回想 ※プルネラ視点
エレノアたちがリンウェルダウンズ競馬場を出てもデインは車を動かそうとしない。
ハンドルに両手を乗せて緩んだ顔つきで前をじっと見つめている。
助手席に座っているプルネラは彼の態度を訝しげに思っていた。
今回の開催で騎手組合の肩を持ち、キョースケを擁護したこともある。
明らかにジュスタンの意向に反する態度だった。
ジュスタンに嫌気を差して主戦騎手の契約を破棄させる方向にもっていこうとしたらしいのだが、その企ては上手くいくかどうかわからない。
そう思っているプルネラ自身もジュスタンとの契約を見直したい気持ちがあった。
プルネラはいずれトップジョッキーになるための足掛かりとしてジュスタンと契約を結んだのだが、疑惑の多い馬主と付き合うと思わぬとばっちりを受けてしまい、思わぬ風評被害を受けかねない。
もし契約を破棄してしまえば、いったんは騎乗機会が減るかもしれないが、レースで腕のあるところをアピールできればまた騎乗依頼が来る。
プルネラはそれだけの腕があると自負していた。
ジュスタンは、プルネラとデインには貪欲に勝ちを求める一方、他の騎手――つまり食いっぱぐれた三流騎手にはキョースケの妨害を命じたはずだ。
現にキョースケはヴォートに落馬させられたと言いがかりをつけられ、ヘドレイの妨害により馬上から放り出されてしまった。
プルネラは一騎手として彼らを許せなかった。
たとえ同じ馬主の勝負服を着る仲間とはいえ、彼らの妨害は常軌を逸している。
プルネラは正々堂々と腕を競い合いたかった。
真っ向から相手を打ち砕く腕を披露するからこそ騎手に価値がある。
卑怯な手を使って馬主に勝利を献上したとしても、そこに本質的な価値が見出せるとは思えなかった。
あと、気になる点がもう一つある。
今回の開催、明らかにジュスタン陣営が有利に働く裁定が多かった。
プルネラ自身、リジャイナに頭突きをかましたのにもかかわらず、二週間の騎乗停止という比較的軽い処分で済んだ。
その後騎手たちを巻き込む乱闘に発展したので、きっかけを作った自分に重い処分が下ってもおかしくなかった。
ところがオーリックの独断でリジャイナの処分が重くなった。
明らかに釣り合っていない。
本来なら喧嘩両成敗で同等の処分が下るはずである。
そうはならなかったのは主席がジュスタンに配慮したせいだと思われた。
査問委員会は厳格にルールを運用しなければならない。
たとえ相手が王室であろうとも、ペガサス競馬に関しては真っ向から対峙できる機関なのだ。
その姿勢がペガサスレーシングクラブという主催団体が広く信頼されている証でもある。
しかし今回の開催、信頼を揺るがしかねない裁定を、オーリックが何度も下したのだ。
考えなくても答えは明らかである。
オーリックとジュスタンが繋がっているに違いないとプルネラは確信している。
今日、エレノアから二度呼び出され、ジュスタンの疑惑を告げられたとき、やっぱりとしか思えなかった。
彼女は正義感が強く、ジュスタンにさらなる処分を望んだのだ。
騎手に妨害しろと指示したのなら、馬主には重い処分が下る。
ましてやジュスタンは出入り禁止の処分を受けている最中である。
不正を指示したとなれば、無期限の馬主資格停止処分、もしくは永久追放だってありうる。
エレノアは大好きなペガサス競馬を汚す連中を許せなかったようだ。
この機にジュスタンを追い詰めたいと願ったのだ。
装鞍所の小屋でエレノア、アイヴァー、ヘドレイと話したとき、プルネラは思ったことをそのまま話していいか迷った。
エレノアは静かな怒りを湛えながらも、ヘドレイには悪いようにしないから正直に言うように求めた。
彼女はジュスタンが不正を強要したと思ったらしかった。
出なければ、騎手があえて妨害をする理由がないと考えたようだ。
ところが、肝心のヘドレイは不機嫌に俯いたまま口を閉ざした。
