第27話: 高校1年生
7月に入ってから連日暑い日が続いていた。
朝練に向かう校舎の階段も、むわっとした熱気が立ち込めている。
(確かあそこの防音室空調機壊れてるんだよね…。そろそろ違う場所探さなきゃ)
汗を拭いながら重い防音室のドアに手をかけると、ゴォォ……という機械音とともに冷たい空気が流れ込んできた。
もう少しだけドアを開けると、冷気と一緒にピアノの音色が漏れ聞こえてきた。
小林くんがピアノの前に座って演奏している。
そういえば、彼がピアノを弾いているところをちゃんと聞くのは初めてかもしれない。流れてくるのは今流行っているJ-POP。髪男やMrs. RED APPLEの曲が、次々と演奏されていく。
素人の私でも分かる圧倒的な腕前。楽しい曲が次々と流れてくる。
最後のピアノの音が終わり、小林くんがこちらを振り向いた。
「……盗み聞き?」
「いや違う! あの、すごくて……!」
ゆっくりドアを開けて中に入る。慌てて話題をそらすように、ピアノの隣に置かれた小さな機械に視線を向けた。
「これってもしかして、小型冷房機みたいなやつ?」
「そう。軽音部から盗んできた」
「それいいの……!?」
「いいんじゃない」
それを聞いて、思わずふと笑ってしまった。
「もしかして、文化祭の練習?」
「文化祭と……あと地域のイベントでも演奏することになったから、それの練習かな」
「イベントで演奏するんだ、すごいね! でも軽音部全員で演奏するのって、かなり時間かからない?」
「いや、イベントで演奏するのはオーディションで選ばれたグループだけ」
「はえ~……」
そうか。軽音部くらいの人数になってしまうと、出られるイベントも上手い人で限られてくるのか。
「すごいね、オーディションで受かるなんて」
「まあ運もあるよね。オーディションは部の全員でどのグループがいいか投票みたいなのを行ったんだけど、上手い下手だけじゃなくて、まあ観客が好きな曲とか知ってる曲にバシッと合致して投票数稼いだっていうのもあるしね。」
「選曲も大事なんだね」
私は少し考えて、お願いしてみた。
「もう一回弾いてみて欲しいんだけどダメかな…?
上手い人の指使いとか演奏、ちゃんと見てみたくて」
「…お代は高くつくけど?」
いたずらっぽく小林くんは笑う。
「それでは……ルミエールのチョコレートを献上するのはいかがでしょうか!」
自分の父親の力を使って買収しようとする。
「よし、乗った」
小林くんはさっとピアノの前に座った。
「何の曲がいい?」
「Mrs. RED APPLEの曲好きなんだよね。曲は弾けるの何でもいいよ!」
「OKー」
気の抜けた返事をしながら、演奏が始まる。
アップテンポの特徴的なイントロから始まり、Mrs. RED APPLEの代表曲――学生の青春をモチーフにした曲が流れ始める。
ものすごい指使いの速さで音を奏でていく。私だったら指が途中でつっちゃいそうだ。
耳も目も圧倒されながら聴いていると、気づいた頃には――あれ、曲変わってる?
同じリズムやテンポだけど、曲が変わっている。
(これってもしかして……メドレーになってる……?)
すごい。
次々とサビやイントロを組み合わせながら、流れるように曲が繋がっていく。
そして最後は、最初はアップテンポの曲だったのにバラードの曲調に変わり、気づいたら演奏は終わっていた。
「すごい……!」
思わずつぶやいて拍手する。
「すごい! 今までこの曲繋げるの考えてあったの? それとも即興!? どれくらい練習してできるようになったの? 凄すぎる!」
あまりの感動で詰め寄ってしまった。近い、と前に手を置かれる。
「それぞれ単体で全部曲は弾いたことあったから、なんとなく繋げただけだよ」
「……私もできるようになるかな」
「時間はかかるね。とりあえず練習するんでしょ。どくよ」
ピアノも歌も上手くなりたいな、と席に座って片手で弾く練習から始めた。
小林くんはなんだかんだ退室しないでずっと部屋にいる。そんな朝練がルーティンになっている日々だった。
◇
「じゃあこの後は、それぞれの学年文化祭の話し合いや練習に行きましょう。高校2年生、高校1年生、それから中学生はそれぞれの練習場所に移動して、それぞれ練習を始めましょう!」
放課後の練習でコンクールの曲を一通り合わせた後、杏奈先輩が声をかける。
「高校1年生は最初、私のところに集まってね」
紬先輩が言う。
みんながそれぞれ動き出して、紬先輩のところへ私も向かう。
場所はソプラノのパート部屋だ。
他の1年生も集まったところで、紬先輩は話し出す。
「じゃあ、文化祭について説明しちゃうね。
まだタイムスケジュールは詳しく決まっていないけど、毎年中学生、高校1年生、高校2年生それぞれ時間を設けられて、文化祭でそれぞれのパフォーマンスを発表することになっているの。」
「中学生と高校1年生は歌のパフォーマンスと自分たちで司会とかも決めて、
だいたい15分から20分程度の演奏。高校2年生は30分程度のミュージカルを発表することになってるの。」
「高校1年生のパフォーマンスはこの前オープンスクールでやった感じに近いかな。デズニ―の曲を3曲歌ったでしょ? そんな感じで自分たちで衣装、曲進行とか全部プログラムを組んで、20分程度に抑えるパフォーマンスをみんなで作っていくの。」
