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その正体  作者: 烏屋鳥丸
32/44

29 手紙

昨夜は久しぶりに柔らかく広いベッドで体を伸ばして眠った。

全身拘束されて硬いベッドで横になっていたときとは大違いで寝心地が良い。

何の緊張感もなく安心して眠れたのはいつぶりだろう。

リラックスしすぎて目が覚めると太陽は高い位置まで昇っていた。

良く寝た、そう思いながら大きな欠伸を一つ。

そして、まだ眠たい目を擦ってリビングへと向かう。


扉を開けると、ジャックはソファに座り紅茶を飲んでいた。

その視線の先には、庭でなにやらカラスと戯れているラウム。

ジャックはアダムに気が付くと、ティーカップを置いて声を上げた。


「やっと起きたんですか、もう昼ですよ。」


「柔らかいベッドが久しぶりすぎて寝すぎたぜ…。」


「寝癖やべえことになってますよ。さっさと顔洗ってきてください。」


ジャックに言われるまま洗面台で顔を洗って歯を磨く。

鏡に映った自分はジャックの言う通り、芸術的な寝癖をしていた。

髪を整えてリビングに向かえば、美味しそうな匂いが漂っていた。

食卓には彩りのよい新鮮なサラダ、とうもろこしのスープ、肉をシンプルな味付けで焼いたもの、付け合わせにはマッシュポテト、焼きたてのパンが並んでいた。

これを全てラウムが作ったのだと言う。

昨日の夕食の時も思ったが、彼女はかなり料理上手らしい。


「君、いい人と巡り会えたな。」


「でしょう?でも残念。ラウムは人間じゃねえんです。」


「私は悪魔よ。」


「悪魔…?」


思いもよらぬ言葉に、アダムはラウムの顔をまじまじと見つめた。

どうみても人間にしか見えない。

そういえば、人間そっくりに擬態する異種族もいると昔焔が言っていたような気がする。彼女がそうなのか。


「信じられねえって顔してますね。」


ジャックがいたずらに笑うと、ラウムの背からはカラスのような羽が現れた。


「彼女は悪魔ラウム。俺と主従の契約を結んでいます。」


「…それは大丈夫なのか…?その…何か大きな代償があったりとか…。」


「代償はジャックの魂よ。彼が死んだ時、その魂は私のものになる。まあ、生きている間はあんまり関係ないけどね。」


「そんで俺の恋人ですよ。アンジェラに操られる前からの、ね。」


そう言ってジャックがラウムを見やると、ラウムは目を細めて笑った。

レイヴンと呼んでいた時の彼女はあまり感情を表に出さないタイプだと思っていたが、ジャックの前ではコロコロと表情が変わる。


「アンジェラの時みたいに操られてるってことは…?」


「ねえですよ。ラウムを呼び出したのは他ならぬ俺ですから。俺が望んでラウムと契約してるんです。」


「そうか。ならいいが…。」


アダムの心配をよそに、二人は仲睦まじそうにテーブルに皿やフォークを並べる。

以前の不健康そうなジャックと比べて顔色はいいし目の下のクマもない。

アンジェラに操られていた頃とは大違いだ。

身体は相変わらず細いけれど、それは体質なのだろう。

ジャックが健康そうに見えるのは、きっと付き合っている相手がいいからだろうとアダムは思った。

それから3人で食卓を囲んだ。

ラウムの作る料理はどれも美味しかった。

地下室に幽閉されていたときはまともな食事は与えられなかったから、尚更そう感じた。


「で、これからどうします?俺も何の考えもなしにとりあえずお前を助けたわけですけど。」


食事を終え3人はテーブル越しに向き合っていた。

昨夜は身体を休めることを優先し、大事な今後の話を先延ばしにしていた。

あの地下室を抜け出した今、自分に何ができるかを考えなくてはならない。


「…ノエルはどうしているんだ?」


「ノエル・クラークは完全にアンジェラの操り人形ね。彼女のために鎖国して出入国を完全に禁止して違反するものがいれば迷いなく死刑。交易も中止。国民からの反発も大きいわね。影では暴君と呼ばれているわ。」


