第13話: 現実は、いつも私たちの空想よりも厳しい2
部活終了のチャイムが鳴り、死んだような顔をしながらメゾ部屋を出た。
(そうだよな。初心者大歓迎って言っても、合唱が初心者なだけで、音楽が初心者な人は少ないよな……)
一年生の自己紹介を思い出すと、吹奏楽部の子もいたし、
楽譜が読めないのってもしかして私だけだろうか。
不安になって周りを見渡した時、萌が同じような顔をしてアルト部屋から出てきた。
私は、何も言わず萌に抱きついた。
萌も、すぐにギュッと抱き返してくれた。
「はい、そこ! いちゃいちゃせんで、早く部活終わらせるよー! はい、帰りの会するよ!」
凛先輩が私たちを引き離して、今日の部活は終了した。
「萌ちゃん、茜、一緒に帰ろう!」と紫が声をかけてくれた。
「うん」
と言って、メゾ部屋から荷物を持って帰ろうとすると、樺音ちゃんとぶつかった。
「ごめん!」
「……むー」
と少し唸って、
「大丈夫」
とゆっくりおっとり返事をする樺音ちゃん。
私は少し気まずくて、声をかけた。
「あの、私、迷惑かけるかもしれないけどごめんね。初心者だから、覚えるのも遅いし……」
「まず、楽譜読めればいいと思う~」
「うぐっ……どうやって覚えればいいとか、おすすめの教材とかあったりする?」
「楽譜読めたの幼稚園とかだから、覚えてない。……うーん、眠いから帰るね」
「あ、そっか、ごめんね。じゃあまた明日ね」
(多分だけど……樺音ちゃんは悪気はないんだと思う。
だけどストレートに物事を言ってくるから、なかなかつかみづらいというか、難しいというか……)
私は慌てて荷物を持って、紫たちのところへ駆けて行った。
――それから一週間。
私たち一年生は、パートごとに校歌の音取りをみっちり行った。
だけど、練習のたびに樺音ちゃんと自分の差を思い知らされる。
(……さすが絶対音感。正直、格が違いすぎる)
なんとか追いつきたくて、樺音ちゃんにアドバイスをもらおうとしたこともあった。
「こうやってやればピアノは弾けるし…それで音覚えればいいと思う」
高速に動く指の使い方などを教えられたけど…
「……?」
凡人の私には、一ミリも理解できない説明をされる。
悪気がないのは分かるけれど、いまいち樺音ちゃんとの距離を詰められなくて、
私は少し落ち込んでいた。
うーん、これからさすがに楽譜の勉強とかしなきゃダメだよな……。
せめて、自分でピアノをちょっと叩いて、自主練習できるようになるくらいにはなりたい。
でも、一体どうしたらいいんだろう。
そんなことを考えながら、宿題のテキストを忘れたことに気づいて、放課後の教室に戻った。
ガラッとドアを開ける。
すると、真っ先に目に入ってきたのは、かっこいいギターを抱えた葵の姿だった。
「……葵、ギター買ったの?」
私が声をかけると、葵は「かっこいいでしょう!」と自慢げにギターを見せてくれた。
放課後の夕日に照らされた、赤くキラキラとしたボディがとても綺麗だった。
「ただね……」
急に、葵が声のトーンを落とした。
「ギター、手が痛いし難しい……」
さっきまでのドヤ顔が消え去り、しわしわのおばあちゃんみたいに呟く。
葵はギターを買ってもらって嬉しいはずなのに、うまく弾けなくてテンションが下がっているらしい。
「さっきからずーっと、あんな感じなんだよ」
そんなことを言いながら、変なポーズで近づいてくるのは、緑だ。
「緑もどうしたの? その動き」
「いや、弓道部マジで筋トレつらくて……。ていうか、あの弓、めちゃめちゃ重いんだよね。
なんで先輩方はあんなにしっかり持てるわけ? 意味分かんない」
どうやら私たちは全員、それぞれの場所で『部活の洗礼』を浴びているみたいだ。
私も本音が溢れ出してしまう。
「……実は私も、楽譜が全く読めなくて現実見てるよ。完全に置いていかれてる」
正直に弱音を吐くと、
「とりあえず、みんなで頑張ろう」
「だね。違う部活だけどさ」
と二人は苦笑いしながら言った。
「あかねーー!」
その時、廊下から大きな声が響き渡った。
一年生の教室の前で、息を切らせた紫が立っている。
「紫? どうしたの?」
「今、他のみんなにも伝えて回ってたんだけどね! 杏奈先輩からの伝言!
明日の土曜日、練習があるんだけど、その時は『ジャージ』で部活に来てほしいって!」
「えっ、ジャージ?」
音楽部なのに、と私が首を傾げる。
「うん! 私、今日はどうしても早く帰らなきゃいけないから、もう行くね! 先帰る!」
嵐のようにそれだけ言うと、紫は「また明日!」と手を振って廊下を走っていってしまった。
「オッケー、バイバイ!」
返事はしたものの、頭の中には疑問が浮かぶ。
(……合唱って、ジャージで歌うものなの? 普通に制服でよくない?)
でも、後から湧いてきたその疑問はひとまずしまい込んで、明日のためにリュックへジャージを詰め込むことにした。




