるんです。」
依頼人は話し始めると、持っていた鞄に下げていたマスコットのキーホルダーを外してみせた。
手のひら大のうさぎを模したそれは、淡いブルーのふわふわした生地にブルーベリーのような色の瞳が刺繍されている。白いたっぷりとしたレースのドレスが着せられていて、うさぎのお姫様といった様子だ。
「まぁ可愛い。お姫様みたい。」
「この子はバレリーナの衣装みたいなのを着せてあげたくて。イメージ通りのドレスを作るためにレースは海外から取り寄せたんです。」
「へぇ、随分とこだわっていらっしゃる。」
よくよく見ると、足元には銀色に光るバレエシューズ。細いリボンのついたそれもハンドメイドのようだ。
「えぇ、子供の頃の夢を何か形にしたくて。それで、その、こういった子たちを作る時に裁縫上手だった祖母が使っていた、形見の鋏で最後の糸を切ることにしていたんです…でも、最近無くしてしまって。」
「なるほど。では、今日はそれを探すためにお越しになった、と言うことでしょうか。」
「そうなんです!なんだかあの鋏で仕上げるって決めていたから、無いと完成した気がしなくて…」
ふむ、と依頼人の話を聞きながら、カードをシャッフルし始める。
「祖母は若い頃から着物を縫って家族を助けていた人で、すごく裁縫が上手だったんです。私が子供の頃もよくお人形の服を縫ってくれて。他の子は持っていない、私だけのお人形のドレスが凄く嬉しかった。」
うさぎのマスコットを撫でながら、依頼人は語る。時に占いにはそんな一片が先を見るヒントになることもあるが…
「うーん……これは、ちょっと難しいなぁ。」
不安定で、先行きが見通せない、そう主張するカード。そのメッセージに思わず声を上げる。
「無くなってはいないようです。何かの下や、影に同化している?みたいな……でも、何だろう?霧がかかっているように、はっきりしないんですよね。」
「見えなくなっているだけ、と言うことですか?」
「そう、普段であれば何かに隠れているので、それを避けたら見つかるはずなんですが、でも、なんだか少しいつもと違うようで。」
はっきりとした様子が読み取れず、思わず首を傾げる。そして申し訳なさそうに告げた。
「せっかく来てくださったのに、明確にはっきりお答えできなくてごめんなさいね。ただ、無くしてはいないと言うことだけは確実です。」
「じゃあ……きっとあの鋏はどこかでひょっこり出てきますかね。」
「そう、思います。出てくると言うか……帰ってくる?」
カードをもう一枚引いて、眉間に皺を寄せる。
「何だろうな、あまりこう言うことは無いんだけど。何か隠れてる感じが凄くする。……何か閃いて見つかる?という感じというか。」
手に持ったカードをクロスの上に置き、また首を傾げた。依頼人がそのカードを覗き込む。
「タロットカードって絵柄のイメージで捉えるって聞いたことがあるんですが……この絵なら、スポットライトが当たって感じがして、突然見つける、とか?」
「そう。イメージとしてはそんな感じです。でもそれが近い場所なのか、家の中なのか、道具箱なのか、あるいは机の上なのか、誰かが借りているだけなのか。そこが読めない。なので、あることは確実としか言えなくて。」
「そうですか……すぐ見つからなさそうなのは残念ですが、見つかる可能性があるだけわかって、よかったです。少し希望が持てました。」
依頼人の寂しそうな笑顔が歯痒い。良い未来を示したいものだが、こればかりは思い通りにできるものでも無いからだ。
「明確には言えませんが、これから1ヶ月、長くても3ヶ月くらいの間にきっと戻ります。ちゃんと帰る場所のあるものだから。」
「それなら、帰ってくる場所はちゃんと空けておかなきゃいけませんね。別の鋏を用意するか迷ったんですけど、気長に待ってみます。」
依頼人はうさぎのお姫様を優しく撫でて笑った。
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「お疲れ様。今日も盛況だったわね。」
本日の店仕舞いを迎えた頃、流石にこの時間からのコーヒーは寝られまいとして、白湯が提供された。その心遣いがこの店の客を虜にする一つの要素なのだろう。
「ありがとう。なんだか今日は探し物が多かった気がするよ。」
思い返せば、今日は諦めた夢から始まり、出会い、新天地、祖母の鋏、家出した猫。今日はそんな依頼の続く日だった。
「ひとつだけ、どうしても探せないと言うか、場所が見つからないものがあったんだ。」
「あら、あなたでもそんなことが?」
「タロットリーディングは得意なつもりだったんだけど……あれば何だろうなぁ。」
