30 兄妹
ラウムは3日ぶりにベルと暮らす家に帰った。
この日のベルは非番で、家で銃の整備をしているところだった。
テーブルの上に様々な銃が並ぶ。
ハンドガン、ピストル、アサルトライフル、スナイパーライフル、ショットガン。
彼女は遠距離のライフルだけではなく、短中距離の小型の銃も使う。
その一つ一つを丁寧に分解し、磨いている最中だった。
ベルは自分を見ると何故かぎこちない笑みを浮かべて「おかえり。」と言った。
ラウムはいつものように「ただいま。」と答え、リビングの椅子に腰掛ける。
そして、「ベル。」と彼女の名前を呼んだ。
「話があるの。」
そう言って、向かいの席に座るように促す。
彼女は素直に椅子に腰掛け、長い前髪の隙間から少し緊張したような視線を覗かせた。
「何?改まって。」
「ジャックの記憶が戻ったわ。」
「え…。」
その言葉に、ベルは目を見開く。
「貴女のことも思い出したわ。」
「…お兄ちゃんが…?」
「そう。だからもうアンジェラや焔に従う必要なんてないのよ。私と一緒に行きましょう。ジャックの元へ帰るのよ。」
ジャックに良く似た瞳がゆらゆらと揺れる。
リリーは静かに俯き、懐に手を入れた。
そして、その懐から拳銃を取り出し、ラウムに向ける。
彼女は驚くほどに冷たい目をしていた。
「一つ聞かせて。あなたはスノウ?それとも…悪魔?」
「リリー、話を聞いて!」
「その名前で呼ばないで!お兄ちゃんの次は私を誑かすつもり?馬鹿にしないで!私は何もできない子供じゃないんだから!」
「操られてるのは貴女よ、リリー!焔はリリーとジャックと私の仲を引き裂こうとしてるの!銃を降ろして!」
「黙って!悪魔の言葉なんて聞きたくない!そんな都合のいい話なんて、あるわけないじゃない!」
そう言って、彼女は感情のまま引き金を引く。
鋭い銃声と共に、弾丸はラウムの頬をスレスレに掠めた。
「…次は当てるわ。」
冷徹な眼差しでリリーはラウムを見据える。
やはり一筋縄ではいかないか。
焔の洗脳は完璧だ。
まともに話を聞いてもらえそうもない。
その時、派手な音を立てて玄関の扉が開き、ジャックが飛び出した。
「ラウム!無事ですか?!」
「お兄ちゃ…ん…?」
ジャックは庇うようにラウムの前に出る。
「よかった…。怪我はしてないですね。」
「ジャック!気をつけて!今のリリーは私たちを敵だと思ってる!」
「なんで庇うの…?やっぱり操られているのね…。」
リリーは一瞬悲しそうに目を伏せる。
しかしすぐにまた冷徹な目に戻り、照準を合わせる。
「待ってて!今その悪魔を倒して解放してあげるから…!」
「すまん、ちょっと手荒にするぞ。」
ジャックと共に室内に入り、機会を伺っていたアダムが飛び出す。
そのままリリーと一気に距離を詰め、銃を蹴り上げた。
「くっ…!」
蹴り上げられた銃はリリーの手を離れ、重たい音を立てて床に転がった。
「王様…!?なんで…どうして…私が殺したのに…。」
リリーは驚きを隠せない様子で目を見張る。
しかし、すぐさまスカートの下から拳銃を取り出して再び構えた。
「なんなんだ、あのスカートは。武器庫か何かか?」
「気をつけて!まだたくさん隠し持っているはずよ。」
ラウムは彼女が服の下にたくさんの銃を隠していることを知っていた。
ジャックと同じく細身の身体を銃で武装し、リボンとフリルがあしらわれた洋服でカモフラージュしている。
アダムが形容した武器庫そのものだ。
「こんな狭いところじゃまともに戦えないな。外に出よう。」
アダムはラウムに外に出るように促す。
狙われているのはラウムだ。
彼女を追ってリリーも外に出るはずだ。
ラウムを先に出して、ジャックとアダムが続く。
狙い通りリリーは外に出た。
「街中で発砲されたらたまったもんじゃないわね。森の方へ誘導しましょ。」
ラウムの言葉に3人は入り組んだ路地裏を抜け、森に入る。
狭い路地裏での発砲はさすがになかったが、森に入った途端アサルトライフルが牙を剥く。
銃弾の雨から逃げるように3人は走った。
「未来が見えるって本当みたいだな。的確に俺たちの進行方向を狙ってきてる。」
「こりゃ止まったら蜂の巣ですね。」
「遠距離射撃は厄介ね…。こちらから全く手を出せないわ。」
「俺が雨を降らせます。視界を奪えばこっちのもんだ。」
そう言うと、ジャックは立ち止まり天に右手を翳す。
一瞬の雷鳴。
それを境に雨が降り出した。
視界が霞むほどの大雨。激しい風に雷鳴が轟く。
ジャックは詠唱もなしに、一瞬にしてこの森をスコールへと変えた。
「視界不良にこの嵐。さすがにもう遠距離射撃はできないでしょう。」
「これで接近戦に持ち込めればこっちのものだな。」
