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寄り道

「ほんとに立って乗ってるんだもんねえ」


 帰りの車中、リジャイナが口を開いた。


「ま、あとはレースでどうかって話だな。こればかりはやってみないとわからないし」


「でも、すごいじゃん。エレノアの言った通りキョースケが革命を起こすかもよ」


 リジャイナはどこかでそのことを聞いたらしかった。


「いきなり勝つってのは難しいかもしれないな。最初は力の足りない馬に乗って経験を積まなきゃならないし、せめてアシタスの次のレースまでに何とか格好をつけないと」


「まだ不満なの?」


「不満っていうかな。初めてやることだし、改良の余地はあるって思っているだけ」


「そっか。キョースケって向上心あるね」


「そうか? 騎手なら誰でも向上心あるだろ」


「いやいや、言ってみただけ」


 リジャイナはいたずらっぽい笑顔を見せながら運転をする。

 エレノアの安全運転とは違ってスピードが速いと感じた。

 マルスク王国にも覆面パトカーがいるのかと一瞬思った。


「話は変わるけどさ。キョースケって服はどうしているの?」


「服? ああ、エレノアたちが用意してくれたもんを着ているよ」


 いきなり何を言い出すのかと訝る恭介。


「日用品とかは?」


「別に困っていないかな」


 恭介は普段の生活を思い出して言った。


 スピレッタ調教場に来て以来、風呂に入るときは石鹸やシャンプーをラモンから借りている有様で、下着もエレノアたちが用意してくれたものしか来ていなかった。


 ふと気になって恭介は後部座席に手を伸ばして、リュックを持った。

 膝の上で開けてから財布を取り出す。


「そういえば……」


 一連の行動で触れたものすべて、エレノアたちが用意してくれたものだと気づいた。

 拉致同然にこの世界に連れてこられたとはいえ、自分の生活用品まで用意してくれ、当たり前のように使っている自分がどこか情けない感じがした。


 今手に取っている財布もラモンが貸してくれたものである。

 財布の中には練習場の使用料の他に、エレノアが恭介の口座から下ろしてくれた賞金の一部も入っている。


「どしたの?」


 とリジャイナが訊く。


「リジャイナ、近くに日用品店ってあるか?」


「何か買うの?」


「ま、色々とな」


「じゃあ、せっかくだし、町まで行こ」


「町って?」


「調教場の近くにあるでしょ?」


「ああ、ヴィルモランタウンっつったっけ?」


 デビュー戦の日、グレイラム競馬場への道中にあった町だったな、と思い出した。


「あそこなら何でもそろっているし、便利よ」


「そうか。あ、けどなぁ」


 と恭介は背もたれに寄りかかって頭に手をやる。


「どうしたの?」


「いや、寄り道するって言ってないから、エレノアが心配するんじゃないかって」


「きゃはは、キョースケったら子どもみたい」


 リジャイナが高い声で笑う。


「いいじゃん、別に。キョースケだって息抜きは必要でしょ。買い物して、すこしぐらい遊んでもバチは当たらないわよ」


「おまえねえ」


 リジャイナの魂胆が読めた気がした。

 恭介の買い物にかこつけて遊びに行きたいのだろう。

 しかし恭介も日用品が欲しいと思っていたところなので、反論しなかった。


「よし、こうなったら町へ繰りだそ」


 と言ってリジャイナはアクセルを踏んでスピードを上げた。

 あまりの急加速に恭介はヘッドレストに頭をぶつけてしまった。


   ◇


 ヴィルモランタウンの一画にある駐車場で車を停めたあと、リジャイナの案内で町中を歩いた。

 車中から町の様子を窺ったことはあるが、実際に足を踏み入れたのは初めてであった。

 背の高い建物が軒を連ね、全体的に石造りの町並みにはちょっとした新鮮さを感じる。


 リジャイナが案内するのはヴィルモランタウンのメインストリートらしく、歩道には多くの人が行き交い、馬車と自動車が混在する車道は片側四車線あった。


 まずリジャイナが寄ったのは日用雑貨が置いてある店である。

 主な客層は庶民らしく、値段も手ごろなものばかりだった。


 恭介はざっと店内を歩き回ったあと、タオル、石鹸、シャンプー、歯ブラシ、髭剃りなどをかごに入れた。

 やはりマルスク王国の文明レベルが日本のそれと変わらないと実感した。


 会計をするとき少々戸惑ったせいで財布を落としそうになった。


「大丈夫?」


 リジャイナが笑いをこらえた声で言ってくる。


 バツの悪い思いがした恭介は思わず無造作に料金を台の上に置いた。

 お釣りを受け取って店を出ると、次は近くにある服屋に行く。


 こんな調子で何軒か周り、車に戻った。


「さて、帰るか」


 と独り言のように恭介が言うと、


「いや、まだまだ。あたし、ちょっと寄りたいとこあるんだけど」


「マジかよ」


 恭介が呆れたのも無理はない。

