第四話 広報課ブランド戦略部
最寄りの地下鉄駅から8駅先。そこから路面電車に揺られること5駅。更に歩くこと10分少々。市街地中心部から少し離れた住宅街に、魔女協会はあった。立ち並ぶ民家に紛れるように建っている、少し大きめの煉瓦造りの建物。庭は季節の花や緑が茂る他、色づき始めたトマトや、成長途中のきゅうり、網目模様ができ始めているメロンなどの自家菜園が半分を占めていた。どれも水を浴びて、葉に躍る雫がより瑞々しさを感じさせている。
「魔女協会?ってここー?」
今日は人型をとっているユエが建物を指差して問うた。ふわふわと揺れる銀髪は道中でもよく目を引いたが、本人はいつもの通りマイペース。
「そうですよ。ユエは初めてでしたね。」
「僕も初めて来たけど、思ってたより長閑な感じのところにあるんだね。協会っていうから、もっと街のど真ん中とかなのかと思ってた。」
ジョージも金太郎も人型で同行している。ユエの付き添いというのは表向きで、魔女協会がどんな場所なのか見に行こうと一緒にやってきた。
「ふふ、よく見てもそういう建物だとは思えないよね。」
「うん。なんかちょっと大きめの家って感じ。」
特に表札が出ているわけでもない。初見で辿り着くのは至難の業だろう。かく言う使い魔達の主人も、若い頃何度か辿り着けなくなりそうだったことがあった。それは当時からの使い魔であるジョージだけが知っている話だ。
「ごめんください。」
建物は煉瓦造りなのに、現代的なインターホンのボタンを押してカメラに向かい声をかける。少しすると、スピーカーから大きな声が聞こえてきた。
『あぁ!お待ちしておりました!今開けますので、少しお待ちくださいねっ!』
音割れするほどの音量だったので、おそらく先方のマイク部分で目一杯大きな声で話しているのだろう。驚いた金太郎が肩をすくめ、耳を塞いでいる。
「なんか僕、すでに来たことを後悔し始めたんだけど。」
「まぁまぁ。我々を歓迎してくれていると言うことですよ、きっと。」
「元気な人だねぇ〜。」
「お前とは気が合いそうなニオイがする。」
ドアの前で話していると、向こう側から何やらドタバタと物音が聞こえてくる。ガチャンとか、ゴンとか、一部不穏な音も聞こえてきた。
「……大歓迎のようですねぇ。」
ジョージの笑みが多少引き攣ったところで、ドアはガチャリと大きな音を立てて開いた。
「お待たせしましたぁっ!北のっ魔女さまっ!!使い魔のっみなさまぁああっっ!!!」
住宅街に響き渡るあまりの歓迎具合に、思わず愛想笑いを浮かべた一行だった。
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「こんな場所まで来ていただけるなんて!一同喜びのあまり、震えておりますっ!」
一行は、大きな円卓のある応接室に通された。そこに至る廊下では、大きな花瓶が倒れていたり、椅子が転がっていたようにも思われたが、それぞれが視線だけを合わせ、出迎えてくれた職員について行った。
「偉大なる北の魔女様をお迎えすることができ、恐悦至極に存じますっ!」
「いやいや、そんなに畏まらないでいい。肩が凝る。」
先ほど出迎えてくれた職員はオガワと名乗った。広報課ブランド戦略部主任、と言うのが肩書きらしい。ニュクスへ手紙を送った本人だと言う。一行を部屋に通した後に自己紹介をしてからというもの、北の魔女一行に会えたことについてひたすら興奮した様子で喋り倒している。その間、金太郎の瞳孔が細くなっているのは見なくとも明らかだった。
「はぁっ、私、自分は魔力を持たぬものですから、魔女になりたくともなれず……かと言って諦めることもできず。ツテを辿って協会職員になれましたが、魔女様は雲の上のお方。まさか今回のお願いを快く承諾いただけるとは!北のお方はとても慈悲深いのですね!感激いたしました!!」
