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プルネラとの話 1

 タクシーを降りて二階の部屋までエレノアを運び、ベッドの上に寝かせた。

 体重が軽いとはいえ、ここまで運ぶのは一苦労だった。


「あーつかれたぁー」


 恭介たちの苦労をよそに、エレノアは解放感を味わうかのように声を上げた。

 するとエレノアは身体をもぞもぞ動かしたあと、大の字になった。

 ボタンが三つはずれているせいで襟元から見える鎖骨が照明に照らされ艶やかな陰影を作り、乳房が見えそうになった。


「こっちの苦労も知らないで」


 隙だらけのエレノアがかえって心配になる。

 普段ならこっそり胸を覗きかねない状況だが、こうまで無防備だと欲情よりも心配が勝つんだなとうっすら思う。


「おつかれさま」


 とプルネラが労ってくれる。


「ありがとな。しっかしここまで乱れるとはなぁ。貴族のお嬢さまとは思えねえな」


「ふふ。そうね」


 プルネラはエレノアの開放的な格好を見て微笑を浮かべる。


「ほら、ペガサス競馬の世界って元々男社会だったでしょ。そんな業界にいたら男の視線って気にならなくなるんじゃない?」


「プルネラもそうなのか?」


 と、恭介は訊いた。

 日本にいたころ、女性の騎手や厩務員もいたが、動きやすい服装をしているとはいえ、女性らしい身だしなみをして異性の視線を気にしている人もいた。

 中にはプルネラのようにレース当日に化粧をしない女性もいるので一概にどうこう言えないかもしれない。

 現にエレノアは胸をガン見した恭介に怒りを見せたことがあるので、異性の視線を気にしないというのは当てはまらない気がする。


「プライベートは別よ。それよりも、ここを出ない? エレノア、寝ちゃったわ」


 そう言われてエレノアを見ると、いつの間にか寝返りを打って背中を丸めて横になっていた。

 幸せそうな顔つきになって静かな寝息を立てている。


「じゃあ、下の食堂に行くか」


「そこだとちょっと……キョースケの部屋はどう?」


「へ?」


 思いがけない提案に、恭介は一歩後退る。


「なにキョドってるのよ」


「いやあ、女の人をホテルの部屋に入れるってのはちょっとなぁ」


「あら、キョースケったら変なこと考えているんじゃないでしょうね」


 プルネラは斜めに身体を向け、腕を組んで胡乱げな目つきで恭介を見つめる。


「そういうわけじゃないけど」


「安心して。もしキョースケがわたしに手を出すようなことがあれば、どうなるかわかっているわよね」


 プルネラは怪しげな笑みを浮かべた。


「……わかっている」


 彼女がリジャイナに何の躊躇もなく頭突きをしたのを思い出した。

 それに元ヤンキーという経歴から、おそらくかなり喧嘩慣れしていると感じ、恭介は怖気をふるいそうになる。

 もし何かの間違いが起きてプルネラに手を出そうものなら、身体の形が変わるほどの衝撃を何発も受けてしまうのだろうか。

 そんな妄想が頭の中で巡った。


「じゃあ、行きましょう。案内して」


 と言いながらも、プルネラは先に部屋を出た。


 後に続こうとしたとき、ふとエレノアが気になった。

 彼女は相変わらず寝息を立てて幸せそうに眠っている。

 リンウェルダウンズ競馬場での仕事を終えて、安心し切っている観があった。


 部屋の明かりを消して部屋を出ると、そっとドアを閉めた。


   ◇


 部屋の片づけを一切してなかった。

 着替えの下着やシャツは床に散乱し、シーツが乱れたままで、ラモンから借りたバッグを開けたまま床の真中に置きっぱなしにし、飲み物のボトルがあちこちに転がっていた。

 ()()()()()がなかったのは幸いだったが、とても人を迎え入れる部屋ではない。

 散らかっているせいで狭い部屋がいっそう狭く感じる。


 恭介は慌てて床に散らばった着替えを一気にひとまとめにし、ベッドの上に放り投げ、バッグを隅に寄せた。


「いいのよ。男の人ってこんなものでしょ」


 とプルネラは苦笑する。


「いやあ、女に見られるってのは、こっぱずかしくってさ」


「気にしなくていいわ」


「慣れてる?」


「別に」


「そうか」


 と言って恭介は部屋の隅にあった椅子をベッドの前に持ってきて、プルネラに座るよう促した。

 彼女は遠慮ない仕草で椅子に座ると、脚を組んで背もたれに背中を預けた。


「で、話ってなんだ?」


 恭介は両肘を膝に付き切り出した。


「いろいろと話したいことがあるんだけど……」


 プルネラはもったいぶったように脚を組みなおした。

 その仕草がゆったりとしていて妙に艶めかしかった。

