第18話: 歓迎会
それからというもの、目まぐるしい練習の日々が過ぎていった。
オープンスクールに向けて、まずは校歌をみっちりと叩き込む。
並行して、中高合同でパフォーマンスするネズミのテーマパークで有名な三曲も完璧に仕上げなければならない。やるべきことは山積みだった。
そんな中、訪れた土曜日の午後。
部活が終わると、他のパートが帰宅する中で、メゾのメンバーだけがメインホールに残っていた。
メインホールには、普段あまり話す機会のない中学生部員たちの姿があった。みんなで机を並べ、紙コップを用意し、持ち寄ったお菓子を広げていく。
紬先輩が明るい声を上げた。
「それでは! 新高校一年生二名、新中学一年生二名が入ってくれたので、今日はお互いのことを知れるように楽しみましょう! 乾杯――!」
「「乾杯――!!」」
こうして、メゾソプラノの歓迎会が始まった。
陸上部時代もこういう集まりはあったけれど、ここまで学年が離れた人たちと交流することはなかったから、なんだかすごく新鮮だ。
樺音は、人見知りなのか私の背中にぴったりと隠れるようにくっついている。中学生の子たちもお互いの後ろに隠れるようにモジモジしていたけれど、紬先輩と琴音先輩が「ほらほら、質問あったら何でも話していいんだよ!」と背中を押していた。
「あ、あの……茜先輩って陸上部だったんですか? 足速いんですか!?」
「樺音先輩、前ピアノ弾いてましたよね!? すごい上手でした! 中学は何部だったんですか?」
戸惑いながらも、中学生たちからの質問攻めが始まった。
一通り場が温まったところで、紬先輩がジュースのコップを手に私たちに微笑みかけた。
「改めまして、ようこそメゾへ~! なんとなくだけど、二人はメゾに来るんじゃないかなって分かってたよ」
「あ、それ分かる」
琴音先輩も大きく頷く。
「え、なんでですか?」
私が尋ねると、紬先輩はうーんと首をひねった。
「なんて言えばいいのかな。不思議なんだけどさ、各パートごとに毎年なんとなーく集まる子の雰囲気が似るんだよね。メゾはどちらかというと、おっとりしてたり、真面目だったり、静かな子が多くて」
「ソプラノは見ての通り、やかましい系だしね。特にうちの学年」
琴音先輩が苦笑する。
「誰がやかましいじゃ!!」
帰ろうと通りかかった凛先輩が大声で叫んだ。
「ええなぁ歓迎会! お菓子もらってもええ!?」
「ダメに決まってるでしょ。 ほらね、これがやかましい筆頭」
「ぶふっ……!」
吹き出す声が聞こえて見ると、帰ろうとしていた陽葵ちゃんと桜ちゃん、そして杏奈先輩がドアのところにいた。陽葵ちゃんが肩を震わせて爆笑している。
「おい待て!」
凛先輩と陽葵ちゃんは、走って廊下を出て行った。
杏奈先輩と桜ちゃんはいつものことと言わんばかりにスルーして、「お疲れ様でしたー、じゃあねー」と手を振って去っていく。
「ね?」と紬先輩が笑いながら言う。
「で、アルトはやかましいっていうか……変人というかオタクが多いんだよね。全員が全員そうってわけじゃないけど」
「なんか……魔法学校の組み分けみたいですね」
お菓子を頬張っていた樺音がぽつりと呟いた。
「 組み分け帽子ね! 確かに組み分け寮ごとに性格が分かる感じ。」
琴音先輩が笑う。
「そうなんですね。でも、うちの中学生の子たちって、全体的に大人びている子が多いですよね。私たち高校生と同じくらいしっかりしているというか」
私が言うと、紬先輩も納得したように頷いた。
「確かにそれはあるかも。この椿学園中学って受験を通らないと入れないから、しっかりした子が多いんだよね。高校も大学受験を目指す生徒が多いし」
「あ、でもね」と琴音先輩が身を乗り出した。
「パート決めの時、正直茜ちゃんは迷ったんだよね。高い音域も出せるから、ソプラノにするかメゾにするか、凛と話し合ってて。最終的に白井先生が『五十嵐さんはメゾにしなさい』って決めたんだよ」
「えっ……! 初耳!」
紬先輩も目を丸くした。
「なんでだったんだろう……?」
私が首を傾げると、琴音先輩が教えてくれた。
「先生に直接聞いたわけじゃないから推測だけど……茜ちゃんって、他の新入生よりすごく『声が通る』んだよね。メゾの課題って、この前先生が言った通り『音量と厚み』だから。声が遠くまで届く人を補強したかったんじゃないかな。音取りや知識は練習でなんとかなるけど、声の通りやすさって一朝一夕には身につかないから」
「……!」
初心者で食らいつくのに必死だったけれど、そう言ってもらえると嬉しくなった。努力すれば、自分も役に立てるかもしれない…!
「でも、茜は音程をどうにかしないとね」
お菓子をバリバリ食べながら、樺音がストレートに言う。
「ぐっ……が、頑張ります……!」
「あとしふもん、いひでふか(後、質問、いいですか)?」
樺音が口いっぱいにクッキーを詰め込んだまま喋った。
「あーあー、はいはい。 飲み込んでからね。」
琴音先輩がティッシュを出し、樺音の口元や制服を拭いてあげる。
(なんか……お母さんみたいだな)
樺音が口の中を飲み込んでから尋ねた。
「あの……この部活って、三年生がいませんよね? もう引退されたんですか? 中学のときは、夏過ぎまで三年生がいたような気がして……」
私も気になっていたことだった。陸上部でも、三年生は夏の大会まで残るのが普通だ。
「あー、そっか。まだ進路の説明とかあんまないもんね」
紬先輩が説明を始めた。
「簡単に言うと、クラスによるんだよね。
うちの学校には『特別進学クラス(特進)』っていうのがあって、難関大学を目指す人はそこに入るの。特進は受験勉強がすごく厳しいから、もう3年生の春から部活どころじゃなくなっちゃって。ちなみに琴音ちゃんと凪ちゃんは特進希望なんだよ」
「そうねぇ……」と琴音先輩が苦笑する。
「特進以外の生徒は残ることもできるんだけど、やっぱり全員で活動は終えたいから『春の段階で全員で引退する』って決めてるの。だから……私たちの代も、今年度で最後なんだ」
紬先輩の声が、急に真剣なトーンに変わった。
琴音先輩も、少し寂しそうな目をしている。
(今年度で、最後……)
私と樺音の背筋が、グッと伸びた。
「だからこそ、今のメンバーで金賞とりたいの。頑張ろうね!」
「はい!」
少ししんみりした空気を振り払うように、紬先輩がポンと手を叩いた。
「よし! それじゃあそろそろお開きにしましょう! みんな、片付け手伝ってー!」
「はーい!」
気持ちを切り替えて片付けを始めていると、紬先輩のポケットからシャカシャカと小さな音が鳴っているのに気づいた。
「紬先輩、ポケットから何か鳴ってませんか?」
「…あぁ、これね!」
紬先輩がポケットから取り出したのは、ミントタブレットのケースだった。
「ミント好きなんですか?」
「なんていうのかな…。私のお守り…かな?」
(お守り…?)
紬先輩から「食べる?」と声をかけられて、青いミントタブレットをひと粒もらった。
口の中に放り込むと、ひんやりとした爽やかな風が突き抜けた。
スースーする余韻を感じながら、歓迎会は幕を閉じた。