 練習場を出たときは、まだ昼過ぎぐらいで、今は日が暮れようとしていた。

 仕事終わりの人々が帰途につく時間になり、町が混雑しそうだった。


 それに夕食の時間もある。

 何の断りもなしに帰りが遅れるとなるとみんなが心配してしまう気がした。 


 ここが日本なら電話やLINEで済む。

 しかしこの世界には携帯電話の類が存在しない。

 恭介はこの世界に来たとき、スマホは持っていたものの、当然電波が届く状況ではなく、全く使えなかったので、部屋の机の引き出しにしまったままにしてある。


「ここって公衆電話ってあるのか?」


「あるけど、この時間混んでいるからけっこう待つよ」


「そうか」


「もう、余計な心配はしないでいいの。さ、行くよ」


 と言って、リジャイナはさっさと行ってしまう。


 しょうことなしに恭介はため息を吐いてからリジャイナの後を追った。


 彼女が連れてきたのはレストランだった。

 入口の上には三日月形の看板がかかっていて、『レストラン ヘルムスリー』と書かれてある。

 リジャイナが店の中に入り、恭介も後から続く。


 中は思ったほど混んでおらず、まだ混雑する時間帯ではないようだった。

 一般的な大衆レストランといった趣で、面積が広く、いくつものテーブルが並べられてあった。


 店員の案内で、二人は隅のテーブル席に腰かけた。

 メニューを手に取りページをめくった。

 すると、いきなり酒のメニューがずらっと並んでいた。


「おい、リジャイナ。酒飲むんじゃないんだろうな」


 マルスク王国でも飲酒運転は厳禁だとエレノアから聞いたことがあったのを思い出した。


「まさか、ここのスイーツ結構おいしいのよ」


 リジャイナの口ぶりから何度かこの店に来たことがあるようだった。


「酒しかないぞ」


 と言って恭介はリジャイナにメニューを見せた。


「ああ、これお酒用のメニューだって。本命はこっち」


 とリジャイナの前に置かれているメニューに恭介は目を遣った。


「ほんとだな」


 ちょっとした勘違いをして顔が赤くなった。


「けど、何がいいんだろうなぁ」


 スピレッタ調教場に帰ったら、夕食の用意があるはずで、ここでがっつくわけにはいかない。

 迂闊に食べ過ぎてしまうと、体重制限に引っかかりかねない。

 ペガサス競馬の斤量は重く、あまりそこを気にする必要もないが、余計な体重を増やすと、身体のキレが無くなり、いつも通りの騎乗ができない恐れもある。


「あたしと同じやつでいい?」


 あれこれ迷っていると、リジャイナがしびれを切らして言った。


「なに頼むんだ?」


「ケーキとジュースよ」


「コーヒーってあるのか?」


「あるよ」


「じゃあ、リジャイナと同じケーキとコーヒーで」


 と恭介が言うと、リジャイナは店員を呼んで注文した。


「キョースケってさこういう店に来ないの?」


「エレノアたちのとこに来てから、一回も。それに買い物したのも初めてだし」


「いやあ、さすがにそれはどうかと思うよ、社会人として」


「しょうがないだろ。調教場から町まで遠いし、車の運転もできないし」


「ま、それもそうね。早いところ免許取った方がいいわよ」


「エレノアがなんて言うかなぁ」


「もう、またエレノアのこと? キョースケってエレノアに弱いんじゃないの?」


「弱いっつうか、なんつうか。一応調教師だしな」


「ほんとう? ひょっとしてぇ」


 リジャイナは年ごろの女性らしく、恋愛話に興味があるようだ。


「違う違う違う。俺が運転して事故でも起こしたらスピレッタ調教場の馬に乗れなくなるだろ。万が一のためってやつだよ」


 恭介は早口で言った。

 本当はエレノアとの仲を進展させたい気持ちがあるものの、はっきり言う勇気はない。

 心底にある下心を誰かに知られるのがなんとなく恥ずかしかった。


「どうだかねぇ、にひひ」


 リジャイナはからかうように笑う。


「そんなんじゃねえって」


 恭介はテーブルに肘をついて頬杖をしてそっぽを向く。その様子がおかしいかったのかリジャイナは笑顔のまま恭介を見ている。


「キョースケって案外エレノアに尻敷かれているんじゃない?」


「おっさんみたいなこと言うな。俺はただ――」


 恭介が必死に弁明していると、入口から騒がしいグループが入ってきた。


「あーあ、マジで疲れた」

「ほんと、勘弁してほしいわ」

「ったく、人をこき使いやがって」

「今までとは大違いね」

「姉ちゃん、俺たち六人な」


 と上から目線で店員に接するグループ。

 よく見ると男三人に女三人、仕事終わりにここに寄ったのかもしれない。


「なんだ? あいつら」


 恭介が訊いた。


「たぶん近くの牧場とか調教場とかのスタッフだと思う。あ――」


 とリジャイナはなにかに気づいて目を見張った。


「タドカスター調教場の連中よ」



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