「だいぶ彼女に狂ってるみたいですよ。俺のことぶん殴るくらいですもん。精神的な余裕もないみたいでいつもイライラしてます。まるで別人だ。」


「…そうか。」


テーブルを挟んだ向かい側で二人はぴったりと寄り添い現状を説明する。

ジャックの頬は昨晩よりは腫れは引いたが、痛々しいくらい赤くなっていた。

ノエルは人に手を上げるような人間ではないのに。彼女の魅了がそうさせているのか。


「ジャック、君は彼女の魅了をどうやって解いたんだ?」


「俺の場合は…彼女が一方的に解いたので…なんとも。おそらく、彼女が望まない限りは解けないかと思います。」


「何かノエルにかかった魅了を解く方法はないのか、ラウム。」


「ないわね。あるなら私はとっくにジャックにかかった魅了を解いていたわ。」


全ての情報は彼女に集まる。

しかし、彼女もその術をしらないようだった。


「彼女に直接交渉するしかないか…。」


「無理でしょう。交渉材料がないわ。」


「交渉材料…。」


ノエルの魅了を解くための交渉材料。

彼女は何と引き換えならば、ノエルの魅了を解いてくれるのか。

身の安全の保証?攻めてくる者がいる限り約束はできない。

生贄として別の人物を差し出すか?いや、それでは何も解決しない。

彼女を脅すか?脅迫に使えそうな材料もなければ、そんな手段は選びたくない。

必死に思考を巡らせてみるが、これと言っていい案は思い浮かばなかった。


「とりあえず…まず情報を整理しましょう。」


「アンジェラ側の人間は現在はノエル、焔、エレナ、ベルの4人で間違いないか?」


「そうですね。他に彼女の魅了にかかってる人物は数人いれど、アッチの戦力はその4人ですね。その中で魅了にかかっているのは焔のオッサンとノエルですね。」


「ノエル・クラークはまだあんまりアンジェラから信頼されていない…というか手懐けられてないみたいね。彼女の犬として関係構築の真最中ってところかしら。故にノエル・クラークはあちら側だけれど向こうの情報に疎いわ。」


「ふむ…。」


「焔のオッサンには気ぃつけてくださいよ。あの人、外面はいいですが、中身はかなりエグい男です。」


「そうだな。俺もあの診療所の地下で彼に何度も殺された。鼻歌交じりに、片手間に。まるで人を殺すことをなんとも思っていないようだった。」


「エレナ・シュバルツは戦力としては脅威にはならないわ。けれど、彼女は遺伝子学の研究者。アンジェラの血液から様々な薬を作り出す研究をしている。貴方の血液からも何か作れるんじゃないと躍起になっていたみたいね。エレナ・シュバルツはそんな貴重な被検体の貴方を取り返そうとするでしょう。」


