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ミスクララのレース 1

 開催四日目は特別な出来事がなく、淡々とレースが行われた。


 時おり控室に不穏な空気が流れたが、前日にアイヴァーが睨みを利かせたおかげか騒動には発展しなかった。 


 この日、恭介は一勝した。

 実力が抜けていたので、スタートを切ってハナに立つとそのままゴールし、あっさり勝てた。

 あと、三勝で飛翔競走に乗れることとなった。


 そして、開催五日目の最終レースの条件戦、恭介はスピレッタ調教場の牝馬ミスクララに騎乗する。

 一六〇〇メートルの直線競馬で、最終日のG3バロンクラウスカップと同じコースである。


 このレース、スピレッタ調教場にとって落とせない大事なレースである。

 だがミスクララの近走は芳しくなく、五走前に三着の成績がある程度だった。 


 それでも調教師のエレノアは今回に限っては勝算があると感じていた。

 というのもミスクララは平地飛翔問わず、コーナーワークが拙く、大きく外に膨れてしまう悪癖があった。

 ストライドが大きく、心肺能力は素晴らしいものがあるが、不器用な面があり、勝ちを逃すことが多かった。


 だからこその直線競馬である。

 ミスクララは別の競馬場の直線コースで勝利しており、今回は格好の舞台だった。

 

