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椿学園合唱部  作者: 一夢
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第5話: 意志あるところに、道は開ける

駅へ向かう帰り道、私は無意識に、今日聴いたあの曲のフレーズを口ずさんでいた。

(……私は、何を残しただろう)

歌詞が頭をよぎるたび、飴を握りしめた。


家に帰り、自室の机に向かって一枚のプリントを広げた。

『部活動最終決定届』

第1希望から第3希望までを記入する欄がある。学校側が全体の人数を把握するための、形式的な書類だ。


(……本当に、いいのかな)


また何かにがむしゃらになって、目標に向かって努力を重ねる。

その先…もしまた「絶望」が待っていたら? よぎった不安を、紬先輩(つむぎ)の言葉が打ち消した。


『何かに「なりたい」人が、挑戦する場所』


私はペンを握り、第1希望の欄に記入した。

『合唱部』


そして、一番下の項目に目を落とした。

『保護者署名欄』

あとは、母のサインをもらうだけだ。

私は意を決して、2階の自室からリビングへと降りていった。


キッチンからは、夕飯の食欲をそそる匂いが漂ってくる。

「あ、(あかね)。もうご飯できるから、準備しちゃう?」

母が明るく声をかけてきた。

公務員として働きながら、忙しい父と一緒に私と姉を育ててくれている。

ソファに目を向けると、姉の(ひかる)がスマホをいじりながら寝そべっていた。


家ではこんなにだらだらしているが、姉は、いわゆる「天才」だ。

陸上をさせればとんでもない才能を発揮し、推薦で有名体育大学へ入学。

大人になるにつれ、姉がどれだけ特別な存在か、身に染みてわかってきた。

私にとって、憧れであり、一時期劣等感を感じていた存在でもあった。


(……でも、今は)


私は、手に持ったプリントを母に差し出した。

「お母さん、夕食前にお願いがあるんだけど。ここにサインしてほしい」


「何? 書類? もう、ギリギリになって出すのはやめなさいよー」

受け取った母の手が、ピタリと止まる。

「……これ、間違いじゃないの?」

母の戸惑う声に、リビングの空気が変わった。 無理もない。

ずっと運動に明け暮れ、陸上で夢を見てきた娘が、いきなり『合唱部』なんて書いたのだ。


「あんた、音楽なんてやったことないでしょ。楽譜も読めないし、大会に出たことだってない。大丈夫なの? 経験者ばかりの中でいじめられたり……何かあったら……」


母の言葉に、心配の色が混じる。

私が怪我で陸上をやめてから、母は必要以上に私を「守ろう」とするようになった。

それが愛だとわかっていても、今の私には少しだけ苦しい。

そのとき、ソファで寝そべっていた(ひかる)がひょいと顔を上げ、私の顔と母がもっていた書類をじっと見た。


「いいんじゃない? 本人がやりたいこと見つけたんなら、それでいいじゃん」

さらりとした、言葉。


母はまだ何か言いたそうに口を噤んでいた。

私は、逸らしていた視線をまっすぐ母に向けた。

「……久しぶりに、やってみたいって思えたの。今度は、途中で投げ出さない。……がんばりたいの。お願いします」

深々と頭を下げる。


「そっか……。そうよね……」

視界の端で、母の顔がふっと緩むのがわかった。


少しの沈黙の後、輝が近づいてきて「んっ」とペンを母に差し出した。

受け取った母が、ゆっくりとペンを走らせる。

「……絶対に、無理はしちゃだめよ」

返された紙には、綺麗な母の筆跡で署名がされていた。


「さー、ご飯食べよう!」 輝が、出来上がった鍋をかき混ぜながら楽しそうに言う。

姉のこういう憎めない明るさに、私は救われてきたんだと思う。私が嫉妬で腐りきらなかったのは、きっとこの姉がいたからだ。

姉への感謝をそっと胸にしまいながら、私は温かい食卓についた。

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