31 焔の策略
「うーん、またやられた…のかな…。」
乱雑に散らかった室内で焔は呟く。
ここはかつてベル・リンガルとスノウ・リンガルが暮らした家。
リビングはめちゃくちゃに荒らされており、壁には銃痕があった。
おそらくここで一戦交えたのだろう。
「ベルくんが帰ってこないことを考えると、やっぱりあの3人に手を結ばれてしまったか。彼らの目的は何だと思う?」
「あるべき場所に戻っただけでしょ。その先はわからないけど。」
興味なさそうにエレナはクルクルと髪をもてあそぶ。
「アンジェラの邪魔にならないならと思ってたけど…、ちょっとオイタがすぎるね。これは教育が必要かな。」
「好きにすればいいわ。私がほしいのはアダム・ウォードだけよ。」
「何?彼のこと気に入っちゃったのかい?」
「ええ。アンジェラよりも興味をそそられているわ。」
その言葉に、焔の顔から笑みが消える。
「アンジェラよりも、ね。…君も裏切るつもりかい?」
「裏切るなんてとんでもない。アンジェラも私の愛する立派な被検体よ。今はアダム・ウォードに惹かれているだけ。」
「ならいいけど。…アンジェラを裏切るなら、容赦はしない。僕は例え相手が君であっても躊躇わないよ。」
「その時は貴方も死ぬことになるけどね。まあ、好きにすればいいわ。私は研究ができればそれでいいの。」
「自分の命なんて、喜んで彼女に差し出すさ。どうせ老い先短い人生だ。彼女を守って死ねるなら本望だよ。」
「貴方…本当に狂ってるわよね。」
「なんとでも言えばいい。これが僕の生き方だ。」
焔の口調には、迷いなどなかった。
この命をアンジェラへ捧げる。
そう誓いを立てて40年もの間、彼女の側に居続けた。
彼女を守ることこそが生きる理由。
彼女が焔の全てだった。
王の執務室の扉をノックする。
扉越しに「どうぞ。」と静かなノエルの声が響いた。
焔がゆっくりと扉を開けると、ノエルは物憂げに大きな窓から街を眺めているところだった。
「やあ、ノエルくん。」
焔は朗らかな笑顔の仮面を顔に張り付ける。
ノエルは焔の顔を見て、一瞬眉にシワを寄せた。
「………何の用ですか、焔さん。」
「そう邪険にしないでほしいな。僕たちは彼女を守る仲間だろう?」
「………。」
ノエルは何も答えずに警戒するような眼差しを焔に向ける。
「ま、いいや。今日は君の耳に入れておいてほしい情報を持ってきたんだ。」
「…アンタの言葉は聞きたくない。」
「まあ、そう言わずに。君は知っておかないといけない。アンジェラを守るためにね。」
ノエルの眉がピクリと動く。
彼女の名前を出すと彼は無視できない。
「ジャックくんが裏切った。No.6のレイヴンとNo.7のベルくんも一緒だ。3人は結託してアンジェラを陥れようとしている。」
「情報の信憑性は?」
「全員ここ数日城に顔を出していないだろう?やましいことがあるから顔を出せないのさ。レイヴンからの報告も途絶えているだろう?ついでに言うと彼らの居住していた家は既にもぬけの殻。追われる立場だって自覚があるんだ。一体何を企んでいるんだろうね?」
「ジャックはアンジェラさんの魅了がかかっているはずだ。裏切る理由がない。」
「アンジェラが魅了を解いたんだ。彼はもう用なしだってね。」
ノエルは顎に手を当てて思案する。
彼は賢い。視野も広く考えも柔軟だ。
焔の経験上、こういう相手は操りにくい。
だからこそ、ここで畳み掛けて考える隙を与えてはならない。
「…だとしても、ジャックがアンジェラさんを狙う理由にはならない。」
「No.6のレイヴンだけどね、彼女は実は人間じゃないんだ。彼女の正体は狡猾で欲深い悪魔だよ。彼女がジャックくんを操っている。」
「悪魔…?」
「ずっと前にも話しただろう?彼らは人間の姿で人間の街に溶け込むことがあると。彼女はずっと人間のフリをして、この機会を待っていたんだ。」
