第六話 理想と現実
「それでね、買い物に行った時にお隣さんに会ったんだけど、ユエの記事を読んでくれてたみたいで「末っ子くんも将来有望なんですね!」なんて言われちゃって!色んなところで新聞を読んだ人がユエのことを褒めてくれたのよ〜。」
夕飯の時間。一家はその日あったことを話しながら食事を摂るのが慣わしだった。今日は随分と上機嫌な母親が、歌い出しそうなほど嬉しそうに喋り続けている。
「俺も今日、友達に読んだって言われたよ。」
「オレもー。」
母の話に、兄達も参加する。
しかし、彼らは母親とは少し意見が違うようだった。
「でもさぁ、なんかユエっぽくなかったよなぁ。」
「そーそー。俺も読んだけどさ、ユエってもうちょいフワッとしてるって言うか。」
「あんまり"らしく"無いなとは思ったけど。」
「こいつはやる時はやるんだけど、あぁ言うのはちょっと違うって感じじゃんね?」
「ちょっと、いくら一番年下だからって、あんた達失礼じゃ無い?ユエだって外向きの受け答えくらいできるわよ〜。」
そうよね?と母は同意を求めるが、ユエは曖昧な笑顔を返すだけだった。
「あらどうしたの?……あんまりご飯進んで無いじゃない。お腹痛いの?」
「そう言うわけじゃ無いんだけど……」
帰宅してからずっと腹の底に残っている冷たさのせいか、今日は食が進まない。目の前にあるのは大好きなミートローフ。いつもなら兄達と奪い合うように食べるのに。
「ユエが食べないならオレが貰うぞー!」
「あー!俺も食べるっ!」
「……ごめん、ちょっと眠いや。先に寝るね。」
ごちそうさま、と自分の使った食器を下げて静かに寝室へと戻る。
「どうしたのかしら、あの子。色々騒がれて、疲れちゃったかしらねぇ?」
母の一言に兄弟達は、食卓越しに視線を合わせる。しかし、その後何も言わずに、何事もなかったかのように食事を続けた。
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ベッドにうつ伏せになったまま、目を閉じる。今日、学校では先生に褒められた。「よくできたな。」そう言われたことが嬉しくて、帰ったらあるじに話そうと思っていた。
なのに。
新聞を開いたら、そこにいたのは自分じゃなかった。好きなことも、父の話も、頑張りたいことも、確かに自分が話したことなのに。あんな話し方はしない。あんな風に笑わない。あれは、自分じゃない。あるじも、ジョージも、金太郎も、すぐにそう言ってくれた。
「ユエの言葉じゃない。」
そう言ってくれたから、大丈夫だと思った。
……でも。母だけは違った。
「あれがユエでしょう?」
その言葉だけが、何度も何度も頭の中で繰り返される。母から見た自分は、自分の思う自分では無い。なのに、嬉しそうな母を見たら、それ以上何も言えなくなってしまった。お腹の底が冷たいまま、ずっと重たい。
もう何度目になるかわからないため息をついた。そこで控えめにドアがノックされる。
「……ユエ、まだ起きてるか?」
ドアを開けて、そろりと兄達が皆入ってきた。
「お、起きてんじゃん。……あんまり食べてなかったけど、大丈夫かー?」
ユエのベッドに腰掛けて、グルグが言う。上3人の兄は横のグルグのベッドと床に座った。
「うん……今日はあんまり、食べたくなかったんだぁ。」
枕に顔を埋めたまま言うユエに、兄達は何かを察したように顔を見合わせる。
「お前がそんなこと言うなんて、夏なのに雪が降るんじゃないか?」
「心配事があるなら、兄ちゃん達が聞くぞ〜。」
「俺たちはお前の先輩だからな。先に一通りいろんなことをやってきてるんだぞ。」
「言ってみろよ。オレ達なら、お前の心配事の答えを知ってるかもしれないぞ。」
わいわいとベッドの周りで言う兄達。朝整えたはずのベッドはぐちゃぐちゃになっているけれど、自分を心配して集まってきたくれたであろうことが嬉しい。
「うん……あのさぁ、兄ちゃん達はさぁ……あの記事見て、どの辺がおれっぽくないって思ったの?」
ぎゅっと枕を抱きしめながら、聞いてみたかったことを口にした。