 以前、ミスクララのレース映像を見たことがある。

 コーナーで大きく膨れてしまう癖があった。

 馬群の内側に潜り込むと、他のペガサスに迷惑をかけてしまう。

 そのため、レースでは終始馬群の外を回すしかなく、他馬よりも長い距離を走る羽目になってしまった。

 スタミナを消耗し、最後の直線では伸びきれずに惨敗している。


 実際、恭介が調教で跨っても思うようにコーナーを曲がれず、直線に進入したときは外埒沿いに行ってしまったことがあった。


 パドックで待機しているときにミスクララのオッズを確認した。

 近走振るわないのにもかかわらず、ミスクララは二番人気に推されていた。

 一般のファンも目が肥えているらしく、直線コースならミスクララに勝ち目があると踏んでいるようだ。


 だが、恭介には二つの懸念があった。


 一つはコースの起伏である。

 リンウェルダウンズ競馬場の直線コースはスタート直後に下り坂になっており、加速しやすくなっている。

 下手に先行策を取るとペガサスが加速してしまい、前進気勢が強くなりすぎて制御が利かなくなる恐れがあり、ゴール前の上り坂でスタミナを使い果たしてしまう恐れがある。

 思ったよりもトリッキーなコースだと考えて良さそうだった。


 二つ目は例によって、ジュスタンの所有馬が出走していた点である。

 プルネラ、デインというジュスタン主戦騎手が跨るペガサスを含む、四頭ものペガサスを出走させていた。

 おそらく二人の跨るペガサスは勝算があり、真っ当にレースを進めると予測した。


 問題は他の二頭である。

 事前の情報だと秘湯とも先行できる脚を持っており、恭介とミスクララをマークするにはうってつけの二頭だった。


 それに加え、ただでさえエレノアを敵視するジュスタンである。

 騎手たちにどんな命令を下しているかわかったものではない。

 考えうる限りの反則行為を予測しておく必要がある。


 さらに恭介とエレノアは、入念なプランを立てていた。

 まずスタートしてから思い切って内埒沿いの進路を取ることである。

 新潟競馬場の直線コースと同様、このコースも本来、外埒に寄って馬場の良いところを通るのがセオリーだという。

 実際、開催五日目を迎え、ホームストレッチの内から真中あたりにかけて芝が荒れつつあった。


 ところが、内埒から一頭半のスペースだけ馬場が荒れていないことに二人は気づき、包まれるくらいなら単独で最内を走った方が良いと作戦を立てた。

 外埒沿いを走る馬群を見ながら、前から七、八番手あたりでレースを進め、残り四〇〇メートルを切ってから仕掛ける。

 ミスクララの脚なら十分に届くとエレノアは見立て、恭介もその作戦に賛同した。


 最終レースの返し馬が終わり、スタート地点で輪乗りをしていた。

 すぐにスターターがロープを渡し始めると、出走馬たちがこぞって外側を選択した。


 恭介は作戦を悟られないように、わざとのろのろとスタート地点へミスクララを向かわせた。

 各馬コースの外から順に整列する中、思惑通りミスクララを最内のポジションを取ることができた。


 スタートの体勢が整い、スターターがスタート台に乗り込んだ。


 恭介は目の前のロープを注視する。


 そして、ロープが跳ね上がり、スタートが切られた。


 ミスクララが良いスタートを切ってくれて、先頭に立ちそうな勢いだった。

 恭介は外の馬群を一瞥し、各馬の動向を探る。

 プルネラが果敢に先頭に立つものの、それを制したのがアイヴァーである。

 事前の情報だとプルネラが逃げる展開が予想されていた。


 アイヴァーのペガサスは差し馬のはずで最後のスパートにかけるタイプのペガサスのはずだった。

 スタートが良かったのかペガサスの行く気に任せるようだ。


 馬群の後方にデインが手綱を抑えて控えているが、馬の前進気勢が強く首をあげていた。

 どうも折り合いを欠いているようでデインは上手く御せないようだ。


 各馬坂を慎重に下り、ペガサスと折り合いをつけてレースを進める。

 恭介とミスクララは単独で最内を走り、先頭から三、四番手あたりの位置につけていた。

 折り合いを欠くことなくミスクララは順調に走ってくれている。

 指示よりも前目につけてしまったが、ミスクララの気分を優先してこのままレースを進めた。


 レースは澱みなく流れて行った。

 ペガサスの速度と馬場の状態を合わせると、ミドルペース気味だと感じた。

 恭介はレース前、このレースはスローで流れると見立てていたが、アイヴァーがプルネラのハナを叩いた結果、馬群が引っ張られるように流れたのだ。

 もう一度外埒に目を向けると、恭介とミスクララは六番手まで下がったものの、終始リラックスして走っていて、息が入った。

 結果的にエレノアのほぼ指示通りとなった。

 スタミナを温存できたので、仕掛けるときに弾けてくれそうだった。


 もう少しで下り坂が終えようとしたとき、恭介は目の端で異様な動きをするペガサスがいるのを捉えた。

 ジュスタンのペガサス二頭がポジションを上げつつ、にわかに内に寄ってきたのだ。


「やっぱそう来るよな」


 恭介は二頭の動きに注意を払う。

 鹿毛のペガサスが前方、栗毛のペガサスが横にいて、進路をカットできる位置にいる。


「なんだ?」


 一瞬、目の錯覚かと思った。


 恭介とミスクララに寄っているのは二頭だけではない。

 あと四頭がジュスタンのペガサス二頭をマークするかのように内に寄ってきているのだ。

 その四頭はジュスタンのペガサスではなかった。


 恭介は前に視線を戻し、馬場の状態を目で確かめた。

 この地点で残り一〇〇〇メートルを切っている。

 最終コーナーの先の馬場が荒れて見えた。

 よく見ると、事前の見立てとは違い、およそ二頭分のスペースがきれいなままであった。


 なので、少し外にずれても問題なさそうだった。

 そこで恭介はミスクララを内埒から少しだけ離し、他のペガサスに馬場の悪いところを走らせようとした。


 坂を下りきると、恭介は計六頭に囲まれる形となった。


「よう、キョースケ」


 いち早く外に張り付いたのはグラントである。

 その外にジュスタンの馬がいて上手くマークできなかったせいか口元が歪んでいた。


「なんのつもりっすか」


 声を張り上げて訊いた。


「おまえがそこを通っているってことは、馬場の状態が良いんだろうぜ」


 グラントは得意げに口角を上げる。


「こっちは力が足りないからね。一か八かよ」


 真後ろにつけたリジャイナの声が耳を打つ。


 ――まずいな。


 ジュスタンのペガサスがマークしてくるのは想定内だが、他のペガサスも内側に寄ってくるとは思っていなかった。

 しかも六頭とも馬群をがちがちに固め、騎手の脚や馬体が触れるほど接近してきたのだ。


 恭介はグラントの身体越しに、外埒沿いを走る馬群へと目を向けた。

 アイヴァーとプルネラの馬が馬体を併せる形で馬群を先導し、デインは後方に控えている。

 外の各馬、位置取りはあまり変わっていなかった。


 最終コーナーを過ぎると前に壁ができた。

 グラントも激しく馬体を併せてくる。

 いっそのこと処分を覚悟でグラントの馬に接触させ、進路を確保しようかと考えた。


 ――焦るな。


 恭介は胸の内で自分に言い聞かせる。

 グラントの進路は馬場が荒れている。

 いずれスタミナを消耗して後ろに下がるはずだ。

 余計な動きをしてミスクララを戸惑わせてはいけない。


 ――このレース、落としたくねえ。


 恭介の脳裡にスピレッタ調教場のスタッフたちの姿が浮かぶ。

 日夜懸命にペガサスの世話をし、レースに勝つために送り出す。


 ロディ、ラモン、オリアナ、ミノル。


 彼らは懸命に、純粋にペガサス競馬に取り組むエレノアをサポートすることに喜びを感じている。


 身近な人が好きなことで成功することを心から願っているのだ。


 今や恭介のその一員になったのかもしれない。


 エレノアのペガサス競馬に対する姿勢は、異世界人である恭介にも影響を与えてくれた。

 恭介本人自信のなさを看破し、励ましてくれるエレノアのためにも勝ちたかった。

 優れた才能が有りながらも騎手の道を諦めた彼女が一人前の調教師であることを証明したかった。


 そして何よりも、ミスクララが勝ってエレノアの喜ぶ顔を見たかった。

 天真爛漫で飾り気のない彼女が一番喜ぶプレゼントがペガサス競馬での勝利である。


 自分のためだけじゃない。


 エレノアのためにもこのレース、絶対に勝たなければならなない。


 気分良さそうに走るミスクララの鞍上で恭介は勝機を窺った。


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