ちなみにここまで彼女の声のトーンは一切変わっていない。そんな中、ドアがノックされる。
「失礼致します。……オガワ、いつまで皆様を立たせているの。まずはお座りいただいてからでしょう。」
オガワの上司と思われる、少し年嵩のいった人物が入ってきた。
「も、申し訳ありませんっ!」
「熱烈な歓迎を受けていたところですよ。」
「それは……申し訳ございません……まずはお座りください。お話はそれから。」
全員が大きな円卓に協会側とニュクス一行に分かれて着く。次にノックの音がした後、お盆を持った若い職員達が入ってきた。
「おや、シュークリームですね。私大好きなんですよ。」
目ざとくお盆の上のものを確認したジョージがパッと笑顔になって言うと、若い職員達はハッとした様子で頬を染めた。
「わぁっ!おれも好きだよ〜!」
「僕も、好き。」
「こら、みんな、配膳もされていないのに失礼だろう。」
職員達の入室の後を追うように、紅茶の芳醇な香りと、バニラビーンズの甘さが室内に香る。
食には余念のない使い魔達の様子に、職員達は皆で顔を見合わせた。
「皆様、いつもこのような様子なのですか?」
いただきます!と手を合わせ、目の前に置かれたシュークリームを遠慮せず美味しそうに頬張る3人。それを見て、マキノと名乗ったオガワの上司が問う。
「よその使い魔達に比べると、相当自由に見えるだろうね。主従とか、あまりかしこまった感じは私が好きじゃないんだ。」
「そうでしたか……存じ上げず、失礼を申しました。」
「いいさ。気にすることではないよ。」
主人が話しているのにそれを気にせず食べ物に夢中な3人は、……まぁ、自由に見えるだろう。
「あ!だからこそ、あの写真なんですね!」
本日の訪問のきっかけとなった、新聞に載った写真。泥だらけで笑顔満開といった姿は、他の使い魔たちの写真とは毛色が違っていた。
「笑顔がとっても自然で、見ているこちらも笑顔になれる写真でした!」
「そうだろう?止めるべきなのはわかっているけれど、あぁもいい顔をされてしまうとね。」
「主人と言えど、いい顔で遊んでいるのを止めることは出来なかったと言うことですね!」
オガワは頬を膨らませてシュークリームを食べるユエをみて、納得したように頷いた。その横で、マキノが頬に手を当て、疑問を口にする。
「ですが、使い魔というのは本来、主人の命に従うものなのではないのでしょうか?」
「私に従っていないわけではないよ?そもそも、止めていないからね。」
「それでも……」
と言いかけた職員の言葉は途中で止まる。改めて話始めようとするのを遮るように息を吐き、ニュクスは腕を組んだ。
「この子はまだ幼い。今はまだ感性を育てている最中なんだ。」
マキノの目をじっと見ながら、そう、告げる。
部屋の温度が少し、下がったように感じられた。
「それに……私の使い魔が、教えられたことだけを完璧にこなしてみせるような、"通り一遍"では、ね?自ら考え、答えに辿り着けるようにならなくてはいけないからね。何事も経験だよ。」
ニュクスの話に、マキノは思わず膝の上で重ね合わせた手を握りしめる。オガワは不安そうに2人を見つめていた。
「まぁそれは、あくまで私がこの子をそう育てたいと思っているに過ぎないんだけれど。」
応接室の空気が微妙な温度になってきたところで「ごちそうさまでした。」と両手を合わせてジョージが言う。
「君はうちの使い魔の中でも特に自由だな。」
「おや、私もまだまだ成長期ですよ?」
「えぇっ、ジョージはいつまで成長するつもりなの?」
「それは主の居る限り、いつまでも。日々成長あるのみです。」
ね?と、ジョージがぱちんウィンク決めたが、それを払うように主人は手を動かした。