3人は立ち止まり、相手の出方を見る。
吹き荒れる雨で視界が悪い。
けれど、それは相手も同じだろう。
3対1。卑怯だと言われようが、囲めば勝てる。
チャンスを逃がすものか、と相手の気配に神経を集中させる。
ふいに、3人の前に何かが投げ込まれた。
ゴロッと転がったそれは、突然眩い光を放つ。
「閃光弾か。目を閉じろ!」
アダムの声に2人は目を瞑る。
閉じた瞼の裏から強い光を感じた。
余りの眩しさと爆音に目が眩む。
まともに機能しない視界の端に、また何か別の物が転がるのが見えた。
「いや、これやべえやつでしょ!」
反射的にジャックは指先を振り、シールドを展開した。
そのすぐ後に転がったグレネードが次々に爆発する。
辺りは爆煙に包まれた。
光と煙、そして耳を劈くような音に三半規管がおかしくなりそうだ。
「こんなのアリかよ…。」
「凄いな、君の妹は。判断力が高すぎる。これも焔さんの教育の賜物か?」
「馬鹿言ってねえで、この状況をどうにかしてくださいよ!」
爆煙が晴れると、リリーの姿が見えた。
「お兄ちゃん、邪魔しないで。その悪魔は殺さなきゃいけないの。」
彼女は両手にピストルを持ち、構える。
ピストルの射程は長くはない。長いものでも50m程だ。
確実に仕留めるつもりなら20m、いや10m以内に入ってくるだろう。
狙い通りリリーは銃口を向けたまま、ゆっくりと近付いてくる。
その銃口は、迷うことなくラウムに向けられていた。
「俺が囮になる。ジャックは彼女を守ることを優先してくれ。」
「どうするつもりなんです?さっきの手、2度目は通用しませんよ?」
「わかってる。俺に考えがある。」
リリーとの距離が10mに差し掛かる時、アダムは彼女に向かって飛び出した。
雨に濡れ、重たくなった身体でぬかるむ地面を蹴る。
あと8m、あと5m、あと3mの距離で、リリーは発砲した。
銃弾は迷うことなくアダムか心臓を貫いた。
彼女まであと数歩のところで、アダムは膝を付き、そのまま地面に平伏す。
「アダム…!」
リリーは倒れたアダムに目もくれず、真っ直ぐにラウムを見据える。
銃口が彼女を捕らえる。
その刹那、倒れたはずのアダムが立ち上がり、リリーを羽交い締めにした。
「どういうこと…!?」
「悪いな、俺は死なないんだ。」
必死に身を捩ってアダムの腕から逃れようとするも、華奢で小さな身体ではどうにもならない。
「俺達は君に危害を加えるつもりはない。ただ、話を聞いてほしいだけなんだ。」
「離して!悪魔の言うことなんて聞きたくない!離して!離してよ!」
それでもなおも暴れる彼女に、アダムは「埒が明かないな」と呟き、首の後ろにトンッと軽く手刀を落とした。
瞬間、リリーの身体からガクンと力が抜け、意識を失った。
「リリー!」
ジャックが慌ててリリーに駆け寄る。
「大丈夫、気を失ってるだけだぜ。」
ジャックはリリーの顔を確認すると、安心したのか大きな溜息を吐いた。
アダムに抱えられ、四肢をだらんと投げ出した彼女は先ほどまでの冷酷なスナイパーとは違い、小さな少女に見えた。
「取り敢えず、俺達の拠点に運びますか。」
雨で濡れ、泥で汚れた身体で3人はリリーを連れてジャックの家に戻る。
アダムがリリーを抱え、ゲッソリと疲れた顔をしたジャックはラウムに肩を借りていた。
どうやら天候を操るような魔術を使うのは、相当身体に負担がかかるらしい。
拠点に戻って、濡れた身体を拭いて着替えてからすぐジャックはソファに身を投げ横になった。
リリーの着替えは同じ女性であるラウムに任せた。
3人はしばらくラウムの淹れてくれた紅茶を飲みながらソファで身体を休める。
「ん…ここは…。」
1時間程でリリーは目を覚ました。
瞼をパチパチとさせ、すぐに状況を理解する。
彼女は素早く起き上がり、スカートの中に手を伸ばす。
あるはずのものがないことに混乱し、忙しなく己の身体をまさぐった。
「残念ながら武器は全部取り上げたぜ。」
「私をどうするつもり…?」
銃器がなければ彼女はただの女の子だ。
リリーは不安そうな顔を見せる。
「どうもこうもしないわよ。ただ私達の話を聞いてほしいだけ。」
「全く…。お前は昔から人の話を聞かない手のかかる子でしたね。」
ジャックはソファに寝転びながら頬杖をつく。
そして、随分と成長した妹の顔を覗き込む。
幼い面影が残るその顔に、ジャックは懐かしさに口元を緩めた。
「久しぶりですね、リリー。」
「お兄ちゃん…。悪魔に操られてるって…。」
「確かにラウムは悪魔ですが、それは違います。操られてるんじゃなくて、俺が操っているんです。ラウムの主は俺ですよ。」