「やはり、しばらくは身を隠したほうがいいか…。」


「向こう側は貴方を逃がしたのは私とジャックだって気付いているみたいだしね。」


「早めに拠点を移して正解でしたね。ラウムの言う通りにしてよかったです。」


「ベルもアンジェラ側の人間なんだよな?」


「そうよ。」


「お前を殺した女ですか…。」


「そのことなんだけどね…。」


ラウムは少し難しい顔をして、言葉を選ぶように話す。


「ジャック。私に妹がいるって話はしたわよね?」


「ええ。以前2人で暮らしてるって言ってましたね。」


「実は本当の妹じゃないの。私はアンジェラの指示で偽りの姉妹としてベル・リンガルと一緒に暮らしていた。」


「あの女と…?」


「そしてベル・リンガルは本名じゃない。彼女の本名はリリー・スターローン。ジャックの妹よ。」


「…は?」


ジャックは何を言っているのかわからないようで、一瞬時が止まった。

けれどすぐにその言葉を飲み込み、血相を変える。


「待ってください!リリーはアミュレスの戦争で死んだはずじゃ…。まさか、リリーも不死だなんて言い出すんじゃないでしょうね…?」


「いいえ。リリーは不死ではないわ。あのアミュレスの戦争の時、リリーは確かに死にかけた。けれど、エレナがアンジェラの血液から作った薬。それで助かったのよ。」


「死にかけた人間が生き返る薬か…。その材料がアンジェラの血液…。確かに彼女は戦争の火種になるな…。」


そんな薬があれば、確かに欲しがる人間は多いだろう。

彼女は被検体として、そして蘇生の薬の材料として今までその身を狙われてきたのか。


「それだけじゃないわ。その薬を摂取することによって新たな能力が開花する。その能力は人によって様々だけど、リリーには未来予知の能力が発現したわ。彼女には数秒先の未来が見える。そんなスナイパーが敵に回れば、厄介なことこの上ないわ。」


「リリーを迎えに行きましょう。アッチ側になんて置いておけない。」


「そうしたいのはやまやまなんだけど、素直にこちら側に来るとは思えないのよ…。」


ラウムは眉を下げ、困った顔をした。


「どういうことだ?」


「リリーは幼い頃から焔に戦闘技術や殺しの技術を仕込まれているわ。その焔のことを信頼している。父親のように思っているんでしょうね。あの子は単純なところがあるから、焔の言うことをなんでも信じちゃうのよ。だからアダム・ウォード、貴方のことも殺した。」


「あのオッサンに操られてたってことですか…。」


「そして、次に狙われているのは私。焔はジャックが悪魔に誑かされてるってリリーに吹き込んだみたいね。その悪魔は姿形を自在に変えられて姉である私の姿をしていると言ったみたいだわ。…あの子ならやるわよ。ジャックのためだと言えば躊躇わないわ。」


「思った以上に狡猾な男なんだな、焔さんは。」


「私が偽りの姉のスノウではなく、悪魔ラウムだと分かれば、あの子は迷わず引き金を引くでしょうね。」


「じゃあ俺がリリーを迎えにいけばいいじゃないですか。あのオッサンの言ってることは全部嘘だって俺から言えばきっと…。」


動揺しているジャックに、ラウムはピシャリと言い放つ。


「ジャック。貴方の命も狙われてるのよ。焔はアンジェラから離れた貴方のことをよくは思っていない。貴方からアンジェラの秘密が漏れるんじゃないかと疑っているわ。隙あらば手を出してくるでしょうね。」


「それでも、俺が迎えに行かないと。俺の妹なんですから。」


「焦らないで。リリーはアンジェラの手駒である以上、身の安全は保証されているわ。私に任せて。」


「ラウム…。」


「私が信じられない?」


「そういうわけじゃ、ねえですけど…。ラウムが危険な目に合うのは嫌です…。」


ジャックは不安そうに目を伏せる。

確かに危険だ。相手は特殊能力持ちのスナイパー。

かたやラウムは悪魔であることはわかっているが、得意分野は戦闘ではなく情報収集。

戦闘になれば分が悪いことはアダムも察した。


「じゃあ3人で行けばいい。焔さんの横槍が入るかもしれないことを考えると単独行動は危険だ。3人ならいざというときでも対応できるだろう。」


「…そうね。それが1番確実だわ。」


「じゃあ次の目標はリリーの奪還ということで。他になんかあります?」


ジャックはアダムに視線を向ける。


「一つ確認したい。俺に子供がいることはアンジェラたちは知っているのか?」


ラウムは意外そうな顔で目をパチクリとさせた。


「…初耳ね。おそらくアンジェラ側の人間も誰もそのことを知らないわ。」


「そうか。ならいい。」


アダムは自分のこの体質のことでソフィアたちを危険な目には遭わせたくなかった。

自分とソフィアの関係が知られていないのであれば、おそらく大丈夫だろう。

ラウムが言うなら間違いない。


「…会わなくていいんすか?きっとお前の女もガキもお前に会いたがってるでしょう?」


「俺と接触することで不用意に彼女たちを巻き込むわけにはいかない。今は会えないさ。」


「確かにアダム・ウォードに子供がいることがわかれば、エレナ・シュバルツはその子供も被検体として欲しがるでしょうね。不死の人間から生まれた子供。研究者じゃなくても興味を引くわ。」