エレノアが証言を求めても、唸り声を上げるだけに終始し、次のレースの時間が迫ってしまったため、中途半端なところで話を打ち切らざるを得なかった。
ヘドレイも騎乗機会に恵まれず腐っていたところジュスタンの依頼を受けたせいもあり、義理を立てたらしかった。
それを見たとき、プルネラはヘドレイの考えた読めた気がした。
状況的にはヴォートやヘドレイがジュスタンから命じられてキョースケを妨害したのは明らかだったが、プルネラ自身はそのことについて直接は聞いていない。
もしプルネラがジュスタンの疑惑を告げるようなことがあれば、ヘドレイは間違いなくジュスタンに密告するだろう。
そうしたらどうなるか、考えるまでもなかった。
主戦契約を打ち切られるぐらいなら構わない。
違約金を払うかもしれないが、それはレースに勝った賞金から払えばよかった。
問題はジュスタンがどんな妨害を企てるかである。
プルネラが告発したとわかれば、キョースケが受けた妨害が自分の身にも降りかかるかもしれない。
まともなレースができず、腕をアピールする場を奪ってくるだろう。
今回のように査問委員会を手懐けプルネラを貶める可能性だってありうる。
ジュスタンを追い詰めるなら確実に彼が不正を犯した証拠を掴み、ペガサス競馬から追放するしか方法がないように思えた。
プルネラの顔に迷い出ていたせいか、エレノアは寂しげな表情を浮かべるだけで、深く追求しようとはしなかった。
もしプルネラがジュスタンに不利な証言をしてしまえば、プルネラを不利な状況に追い込まれるとエレノアは理解したらしかった。
だからエレノアは、中途半端なところで追及を止め、席を立ったのだ。
いろんなことを思い返していたとき、いきなり車が動き出した。
プルネラは背中を引っ張られ、シートに背をつけた。
「おっと、悪い。ちょっと荒かったか」
デインは悪びれる様子もなく謝る。
「気をつけてください」
と気のない注意をするプルネラ。
「考え事でもしてたのか?」
「え?」
「なんかずっと下を向いてたからさ」
「デインさんがいつまでたっても出発しないからです。わたし、どうなるかと思いました」
「へへ、手を出したいのはやまやまだけど、あとが怖いからな」
デインは乾いた笑いを出しておどける。
本気で思っているわけではなさそうだ。
「もう。からかうのもたいがいにしてください」
「悪い悪い」
といいながら、デインはダーシータウンへ向けて車を走らせている。
「それで、どこへ向かうんですか?」
「ジュスタンさんところ。ほら、俺たち主戦騎手じゃん。一応報告ぐらいはしておかないとな。それにこれだけ勝てたんだ。飯ぐらいはおごってくれるだろ」
「いらしているのですか?」
「ああ。最終日にプルネラを連れて来いってお達しがあったんだよ」
「わざわざこんなところまで……」
「なんでも本業の方でダーシータウンに来る用事があったから、そのついでに俺たちに会うってことらしいぜ」
「叱られるかもしれませんね。エレノアのペガサスが二勝して、しかもキョースケの十勝目を許してしまったのですから」
「大丈夫じゃね。俺たちはやれるだけのことはやったんだ。感謝こそあれど、叱られる筋合いはないな」
デインは自信ありげに言った。
というのもこの七日間の勝利数は、プルネラが一位、デインが二位だからだ。
それに付随してタドカスター調教場の勝利数も多い。
今回の開催、大挙に出走させた甲斐があったとも言えた。
デインが楽観視するのも無理はない。
「それに俺たちは弱みを握っているんだぜ」
「弱み? まさか……」
「だいたいおかしいだろ。一厩務員があんなマネするなんてよ」
「トマト、ですか?」
「ああ、あの人の指示に違いないさ」
デインは断言した。
口角を上げて良からぬ企てを頭の中で練っているらしかった。
――この人……。
何を考えているの、とプルネラは疑問に思った。
お互い、しばらく口を閉ざしたままジュスタンのいるホテルへと向かった。