白湯のカップを手に、今日の依頼で引いたカードを思い出す。改めて思い出しても、はっきりとしたメッセージが読み取れない。
「まさか、歳をとった?感覚が鈍ったかな。」
苦笑いし、思い出したカードを掻き消すように頭を振る。どうやっても一度出た結果を覆すことは出来ないのだ。思い悩んだところで違う結果が出るわけでも無い。
「想いのこもったものは紐づくものが多いから、その分探しやすいはずなんだけどねぇ。」
息をついて白湯を口にする。それは体ごとリセットされるようで、深夜には有難い選択だった。店内を見やると、使い魔たち4人が一生懸命に店内を清掃している。
「ちなみにそれは何だったのですか?主が探せないほどのものとは。」
先ほど労働済みのジョージは魔女たちに混ざり、カウンターにいた。こちらはアイリッシュコーヒーを飲んでいる。アルコール分は飛んでいるが、ほのかなブランデーの香りが良い。
「依頼人の祖母の形見という、鋏だよ。どう考えてもそんな大事なもの、見誤るわけがないんだ。」
「そうねぇ。形見で、道具でしょ?今も使っていたの?」
「あぁ。あの、うさぎのお姫様みたいなのをカバンにつけていた方がいただろう?あぁいうマスコットを作る時に使っていたらしい。それならなおのこと、最新の痕跡があって当然なんだ。」
「たまたまどこかいつもと違う場所に置いてしまった、とか。」
「その場合でもいつもなら場所は明示されるんだよ……なんだかすっきりしない。」
「あぁ、私もあるわよ?今日もさっきまで使っていたはずのマドラーが見当たらなくなってしまって。」
「それは見つかったのかい?」
「何処を探しても無いのよねぇ。私ったら何処に置いたのかしら?まぁきっと忘れた頃に突然出てくるわ。探し物って、結構そう言うことあったりしない?」
探し物は探している時こそ見つからない。探す気のない時こそ見つかるものだ。確かにそんなふうに言われることはよくある。
深く椅子に座り直したところで、探し物についての言い伝えを思い出す。
「何だっけ?探し物をする時はハサミに糸を巻き付けながら考えると良い、みたいなおまじないあったよね?。」
両手を目の前でくるくると糸を巻くような動きをして見せると、店主とジョージは何とも言えない表情で顔を見合わせた。
「ダメだな。もう今日はやめておこう。」
「随分とお疲れのようですね。今日はもう帰りましょうか。」
「そうね、それが良いわ。立て続けに5人もみたんだもの。疲れて当然だわ。」
「とりあえず、そう言うことにしておこうかな」
テーブルを拭いていた使い魔たちに声をかける。2人は手に持った布巾を片付け、帰り支度のために手を洗いに行った。
「そうそう、これお土産ね。」
そう言って店主は手のひらほどの大きさの紙袋を渡した。可愛らしい水玉模様のそれは見た目の割に重さがある。
「梅の琥珀糖なの。今年はシロップがたくさん出来たから、作っちゃった。よかったら食べてちょうだい。」
確か、家に梅の木があると言っていたか。紙袋に顔を近づけただけでも、芳醇な甘酸っぱい香りが漂った。それだけでも唾液腺が刺激される。
「有り難くいただくよ。いつもすまないね。」
「ふふ、また待ってるわね。」
「うん。じゃあまた。おやすみ。」
「ええ、おやすみなさい。」
一通り皆が挨拶を終えると、アイアンの取手を押して外に出る。すっかり太陽の気配をなくしたこの時間、外は随分と静かなものだった。濃紺の空には星がいくつか浮かんでいた。
「長居してしまったね。今日は何だか疲れたよ。」
「おれに乗って帰りますか?主のこと、乗せて走れますよ!」
「いや、大丈夫だよ。せっかくだからみんなで歩いて帰ろう。」
目を輝かせて提案したユエだったがそこは丁重にお断りし、歩こうと背中を押してやる。主の選択を残念に思いながら、「いつでも言ってくださいね!」とまだまだ元気な様子を見せる。
その後ろを、夜に紛れる色の2人が続いた。
「そういえば、金太郎は帰ってもまだ仕事がありますね。」
「え、僕なんかやることあったっけ?」
頭二つほど背の高い仲間の顔を、まんまるい目を見開いてまじまじと見つめた。
「クローゼット、そのままだったろう?」
「あ!」
前方からかかった声に、楽しさのあまり荒らしてきた主の宝箱を思い出す。
「ごめん、主。帰ったらちゃんと綺麗にする!」
「うん。よろしく頼むよ。」
「おれも!おれも手伝う〜」
「では皆で片付けますか。その方が早いですからね。」
主と使い魔達は、そのまま賑やかに深夜の道を歩いて行ったのだった。
明日以降の投稿は、8月中は19時定期投稿。9月以降は不定期更新を予定しています。




