第十話 矛盾
よく似た銀色の毛の親子が帰るのを玄関まで見送った後、自分も出かける支度を始める。
小粒のブルーサファイアが煌めくステーションタイプのブレスレットを手首に留めながら、いつものように揺り椅子の上に丸くなっている黒猫に問いかけた。
「金太郎はどうする?」
「僕は、おるすばーん。」
ぴくっと耳を動かし、片目を開けて答えると、また興味なさそうに目を閉じた。
「だって、絶対楽しい話じゃないもん。それに、この間行った時すぐ飽きちゃったし、今日は家にいる。」
「わかったよ。今日も暑そうだし、水分を忘れずに摂るようにね。」
「はぁい。」
短く返事をすると、また一層丸くなる。寝ているのか様子を見ているのか。静かに上下する体で、呼吸していることだけが見てとれた。
「じゃあ、行ってくるね。」
「いってらっしゃい。」
声をかけると、丸まった黒猫に直接強い日差しが当たらぬよう、レースのカーテンだけを閉めて部屋を出た。
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「少し、寄り道をしよう。」
主人の家を出た後、いつも家への帰り道を歩きながら父親はそう言って狼の姿に戻ると、脇道へと逸れて行った。
その背中を追いかけて、ついていく。
主人の家からほど近い森林の多い公園。その林の中を歩いていくと、道を知っているものしか通れない道につながっていく。しばらく歩けば家に着くのだけれど、今日は父が寄り道をするという。真面目な父にしては珍しい提案に、面白そうだと思ってついていく。
笹の茂る一帯を抜け、木漏れ日の落ちる木々の下を歩いていく。湿った土と、濃い緑の匂いが自然の力強い生命力を感じさせる。小川を飛び越え、緩やかな坂を登っていくと突然視界が開けた。
「わぁっ!すごーいっ!」
開けた先に見えたのは、緑に囲まれた家々が建つ風景。それは狼の里だった。
「父さん、あの緑の屋根がうち?右側がじいちゃんの家?」
「あぁ。そうだよ。緑の屋根が我が家だ。」
広がる長閑な風景は、この地域が平和であることを感じさせる。ほんの十数年前まではもっと荒れた土地であったことなど、想像もつかないほどだ。
「うちの周りって、こんなに緑が広がってたんだねぇ。前は違ったんでしょ?父さんが、みんなが住みやすいようにしてくれたんだって母さんが言ってたよ!父さんは凄いんだねぇっ!」
「1人でやったことではない。母さんや、母さんの父さん、一族みんなで整えたんだ。」
「今みたいに、おれみたいな体の小さい狼が普通に暮らせるのは父さんがいたからだって先生も言ってたよ。」
皚は狼の力の強さで言えば、強い方ではない。妻のイリスの方が力では勝ると言ってもいい。
しかし力の強いものこそが一族の中で認められる時代だった頃、絶えぬ争いを治めるため、生きるために知恵を尽くしたのが皚だった。
「……母さんはさ、父さんみたいになれって言うのに、時々違うことを言うよね。」
ポツリと、溢す。
「父さんを目指せって言うのに、父さんと同じように自由に考えたり、自分で選んだりすることは認めてくれない。」
こうしなさい、ああしなさい。
……立派な大人になるために。
そんな母の小言を思い出して思わず苦い顔になる。
「そうだな、母さんがお前に私のようになって欲しいと思っているのは、本当なんだろう。」
「うん。」
「しかし、私は誰かにこうなれと言われて、今の私になったわけではない。」
横に立つ、自分と同じ銀色の毛の息子をみて目を細める。
「母さんは、自分の経験から色んなことを言う。」
「うん。それは……わかってるよ。」
「すべてお前達を護りたいという気持ちだ。」
我が子を慈しみ、護りたい。その思いが行きすぎて、いつしか理想の子の姿を見ていた。
「だがな、私はお前達が言う通りにしたとしても、母さんの思う通りの大人にはなれないと思うんだ。」
「え、そうなの?」
驚いた様子で顔を上げた息子をみて、思わず笑みがこぼれる。
「よく考えてみろ。お前とハティは同じ性格か?ヴィルカスと同じことが得意か?スサノと同じものが好きか?グルグと同じものが苦手か?」
「……おれたち、兄弟だけどみんな全然違うと思う。」
「ならば、父さんとも違って当然だ。もちろん母さんともな。それぞれ違うんだから、自分のやり方を探してみるといい。」
かつて自らが力ではなく、その頭で問題を収めて行ったように。子供達にはそれぞれのやり方があるはずだ。
「えっと、おれはおれの、得意な事を頑張っていったらいいってこと?」
