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灯台の魔女  作者: 笹木悠
狼と魔女の夏
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第五話 ほんとうの言葉

魔女協会でのユエの取材は、話をした後に庭で獣化した状態の写真もいくつか撮った。後日「今週の使い魔」として、新聞の1コーナーの初回で掲載されるとのこと。協会から帰る際には、「一番かわいい写真を使いますねっ!」とオガワが張り切っていた。



「うーん……困ったねぇ……。」


今朝、いつものように届いた新聞には、件のコーナーが掲載されていた。庭で走り回る元気な狼姿のユエが大きめのカラーで載っている。その様子に「うちの子はやっぱり可愛いな。」と思わず口角が上がっていたものの、肝心の記事を読み進めると、それはとても看過できる出来では無かった。


「なにこれっ?!バカ犬がこんなこと言うわけないでしょ。」


膝の上で一緒に読んでいた金太郎が、その前脚で思わず新聞をパンチする。


「あいつがこんな話し方してたら、熱でもあるのかと思うよ。ちょっと気持ち悪いを通り越して、僕は心配にすらなるレベルだね。」


取材された内容として記載されている記事だが、どう考えてもユエ自身の言葉ではない。他の誰かのフィルターを通したような書き方がされている。


「『主様の言いつけ通り、僕は今のうちは狼の学校に通っています。いずれ偉大なる両親のような立派な狼として成長するためです。』げーっ!なんなの?!いっそこれはウケ狙いなの?!」

「その部分だけを聞いても、ユエの言葉ではありませんねぇ。」


植物達の世話をしていたジョージも、片手に霧吹きを持ちながら、顎にもう片方の手を当てて首を傾げている。


「我々が退席した後に、何かありましたか?」

「いいや、至っていつもの調子でユエは受け答えしていたよ。」

「なんでこうなるんだよっ!『僕は先輩の使い魔達と共に、北の魔女様の下で日々鍛錬を重ねています。』だってー!あいつが鍛錬なんて言葉使えるわけないだろっ!」


困惑しているニュクスとジョージを置いて、金太郎は1人大爆笑中だ。床の上を転げ回りながら笑っている。


「聞かれたことや答えていたことと、記事の内容としては間違ってはいないんだ。ただ……ユエ本人の言葉ではないんだよね。間違っていないけど、合ってない。」

「『おれはぁ、父さんみたいにかっこいい狼になりたくってぇっ!』……って言いそうなものですね。」

「気味の悪いモノマネはやめてくれ。」


声を寄せて口調を真似たジョージに、主人は鳥肌のたった腕をさすりながらクレームをつける。普段の渋い声を、声変わり前の少年声に寄せているものだから、違和感しかない。


「でもさぁ、これって協会側が勝手に捻じ曲げてるわけじゃない?このまんまにしておいて良いもの?」


金太郎は床にひっくり返ったまま。笑いすぎて息が荒い。


「一応本人の意見も詳しく聞くけれど、主人として協会とは話す必要があるね。……私の意向も無かったことにされているわけだから。」

「ではまた先方に伺いますか?」

「いや、一度手紙に書こう。ジョージ、後で届けてくれるかい?」

「勿論ですとも。お任せください。」


--------------------


「あぁっ!やっぱり直すべきじゃ無かったんです!彼のそのままの声を届けるべきでしたっ!」


自席のデスク上に伏せたまま、オガワは頭を抱えていた。誌面に乗った記事を改めて読んだ時に受けた違和感は、時間と共に大きくなっている。


「でも、取材内容を書き換えたわけじゃないし、ちょっと言葉を整えただけでしょう?……」


横の席から慰める同僚の声に、さらに頭を抱え込む。


「そこが大問題なんですヨォっ!そもそも、コンテストの写真きっかけで取材をしたのに、あんな何処にでもいる、よく見る使い魔みたいな感じに書いちゃってっ!あー!私のバカっ!」

「最初は取材した通り書いてたんじゃ無かった?」

「そう!そうなのっ!でも、それをマキノさんに見せたら何度もリテイクくらっちゃって……」


初稿は取材したユエの言葉を、そのまま使用した記事を書き上げていた。しかしそれは上司であるマキノの許可が降りず。「もう少し言葉を直すように。」そう言われ、話し言葉を読みやすいように書き換えた。しかしながらそれも没。同じような事を続け、最終的には「北の魔女様の使い魔たる、優秀な血統の狼の言葉」として、取材時の本人の言葉とはかけ離れたものとなってしまった。


「リテイクくらい過ぎて、マキノさんの言うままに書いてしまった……心折れたことをとっても後悔しています……。」

「確かに今回は随分と多かったよね。」

「着任して、初めて記事を書いた時以上に回数重ねて書いた気がします。あぁ、それでもあの誇り高くも可愛らしい様子は、ご本人そのままの言葉で届けたかった!……あの書き方じゃ可愛らしさが全然伝わらない!」


