第30話: 西野陽葵
「あなたの人生の主人公は、あなたです」
なんて言葉を聞いたことがあるけれど、本当にそうだろうか。
幼い頃の私は、それを信じて疑わなかった。
物語にはプリンセスがいて、ありのままの自分を愛してくれる王子様と出会って幸せになる。
みんなに注目されて、みんなに愛される。
自分もきっと、そんな風になれるのだと信じ切っていた。
だけど……今、私たちが生きている「学校」という世界は違った。
小学校でも中学校でも、目に見えない「スクールカースト」のようなものは確実に存在する。
愛される子、みんなから注目される子は最初から限られていて、その他の子たちは背景のモブ役にしかなれない。
どう考えたって、全員が人生の主人公になれるわけがないのだ。
(当時の私は、完全に『モブ側』の人間だった……)
私は勉強も容姿も平均で、小学校から目立つ子ではなかった。
中学校に入学しても、相変わらずクラスの中心にいるのは、運動ができて、可愛くて、派手な女の子たちばかり。
運動が得意ではなかったから、中学では吹奏楽部に入部した。
吹奏楽部はメイクもダメだし、スカートの丈を短くすることだって許されなかった。
でも、音楽自体は好きだった。
色んな音楽に触れて自分を表現すること、特にコンクールよりもマーチングの時が好きだった。
可愛い衣装を着て歩きながら演奏して、時には踊ったりして。地域のイベントで小さな子供たちが目を輝かせながら私達を見てくれたときは、一瞬だけ自分が主人公になれたような錯覚を覚えた。
そんな私に、大きな変化が訪れたのは中学2年生の時だった。
「あの……俺と付き合ってくれませんか?」
サッカー部の男の子に告白された。
サッカー部や野球部と言えば、スクールカーストのトップに君臨する男子たちだ。
そんな彼が、私に告白してくれた。
(やっと私も、物語の主人公になれたんだ……!)
ありのままの私を好きでいてくれる人に出会えた。そう思った。
正直、今振り返ると彼のことをあまりよく知らないまま、
舞い上がって返事をしてしまっていたのだと思う。
付き合いが始まっても、お互いに部活が忙しくて滅多に会えなかった。
それでも「付き合っている」という事実だけで、私は自分がヒロインになった気分でいた。
……ただ、それも長くは続かなかった。
ある日、学校の廊下で楽器の練習をしようとしていた時のことだ。
彼の教室から楽しそうな声が聞こえてきた。複数のサッカー部男子と、数人の女子生徒が集まっているようだった。
「ねえねえ、なんで西野さんと付き合ってんの?」
ドキッとした。
そういえば、なんで私を選んでくれたのか、直接理由を聞いたことはなかった。
「えー、なんだろな。顔がちょっと好みかなと思って付き合ったんだけどさ……
なんて言うか……VINEのやり取りとか、なんか盛り上がらないんだよな。
なんて言うんだろう……あれだ、つまんない」
――つまらない。
その言葉は、思った以上に深く、私の胸に突き刺さった。
「何それー! ひどーい!」
なんて周りがケラケラと笑っている声が聞こえる。
(あぁ……私って、そのままだと『つまらない』人間なんだ……)
涙すら出てこなかった。
自分がただのモブだったという厳しい現実を、突きつけられた瞬間だった。
その後、彼から別れを告げられるまでは一瞬の出来事のようだった。
(つまらない自分のままで、一生終わらせたくない……!)
それからの私は必死だった。
動画サイトでメイク動画を漁ってメイクを覚え、香水をつけ、制服のオシャレな着こなしを研究した。
そう、私は完全に「高校デビュー」だった。
今度は自分が主人公になる。
みんなに好かれる姿を研究して『仮面』をまとって、高校に通うことにしたのだ。
入学直後から良い雰囲気になっていたクラスの中心グループの女の子たちに声をかけ、
美人で有名な桜とも友達になれて、すべては良い方向に進んでいるはずだった。
そして、この学校でカーストトップと言われる軽音部に入部しようとした。
――けれど、抽選で見事に落選。
次にカーストが高いのは運動部だけど、私は運動が得意ではない。
消去法でたどり着いたのが、合唱部だった。
……本当は、迷った。
ここにいたら、吹奏楽部にいた頃の「冴えない自分」に逆戻りしてしまうんじゃないか、と。
結局、中学の時は失恋したうえに、あんなに頑張った部活でも金賞は取れなかった。
そこでも、努力しても主人公にはなれなかった。
……なのに、なぜかあの頃の自分を完全に捨て去ることもできなかったのだ。
コンクールの練習は、吹奏楽部の頃に嫌というほどやったから、まあ良いと思っている。
金賞を取るためにスカートの丈を長くしたり、メイクを薄くしなきゃいけないのも、しょうがない。
…少し抵抗したけど。
でも、今回はせっかくの文化祭だ。
全校生徒や周りのみんなが見てくれる大チャンスだ。
そんな時に、また「つまらない」なんて思われたらどうしよう。
もう……あんな風に言われるのは絶対に嫌……!
だからこそ、みんなが思わず「あっ」と驚くようなことをしなければいけない。
その最大のチャンスが文化祭なのだ。
斎藤さんの言うことも理解はできる。
だけど、このままだったら、きっとこの先も新入生は10人も入ってこない。
何か変わった挑戦をしなければいけないのだ。
もう誰にも、「つまらない」なんて言わせないために。




