面接
スピレッタ調教場に着いて車を車庫にしまうと、二人は厩舎に足を運んだ。
ロディとオリアナが馬を外に出して歩様をチェックしている最中だった。
その間にラモンとミノルが馬房の掃除をしているはずである。
「おつかれさま」
とエレノアは声をかける。
「お帰りなさい、お嬢さま」
オリアナが気づいて挨拶を返す。
「キョースケ、飛翔の練習はどうだった?」
と訊いたのはロディである。
「まだ感覚がつかめないっすね。本番までに何とかしないと」
「お嬢さま、キョースケに飛翔調教をやらせながら経験を積ませたらいいんじゃないですか?」
オリアナが進言する。
彼女の提案はある意味で当然のことで、競走馬に関する知識や技術はOJTによって向上させる側面がある。
たとえ新人とはいえ、仕事で経験を積まないことにはいつまでも半人前のままになってしまう。
「まだ無理ね。せめて一人で飛翔してもらわないと調教でも使い物にならないわ」
「辛らつだなぁ」
ここに来てから馬に関することにダメ出しをされたことがなかったので、恭介はつい落ち込んでしまう。
「でも、キョースケならすぐにできるわよ。わたしだって最初のころは練習を積んでからやっと調教に乗せてもらったんだし。一週間もあればなんとかなるわ」
「上手くいけばいいけどなぁ」
とネガティブになってしまう恭介。
今日の練習内容では見通しが立ったとは言い難かった。
「今は一生懸命練習するしかないだろうな」
当たり障りもなく言うロディ。
「それに、スタッフも募集しているし、手が足りなくなるってことはないと思うわ」
「そういや、グラントさんとリジャイナの面接っていつやるんだ?」
「明日よ」
いつの間にか二人に連絡をつけていたらしい。
「面接にはわたしだけじゃなく、キョースケとロディも同席してもらうわ」
「俺も?」
いくら短期間でレースに勝っているからとはいえ、面接官ができるほどスピレッタ調教場のことやペガサスに知悉しているわけではない。
それならミノルやオリアナが同席した方がよさそうだった。
「キョースケが取り入れた調教もあるからね。他の調教場でやっていない方法だし、キョースケが直接説明してもらった方がいいわ」
「まあ、いいけど」
大役を任せてくれるのはありがたいが、どうも引っかかる。
もし二人がスピレッタ調教場の情報を聞き出して他の調教場に移籍するとなれば、スピレッタ調教場のアドバンテージが無くなってしまう恐れがある。
果たして調教の内容まで伝えていいのだろうか。
「キョースケ、心配しなくていいよ。引き運動だって他の調教場も取り入れるから」
オリアナは恭介が怪訝な色を浮かべたのに気づいたらしかった。
「え?」
「リンウェルダウンズでもミスクララとウィントンの引き運動やったのよ。あれを見て、パウルさんとかが効果がありそうだって言ってたし」
「それにキョースケの知恵も遅かれ早かれ他の調教場に伝わるだろう。もしあの二人が他に移籍するようなことになっても、仕方ないと割り切れる」
ロディも恭介の心を読んだかのように付け加える。
「なら、しゃあないっすね。一通りのことはやってみますよ」
◇
翌日も朝の調教を終えたあと、飛翔の練習に向かった。
徐々に急加速のタイミングが掴めそうだと感じたのだが、あと一歩のところで落馬してしまった。
飛翔の練習を開始して二日目にしては上々の首尾だが、肝心の工夫については良いアイディアが思い浮かばなかった。
もう少しでレースに騎乗しなければならないプレッシャーもあって頭が上手く回らない感覚に陥ってしまう。
エレノアの運転する車中でも窓の外を眺めながら思考を巡らせているが、決め手になる工夫が思い浮かばない。
そのエレノアであるが、傍から見ているなりに手応えを感じているようだった。
恭介は焦りを感じているが、飛翔の練習を始めて二日目、それにペガサス競馬では前代未聞のモンキー乗りでの飛翔を勧めたのは間違いなかったと見ているようだ。
エレノアは運転中、何も喋らなかった。
恭介が真面目に考え事をしていると察してくれたらしく、彼女なりに気を遣ってくれたようだ。
スピレッタ調教場に着くと、駐車場に見慣れない車が一台停まっているのが見えた。
グラントかリジャイナのものらしく、相乗りでここまで来たらしい。
恭介は先に車から降りて大仲に向かった。
中に入ると、ちょっとした緊張感が漂っていた。
グラントとリジャイナはすでに席についており、ロディと対面していた。
人生をやり直すグラントは緊張した面持ちでロディを見つめており、リジャイナは平然と脚を組んでいる。
ロディの眉根に薄く皺が刻まれているのは、リジャイナが面接に来る態度ではないと感じたからに違いない。
「あ、キョースケ」
