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新たな試み

 フレイモア競馬場の開催も最終日を迎えた。


 恭介はここまで飛翔競走で一勝もできていない。

 やはり馬質の悪さを騎手の腕だけでカバーするのは限界があり、最高着順は三着であった。


 一方、平地競走は順調そのもので、この開催で六勝をマークしている。


「好調って言えば好調じゃん」


 控室で身体を休めていたとき、リジャイナが弾んだ声で褒めてくれた。


「でも、飛翔で勝たないことにはなぁ。このままじゃエレノアだって不安だろ」


 と言ったのも、近々スピレッタ調教場のペガサスを飛翔競走へ出走させる意向があるからだ。

 できれば一勝して飛翔競走未勝利というプレッシャーから解放されたい思いがあった。

 まだ飛翔競走に騎乗して七日とはいえ、スピレッタ調教場の現状を鑑みると、悠長に構えている暇はない気がする。

 変な緊張を抱えたままスピレッタ調教場のペガサスに乗りたくない思いもあった。


「まあ、そうね」


 あっさりとした口調で引き下がるリジャイナ。

 彼女はあまり騎手の心理に深く突っ込まないタイプのようだ。


「まあ、飛翔競走にも慣れて来たし、焦らなくてもいいかもな」


 その言葉は自分に言い聞かせるつもりで言った。

 変に焦ってしまうと、できるレースもできなくなってしまう。


 恭介が日本にいたころ、なかなか初勝利を掴めずにいたとき、先輩の佐山順平が勝ちを焦るあまり、騎乗フォームの重心がブレているとアドバイスを送ってくれたことがあった。

 恭介には自覚がなく、順平と一緒にレース映像をみてやっと気づいたのだ。


 今、この場に順平はおらず、モンキー乗りのフォームを指摘する騎手さえいない。

 この世界でたった一人恭介のみがモンキー乗りをこなしているので、フォームが崩れてもアドバイスを送ってくれる人がおらず、自分で確認するしかないのだ。


 だからこそ、日本にいたころと同じ轍を踏まないように気をつけなければならない。

 気持ちの乱れが騎乗フォームの崩れる要因になりかねないのは痛いほどわかっている。

 平地でも飛翔でも平常心を保ち技術の安定と向上に務めないと今後に悪影響を及ぼしかねなかった。


 まだ始めたばかりの飛翔競走である。

 馬質も良くないし勝てないのは仕方ないと割り切るぐらいでちょうどいいかもしれない、と思った。


「さて、行ってくるか」


 おもむろに席を立ち、パドックへ向かった。

 リジャイナからヘルメット、ゴーグル、鞭を渡される。


「頑張ってよ」


 リジャイナは親指を立てて、励ますように恭介を送り出した。


   ◇

 

 結局、飛翔競走で勝ち星をあげられなかった。

 開催最後の飛翔競走では三着に滑り込んだものの、勝ち馬から大差をつけられたので惜しくもなんともなかった。


 ペガサス競馬のファンたちも恭介を買うタイミングがわかっているようで、平地だと実力以上に人気になったりもしたが、飛翔競走では実力通り、もしくはそれ以下の人気になっていた。


 ちなみにペガサス競馬の馬券の種類も日本とほぼ同じである。

 恭介が平地で人気のないペガサスに騎乗したときは二、三着づけの馬券が売れているらしかった。実際人気のないペガサスで二着に持って来たときは、三連複や三連単の配当が思ったよりも少ないと、リジャイナが教えてくれた。