「基本的に使う曲だったり、ピアノを使うとかアカペラにするとか何でも自由。許可取りが必要なこともあるけど、基本的に全部自分たちで行ってもらう。ここまでで何か質問ある人いる?」
「場所はどこでやるんですか?」
紫が質問する。
「音楽室だよ。ここが一番無難かな、許可取りとかもないからね。
ただ他の場所でやりたいっていう時は、早めに言って許可を取らないと他の部活ももう動き始めてるから。」
「あとパフォーマンスのイメージあんまりつかないよね。これ私たちの動画だからちょっと見ようか。」
去年音楽室でやったと見られる、先輩方の歌の発表の映像が流れた。
オープンスクールと似たような曲調・曲目で、デズニ―の曲が何曲か。途中で司会や寸劇なども入れて、観客の人たちが楽しそうにしていた。
「私たちはみんなデズニ―が好きだからデズニ―の曲中心にしてるんだよね。衣装も自分たちで手配して作ったの」
「可愛い……」と、望ちゃんがつぶやいた。
「場所はどこでやるか、曲は何をやるか、衣装はどうするか、全部を1年生だけで決めてもらう。もちろんアドバイスはするんだけど、基本的にはみんな中心でこれから話し合ってほしい。質問あるかな?」
あとは全員何も言わない状況だった。今のところ質問はないかなと私も思っていた。
「じゃあ後は話し合いの時間取るからよろしくね。まずはテーマ決めかな。どんなテーマにしてどういう曲をやるかを決めてしまえば一番楽だよ。1年生だけでよろしくね!」
紬先輩はパート部屋を後にした。
しーんと沈黙が訪れる。
1年生だけで作業を行うということは初めてなので、お互いが探り探りという感じがする。みんなが目を合わせ、伏せてを繰り返していると、紫が声を上げた。
「じゃあこれからよろしくね! 1年生だけで何かをするって初めてだけど頑張ろうね!」
さすが紫。空気が変わって話し合いに持ち込める雰囲気になってきた。
「まずどんな曲を歌うか、やっぱり決めた方が早いよね。去年の先輩たちはデズニ―が好きっていうのでまとまってやりやすかったと思うんだよね。ちなみに曲が決まった後、学生指揮者の候補の子が指導する方がやりやすいと思うんだけど、学生指揮者経験者っている?」
紫の質問に一人、美空ちゃんが手をあげていた。
「私一応、学指揮経験者」
「そっか! そしたら曲が決まったら美空ちゃん中心にまとめてもらおうと思うんだけど、みんなどうかな?」
私や萌ちゃんの音楽初心者組は、激しく首を縦に振った。指導してもらえるならすごくありがたい。他の子達も「いいんじゃない」と話がまとまってきた。
「じゃあどんな歌歌えばいいかな? 何か意見ある?」
言った時、美空ちゃんが話し始めた。
「1年生だけで歌うとなったら私たち8名だけっていうことになる。
完成度とかを考えると、やっぱり楽譜も編曲とか入れないでそのまま使えるやつの方がいい。無難に合唱曲とかシブリとか落ち着いた曲だと、コンクールに影響が出ないで練習できると思う。それに完成度が高ければ、合唱部に入部したいって思える子達にアピールもできるしいいと思う。」
(なるほど……)
と私が思って間もない時――
「それ本気で言ってるの?」
声の方向を見ると、陽葵ちゃんが桜ちゃんの肩に寄りかかって聞いていた頭を上げて発言した。
「私たちが今話してるのって、お堅いコンクールとか発表会とかじゃないんだよね。文化祭だよね? そんな曲目で盛り上がると思う? 今時流行ってる曲とかJ-POPとか普通入れるでしょ」
「J-POPとか最近の曲は、楽譜を編曲しなきゃいけなかったり手間がかかるし、完成度が落ちる可能性が高い」
「完成度、完成度って言ってるけど、文化祭でそんなこと気にする人いると思う? というか根本的な話なんだけど『歌が上手い合唱部に入りたい』って思う人、この学校に来てないと思うんだよね。」
陽葵ちゃんは続ける。
「合唱部の強豪で戦いたいってなったら牡丹学園に行くと思うし。うちらの合唱そんな強いわけじゃないし、文化祭は特にノリとテンションを大事にしなきゃ! そういう落ち着いた曲ばっかりだから、音楽経験者が全員軽音部に行くんだよ」
「ちょっとちょっと落ち着いて……!」
お互いが引かない様子の二人を紫が止める。
「み……みんなはどう思う……?」
私を含め全員黙ってしまった。
二人の意見がどちらも納得できてしまうものだったから、「こちらがいい」とはすぐに言えなかった。おそらくみんなも同じことを思っていただろう。
重苦しい沈黙の空気の中、ドアが開いた。
「さっきこれ渡すの忘れてたわ」
凛先輩が重苦しい雰囲気の中の部屋に入ってきた。
「2年生のミュージカルの最後はみんなでエンディングの曲歌いたいから、自分たちのパフォーマンスと一緒にこれもそれぞれ練習しといてな」
みんなに楽譜を配る。曲は『アンダー・ザ・シー』。デズニ―で有名な人魚姫のお話の挿入歌だ。
楽譜を渡しながら、先輩が異様な空気に気付く。
「えっと……大丈夫か?」
「あ、いや……あの、大丈夫です!」
紫が慌てて返事をする。
「あと部活も終わるからメインホールに出てきてな」
凛先輩が出て行ったと同時に、また重苦しい沈黙に戻る。
「この楽譜、最初にやりつつまた話し合いする……?」
恐る恐る私は声を発してみた。
「そ……そうだね、また時間あるしね!」
紫も慌てて言う。
だが陽葵ちゃんと美空ちゃんはお互いに何も言わず、部屋を出て行ってしまった。
明日以降は何とか話がまとまればいいけど…不安を残したまま1日目の話合いは終了した。