「そんなの、普通に読んだだけでわかるだろう。」
ハティの言うことに、他3人も当然だとばかりに頷いた。
「俺たちは、お前が生まれた時からずっと兄ちゃんやってるんだ。弟が言うことかどうかなんて、すぐわかるに決まってる。」
「お前は外ではどうするべきか、そう言うのは北の魔女様のところで学んでるだろ。でも、あの方は無理矢理お前らしくない話し方はさせないよな。」
「泥だらけになっても怒ったりしないしな。お前は知らないだろうけど、普通の使い魔なら、かなり怒られるんだぞ?」
そんなことを言いながら、兄たちはユエの頭をわしわしと撫でていく。少し乱暴だけれど、嫌な感じはしなかった。
「うん。おれ、あるじに怒られたことはないよ。金太郎にはいっつも怒られるけど。」
泥だらけで帰っても主は楽しかったならよかったねと言ってくれるし、ジョージはゴシゴシと洗った後、美味しいものを作ってくれる。金太郎にはよく怒られるけれど、今日は心配してくれた。
「あるじに会いたいなぁ。金太郎と、お喋りしたい。」
主人と共に使える使い魔たちが、自分を理解して、受け入れてくれる。そんな場所に、今は帰りたいと思った。
「兄ちゃん達は、わかってくれたのに……母さんは、違うって言ってるのに、聞いてくれなくて。」
「……母さんはちょっとさ、お前に期待しすぎてるんだよなぁ。いくら父さんに一番似てるからって、半分が母さんなのはオレたち一緒なのにな。」
「あーそう言うところ、あるよな。思い込んだら全然周り見えなくなるとこ。」
「ヴィルカスもそう言うところあるよ?一番母さん似。」
「エェッ?!俺?!」
それは嫌だー!と叫ぶヴィルカスを、ハティとスサノが口を抑えて拘束する。
「うるさくすると母さんが来るだろ!」
「兄さんちょっと黙ってて!こっそり集まった意味がない!」
ジタバタともがくヴィルカスを尻目に、ハティが声をかける。
「あのな、ユエ。」
「なぁに?」
「オレも前に、母さんの言う理想の狼にならなきゃ、なんて思った事があるよ。その時は色々頑張った。頑張ったんだけど……続かなかったよ。」
母の理想。誰よりも強く正しくある狼。そうなろうと努力したけれど、だんだん苦しくなってしまった。その姿は本当に自分なのだろうかという問いを抱き。
「どうにも苦しくなっちゃってなぁ。理想はたしかにそうなれたら良いんだろうけど。」
手のひらを見つめると、ぎゅっと握りしめた後軽く息を吐いた。
「……なんだか、頑張ってたのは母さんのためなのか、自分のためなのか、わからなくなった。」
「オレは兄さんは十分理想的な狼だと思うけどな。俺は、結構その件で母さんと喧嘩したぞ。」
「俺もさぁ、父さんみたいな狼になるんだってよく母さんに言われてたけど、ある時、そもそも父さんって母さんのよく言う強い狼ってのと違うなって気づいたんだよな。」
「わっかる〜!」
兄たちもひとしきり理想と現実の自分で悩んだ事があるようだった。口々に語られていく経験は、ユエを安心させた。
「オレは兄さんたちじゃなくて、ユエに近い体の大きさだからそれ母さんに相談したんだけど、やっぱ体を鍛える的なフィジカルなアドバイスで。」
「母さん時々脳みそまで筋肉かと思うようなこと言うからな。」
「うん、まぁ確かに体は鍛えたほうがいいのはわかるんだけど、欲しかったのはそういうアドバイスじゃなくてさ……」
全員、特に言葉にはしなかったが同じことを考えていたようだ。それぞれに懐かしいものを見たような顔をしていた。
「だから、一応俺たちはお前の思ってることはわかってるつもりなんだ。」
「そう。みんなそれぞれに、折り合いつけてきたからさ。」
グルグは静かにぽん、とユエの背を叩いた。
「でもさ……もし、お前が明日の朝いつもみたいに、母さんにおはようって言うのが辛かったら、オレは少し離れてみるのもアリだと思う。」
「離れる?」
「そう。例えば一晩だけ、魔女様のところに行くとかさ。」
「グルグ兄ちゃん……」
兄の提案に、ずっと冷えていた腹の底が少し温かさを取り戻したように感じた。