 帰りの車中で恭介はレースの光景を思い返しながら反省点を洗い出していた。

 平地競走はともかく、飛翔競走では練習でやったことが本番のレースでどれだけ活きているだろうか。

 たしかに実力、人気のないペガサスを陣営が思ったよりも上の着順に持ってきたレースもいくつかある。

 飛翔競走でもモンキー乗りの効果はあると証明しつつあったと見ても良い。


 一方でまだ改善点がある気がする。

 ペガサス競馬では平地でも飛翔でもきれいな楕円形のコースはあまりない。

 それでも平地では別段問題なく騎乗できている。

 グレイラムやリンウェルダウンズのような日本では見かけない形状のコースでも今までの経験を活かして騎乗できている。


 では、飛翔競走において恭介が足りないものはなんだろうか。

 馬質の良し悪しは別にしても、もう少しうまく乗ればもっとマシな着順になった気がすると、恭介にある騎手の感性が訴えかけてくるのだ。


 離陸、着陸、平地と飛翔の道中、はたまたモンキー乗りの基本技術など、洗い出す点はいくらでもある気がした。


 これ以上考えても決め手になるアイディアが浮かばなかった。

 とりあえず、問題のありそうな箇所を頭の中に留めておいて、レース映像で確認するしか方法はなさそうだった。


 できればエレノアと一緒に研究した方がよさそうだ。

 彼女の見る目は確かなものがあり、もしかしたら恭介が気づかなかった欠点を見つけてくれるかもしれない。


「着いたよ」


 リジャイナの言葉が恭介を現実に戻した。

 恭介が考え事をしていると見てか、気を利かせて黙っていてくれたようだ。


「ああ、ありがとな」


 と礼を言って車を降り、大仲へ向かった。


 ところが、大仲から灯が洩れておらず、誰もいないようだった。

 試しにノブを回してみるが、鍵がかかっていた。


 みんなしてどこへ行ったのかと思ったとき、横から砂を踏みしめる音が聞こえてきた。


「おお、帰ってきたな」


 横から聞き覚えのある男の声がした。


 首を回してラモンの姿を認めた。


「どうしたんすか? 大仲に誰もいないようですし」


「いや、お嬢さまがな……」


「エレノアに何かあったんすか?」


 恭介は思わず迫るような勢いでラモンに顔を近づけた。


「そんな心配そうな顔すんなよ。大丈夫だって、単なる練習だから」


「練習?」


 何のことかわからなかった。

 調教師が何の練習をするというのだろうか。


「けど、みんな反対しているからちょっと困ったことになってな」


「だから何の話っすか。ちゃんと説明してくださいよ」


 言葉を濁すラモンに業を煮やしそうになる恭介。


「とりあえず平地コースに来てくれ。ちょっと危なっかしくて見れらんないんだ」


 ラモンがついてくるように促すと、恭介はそれに応じて彼の後ろについて行った。


 平地コースまで行くとスピレッタ調教場の一同が集まっていた。

 恭介はコースに目を遣ると、二頭のペガサスが駈歩で周回している。


「調教の時間じゃないよな」


 すでに日が沈んでいてあたりが闇に包まれようとしていた。

 なんとかコースの形が見える程度で、馬場に生えた芝は黒ずんでいた。

 二頭のペガサスはぼやけた影を浮かび上がらせながらバックストレッチを走っている最中であった。


「どうしたんすか?」


 恭介は駆け足でスタッフの元へと近づいた。

 端にいたオリアナが首を回して恭介を見ると、コースへ指を指した。


「お嬢さまとグラントがさ、練習してんの」


 オリアナがそう言うと、ため息を吐いて言葉を続ける。


「あたしたちは反対したんだけどね。長い目で見たら今やっておくべきだって、お嬢さまが聞かないのよ」


「なにをしているんすか?」


「ま、見てて」


 オリアナはコースに目を戻す。


 恭介はそれに倣って走っているペガサスに目を向けた。

 バックストレッチからコーナーに進入しようとしているところだった。


「あ」


 思わず声が漏れた。

 外を走っていたペガサスから一人落馬してしまった。

 遠くから叫び声が聞こえる。


「大丈夫か?」


 恭介は不安になり、埒をくぐってコースに進入し、逆方向へ駆け出した。


「おい、キョースケ」


 と叫ぶロディの声を無視して、恭介はさらに足を速めた。

 露でぬれた芝に脚を取られそうになりながらも、エレノアの元へ行こうとした。


 騎手を乗せたペガサスが、近づいてきた。


 その姿を見て、恭介は思わず足を止めてしまった。


 鞍上は間違いなくエレノアだった。

 だがいつものエレノアとは明らかに違っていた。


「なにやっているんだ」


 息を切らせながらつぶやいた。


 エレノアは鞍の上に立ち、状態を曲げてペガサスを走らせていた。

 つまり、恭介と同じモンキー乗りをしていたのだ。


 エレノアはペガサスを内埒沿いに誘導し恭介を通り過ぎてゴール板へ向かって行った。


「練習ってこれか」


 まさかエレノアがモンキー乗りの練習しているとは思わなかった。

 良いと思った方法を取り入れる柔軟さがあったとはいえ、まさか独学でモンキー乗りを習得しようとしているとは思わなかった。

 エレノアはまだ練習を始めたばかりらしく、腰の位置が安定していなかった。

 それでもきちんとコーナーを曲がれるあたり、彼女のセンスの高さを垣間見た気がした。


「っと、空馬を捕まえないと」


 となると、グラントは落馬したはずで、ペガサスが単独でコースを走っているはずである。

 恭介はコーナーに目を向けると、騎手の手から離れたペガサスがホームストレッチに進入しようとしていた。


 幸いゆっくりと走っているので、捕まる分には問題なかった。


 恭介は駆け足でペガサスの進路方向を遮る形で、両手を広げた。

 するとペガサスは手綱を掴めるぐらいまでスピードを落としてくれた。

 恭介はさっと横に近づくと、手綱を持ち、強く手綱を引いた。

 ペガサスは恭介の周りを回るように歩いた後、脚を止めた。


「よしよし、怪我はないか」


 優しい声音で声をかけ、首筋を撫でてやった。

 痛がる素振りは見られずひとまずは安心できた。


「くそ、エレノアのやつ」


 男の声がすると、芝をこする音が聞こえてきた。

 恭介はコーナーの方へ目を遣ると、グラントがゆっくり歩いていた。


「どうしたんですか?」


 恭介は近づいて来るグラントに言葉を投げかけた。


「どうしたも何も、急にキョースケみたいに乗るって言いだしてよ」


「なんでまた?」


「さあな。詳しくはエレノアに訊いてくれ」


 グラントは不機嫌そうに言い捨てると、外埒に行って埒を外した。


「とりあえず、引き運動しますか」


「俺がやっておくよ、キョースケはゆっくり休め」


 グラントは再び恭介に近づこうとしたとき、彼の肩越しにロディの姿が見えた。

 両手には引き綱を持っていた。


「あ、俺がやりますよ」


 グラントはロディから引き綱を渡してもらい、銜に取り付けてから、コースの外へとマグナムボトルを誘導した。


「エレノア、どうしたんすかね?」


 と、恭介はロディに訊いた。


「詳しい説明はお嬢さまに訊いてくれ。これから大仲でミーティングだ」


 ロディは埒をくぐり、コースの外へ出た。


 ――さて、どうしようかな。


 レースの反省をするつもりだったが、それ以上にエレノアの意図が気になった。


 恭介はエレノアに訊くべきことを頭の中でまとめつつ、大仲へ向かった。


 


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