第19話: コンクールへの道のり、覚悟
「……どうだった?」
歌い終わり、ピアノを弾いてくれていた樺音の膝へ、私はがくっと崩れ落ちた。
「前回より、全然良くなってる」
「よかった~~~……っ!」
安堵で力が抜ける。戸惑いながらも、樺音はそっと私の頭を撫でてくれた。
今は部活に早く来られる日、樺音にピアノを弾いてもらいながら音取りに付き合ってもらっている。けれど、樺音だけに負担をかけてしまっているのは重々分かっていた。
申し訳ない…。。
「やっぱり、自分でもピアノが弾けた方がいいよなぁ……」
片手だけ、メゾのパートだけでも自力で確認できるようにならなきゃダメだ。
「練習するしかないね」
樺音がストレートに言ってくる。
「うぐ……だよね。朝練とか、自分でしてみようかな。」
「先輩たちも、たまに朝の音楽室にいるよね」
「え、そうなの?」
「うん、早い電車に乗った時、パーリー(パートリーダー)の先輩が
ピアノを練習してるの見たことあって」
「そっか……。それだと早めに来ても、音楽室のピアノは使えないかもね」
樺音が少し考え込む。
「そういえば……七階の奥にもう一つ防音室があったはず。そこにもピアノがあるよ。
空調が壊れてるらしくて、誰も出入りしてないみたいだけど」
「そうなの!?でも、ピアノ自体は使えるんだよね?」
「私もあんまり行ったことないから分からないけど……使えるんじゃないかな」
(よし、そこで朝練してみよう! YouTubeでピアノの弾き方動画も調べてみよっと)
樺音が、カバンから楽譜を取り出した。
「今日の部活は何するんだっけ」
「ほら、あれだよ。コンクールの曲が発表される!」
「あぁ~……」と眠そうに樺音が返事をしたその時、
扉が開いて杏奈先輩の通る声が響いた。
「はーい! 今日はコンクールの曲を発表しまーす! 学指揮中心で話を進めていくからね!」
杏奈先輩の呼びかけで全員が集まる。凛先輩が前に進み出た。
「みんな好きなところに座ってなー。まずコンクール自体が初めてって人もいると思うから、簡単に説明して、そのあと去年のうちの映像と強豪校の映像を見てもらいます!」
琴音先輩が黒板にチョークで文字を書き滑らせていく。
【1】めざすステージ
宮城県大会 ──▶ 東北大会 ──▶ 全国大会へ!
【2】いつ?
時期:8月下旬
【3】演奏のルール(超重要!)
・演奏する曲:2曲(課題曲 + 自由曲)
・時間制限:自由曲は6分30秒以内 ※1秒でも超えると失格!
【4】結果発表
・金賞・銀賞・銅賞が贈られる
・金賞の中から代表校が選ばれて「東北大会」へ!
「金賞の中から……代表校が選ばれる……?」
陸上で言えば、金賞は優勝と同じじゃないのか…。金賞を取れば自動的に代表になれるんじゃないのか……?疑問がそのまま、ポロッと口から漏れてしまった。
「はい、茜さん質問あるのかな~? 遠慮なく聞いてええよ!」
凛先輩に目ざとく拾われ、思わず声が裏返る。
「あ、はい! き、金賞の中から選ばれるって、どういうことですか……!?」
「ええ質問ですね~」
凛先輩がニカッと笑って解説を付け加えた。
「金賞は毎年、ひとつの学校だけやなくて何校か選ばれるんよ。イメージとしては、県大会に出場した高校の『上位25%』くらいが代表として推薦される感じかな。例えば出場校が22校やったら上位6校。去年は5校やったかな」
凛先輩が黒板の文字を指さす。
「もし代表枠が5校なのに、金賞が6校だったら……一番下の1校は、金賞を取ったのに上に進めない。
いわゆる『ダメ金』ってやつやね」
(なるほど……金賞を取っただけじゃ東北大会に行けるか分からないんだ。残酷……)
勝負の世界の厳しさに、背筋がすっと冷たくなる。
「じゃあ、続き行くで! 大体大会についてはこんな感じ。これからビデオを見てもらいます。
最初は去年のうちの演奏。もう一本は、去年の全国大会出場校・牡丹学園の演奏」
琴音先輩がリモコンを操作し、画面に映像が映し出された。
座席の後方から撮影された映像だ。一人ひとりの表情までは分からないけれど、
見慣れた制服がきれいな列を作っている。
息をのむような静寂の後、先輩たちの歌声が響き渡った。初心者の私の耳には、十分にもの凄く上手く聴こえた。
――けれど。
次に再生された牡丹学園の合唱を聞いた瞬間、全身に鳥肌がたった。
生徒全員の呼吸、微かな体動、指揮者との完璧なシンクロ。
まるで数十人が「一人」の人間になって歌っているかのような、圧巻の声の束。
(レベルが違いすぎる……)
素人の私でも分かる。これが「全国」の壁なんだと。
映像が終わった後、隣にいた紫へこっそり囁いた。
「牡丹学園って、そんなに有名なの……?」
「…宮城県の絶対王者だね。毎年金賞と全国代表枠は牡丹学園で確定、みたいな感じ。
やっぱり上手いよねぇ……」
音楽室がざわめく中、琴音先輩が手を叩いて全体をまとめた。
「はい! コンクールの説明はここまでにして、今年何を歌うか発表します! 学指揮と白井先生で
『課題曲』と『自由曲』の両方を決めました。」
凛先輩が楽譜を順に配っていく。
【課題曲】
『無門』
【自由曲】
パウル・ミヒル《Fünf Geistliche Motetten》より
『Cantate Domino』
『Ave Maria』
「……ここで部活の目標を揃えておきたいです。」
杏奈先輩が前にでる。
「私たち2年生は、全国大会金賞を目指したいと思っています。……みんな、ついてきてくれますか?」
一瞬、シーンと静まり返る音楽室。
直後に、ぽつぽつと上がり始めた拍手は、あっという間に大きな波となって室内を揺らした。
ついにコンクールへ向けた練習がはじまるんだ…!
私は、手の中の楽譜を握りしめた。