「さて、話を脱線させてしまったね。今日の目的をこなそうじゃないか。」
「そうです!せっかくお越しいただいたのですから、色々とお伺いさせてください!」
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「なるほど!では、ユエ君はいつもはご実家にいらっしゃるんですか?」
「そうですっ。子供のうちは、狼として生きる為に知らないといけない事があるから、ってあるじが。おれも金太郎みたいに、あるじのお家に住みたいんだけどなぁ。」
オガワからの取材内容はさまざまで、好きな食べ物から始まり、家族構成や、ユエの生い立ち、どうやって使い魔になったから等。今は普段の生活について話しているところだった。
「ご実家から魔女様のお家に通っているんですね。」
「えっとね、家からね、狼の学校に行ってるんだぁ。その後いつもあるじのところにいきますっ!」
「狼の学校、ですか?」
オガワが不思議そうに聞く。顔を見合わせたマキノもわからないと首を振る。
「狼の学校というのは、幼い狼達が群れで生きるためのルールやなんかを学ぶ場所でね。使い魔と言えど狼である以上、そこには行くべきだと思ったんだよ。」
「おれね、セーセキユーシューなんだよぉ〜!」
主のフォローに続き、自身の発した言葉の意味はあまりわかっている様子ではなかったが、ユエはニコニコと得意げに胸を張った。
「兄ちゃん達がみんなすごいから、早くおれも、かっこよくて、すごい狼になりたい!」
「なるほど、それで学校で頑張っているんですね。」
「うん!そーだよぉ!兄ちゃん達も、母さんもすごい!特に父さんはなんでもできるし、賢いし、おれもあんな大人になりたいなぁ。」
笑顔で家族を思い浮かべながら饒舌に話す様子に、家族の仲睦まじさが見てとれるようだ。
「お父上のことを、特に尊敬されているのですね。」
「うん。父さんは、色んな話をしてくれるんですっ。子供の頃苦手だったものとか、面白い遊びの話とか、遠くの国で見た綺麗な景色の話とか。物知りな父さんの話はとっても面白くて、大好きですっ!」
「なるほど、お父さんは物知りな狼……ユエ君には知識や経験をたくさんお話ししてくださる、優しい方なんですね。」
うんうん、と何度も頷きながら、オガワがメモをとっていく。家族の話になるとより熱がこもって話すことに、ユエ自身は気づいていなさそうだった。
「そうっ!あ、あとね、兄ちゃん達は母さんに似て黒っぽい毛なんだけど、おれだけ父さんとおんなじ銀色の毛なの。ちょっと自慢ですっ!」
えへへ〜、と新聞に載っていた笑顔の面影を感じさせる人懐っこい表情。今は人型だが、獣型の時であれば明らかに大きな尻尾が揺れていただろう。
「あの、銀色の狼ということは、もしやお父様の名は皚と仰るのでは……?」
ユエが元気よく答えている横で、マキノがそっとニュクスに向かって聞いた。紅茶のカップを持ったまま、「そうだよ。」と、一言答える。
「では、お母様は先代の北の魔女様の……。」
「あぁ、合っているよ。」
短く答え、紅茶を一口。そしてカップを置くと、シュークリームを千切って食べ始めた。
「父さんと母さんのこと、知ってるんですか?」
オガワと話していたユエが、マキノの方を向く。
「直接お会いしたことはありませんが、噂には聞き及んでおります。現在の魔狼一族をまとめていらっしゃる方がお父様、ですね?」
「わぁっ!すごいなぁっ!父さんは、協会の人も知ってるくらい有名なんだねぇ。帰ったらみんなに教えてあげなきゃっ!」
「えぇと、じゃあ今度は違うお話も聞いてもいいですか?」
「ハイっ!大丈夫ですっ!」
元気に答えていくユエを見つめたまま、マキノは静かに紅茶へ視線を落とした。