 スカートが波を打ち、裾からはみ出る足首に灯を弾く艶があった。 


「まず、キョースケのことを聞こうかしら?」


「俺のこと?」


 虚を衝かれた思いがして、一瞬思考が停止した。

 てっきりジュスタンの不正絡みのことだと思っていたので、言い訳の文言が思いつかない。


「ええ。ちょっと気になるのよ。いつあの乗り方が有効だって気づいたのか」


「ああ、それか。ほんのちょっとしたきっかけだよ」


 ほっとした様子を見せないよう平静を装う。

 プルネラは恭介の正体を訝しがっていないようだ。


「きっかけ?」


「たまたま遊びで立ち乗りしたら、ペガサスが気持ちよさそうに走ったもんだからさ。ひょっとしたら余計な負担をかけなくてもいいんじゃないかって気づいたんだよ」


 嘘をつくのは気が引けたが、事実を話してもプルネラが信じるわけがないと思い、こう言わざるを得なかった。

 仮に事実を告げる日が来るとすれば、エレノアと一緒の時が良いとも考えた。


「それって、私もできるかしら?」


 プルネラは真剣な眼差しで恭介を見据える。

 あまりの鋭さに、恭介は視線を宙に逸らし、考えるふりをする。


「出来るさ。馬上でケツを動かさないようにして膝と足首でショックを吸収するイメージで乗るんだよ」


「難しそうね。飛翔でもできるのかしら?」


「さあな。それは俺も試したことがないから、なんとも。でも、平地なら強力な武器になるし、しばらくはこのやり方を試してみるよ」


 恭介はベッドに後ろ手を突く。

 プルネラは相変わらず恭介から視線を外そうとしなかったものの、少し和らいだ目つきになった気がした。


「キョースケって、飛翔に乗ったことがないの?」


「いやいや、あの乗り方ではってこと。平地でも有効なら飛翔でも試してみる価値はあるって意味さ」


 咄嗟の言い訳にしては上手くいったな、と思った。


「もし上手くいったら、プルネラにもやり方を教えてやってもいいぞ」


「本当?」


 プルネラは組んだ脚を解き、目を見開いて喜色を浮かべた。


 おっ、と恭介は胸の内で驚いた。

 普段はミステリアスな雰囲気を演出しているプルネラが、素直に喜んだ様子を見せて不意を突かれたらしかった。


「別に秘密にするようなことじゃないしな」


「そうなの?」


「ああ。自慢じゃないけど、俺の乗り方に効果があるって気づいたら、みんな真似するだろうし、秘密にしてもいつかはバレるからな」


「でも、人に教えていいものなの? キョースケの武器を他人に与えるようなものよ」


「うーん、そうだよなぁ」


 恭介は頭に手をやって考えを巡らせる。


 確かにプルネラが言う通り、敵に塩を送るような真似をしてもいいものかと考える。

 ただ、恭介もモンキー乗りは競馬学校時代に学び、デビューしてからも色んな人のアドバイスに耳を傾け技術の向上に励んだ。

 皆が敵であり、味方でもある不思議な関係で成り立っているのが騎手という職業だ。

 お互いの長所を褒め合い、短所を指摘して高みを目指すものだと、恭介は自然にそう考えるようになった。


 たとえ世界が違うとはいえ、アドバイスを求めてくる騎手を無下に扱う考えを恭介は持っていなかった。


「お互いを高め合うのに、敵も味方もないって感じかな。俺もデビューしてからいろんな人に世話になっているし、何よりも競馬が好きだからな。誰かに恩返しをしたいんだよ」


「それが、わたし?」


「ああ。プルネラはエレノアとの約束を果たしたいんだろ?」


「あっ」


「俺だってエレノアが喜ぶ姿を見たいしな。俺が勝ちまくってスピレッタ調教場を助けつつ、プルネラがザ・バートレットに勝つ。それが一番、エレノアが喜ぶことなんじゃないか」


 結局、エレノアのことに話を持っていく恭介。

 祝勝会でのスピーチの名残がまだ心根に張っているような感覚だった。


「そうね。たしかにそうだわ」


 プルネラは視線を落とし、微笑を浮かべる。

 ただ、その表情にはわずかな陰りが見えた気がした。


 しばし、沈黙が流れる。

 時おり、窓の外から車の走る音が部屋に届いてくる。

 明度の弱い照明に照らされたまま口を閉ざしているプルネラを、恭介はただ見つめる。


「キョースケ。もう一つ訊きたいことがあるの」


 プルネラはおもむろに顔を上げて恭介と目を合わせる。


「どうした?」


 急に話が変わって戸惑いを覚える恭介。


「ジュスタンさんのこと、どう思っているの?」


 そう言ったプルネラの目に、再び真剣な光が帯びた。


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