第二話 一般的なオオカミの家庭
おれの朝は、母さんに叩き起こされる声から始まるよ。今日はせっかくあるじやみんなと広い公園に行って、噴水のあるところに飛び込んで楽しく遊んでいるところだったのに、「全員いつまで寝てるの!朝ごはん無くなるわよっ!」という母さんの馬鹿でかい一声で、目が覚めちゃった。ぎゅーっと目を閉じてから何回か瞬きしてしっかり目を開けると、そこはやっぱりいつも通りのおれのベッド。兄ちゃんたちも同じように母さんの声で目が覚めたらしい。往生際悪く布団に潜り込んだり、体を起こして伸びをしたり、軽いストレッチをしてたりと、おれを含めて5人もいれば寝起きもそれぞれ。
「ユエ、おはよう。」
「おはよう、ハティ兄ちゃん。」
兄弟の一番上、長男のハティ兄ちゃんは一番寝起きがいい。もうすっきりとベッドを整えてしまっていて、きっと母さんの声よりも先に目覚めていたんだろう。
「えぇ〜、ユエお前もう起きるのかぁ?兄ちゃんと一緒にもう少し寝ようぜぇ?」
逆に一番寝起きが悪いのが、2番目のヴィルカス兄ちゃん。枕を抱きしめながら、もう一度寝る体勢になっている。
「ヴィルカス、起きなよ。また母さんに怒られるぞ。」
「今いいところだったんだ、後少しでお宝が手に入りそうだったのに……」
「兄貴またなんか冒険の夢でもみてた?」
「スサノ兄ちゃん、おはよう。」
自分のベッドを整え終わった3番目のスサノ兄ちゃんが、ヴィルカス兄ちゃんの掛け直したタオルケットを剥ぎ取る。
「まったく、毎朝だっていうのに懲りないねぇ。グルグを見習って欲しいもんだ。」
「何ー?まだヴィルカス兄さん寝てんの?」
すでにベッドにいなかった4番目のグルグ兄ちゃんは、走り込みから戻ってきたところみたいだ。5人の中で一番下のおれの次に体が小さいグルグ兄ちゃんは、この春から毎朝走り込みを始めて体力作りをしている。
「ユエがちゃんと起きてるのに、ダメな兄だなぁ。」
ハティ兄ちゃんは呆れた顔で、先に部屋を出ていく。それをみて、他の兄ちゃんたちも続く。
「ヴィルカス兄ちゃん、起きようよぉ〜。」
「えー、ユエは俺と一緒に寝ようよぉ〜。」
おれのモノマネみたいに言うヴィルカス兄ちゃんの言い方にちょっとむかついたから、スサノ兄ちゃんが剥がしたタオルケットをもう一度しっかり掛け直してやる。
「そんなに寝ていたいなら、ずっと寝てたらいいよ!おれはご飯たべるもんっ。」
ふんっと鼻を鳴らし、ヴィルカス兄ちゃんに構うのをやめて、おれも部屋を出た。
廊下に出ると、母さんの焼いたパンのいい香りがした。今日のパンはなんだろう?ちょっとむかついたのもすぐに忘れて、おれはダイニングに急いだ。
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「今日はおれの好きなパンしかないっ!!!」
テーブルの上に山盛りになっているパンは焼きたてで、まだ湯気が立っている。今朝のパンはレーズンと胡桃に真ん中にチーズが入ったパン、ベーコンエピ、コーンブレッド、クロワッサン。母さんの作る食べ物はみんな美味しいけど、今朝は特に好きなパンばかりだ。
「おはようユエ。今日は何飲むの?」
「えっと、えっと、まず牛乳!ください!」
パンを前にソワソワしてるおれに、母さんが聞く。うちはお願いするときの言い方が母さんに教えられた通りじゃないと、頻繁に母さんの"指導"が入るから、意識がパンに向いていても条件反射的にちゃんと言えるんだよ?
