第八話 深夜の魔女飯
「こんな時間だというのに、元気だねぇ。」
ユエのお腹が盛大に空腹を主張したので、思わず笑ってしまう。途端に先程まで少し張り詰めていた空気が、いつもの空気感になる。
「だってぇ、さっきは全然ご飯食べる気がしなくってぇ……」
先程遠慮してしまった夕飯のミートローフのことを思い出したら、また更に腹が鳴った。それが聴こえた主人がまた、笑い声を上げる。
「そこまで笑わなくってもぉ〜。」
あんまりにと笑われるので少し恥ずかしくなり、ぷいとそっぽを向く。
「すまんすまん、少し笑い過ぎたね。でもユエらしくって良いじゃないか。」
「褒められてる気がしないんですけどぉ?」
「いつでもお腹は空くものだからね。どんな時も変わらず主張できるのは、良いことだよ。」
「うーん?」
理解しかねているユエの背を押して、ニュクスはリビングへと促す。
「笑ってしまったお詫びじゃないけれど、何か作ろう。お腹が空き過ぎても寝られないからね。少し何か食べてから寝ようか。」
「おれ、結構お腹空いてます!」
はいっ!と手を挙げて元気にユエが主張する。チラリと金太郎が片目を開けてそれを見たけれど、また揺り椅子の上に座ったままゆっくりと尻尾を動かした。
「それはしっかり食べたいという主張かい?さて、我が家にそんな買い置きはあったかねぇ……」
パントリーの備蓄を腕を組んで眺める。乾燥させたハーブや瓶詰めなどを載せた上の棚から順にじっくりと眺め、下から2番目の棚で視線が止まる。
「良いものがあるじゃないか!」
それはインスタントの袋麺、塩味。2袋ある。
「ラーメン!これ、麺がもちもちのやつ!好きです!」
それは以前話題になっていて、よく売り切れているというのを聞いた際に、たまたま立ち寄った店にあったものだから勢いで買ったものだった。買ってすぐ食べたものの、インスタント麺を常食する魔女というのもどうなんだと自問自答してしばらくパントリーに置き去りにされていたものでもある。
「じゃあ今夜はこれを作ろうか。……そのままでも良いけれど、少し手を加えた"背徳の深夜飯"にしようじゃないか。」
「はいとくっ!」
おそらく意味はわかっていなさそうだが、楽しそうに復唱する使い魔の姿に思わず深夜テンションになる。
「良いかい?魔女の作る深夜飯は、それはそれは美味しいものなのさ。一度食べたら忘れられない、虜になるんだよ。」
イッヒッヒと笑ってそう言いながら、冷凍室からシーフードミックスを取り出してボウルに少し出す。そのまま水道水に浸けて、解凍していく。
「じゃあこれから食べるのは、二度と忘れられない美味しいラーメン?!」
「そうさ。一度食べたら最後、何度だって欲しくなる、禁断の味だよ。」
「えぇ〜っ?!」
横にくっついて、目をキラキラさせて主人の顔と手元を交互に見やる。それを見て、ニヤリと悪い顔で笑う。
「ここだけの話、秘密のレシピを使うから、食べたらもう逃れられないんだよ。」
「そんなに美味しいのぉっ?!どうしよう〜?おれ、もうそれしかたべられなくなっちゃうかもっ!」
「何やってんの、2人とも。」
キッチンでの騒ぎを聞きつけてやってきた金太郎が、いつの間にか足元にちょこんと座っていた。悪ノリし始めた主人と、素直に乗っかる狼の会話に冷静なツッコミが入る。
「金太郎も一緒に食べようよ!はいとくの深夜飯!」
「作るのは主だけどな。」
同じく冷凍庫から取り出したほうれん草、ブロッコリーを皿にいくつかと、別の器にコーンを山盛りに載せて電子レンジへ。それから鍋にたっぷりの湯を沸かす。
「麺は2袋だから、金太郎は私と半分に分けようか。」
「うん。そうしてもらえると、助かるな。」
ぐらぐらと煮立った鍋に袋麺を二つ投入。タイマーを3分でセットする。その間箸と食器を用意。東南アジアの国で作られた丼はそれぞれ鮮やかなオレンジ、緑、ピンクの3色。あとは青もあるのだけど、今日は使わない。揃いのレンゲもセットで。水草と魚が描かれたそれは昔々ニュクスが好んで買い求めたものだった。