誌面に載せた写真と、記事内のユエの受け答えとされている部分は同じ狼なのかと思うほど、イメージが一致しない。


「あの空気感が良いのにぃ〜っ!」


よく居る使い魔の話し方になってしまっては、堅苦しいことは嫌いなんだと言った、北の魔女の話とも矛盾してしまっていることになる。


「そうよねぇ。聞いたけど、当日ご一行はとっても仲の良さそうな様子だったんでしょう?」

「あ!あのっ!私あの日お茶菓子を出しに行ったんですけど、すんごいイケオジと、美少年と美少女みたいな美少年がみんなシュークリーム頬張ってて!とにかく可愛かったんです!」


向かいの席から若い職員も会話に混ざる。彼女はシュークリームを配膳しに部屋に来た職員だった。


「そう言えばミカミさんもあの日いたんだっけ?良いなあ!私もお会いしたかったわぁ。」

「その、今回記事になった狼のユエ君?顔は綺麗なのに、元気でずっとニコニコしてて、こっちまで笑顔になっちゃう感じでしたよ。」

「私、コンテストの写真で見かけた時にまさにそう感じて。見た人まで笑顔になっちゃう使い魔ってどんな感じなんだろう?って思って取材を申し込んだのに……あぁほんと、後悔しかないです。落ち込みます……。」

「ほんの少しの時間ご一緒しただけの私でも、なんか違うなって思いますからねぇ。」


銀色の小型の狼が窓の外を走り回っていた日のことを思い出して、深いため息をつく職員達。取材には非常に協力的で、かつ被写体としても素晴らしかった。そして何より周囲に愛されて育っていることがよくわかる、笑顔が印象深かった。


「何でマキノさんはそんなに書き直させたんでしょうね?」

「何ででしょうねぇ?……もう記事は出てしまいましたが、やっぱりひどく違和感があるので、修正の意図を探るためにも、もう一度話してみようと思います。」


外出している上司の席を見て、オガワは拳を握った。


--------------------


「ただいまぁ〜。」


実家の重たい玄関ドアを開ける。心なしか、帰宅の声はいつもより元気がなかった。先日魔女協会から受けた取材が記事になったとして、主の家でそれを読んだ。そこに書かれていたのは自分の言葉とは言えない記事だった。あまりの違いに笑い泣きした金太郎が、労りの言葉をかけてきたほど。おそらく伝えたもの、伝えた意味は通じているのだろうが、一体これは誰が話しているのか、と思うほど心に響かない。


「ユエ!お帰りなさい!」


玄関に母親が迎えに出てきた。彼女はとても機嫌が良さそうだ。


「どうしたの?なんか良いことあった?」

「うふふ、読んだわよ、"魔女新聞"の記事。両親みたいな立派な狼になりたいだなんてっ!」


自分のことなのにとても違和感のある記事を母は読んだと言う。主人は記事に対する激しい違和感に、本人の言葉ではない書き方をされていたとして協会に申し入れると言う。

しかし、母はその記事を読んで上機嫌だ。


「もうっ、ユエったらいつの間にあんなに上手に受け答えできるようになったの?子供は親の知らぬところで成長しているものなのねぇ。」

「いや、違うよ母さん。あれは、おれだけど、おれの言葉じゃなくってぇ……」

「しかも魔狼一族の期待の子だなんて、ユエは父さんに似て綺麗で頭の良い子だし、母さんとても鼻が高いわ。」

「だから、だから、あれは違うんだってば……」

「成績は良いんだし、あとはもう少し力が強いと良いわね。もう少し母さんにも似てくれたら良いんだけど……」

「母さん!!!!違うってばっ!!!!!」


ユエの言葉も聞かずに1人喋り続ける母親に、普段はのんびりしているユエも流石に大きな声を出す。


「あれは違うんだよ!おれの話だけど、おれの言葉じゃないよ?」

「ユエの言葉じゃないって、どう言うこと?」

「あれは、おれが話したことを協会の人が書き換えてる。」

「えぇ?!だって、ユエはよく出来る子だし、その場によって敬語も使えるじゃない?あれはユエのお話でしょう?」


先程まで機嫌良くぺらぺらと話していた母親が困惑した様子であるのを見て、腹の底が冷えたような気になる。


「……母さんはさ、本当にあれが全部、おれの言葉だって思ってる?」


祈るように、両手を腹の前で組んで、握りしめる。


「だって、ユエがいつも話していることじゃない。新聞用に礼儀正しくお話ししたんでしょう?」


母の声に、胸を貫かれたようだった。喉が詰まって、それ以上何も言えなくなる。


「さ、ここで立ち話してないで入って。手を洗って荷物を置いていらっしゃい。もうすぐ夕飯ができるわよ。」


ぽんと肩をたたき、母は先にリビングに戻っていく。それから暫く玄関で立ったままだった。


強く握りしめた手がとても冷たくなっていることに、しばらく気づくことができなかった。

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