リジャイナが恭介に気づくと手を振って挨拶をした。
「もう始まってたんだ」
恭介はそう答えただけで、ロディの隣に腰を下ろした。
「お嬢さまは?」
ロディは横目で訊いた。
「すぐに来ますよ。それで、どこまで話が進んだんですか?」
「二人に引き運動のことを話していたところだ」
「で、二人はどう感じたんですか?」
年上のグラントがいるので自分なりに丁寧に訊く恭介。
「他の調教場よりはキツそうだなとは思いました。けど、新しいことを取り入れているみたいだし、面白そうな感じはします」
リンウェルダウンズ競馬場の時とは違い、グラントは恭介相手でも丁寧に話す。
大切な転職の機会を逃したくないのだろう。
慎重な雰囲気がある。
「あたしはどうかなって思うんだけど」
反対にリジャイナは砕けた態度である。
「効果を目の当たりにしていないから無理もないが……」
ここで一定の理解を示すロディ。
引き運動を取り入れた際、オリアナ、ラモン、ミノルが反対していたので、リジャイナの反応は織り込み済みのようだった。
「調教前後にペガサスを歩かせたら、疲れが溜まっちゃうじゃん」
「そう思われても仕方ないな。だが、引き運動を取り入れてからうちの馬は三戦三勝だ」
「そうですか」
グラントも引き運動の効果を疑っているようだ。
「でさ、なんでそんなことをしようと思ったわけ?」
「調教やレースのあと、乳酸って疲れを引き起こす物質が溜まるんだけど、それを解消するために引き運動をするんだ。で、ウォーミングアップーー」
「ちょっと待って」
リジャイナが右手を差し出して恭介の言葉を遮る。
「それ、どこで仕入れた知識?」
「たしかにな、ニュウサンって言ったっけ? そんなの聞いたことないぞ」
グラントも疑わし気に恭介に目を遣る。
――やばっ。
迂闊だった。
この二人は恭介が地球から転移してきたことを知らない。
エレノアたちを説得したときと同じ調子で話したのがまずかった。
グラントとリジャイナに怪訝な色が浮かんでいる。
言葉に詰まった恭介を明らかに疑っていた。
「実は――」
とロディが口を開いた。
「先代のキプロン伯爵の元に仕えていた無名の騎手がいてな。その人が引き運動の効果を説いていたのだが、信憑性に欠けたものだった。だが、スピレッタ調教場としては藁にも縋る思いで引き運動を始めてみたら、これが効果絶大だった。思わぬ僥倖というべきだろうな」
ロディは虚実綯い交ぜに話した。
「ふーん、そうなんだ」
リジャイナは一応納得したらしい。
「間違っていたことが、実は正しかった、か」
グラントも感心したかのように目を見張る。
「だから、今後もうちでは引き運動を続ける。それが飲めないなら二人を採用することはない」
ロディは二人に反論の隙を与えないよう断言した。
「俺は元から文句はないですけど」
グラントは言い訳がましく口籠った。
「うーん、でも常識外れね。ペガサスって丈夫だしそこまでやる必要あるのかな?」
一方のリジャイナはまだ不満げだった。
「でも、ペガサスだってアスリートだろ。だから――」
恭介が説明しようとしたとき、ドアの開く音がした。
エレノアが入ってくる。
「ごめん。ちょっとうちの子たちの様子を見てたから」
「気にしなくていいよ。調教師だもんね」
リジャイナの口調は相変わらず砕けたままである。
――グラントさんはともかく……。
リジャイナはどうだろうな、と恭介は思った。
列車の中でリジャイナは調教師になる夢があると言っていたはずだ。
今までのやり方を踏襲しようとするあまり、試行錯誤をする苦労をしたくない感じがする気がした。
日本にいたころも、恭介の師匠、小木兼人調教師は今まで学んだことを生かしつつも、常に試行錯誤を繰り返し、より強い競走馬を育てることに余念がなかった。
おかげで恭介も厩舎スタッフも振り回される羽目になるが、いずれ実を結ぶ作業だと信じてやった。
その結果、小木厩舎は良績を収めることができたのだと恭介は思っている。
その点エレノアも同じ考えを持っている。
異世界からの知識を良いと思ったら即座に取り入れ、効果があると見たら素直に認める潔さがある。
採用面接の場で疑問しか口にしないリジャイナは果たして大丈夫なのかと、内心訝ってしまうのだ。
「で、どこまで話が進んだ?」
エレノアは恭介の隣に腰かけながら訊く。
「引き運動の効果について話していました」
ロディが言った。
「うん、そうね。キョースケが教えてくれたことってためになるから、二人も見習った方がいいわ」
「え?」
「へ?」
「おじょ……」
グラント、リジャイナ、ロディはそろって声をあげた。
「どうしたの?」
何も知らないエレノアは無邪気に声をあげた。
恭介は何も言えず、水面に口を突き出す金魚のように口を動かした。