「あぁユエ、冷蔵庫から牛乳を出してくれる?」
「はぁい。」
「ありがとう。その、ピンクの丼に少し注いで。」
とぷとぷ、と音をさせゆっくりと慎重に注ぐ。丼の三分の一くらいになるかと思われる量。
「できましたぁーっ!」
「よしよし、良いね。じゃあ上に載せるものを準備していこう。」
先程解凍したシーフードミックスのエビとホタテ、ほうれん草、ブロッコリー、コーン。赤、白、緑、黄と色鮮やかな具材たち。
「きれーい!」
「色のバランスがいいと、栄養バランスも良いんだよ。」
「そうなんだぁ!じゃあ、綺麗なご飯は体にも良いってこと?」
「そうとも言えるね。目で食べる、なんて言い方もするよ。」
「へぇ……目で食べる……」
反芻するように呟きながら、ふと、いつもの朝の食卓を思い出す。母の作ったたくさんの焼きたてのパンに、瑞々しいサラダとコーンのドレッシング、父の作った燻製。それにオムレツにかかったケチャップ。あの光景はいろんな色が溢れていた。
「母さんの作るものも、いつも目で食べるようにってことだったんだなぁ。」
今更ながら、母は自分たちの成長のためにきっといろんなことを考えて用意してくれたんだと気づく。毎朝違うパンが並んで、季節ごとに野菜が変わって、色とりどりの食卓がそこにある。あれはきっと、母なりの「たくさん食べて育ってほしい」という願いだった。今夜のミートローフだって、自分の好物だった。きっと新聞のことを見て、張り切ってくれたんだろう。
「夕飯、全然食べられなくて、母さんに悪いことしちゃった。」
気持ちが塞いで食が進まなかったのは確かだが、作ってくれた人の想いを無碍にしてしまった。それに気づいてまた少し気落ちする。
「体調がすぐれない時だってある。自分の思いを優先する時があっても良いんだよ。それで、食べられる時はしっかり食べる。」
「そうだぞ。まずちゃんと食え。お腹が空いてるから、ろくなことを考えられないんだろ?」
「また金太郎はそういう言い方をする。素直じゃ無いなぁ。……さ、出来たよ!熱いうちに食べよう!」
食卓にはいつの間にか、色とりどりの具材を載せた、ミルクシーフードラーメンが配膳されていた。
「緑の丼がユエのだからね。あぁ!大事な仕上げを忘れていたよ。」
急足でキッチンに戻り、粉チーズを取ってくる。それを器の上から振りかけた。スープの牛乳とシーフードの香りに、まろやかなチーズの香りが加わって広がる。
「絶対に美味しい匂い!」
「こっちは金太郎のだよ。」
先程牛乳を注いだ器には、緑の器の半分程度の麺と具材が入っている。
「食べられるまで冷ますと伸びちゃうからね。スープは最初から温くしてあるから、きっとすぐ食べられるはずだよ。」
「うん。ありがとう。」
元は同じものだが、三者三様のラーメンが出来上がった。
「じゃあ、いただこうか。"魔女の背徳深夜ラーメン"だよ。召し上がれ。」
「いただきますっ!」
「いただきまーす。」
その後完食するまで誰も何も発言せずに黙々と啜り続け、終いにはスープも残さず飲み切るのだった。
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「ただいまぁ。」
ユエが深夜の魔女ラーメンでお腹を満たしている頃、グルグは紙袋を片手に帰宅したところだった。いつもならみんな自室に戻っている時間だが、今日はやはりユエのことがあったせいかリビングの電気が煌々とついたままだった。
「おかえり、グルグ。ご苦労だったな。」
リビングに入ると、帰宅していた父に迎えられる。部屋には両親だけが居た。兄たちは寝室に戻ったのか、静かだ。
「ユエは、大丈夫だった?……こんな時間に、魔女様に申し訳ないわ。」
疲れた様子の母を見て、父を見つめると静かに彼は頷いた。
「魔女様が、ユエのことは心配しなくて良いって。母さんには気にせず休むように伝えてって言ってたよ。あと、コレ。多分今日は休めないかもしれないから、飲むようにっていただいたよ。」