ジャックは手袋を外し、その手に刻まれたシジルを見せた。
「俺が自分の意思でラウムを呼び出して主従の契約を結んでいるんです。」
「ついでに言うと、私とジャックはアミュレスにいたときから恋人よ。リリーにはずっと内緒にしてたけどね。」
2人は親しげにいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「どういうこと…?だって、焔様は悪魔を倒さないとお兄ちゃんを救えないって…。」
「お前は騙されていたんですよ、あのオッサンに。」
「じゃあスノウは?スノウはなんだったの?」
「スノウ・リンガルは仮の姿よ。ジャックが記憶を取り戻すまでの間、私が貴女を守っていたのよ、リリー。」
「感謝してますよ、ラウム。ラウムのおかげでまたリリーに会えた。」
「そんな…。私…なんてことをしちゃったの…。」
騙されていたのが自分だと気付き、リリーは狼狽した。
「ごめんなさい…私…みんなのことを疑って…酷いことをしちゃった…。」
瞳いっぱいに涙を浮かべて、まるで幼い子供のように泣きじゃくる。
先ほどまで銃を構えていた冷徹さはどこへやら。
今目の前にいるのは年相応のか弱い女の子だった。
「随分と大きくなったのに、泣き虫なのは昔と全然変わらねえですね。」
ジャックはクスリと笑ってリリーの頭を撫でる。
リリーの瞳からは、また涙が流れた。
しばらくリリーは泣きじゃくり、それをジャックが宥め、ラウムはそんな二人を微笑ましそうに眺めていた。
「それにしても、わざと撃たせて油断したところを仕留めるなんて…。お前じゃなきゃ死んでましたよ。」
「何度も殺されてるからな。どれくらいで復活するかなんとなくわかるんだ。銃弾1発なら損傷も少ないからすぐ蘇生できる。綺麗に殺してくれて助かったな。」
「そういえば…。どうして、王様が生きてるの…?」
泣いて赤い目のまま、リリーは不思議そうな顔を見せる。
「ああ、リリーは知らないのか。アダムも不死です。」
「不死…?アンジェラ様と同じ…?」
「君には二度殺されたな。判断力も高いし、思い切りもいい。うん、君は本当にいい腕をしているな。」
2度も殺されておきながら、アダムは平然とリリーの腕を褒めた。
リリーは何故褒められているか理解できないようで困ったような顔をして、「ごめんなさい…」と小さく呟いた。
「ああ、謝ってほしいわけじゃない。気にするな、俺は生きてる。」
「アダムはお前を許すって言ってるんですよ、リリー。」
言葉足らずなアダムにジャックが付け加える。
「許す…?どうして?私は王様を殺したのに…。」
「悪いのは君じゃない。君はただ騙されて操られていただけだろう?」
「でも…。」
「いいんだ。君のおかげで俺は自分が不死であることに気付けたんだからな。むしろ感謝している。」
リリーはまた困った顔になる。
ジャックはそんな空気を変えようと、両手をパンと叩いた。
「取り敢えず、リリーも戻ってきたので今日はパーティーにしましょ。いい酒揃えてるんですよ。」
「君、何かある度に酒、酒って。少しは控えたらどうなんだ?」
「そうよ。ジャックは飲み過ぎ。たいしてお酒強くないくせに。」
「いいじゃないですか、今日はめでたい日なんだし。少しくらい飲んでもバチは当たりませんよ。」
この日は、ラウムが作るご馳走とジャックの用意した酒で夕食を囲んだ。
ラウムの作る料理は相変わらず絶品だし、久しぶりの酒は気分を良くさせた。
いつも酒を飲み過ぎるジャックをラウムが程々で止め、代わりにジュースを勧める。
ジャックは不満そうな顔をしたが、おとなしくラウムの言うことを聞いてジュースを飲んだ。
ピーマンを食べずに皿の隅に追いやってるリリーに、「好き嫌いはダメだって昔から言ってるでしょう。」とジャックが諭す。
リリーは「だってえ…」と甘えた声を出したが、ジャックはそのピーマンをリリーの口に運ぶ。
嫌々口を開けたリリーだったが、咀嚼し、飲み込んだあと「苦くない!」と目を輝かせた。
「調理の仕方がいいのよ。」とラウムは得意気に話す。
そんな3人を見て、まるで家族のようだとアダムは思った。
自分が掴み損ねた幸せ。
ソフィアは、今どうしているだろうか。
手紙を読んでくれただろうか。
叶うことなら、もう一度彼女に会いたい。
会ってこの手で抱きしめたい。
そのためには、片付けなければならない問題がたくさんある。
全てを綺麗に片付けて、もう一度彼女に会いに行くんだ。
アダムはアルコールで火照った身体で月を眺め、今は会えない彼女を想った。
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