「あぁ。お前は自分の気持ちを信じて進めばいい。……お前の持つ優しさと、価値観はいつか唯一無二のものになるだろう。そうすれば母さんの思う通りではなくとも、お前らしい立派な大人になる。」
「おれらしい大人……」
いつか大人になった自分を想像してみる。自分らしい、大人。今の体の大きさを考えたら、兄達のように力強さではなく、自分はどちらかと言えば父のような外見になりそうだ。それでも母の血も引いているんだから、父とも少し違うんだろうなと思った。
「でも母さんはな、心配性なんだ。それにお前達のことをまだまだ赤ん坊だと思っているところがある。」
「さすがに赤ちゃんはどうかと思うよ?」
「そうだな。しかし、魔女様も言っていただろう?いつまでも幼いつもりでいてしまうと。母さんはお前達がいつまでも小さい子供だと思ってるから、つい世話を焼きたがるんだ。もう転んでも泣かないのにな。」
「おれたちは、さすがにもう転んで泣かないよ。ちゃんと1人で起き上がれる。」
「そうだろうな。昨日母さんもそのことにようやく気付いたんだ。」
「そっかぁ……」
親子2人、時折吹き抜ける風の中で家のある方を見つめる。
まだ父親の肩までしか背が届かないこの末っ子が、昨日の夜を乗り越え、知らぬうちに成長したように思えた。
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一方その頃、ニュクスは第一の使い魔であるカラスを従えて、再び魔女協会を訪れていた。
先日訪れた際とは打って変わり、全身を黒に使いネイビーで包んでいる。ニュクスのシンボルカラーであるそれは、いわば簡易版の魔女装束とも言えた。
勧められたソファに深くゆったりと腰掛け、脚を組む。
「要件は昨日の手紙の通りだよ。……さて、説明を聞かせてもらおうじゃないか。」
紅茶のカップを持ち上げた左の手首には、ステーションタイプのブレスレットが光る。詫びの紅茶なのか、先日よりも香りが良いように感じる。
「えぇ、まず、この度は大変に申し訳ないことをいたしました。我々の不徳の致すところにより、ご不快な思いをおかけしたことを、お詫び申し上げます。」
ニュクスの向かいには、地肌の上に申し訳程度の髪が載っている細身の男と、眼鏡をかけて髪ひっつめた痩せた女、そして先日の取材に同席していたマキノが揃って座っていた。
頭を下げたことで地肌が丸出しになった男は、魔女協会の現在の会長であるニシダ。緊張しているのか、膝の上に置いた手がわずかに震えている。
「快くご協力いただいたにも関わらず、本当に申し訳ございません。」
続いて頭を下げたのは、副会長のイワタ。メガネの奥の目はうっすら涙ぐんでおり、顔からはすっかり血の気が引いていた。
「……申し訳、ございませんでした。」
マキノも他2人に倣い頭を下げたが、その姿は何処か納得がいっていない様子だった。
涼しい顔で紅茶を口にしていたニュクスだったが、その姿を見てカップを置く。
「まず何が問題か、それは理解していてくれている?……マキノ。」
昨日ジョージに届けさせた手紙にはこう書いた。
【主人の意図しない編集がなされている。できる限り使い魔の言葉には手を入れずに、そのまま使うという条件で取材を受けた。取材時とは異なる紙面について、説明を求める。】
伝書鳩よろしく、カラスの姿で教会へ手紙を届けたところ、その場で今日この場の面談が設けられることとなった。
名指しを受けたマキノは一瞬身を強張らせたが、気丈にも落ち着いた様子でニュクスを見た。
「……北の魔女様の、ご意向通りに文章を載せなかったこと、です。」
「それは似ているようだけど、少し違うね。私はね、私の使い魔の言葉を出来る限りそのままで載せて欲しいと言ったんだ。あれば文を整えるという域を超えていた。」
力あるものの意向に従うことではなく、自然なそのままの姿であることを望んだんだと、魔女は言う。
「最初に私は話したはずだよ。堅苦しいのは嫌いだと。この私の使い魔達が、型通りの使い魔では、ね?だが、いざ掲載された物を見たらどうだい?確かに立派な使い魔の言葉のようだったけれど……あれは、何を持ってうちの子の言葉だと言えるんだろうね。」
「も、申し訳ございませんっ!」
ニュクスの言葉にニシダとイワタが揃って更に頭を下げた。
2人をジロリと見やってすぐ、またマキノはニュクスを見た。そして膝の上で握りしめた拳を一層強く握りしめると、我慢ならないとばかりに口を開いた。
「……そのままでは、あまりにも北の魔女たる方の使い魔として、言葉が幼過ぎるのではありませんか?」
次の更新は9月6日(土)19時になります。
よろしくお願いします。




