第17話: 試練
その後は白井先生から言われた指摘をパート練習で復習し、何度も繰り返し歌い込んで、
その日の部活は終了した。
帰りの会。
紬先輩と杏奈先輩が部員の前に立った。
「はーい、それじゃあオープンスクールの日程表を配るね!
明日以降の練習スケジュールについて説明しまーす!」
杏奈先輩が全体に声を張り上げる。
配られた資料を見ると、ちょうど小中学校の夏休み期間にあたる
七月にオープンスクールが行われるらしい。
午前中は体育館で学校説明会。
保護者や受検を検討している中学生たちが集まる。
お昼休みを挟んで、午後一時から授業体験や部活動見学が始まるようだ。
各部活に教室が割り振られ、パフォーマンスや説明会を行って、
来年の新入生を獲得するためにアピールする。
(ということは、集合は午後一時前でいいのかな……?)
資料を見つめていると、杏奈先輩がパンと手を叩いた。
「えーっと、合唱部なんですが、当日の集合は朝の九時になります!」
「「えっ!?」」
一年生が一斉に顔を上げた。
「午前中の学校説明会の冒頭で、音楽部は校歌披露を担当します。
早起きにはなっちゃうけど、他の部活よりアピールの時間が一回増えたと思って頑張ろう!
遅刻は厳禁だからねー!」
続いて紬先輩が引き継ぐ。
「九時には全員集合。
十分程度で発声練習を済ませて、そのまま体育館へ移動します。
直前にもアナウンスするけど、お手洗いは早めに済ませておいてね。
九時半から校歌を披露して、音楽室に戻ってきたら、そこからはコンクールに向けた練習。
お昼を挟んで、午後の部活パフォーマンスになります」
紬先輩が全体を見渡す。
「ここから校歌を完璧に仕上げつつ、コンクールの練習も並行して進めていきます。
つまり、①校歌の練習、②午後のパフォーマンスの練習、③全員でのコンクールの練習――この三つを同時に進めていくのが、これからのメインになります!」
「あとね!」と杏奈先輩が付け加える。
「来週の部活では、コンクールの選曲を行います!
課題曲と自由曲についてみんなで意見を出し合いたいから、よろしくね。
……白井先生、何かありますか?」
杏奈先輩が振り返ると、白井先生は少し間を置いてから静かに話し始めた。
「三年生が抜けて新しい体制になったから……なんて言い訳は一切通用しません。
正直に言いますが、今のあなたたちの演奏では、未来の新入生の心に何一つ届かないでしょう。
合唱のまとまりの無さは、素人であっても一聴して分かります。必ず七月までに仕上げなさい」
室内が一瞬で静まり返る。
「今後、文化祭や商店街でのクリスマスコンサートなど、アピールの場はいくらでもあります。
しかし、このオープンスクールで見極める中学生も多いです。決して気を抜かないこと。それから――」
白井先生の鋭い視線が部員たちを射抜いた。
「全員、服装、髪型、身だしなみを徹底しなさい。
合唱コンクールは、数十人が一丸となって一つの音楽を作り上げる『団体競技』です。
視覚的な乱れは、音楽の乱れ――すなわち協調性の欠如として審査員に捉えられかねません。
自分自身の姿を、今一度鏡の前で見直しなさい」
白井先生の視線が、ほんの少しだけ陽葵ちゃんの方を向いていた気がした。
「「「はい!!」」」
全員の揃った声が音楽室に響く。
「では、今日の練習はここまで」
「「お疲れ様でしたー!」」
解散の合図が出た瞬間、各所で重い溜め息が漏れた。
トレーニングをしてから歌うのは、想像以上にハードだ。元陸上部の私でも、
全身の体力を使い果たしてヘトヘトになる。
「……茜」
呼ばれて振り向くと、カバンを肩にかけた樺音が立っていた。
「あ、樺音! 傷、大丈夫? 怪我は……」
「うん、大丈夫。あのさ……茜って地下鉄で帰ってるんだっけ?
一緒に帰ってもいい?」
(え……!?)
いつも練習が終わるとさっさと一人で帰ってしまう樺音が、そんなことを言ってくるなんて。
驚きで少し固まってしまったけれど、慌てて声を張り上げた。
「も、もちろんだよ! 一緒に帰ろう!」
「うん」
樺音が、ほんの少しだけ口元を緩めて笑った。
(よっしゃぁぁっ……!!)
心の中で激しくガッツポーズを決める。
これからのメゾでの活動に、安心感が芽生えていくのを感じた。
「お疲れー! ふたりとも仲良しだねぇ」
楽譜を整理していると、萌とゆかりがパート部屋から遊びにやってきた。
「そんなに仲良しだと、私、嫉妬しちゃうぜ~?」
冗談めかして笑う紫に、私も笑い返す。
「そっちのパートはどう? 練習順調?」
「あー……」
紫が急に言葉を詰まらせ、困ったように眉を下げた。
「何かあったの?」
「いや、別に仲が悪いとかじゃないんだけどさ……桜ちゃんと陽葵ちゃんって、ずっと二人で一緒にいるじゃん? もちろん私ともちゃんと話してくれるし、練習も教えてくれるんだけど……なんていうか、あの二人だけの独特な世界観があって、なかなか輪の中に入りづらいっていうか……」
「あー……」
「でもまあ! 先輩たちもいるから全然大変じゃないし、辛くもないんだけどね!」
あのコミュ力おばけの紫でさえ、距離を詰められないのか。
「た、確かに……桜ちゃんと陽葵ちゃんって同じクラスだし、すごく仲良いよね」
萌も頷く。
「ア、アルトもさ、望ちゃんはすごく話しやすいんだけど、
美空ちゃんとまだ上手く打ち解けられてなくて。歌がものすごく上手くて練習熱心で、毎回レッスンの後に先輩と『ここをこうすればいいんじゃないか』って議論してるの。ちょっと……雲の上の存在って感じかな」
「そっか……。まだ一年生だけでの活動ってないし、全体的にお互いのことがよく分からないもんね。正直、私もまだピンときてないし」
私が呟くと、紫が「まあね!」と笑った。
「これから二年間もあるんだし! 後はパートの歓迎会で、喋れるようになろうかな!」
「パートの歓迎会?」
樺音が不思議そうに聞き返す。
「あれ、聞いてない? 各パートごとに歓迎会があるらしいよ」
「ア、アルトも誘われたよ。『空いてる日ある?』って」
萌も続ける。
その瞬間、ガチャッとドアが開いた。
「樺音ちゃん、茜ちゃん! 今週の土曜日の午後って空いてる? 一応、メゾの歓迎会の候補日なんだけど!」
琴音先輩がひょっこり顔を出した。後ろから紬先輩も顔を覗かせる。
「お菓子パーティーやるよん!」
「「空いてます!!」」
樺音と私の声が綺麗にハモった。
「オッケー! じゃあその日程で中学生の子たちにも聞いてみるね! 決まり次第また声かけるから。みんなでお菓子持ち寄るから、好きなお菓子持ってきてねー!」
「はい!」




