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ジュスタンの待つホテルへ  ※プルネラ視点

 デインの運転する車でダーシータウンの大通りを南に下って行ったとき、プルネラはまたしてもエレノアのことを考えていた。

 エレノアとキョースケは郊外にある『ゴールデンダン』で祝勝パーティーをしているはずだった。

 そこはアーチャーズノートの馬主ブルーネレスキ卿が自ら設計し、所有するホテルである。

 今ごろキョースケは巧みな手綱さばきを褒めたたえられ、エレノアも所属馬を勝たせた実績を持ってブルーネレスキ卿のペガサスを入厩させるように働きかけているかもしれない。


 エレノアが騎手を辞めて調教師になると聞いたとき、プルネラは疑問に思った。

 彼女のペガサス競馬に対する熱意と知識は舌を巻くものがあるものの、調教師として成功できるか全くの不透明だった。

 騎手として名を馳せ、若いながらもトップジョッキーとしての実績を積みつつあった。そんな彼女と腕を競い合ったのをプルネラは誇りに感じている。


 だが、優れた騎手が名調教師になれるとは限らない。

 スピレッタ調教場はかつて名門として名を轟かせたが、パジル・チャップルがジュスタンに引き抜かれ、没落の一途を辿るはずだった。

 それを引き継ぎ、再び名門として再興するのは不可能に思えた。


 ところが、キョースケが来て以来、スピレッタ調教場は息を吹き返しつつある、とプルネラは感じていた。

 新人離れした騎手を見つけ、所属馬を勝たせるエレノアの手腕を認めざるを得ない。

 プルネラが聞いた噂だと、キョースケが乗ってくれるのならスピレッタ調教場にペガサスを預けたいと考える馬主もいるという。

 エレノアは着実に調教師としての実績を積み上げている。


 ――それに引き換え……。


 あたしはどうなんだろ、とプルネラは蓮っ葉な言葉を胸の内に呟く。

 ライバルがレースに乗る機会を奪ったジュスタンのペガサスに騎乗し、勝ち星を稼いでいる。

 騎手としては勝てる馬主と騎乗契約を結び、良いペガサスに乗るは当たり前である。

 現にジュスタン率いるタドカスター調教場には素質豊かなペガサスが数多く入厩している。

 セカンドジョッキーの契約を結ぶ際、ジュスタンはプルネラにも評判のペガサスに乗せてやると口約束をした。

 その言葉通り、ジュスタンは優れたペガサスに乗せてくれ、プルネラはリンウェルダウンズ競馬場の開催で多くの勝利を挙げた。

 レベルが低かったとはいえ、これからのレースに弾みをつけられる結果となった。


 ――それでも……。


 と、プルネラは思ってしまう。

 ライバルを苦しい境遇に追いやった男のペガサスに乗るべきなのか。

 騎手としてのプライドと、エレノアへの友情の板挟みになっている気がした。


 そして、不正を厭わないジュスタンのペガサスに乗り続け、ゆくゆくは大きなレースを勝てたとしてもそこに名誉は伴うのだろかしらとも思う。

 あの男は自分の有利に事を運ばせるため、どんな手を使っても不思議ではない。

 そのことはリンウェルダウンズ競馬場の異変で証明されたようなものだった。


 たとえプルネラ自身に危険が及ぼうとも、ジュスタンを告発し騎手としての名誉を守るべきではないのか――。


「考え事か?」


 デインの声が耳を打ち、考えが途切れた。

 はっとなって横を見ると、デインが窺うような目つきで眺めてきた。

 気づけば車が止まっている。

 運転席の窓越しに見える馬車がゆっくりと車を追い越して行くのが目に移った。


「ええ、ちょっと」


 プルネラは顔を背けて答えた。


「ジュスタンさんのことか?」


「……はい」


 と正直に答える。


「ま、あの人のやり方には不満があるけどな。でも、俺たちはあの人の主戦だ、あまり悪く考えない方がいいぞ」


「なら、なぜキョースケの肩を持ったんですか? ジュスタンさまの意向に反するのでは」


「あいつが騎乗停止処分を受けたときのことか?」


「はい」


「あれはカモフラージュだよ。キョースケが乗れなくなれば俺たちも助かるけど、騎手組合の言っていることは正しいからな。上手く折り合いをつけたつもりさ」


「折り合い、ですか」


「考えてもみろ。あの場でキョースケを貶めても意味はねえよ。下手にヴォートの奴を庇えばこっちの立場も悪くなる」


「そうですね」


「それに今回の開催、なんでだか派閥争いみたいな感じになっていたからな。ジュスタンさんとその他って具合に。キョースケの処分に反対しておかないと他の騎手から目をつけられて何されるかわかったもんじゃない」


