第7話: 新しい出会いは、新しい自分との出会いである
――放課後――
意を決して音楽室の重い防音扉を開ける。
横長い室内の後方には、すでに部員たちが並んで座り、賑やかに雑談していた。
一方、前方には部員たちと向かい合うように8つの椅子が用意され、その端に一人の生徒がぽつんと座っている。
私が一歩踏み出した瞬間、部員全員の視線がバッとこちらを向いた。
(うわ、注目されてる……)
圧倒されそうになった、その時
「わあぁ! 私が勧誘した、茜ちゃんっ!!」
「うっ!?」
腰のあたりに強烈なタックルを食らい、思わず怯んだ。
杏奈先輩だ。
おぉぉぉ!と部員たちから歓声が上がる。
「あの強引キャッチ、本当に成功したんかw」
学生指揮者の凛先輩が、お腹を抱えて大爆笑している。
そんな賑やかな空気の中、杏奈先輩の後ろから紬先輩がひらひらと手を振りながら現れた。
「新入生は前のあの席、好きなところに座ってね」
会釈をして、端に座っている生徒の隣に腰を下ろす。
隣の生徒は、長めの黒い前髪で少し目元が隠れていて、ロングヘアの女の子だった。
表情までは読み取れないが、指先が微かに震えている。かなり緊張しているようだ。
(……そうだよね。こんなに先輩たちの前でいきなり座らせられるのは緊張する)
他の新入生が揃うまで、この沈黙に耐えるのも落ち着かない。
私は少しだけ勇気を出して、隣の子に声をかけた。
「あの……私、五十嵐茜。よろしくね」
「っ、あ、は、はじめまして。よ、よろしくね……っ」
びくっと肩を震わせた彼女の声は、細く震えている。
「名前、なんていうの?」
「あ、萌です。加藤萌」
「萌ちゃんね。これからよろしくね。……私、初心者だから迷惑かけちゃうかもなんだけど」
「あ、あの……私も、初心者なの!」
萌ちゃんが、今日一番の大きな声を出した。
同じ初心者がいると分かったのか、顔に少しだけ笑顔が見える。
「そうなんだ!中学の時は何部だったの?」
「あー……テニス部だったんだけど、や、やめちゃって……」
ふっと彼女の表情が曇った。
きっと、私と同じように何か事情があったんだろう。
話題を変えようとした時、ぞくぞくと新入部員が入ってきて、先輩たちの歓声が上がる。
クラスが違うのか誰も知らない人ばかりだと思ったが――不意に、見覚えのある生徒が入ってきた。
巻かれた茶髪に、派手なメイク。
(……あの子、軽音部の見学の時にいた子だ。なんで合唱部に……?)
新入生8名が全員椅子に座ると、部活開始のチャイムが鳴り響いた。
「ちょうど全員揃ったね! じゃあ、部活始めまーす!」
杏奈先輩と紬先輩が、私たちの前に並び立つ。
「改めて……合唱部部長の森山杏奈です! これから一年間、よろしくね〜!」
……ええっ!?
「部長」という言葉に、私だけでなく新入生全員が目を丸くした。
てっきり、落ち着いた雰囲気の紬先輩が部長だと思い込んでいたのだ。
「合唱部副部長の佐藤紬です。よろしくお願いします。」
「今年入部してくれた新入生は8名! いぇーい!」
杏奈先輩のハイテンションな掛け声に、部内からクスクスと笑い声が漏れる。
おかげで、張り詰めていた空気が少しずつリラックスしたものに変わっていった。
「今日は新入生初日ということで、みんなに自己紹介をしてもらいます!」
紬先輩が続けると、先輩たちが「うぇーい!」と盛り上げ始める。
「でも、最初は緊張すると思うから……杏奈、お手本見せてくれる?」
「らっじゃー!」
杏奈先輩が元気よく一歩前に出た。
「2年1組、森山杏奈です! 音楽部の部長してます。趣味はゲーム。最近はQwitchの新作にドハマりしてます!」
拍手の中、紬先輩が付け加える。
「こんな感じで、何組か、名前、出身中学、趣味、あと部活に入部してからの『抱負』を教えてくれるかな? 誰からいこうか」
すると、奥の席からスッと手が挙がった。
きっちりとしたポニーテールに、しわ一つない制服。姿勢を正して立ち上がったのは、「真面目」を一言で表したような女子生徒だった。
「1年3組、斎藤美空です。アケビ中学校の合唱部に所属していました」
その瞬間、ざわっと空気が動いた。
「趣味は小説を読むことです。中学の合唱大会では、1、2年生で全国大会金賞を獲得しました。…残念ながら3年生の時は全国制覇に届かなかったので、この合唱部では必ず全国制覇したいと思います」
「おぉ……」と、どよめきが広がる。
超強豪校じゃん、すっごぉ…と先輩たちからも声が漏れる。
レベルの高すぎる経験者に、私は圧倒されてしまった。この後で自己紹介なんて、ハードルが高すぎる。
頭を抱えたいのを必死にこらえながら、それぞれ進んでいく自己紹介に耳を傾けた。
1年1組 佐々木 紫
中学: 欅中学出身
趣味: カラオケ
抱負: 全国制覇
印象: ハキハキしゃべるリーダー気質な感じ。美空さんとはまた違うタイプの自信が伝わってくる。
1年1組 加藤 萌
中学: ブナ中学出身
趣味: 食べること
抱負: 初心者なので皆さんの足を引っ張らないようにがんばる
印象: かなり緊張しているのか、言葉が詰まっているように見えて、つい応援したくなる。
1年2組 西野 陽葵
中学: 杉中学出身
趣味: ダンス
抱負: 楽しく活動したい
印象: やっぱり軽音部で見かけたあの女の子だ。スカートが短く、化粧もばっちりでキラキラしている。
1年2組 小野寺 桜
中学: 楓中学出身
趣味: 映画鑑賞
抱負: がんばります
印象: モデルみたいなスタイル。とにかく美人。とんでもなく美人。
1年3組 斎藤 美空
中学: アケビ中学出身
趣味: 小説を読むこと
抱負: 全国制覇
印象: さっきの通り、とにかく「真面目」な印象。
1年4組 野中 樺音
中学: キリ中学出身
趣味: 楽器
抱負: 青春したい
印象: めちゃめちゃおっとり…ゆっくりでかわいい
1年5組 葦葉 望
中学: キリ中学出身
趣味: 漫画、アニメ
抱負: みなさんと仲良くなりたい
印象: 声がハスキーでかっこいい、静かな印象
そして――。
「1年5組、五十嵐茜です。楠中学校の……陸上部に所属していました。趣味は音楽を聴くことで、洋楽からJ-POPまでいろんなジャンルを聴いています。勧誘期間に聴いた皆さんの歌に感動して入部を決めました。初心者ですが、よろしくお願いします!」
「おぉ!」と部員たちから声が上がり、温かな拍手が音楽室を包み込む。
(……よかった、ちゃんと喋れた)
私は小さく安堵の溜息をついて、席に戻った。