「…ベルは?」
「それは偽名だ。本名はリリー・スターローン。ジャックくんの実の妹さ。彼女は生粋のブラコンでね。ジャックくんのためならなんだってするよ。アダムくんを殺したのも彼女だ。彼女は簡単に人を殺す。」
ノエルはまた何かを考えるように目を伏せる。
彼は自分のことを信用していない。
けれど、今の話を聞いて様々な可能性を考えているのだろう。
彼は手強い。
純粋なベルならこの時点で、既に焔の思い通りに操られてくれているのに。
「言い方を変えよう。彼女は君の大切なアダムくんの敵だよ。敵討ちする理由にもなるんじゃないかな。許せないだろう?君の大切な親友を殺した女だ。」
「…それはアンタも同罪だ。」
ギロリとノエルは焔を睨みつける。
焔はわざとらしく肩をすくめた。
「そんな怖い顔しないでほしいな。今の僕たちは仲間だよ。」
「…アンジェラさんはどう考えているんだ。」
「それは君が直接聞いたほうが早いだろう。けど、彼女の憂いを晴らすのが僕らの役割だ。言われる前に対処してあげるのが愛だと僕は思うけどね。君だってアンジェラを奪われたくはないだろう?決断は早い方がいいと思うよ。」
「…俺はアンタの言いなりにはならない。俺が従うのはアンジェラさんだけだ。」
「彼女に危険が及んでからでは遅いだろう?彼女に牙を剥く者は全て始末しなければならない。彼女にとって、それが僕らの利用価値だ。価値のない者は捨てられてしまうよ、ジャックくんみたいに。まあ僕は、そっちの方が都合がいいけどね。」
その言葉に、ノエルは唇を噛んだ。
「…俺に…ジャックを殺せと…?」
「臆病な君にはできないかい?ジャックくんと友達だったから?でも彼は君を裏切っていたんだ。それに、今は敵だよ。」
ノエルは拳を握りしめる。
揺れている。かつての友人を手にかけたくないという気持ちと、彼女を守りたいという気持ち。
彼はまだ、おそらく人を殺したことがない。
だからこそ、こんな小さなことで躊躇う。
焔からすれば、かつての友人を殺すなんて造作もないことだった。
彼は賢い。
“こちら側”に完全に染まれば、手堅い戦力になるだろう。
焔はどうしてもノエルを完全に“こちら側”へと落としたかった。
もう自分の命が残り少ないと気付いているからだ。
自分は死ぬまでアンジェラを守る。
けれど、自分が死んだ後はどうなる?
ジャックは戦力としては申し分なかったが、メンタル面が弱すぎた。
ベルはメンタルは強いが、単純で騙されやすくアンジェラを守る戦力としてはイマイチだ。
エレナは研究者であり、戦力にはならない。
後の選択肢はノエルしか残されていなかった。
彼の戦力は申し分ない。おまけに賢く、王という地位もある。
後はアンジェラを守るためにどれだけのものを捨てられるか。
彼女が唯一でなくてはならない。
他に大切なものなど、あってはならない。
「非情になりなさい。アンジェラを守るには甘さなんて捨てないといけないよ。」
「それは…わかってる。けど、決めるのは俺だ。焔さんに言うことを素直に聞くわけじゃない。俺はアンジェラさんにとって1番いい道を選ぶ。」
ノエルは真っ直ぐに焔を見据える。
冷たい眼差し。彼なりの反発心だろう。
でもその奥で、ゆらゆらと揺らいでいる。
あと少しで“こちら側”へ落ちそうだ。
畳み掛けるか?一旦引くか?
そう考えていると、正午を告げる鐘が鳴る。
「それじゃあ僕は行くよ。色のいい返事を期待しているよ。」
長居して畳み掛けても今のノエルには逆効果だと焔は判断した。
後はノエル次第。
でもきっと、彼はこちら側へ落ちてくる。
焔はそう確信していた。
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