先ほど渡されたハーブティーの入った袋を母に渡す。香りでそれが何かわかったのか、母は袋を覗き込んで胸いっぱいに匂いを吸い込んだ。
「あぁ良い香り……確かに今の私には、必要だったわ。」
「うん。リラックス効果があるって言ってた。」
「ありがとう、グルグ。……あなたも、周りを思いやれる良い兄に育っているのね。」
涙を浮かべながら、母は寂しそうに笑う。
「母さん……」
「さっき、ヴィルカスに怒られたわ。少し黙って、ユエの話を聞くべきだったって。本当にそうね。前にも同じことをヴィルカスに言われて、その時にあなた達が私とは違う存在なんだって理解したつもりでいたの。」
「……私たちの子ではあるが、それぞれ異なる存在だからな。」
「みんなそれぞれ違って、それぞれいいところがあるって、わかっていたつもりだったのよ。」
子供達は自分の腹から産まれてはいるが、自分とは別の生き物なのだ。それぞれの意思がある。
大きなため息をついて俯く母は、いつも元気よく兄弟たちを叱りつける姿より幾分小さく見えた。
「わかっていたはずだったんだけど……ダメねぇ。どうも私はあなた達のことをまだ小さな子のつもりで見ているみたい。」
「えーっ!俺たちもうこんなに大きいのに?!」
「ふふっ、体の大きさなんて関係ないのよ。私の子なんだから、強く健康に幸せになって欲しい。出来たら悲しい思いや辛い思いはさせたくない。」
「そうは言っても、子供達は自分自身で困難を切り抜ける力を得なくては。いつまでも私達の保護下に置こうとして、傷つく経験を奪ってはいけない。」
怪我をしないように、泣く思いをしないように、そうならないための理想を現実にできるように。転ぶ前に道を整え、歩きやすく整えることが親としてするべき事だと思っていた。
彼らがいつか、自分のように後悔しないように。
父が母の肩を抱いて言う。
「イリス、君のおかげで子供達はよく育っている。子供達を信じることは、君が今までしてきたことを信じることだろう。」
「私がしてきたこと?」
「そうだ。君が育て上げた私たちの子だ。簡単に折れるものは1人もいない。皆たくましく、自分で考え、自分の力で進むことができるはずだ。」
子供達を信じることは、母親である自分を信じることでもあると言う、夫の言葉に顔をあげた。
「皚……」
「母さんから見たら、俺たちってまだまだ子供だと思うところもあると思うんだけどさ、特に俺やユエは体も周りと比べて小さいし。それでも、俺たちはみんなそれぞれで考えてるし、母さんの思ってるより色んなことができるんだよ。」
「君の時を思い出してみたらいい。お義父さんとはかなり、喧嘩しただろう?過保護だと怒って。」
「確かに、そんなこともあったわね……でも、そう……そうね。みんな、私が思うより成長しているのね。何より私が、あなた達がここまで成長していることを信じなきゃいけないわね。」
子供は親が思うより大人でありながら、時に自身が思うよりも幼いところもある。しかし成長を信じて、送り出す。この先は自分で道を選んで歩いていける力があると。
「でも少し、寂しいわね。」
「一人前に近づいているんだ、喜ぼう。」
「大きくなったことを喜びたいのだけど、まだまともに目も開いていない、生まれたての頃を思い出すの。」
初めて笑い声を上げた時のこと。
離乳食を残さず食べ切れた時のこと。
「産まれてから今だって、ずっと私の可愛い子供達なんだけど。みんな一人前になろうとしているのよね。」
いなくなったわけではないのに、もう戻れない幼少期を寂しく感じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
9月からは不定期更新となりますが、1週間で一話ぐらいは更新できればと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。
ひとまず明日は19時に更新があります。
よろしくお願いします。




