第十一話 魔女の問いかけ
キノの発言に驚き、横並びに座っていた2人はポカンと横を見た。そのマキノは更に拳を握り締め、顔を赤くしながら続ける。
「使い魔は!主人に従い、賢く礼儀正しくあるべきではないのですかっ!あんな、普通の子供のように、はしゃいで走り回るなんてっ!」
「はしゃいで走り回って水溜りで泥だらけになって帰ってくるが、うちの子は皆賢く礼儀正しいよ?」
「そうではなくっ!……まず、"北"という高位魔女であるあなたが何故そのようなっ!」
わなわなと震えるマキノを前に、ニュクスは腕を組み、背もたれに体を預けた。
「何故、魔女としてあるべき姿から目を背けるのですかっ!」
「……あるべき姿、ねぇ。」
魔女として、その使い魔として、求められる姿があるはずだが、何故そうしないのか。
マキノはそう言っているようだった。
「それは誰を指しているんだい?」
静かに問いかける。
「私がその、あるべき姿とやらである必要は?」
ニュクスがそう投げかけたのを最後に、部屋の中に痛いほどの沈黙が広がる。
「……誰が決めたんだろうねぇ?」
目の前の3人に順番に視線を送り、ふぅと息を吐く。隣に座った使い魔と目が合うと、彼はにこりと笑い、こう言った。
「長く仕えておりますが、魔女のあるべき姿というものについて、残念ながら私は存じ上げておらず。」
「君がそういうのなら、私はそれとは外れているんだろうね。」
肩をすくめてみせたジョージに苦笑すると、震えた声でマキノが話し始める。
「魔女とは……強大で、賢く、気高く、礼儀正しくあるのが、正しい姿ではないのですかっ?」
「マキノ、よしなさい。」
嗜めるようにイワタが声をかけるが、マキノがそれを聞き入れる様子はなかった。
弱きを助け、強きを挫く。力を持ちながらも驕らず、知力に溢れて朗らか。それこそが良き魔女のあるべき姿ではないかと言う。
「……だから、あの子の言葉も、あるべき魔女に仕えるものとして、相応しい形に正したと?」
「えぇ、そうです。高位魔女の使い魔なんです、誰が見ても賢く礼儀正しく、素晴らしいと取られる言葉でなければ。」
脚を組み替え、片手を頬にやる。そのまま少し考えるが、背もたれに預けていた体を起こした。そしてそのまままっすぐに向かいを見た。
「ひとつ、教えてくれ。……君達、魔女協会の責務は何だ?」
何のために協会があるのか、そう問いかけた。
「ま、魔女様方が世の中に暮らしやすなるよう、社会的な公益性の維持、そのための資質の向上に努め品位を維持すること、また必要な指導や管理、その時代の法令や倫理の遵守を行うこと、です。」
汗を拭きながらニシダが答えた。会長たるもの、協会の責務についてはすらすらと答える。
「あるべき形とやらにはめることが?」
「いえ、それは……」
「ではなぜ、私の使い魔の言葉を"あるべき姿"にしたんだ?」
こうあるべき、という型に嵌めることが責務と言えるのか。しかるべき形に沿わせることが、責務を全うすることなのか。
「魔女協会は人の世に馴染んで共生することが難しい私達が、社会の中で生きていけるようにするための組織ではなかったかい?」
「えぇ、仰るとおり、皆様の社会生活を支えるのが私たちの仕事です。」
人に無いものを持つ魔女達が、静かに世間と共に生きていけるように。そんな理由で協会は設立された。
「だからこそ、普段のあなた達の仕事ぶりにはとても助けられているよ。私達魔女は皆、決まり事や時間なんかの認識が薄くてね。あなた方がいるから現在でもこうやって暮らしていけているんだ。だが……」
何を言われるのか、そんな困惑を隠せない顔をしたマキノの目をまっすぐに見て、言った。
「皆があるべき姿という秩序ある魔女だったのなら、協会は必要なかったのでは?」
その言葉に、三人とも答えられなかった。
ニュクスはそんな彼らを責めることなく、静かにまた、紅茶を口にする。
「目的と手段がいつしか入れ替わっていないか?」
そう言って、カップをソーサーへ戻した。
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「……今日は、ここまでにしておこう。」
その後何も言葉を発せなくなった協会側の様子を見て、組んでいた脚を戻す。
質のいい絨毯に両足のヒールが沈むのを感じると、ジョージがさっと立ち上がり手を差し伸べる。その手を借り、ゆっくりと立ち上がった。
「時間をとらせて悪かったね。」
「い、いいえっ!こちらこそ、申し訳ありませんでした!」
「あの、南の魔女様からも今回の件にはご意見をいただいてしまったものですからっ!」
「は?」
部屋を出ようとしたニュクスに、思いがけない人の話題が振られた。
「南の?なんだって?」
「その、北の魔女様のところにいる使い魔が本当にそんな話し方をするのかと、直々にお問い合わせをいただいてしまい……」
イワタが焦りながら話すごとに、ニュクスが固まる。
「流石、南の魔女様にはお見通しなんですねぇ。ねぇ主?」
ジョージがニヤニヤと、珍しく主人を揶揄うように笑うのをひと睨みする。
「彼の方は……"先生"は私がここに来ることもご存知だったのかい?」
「あ、え、えぇ、そうです。今回の件について、私どもから直接お話しさせていただく機会を設けると、そうお伝えいたしました。」
「そう、それで?他には何か?」
「北の魔女様へと言付けを承りました。『いい加減、今年の集会には顔を出すように。』とのことです。」
イワタの言葉を聞いた途端、ニュクスは頭を抱えてしまう。先程までとはずいぶん違った様子に、協会側は何事かと3人で顔を見合わせた。
「金太郎も大きくなりましたし、そろそろユエも含めて集会に連れて行く必要はありますかね。」
先ほどとは違い、今度は苦笑いのジョージ。
「……はぁ。あのね、ジョージ。私が行くということは君も確実に参加だ。覚悟はあるかい?」
「私は主人の行くさきにはどこにでもお供しますよ。」
迷う気配さえ見せず、すっぱりと答えるジョージにニュクスは天を仰ぐより他なかった。
「あ、待って。もしかしてマキノ、君の言うあるべき姿の魔女ってまさか南の魔女殿のようなことじゃ無いよね?」
「あの方こそ、魔女としての理想と……」
「うわぁー」
マキノの発言を遮り、心底嫌そうな顔と声が出る。
「あんなに規則正しい魔女こそ、魔女界では異質!君はもう少し他の魔女もよく見てみなさい!!」