「俺に子供がいることはごく僅かな人間しか知らないはずだ。今彼女たちに会いに行って、わざわざ敵に知られるようなことは避けたい。」


「お前は…それでいいんですか。」


ジャックはポツリと零す。

そうすることが賢い。そうすることが正しいと心から思っている。

けれど、本心は見透かされているようだ。


「…本当は会いたいに決まってる。でも大切だからな。今は会えない。会ってはいけないんだ。」


自分へ言い聞かせるように、戒めるように、アダムは言った。

大切だからこそ、手の触れないところに隠しておくべきだ。


「…ねぇ、ジャック。」


ラウムはこっそりもジャックに耳打ちする。

ジャックはラウムの言葉を聞いて、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。




ーーーーーー




子供達も寝静まった午後10時。

ソフィアは一人リビングで古い手紙を眺めていた。

昔から口下手で不器用な彼は、よく手紙を書いてくれた。

私が不機嫌だった日、喧嘩した日、2人の記念日。

何かあるごとにアダムは言葉ではなく手紙を贈った。

内容は短いものばかり。

けして綺麗とは言えない文字で私を想って一生懸命に書いてくれた。

その一つ一つを懐かしむように、大事に目で追う。

この手紙の差出人は、もうこの世にいないのだ。

彼が亡くなって1ヶ月半が経過していた。

ソフィアはなんとか気持ちの折り合いをつけ、彼のいない毎日を2児の母として過ごしていた。


ふいに、控えめに玄関の扉が静かにノックされた。

こんな夜更けに誰だろう。

ソフィアは扉越しに小さな声で「はい」と答えた。

ドアスコープを覗くと、そこには見知らぬ男がいた。


「こんばんは。郵便です。」


「こんな時間に郵便…?」


その男は帽子を被っていて顔は確認できない。

郵便屋の制服でもない。その男はライダースジャケットに黒手袋とヘンテコな格好をしていた。

そもそもこんな時間に郵便なんて来るはずがない。

怪しい。そう思ったソフィアは扉を開けなかった。


「ポストに、入れてください。」


「…わかりました。」


その男は玄関ポストに手紙を一通差し入れる。


「確かに渡しましたよ。」


そう言って、自称郵便屋は背を向け歩き出した。

ソフィアはすぐさまその手紙を手に取り確認する。

切手も消印もなければ宛名もない。

裏を返すと、とても綺麗とは言えない字でたった一つ「A」と書かれていた。

ソフィアはこの字に見覚えがあった。

先ほどまで眺めていた手紙の文字と同じ。

ソフィアは慌てて扉を開け郵便屋を探す。


「ちょっと待って!これ…。」


振り返った郵便屋は人差し指を立て、しーっと言葉を制す。


「手紙の中身は口外無用でお願いしますね。それと、俺が今日ここに来たことも秘密で。それじゃあ。」


そう言って、その自称郵便屋は去っていった。

ソフィアは家に戻り、すぐにその手紙の内容を確認する。


『心配かけてすまない。

 俺は生きている。

 でも今は会えない。

 落ち着いたら必ず会いに行く。

 それまで待っててほしい。

 愛してる。

           アダム』


不器用な文字、言葉足らずの内容。

間違いなくアダムのものだった。

アダムが生きている。

その事実に涙が溢れた。

会いたい。アダムに会いたい。

彼の力強い腕で抱きしめてほしかった。

自分だけに向ける甘い声で名前を呼んでほしかった。

もう一度、彼の手を取りたいと願っていた。


ソフィアはアダムを信じ、待つことを決めた。









@kakakakarashuya


https://x.com/kakakakarashuya


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