 どうやらデインもそのあたりの事情はわからないらしい。

 喧嘩を売ってきたリジャイナだけではなく、他の騎手からもレース中に何度も妨害を受けた。

 プルネラ個人というよりはジュスタン陣営を勝たせまいとする見えざる意思が動いているような感覚があった。


「ジュスタンさまなら、そのあたりの事情を知っていますか?」


「さあな。気になるんだったら本人に聞いてみるか?」


 とデインがうすら笑いを浮かべる。

 その顔つきに、彼は腹に一物を抱えていると感じた。


「ところでデインさん。ジュスタンさんとどんな話をするのですか?」


「なんのことだ?」


「弱みを握ったと言ってましたけど、そのことと何の関係が?」


「別に。なんもねえよ。ジュスタンさんとメシでも食いながら今後の話をするだけだ」


「今後?」


「そいつは、着いてからのお楽しみだ」


 やはりデインは良からぬことを考えているらしい。

 どこかしら軽薄な印象の受ける彼に不安を覚えるプルネラ。

 デインの企みが上手くいくとは思えなかった。


   ◇


 駐車場に車が止まり、プルネラはすぐに降りた。

 北の街らしく冷ややかな風が吹き、下ろした長い髪が揺られる。

 ノースリーブの服を着て失敗だった、とプルネラはちょっぴり後悔した。


 駐車場の入口を右に折れ、少し歩いたところに『ラタン』がある。

 高級ホテルとは違いドアボーイがおらず、小さなすりガラスがはめ込まれた木のドアがあるだけである。


「ずいぶん質素なホテルですね」


「安く済ませたいんだろうよ。金持ちっつうのは案外ケチらしいからな」


 デインが知ったかぶりのような言葉を吐いてから中へ入り、プルネラも後から続いた。


 受付には数人の客が並んでいたが、デインはそれを無視してデスクの脇にいた係の人に声をかけ、ジュスタンがいるかどうかを訊いた。


「あれ? プルネラじゃないか」


 とホテルの客が声をかけてきた。

 男女のカップルで、ペガサス競馬のファンらしくプルネラの顔を見ると二人一緒に近づいてきた。

 周りの客も気づき、彼らの視線が一斉にプルネラに集まる。


「ホントだわ。すごーい」


 と垢ぬけない女性が明るい声で言った。


「リンウェルダウンズ競馬場へお越しになったのですか?」


 こういう時の心構えをプルネラは理解していた。

 どんなに疲れているときでも無下に扱うことなくファンを大事にしろ、と教えてくれた人がいた。

 ペガサス競馬の騎手の顔は良く知られている。

 ましてやプルネラは美人騎手としてもてはやされているのだ。

 下手な態度を取れば悪評がすぐに広まり、ペガサス競馬の関係者からの評判も落としかねない。

 如才なく笑顔を振りまくことでやり過ごす方が得策だと騎手生活を通じて感じていた。


「いやあ、マジで美人だな。クールな感じで」


「ちょっとあまり顔のこと言わない方がいいわよ。ねえプルネラさん。サイン貰ってもいいですか」


 女の方も遠慮がない。

 慌てて鞄からノートとペンを取り出した。

 しかしそれぐらいならわけないとプルネラはサインを書いた。


「わあ、ありがとうございます」


 女はサインの書かれたノートを抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。


「このホテルに泊まっているんですか?」


「いえ、そうじゃないわ。馬主さんと会う約束をして、これからちょっと打ち合わせなの」


 とプルネラは両手を振って否定する。


 ――困ったなぁ。


 とプルネラは思った。

 庶民的なホテルで会食するならこういう事態は想定しておけと、胸の内でジュスタンに文句を言った。

 

「プルネラ、最上階のレストランだ。行くぞ」


 デインが呼んだ。

 内心ほっとしてプルネラはファンの二人に軽く挨拶をして別れようとした。


「なんだ、デイン・レギュラスにプルネラ・ハートレーか」

「まさか付き合っているのか?」

「くそ、うらやましい」

「いやいや、下手したら頭突き食らうぞ。知らないのか女騎手と喧嘩したって」

「うおぉ、こええな。ドSってレベルじゃねえぞ」

「構うもんか。それぐらい我慢してやるさ。意外と気持ちいかもよ」

「お前はМだもんな」

「やかましいわい」


 どっと笑う客たち。

 品のない雑談を交わす中、プルネラはその声を無視して、レストランへ足を運ぶ。


 ――ぶったおしてやろうか、こいつら!


 元の性根はなかなか直らないらしく、プルネラは胸の内でチンピラの文言を吐いた。


「プルネラ、顔に出ているぞ」


 呆れた声でデインが言う。


「あ、いけない。わたしったら」


 プルネラは歩きながら深呼吸をして心を落ち着ける。


「ったく、ものすごい目つきだったぞ。元不良なのは仕方ないけど、少しは大人になれよ」


「わかっています」


 プルネラは顔が熱くなり、語気を強めた。

 普段は取り澄ました出で立ちでいようと心掛けているのだが、どうしても地が出てしまうのだった。


 ――いい加減、直さなきゃ。


 と思いながらレストランへ歩を進めるプルネラであった。


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