「ほら、座りなさい。」
「うん、父さんおはよう!」
先に席に着いていた父さんに促され、自分の椅子に座る。7人がつくことのできる大きなダイニングテーブルは楕円状で、端にそれぞれ父さんと母さんが、その間におれたちが座る。5人だから3と2に分かれるけど、大体上の3人がならんで、残りはグルグ兄ちゃんとおれになる。
「はい、牛乳。倒さないように気をつけてね。ヴィルカスはどうしたの?」
「ありがと〜」
「兄さんはまた寝るってさー。」
「はあっ??」
グルグ兄ちゃんの返事に、明らかに母さんの声が大きくなる。母さんはそのまま顔を顰めると、おれたちの部屋に向かっていく。さっきの何倍ものでかい声でヴィルカス兄ちゃんの名前を呼ぶのが聞こえた。いつものことだから、もう誰も気にしてない。
「いただきまーす!」
「……ユエ、今日はコーンドレッシングがある。野菜もたくさん食べなさい。」
自分の皿に焼きたてのパンたちを乗せていくと、父さんから生野菜をこんもりと乗せたサラダボウルを差し出される。
「ほんと?!おれ、コーンドレッシング大好き!」
瑞々しいサラダにとうもろこしを擦って作った自家製のドレッシングがかけてある。レタスやトマト、きゅうりの上に黄色いコーンドレッシングが鮮やかだ。
「他のドレッシングの時は食べないのになー。」
「これはね、コーンポタージュみたいに甘くて、他の野菜も美味しく食べられるから好きなんだぁ。」
バリバリときゅうりを噛んでるスサノ兄ちゃんは、塩だけというシンプルな食べ方が好きだと言っていた。他の兄弟もそれぞれ食べ方の好みが違う。ちなみにコーンドレッシングは元々父さんが子供の頃に好きだったもので、これで生野菜を克服したらしい。生野菜が苦手だったおれに、父さんが子供の頃のことを思い出して作ってくれてからはおれの大好きな味になった。
大好きなパン(しかも焼きたて!)に、大好きなドレッシングで食べるシャキシャキのサラダが食べられて、今日は朝からすごく幸せだなぁ。これを逃すなんて、ヴィルカス兄ちゃんは勿体無い。食卓にはあと、チーズ入りオムレツが個別の皿にあるのと、フルーツの盛り合わせが載ってる。それに燻製作りが得意な父さんが作ったハムとベーコンもあるんだけど、これが噛むと甘くて、また美味しいんだぁ。
「あぁ……おれ、朝からこんなに美味しいものばっかりで幸せだよー。」
母さん特製のパンを噛み締めながら、目を閉じる。あーほんとに美味しいなぁ。
「お前はお気楽で良いな……俺は試験のことでしばらく不安だって言うのに。」
ハティ兄ちゃんはパンを少しずつちぎって口に運んでる。いつもみたいに豪快に食べる気分じゃないのかな?
「ハティ、お前の普段の成績なら何も心配いらないだろう?」
「まぁそうなんだけどさ……でも、万が一ってこともあるだろ?」
食べる手を止めたハティ兄ちゃんがひとつため息をついた。おれも父さんの言う通り、一番賢い兄ちゃんが心配するのがよくわからなかった。
「お前は頭がいいが、そのせいで先を考えすぎるところがあるな。どうせ考えるなら、良い方向を考えてみろ。」
「うーん確かに……先のことを考えるなら、良い方向、だね。」
「悪い結果が出た時は、何かがいつも通りではなかったと言うことだ。普段通りで問題が起きないはずなら、心配して心をすり減らす必要はない。」
「……うん……わかった。」
ハティ兄ちゃんはそう言って微笑むと、パンの山に手を伸ばして両手で掴んだパンを食べ始めた。
「そうそう!兄貴ならいつも通りで大丈夫!ヴィルカス兄貴みたいに、いつも通り寝坊はやばいけどね!」
「ほんっとにアンタは!いつも!いつも!いつも!どうして起きてこないわけっ!?」
スサノ兄ちゃんが揶揄うように言った後、すぐに母さんがヴィルカス兄ちゃんの首根っこを持ち上げながら、リビングに戻ってきた。うちの家族で一番強い母さんにかかれば、それなりに体の大きい兄ちゃんでもこんなものだ。ヴィルカス兄ちゃんはヤメロ!ハナセ!とか喚いてるけど、誰もそこは気にしない。気にするのは母さんの機嫌の方。
「母さん、先にいただいてるよぉ。今日もおれの好きなパンばっかりで嬉しい!母さんの作るものは全部おいしいねぇ!!えへっ」
末っ子の役目として、機嫌の悪い母さんへかける最初の一声はいつの間にかおれの役割になってる。自分でもちょっとぶりっ子だった気がするけど、そこは気にしないよ。
「あぁ〜ユエ!私の可愛い子!」
ヴィルカス兄ちゃんをその場に落として、母さんはおれを抱きしめ、そしてぐりぐりと頭を撫でられる。その間、床に不恰好に着地した兄ちゃんはハティ兄ちゃんとスサノ兄ちゃんに助け起こされて席に着く。
「そうだな、母さんは朝早くからみんなの為にこうやって食卓を埋めてくれている。」
「今日のパンはまた格別においしいと思う!」
「毎朝早くから俺達のためにありがとう!」
「母さんは美人!」
「よし!私の可愛い息子達と素敵な旦那様は全員席に着いたわね?美しく料理上手な母が作った朝食を召し上がれ!」
これが毎朝なんだよね、うちって。




