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プルネラの無念

《さあ、レースも中盤に差し掛かるところ、砂時計型のコースの向こう正面から第三コーナーへ進入しようとしています。

 ここはカーブがきつく、慎重なコーナリングが求められます。

 まだ、先頭の一番グランタロンと六番フォアキャストが馬体を併せています。

 優雅に羽ばたく幻の翼が、お互いの馬体をすり抜けてはためき、さあ、第三コーナーを今曲がろうとしていますが、おおっと、六番フォアキャストの馬が外に寄れて一番グランタロンと接触し、馬体が大きく横に傾いてしまいました。


 鞍上のプルネラ騎手、必死に手綱を掴んで落馬を防ごうとしていますが、これは危険です。

 完全に鐙から両足が離れてしまいました。


 そして大きく後退。四、五番手の辺りまでポジションを下げてしまいましたが、なんとか体勢を立て直して、レースを進めていきますが、ああ! 鞭を落としてしまいました。

 そして鐙の位置がずれてしまったのでしょうか、プルネラ騎手鐙に足をかけられません。

 その間に六番が先頭で着陸態勢に入ろうとしています。

 少しずつ降下をはじめ慎重にスピードを緩めて行きます。


 後続も次々と降下準備を始めようとしていますが、その中一番が降下しながらスピードを上げて再び先頭に並びかけました。

 これはプルネラ騎手、勝負に出たようです。

 さあ、着陸エリアに到達し、先頭の一番六番が着陸しようとしていますが、あ、大変です!

 一番グランタロンと六番フォアキャストが着陸直前にまたもや接触! 


 騎手が落馬、一番が競走中止です。


 後続の各馬が気を遣いながら、次々と芝を跳ね上げて着陸していきます。

 さあ、六番フォアキャストが先頭をキープして最終コーナーに向かうところ。

 ここで一気に後続の各馬が差を縮めに来た。

 そして、最後の直線に入ります。


 先頭は六番フォアキャスト、追い出しにかかります。

 五馬身ほどのリード。

 続いて二番ダークスピリット、その外五番アノニマスレターが追い上げようとしていますが、なかなかリードが縮まりません。


 さあ、フォアキャストがこのまま先頭を駆け抜けようとしていますが、ここから一気に七番ウェイバリーが追い上げてきたぁ!

 その差がだんだん詰まる、三馬身、二馬身。六番フォアキャスト、必死に粘りますが、ウェイバリーの脚色が衰えない! 


 残り一〇〇メートル、一気に大外から七番ウェイバリーが突き抜けた!

 一馬身の差をつけたところでゴーール!

 七番大外一閃、末脚が冴え渡りました。

 二着には粘った六番フォアキャスト、さらに二馬身後方、三着に四番ミセスボヴァリー。

 そして各馬次々とゴール板を駆け抜けて行きます。

 着順がすんなりビジョンに映りましたが、あっとマジックビジョンの右隅に青色のランプが灯りました。

 審議、このレースは審議です。

 お持ちの投票券は着順が確定するまでお捨てにならないよう、お願いします》


 途中からポリーの実況があまり耳に入らなかった。

 プルネラが芝の上に横たわったまま、動かないでいる。

 白衣を着た医療班が駆けつけたところで映像が切り替わってしまった。


「大丈夫ですかね?」


 恭介は誰とはなく口を開いた。


「たぶん大丈夫だろ。勝負服やズボン、ヘルメットにも緩衝魔法がかかっているからな。お、見ろ。映像が切り替わったぞ」


 アイヴァーがレース映像に顔を向ける。

 プルネラはきちんと両脚で立っていて、右手で頭は押さえているが、それも一瞬のことだった。


「プルネラ騎手、大丈夫のようです。今、歩いて医務室に向かおうとしています。場内から安堵の拍手と歓声が沸き起こります」


 実況のポリーの声音にも安堵した様子が窺えた。


「どうなりますかね? 審議」


 恭介もほっとして言った。


「見た感じだと、六番に非があるようだが、査問がどう判断するかだな。たぶん、プルネラには何の咎めもないはずだ」


「だといいんですけどね」


 恭介の脳裏に、あの固太りの主席査問委員オーリックの高圧的な態度が過る。

 自分の意見を曲げず、恣意的に権力を振りかざすあの男がどんな結果を出すのかわかったものではなかった。


「昨日の今日だ、査問の連中も無茶な処分は下さないだろうよ」


「ええ」


 そう頷くしかなかった。


 第四レースのパドックで出走馬たちが周回している。

 三二〇〇メートルという、フライングにしては短めの距離である。


 プルネラが医師の診断を受けているため、本来乗るはずだった二番の馬にはアイヴァーが騎乗することになった。


「ま、代打だからな。気楽にやってくるよ」


 と言ってアイヴァーはヘルメットをかぶり、パドックへ向かって行った。


「この世界にも野球ってあるのか?」


 代打、という言葉に引っかかりを覚え、『ベイヤードスポーツ』を広げてみた。

 他のスポーツ記事が載っていないかを確かめるためである。

 プルネラの心配もあるが、平常心を失っていてはレースに臨めないので、いつも通りを心がける。


 ようやく職員のアナウンスが場内に響き渡った。


「お待たせいたしました。第三コーナー、及び着陸エリアでの事象について審議をいたしました。第三コーナーで、六番が一番のペガサスに接触した件につきまして審議をしました。審議の結果、走行妨害があったことを認め、六番フォアキャストを危険走行により、失格としたします。なお着陸エリアでの事象につきましては六番に故意の妨害が認められませんでした。よって、到達順位は、一着七番、二着四番、三着九番と確定いたします」


 モニターを通して場内からどよめきが聞こえてきた。

 救われて歓喜の声をあげるファン、降着により馬券が紙くずと化して怨嗟の呻き声を上げるファンなど、いつもと違う感情が場内を包み込む。


「バカなことをしたもんだなぁ」


 新聞を手に持ったまま独りごちた。

 第三コーナーを曲がったときの接触は明らかに六番に責任があり、危うくプルネラを空中に放りだすところだった。

 それに査問委員会は問題視しなかったとはいえ、着陸のときも明らかな妨害行為をしでかした。


 本来なら、あんな無茶なことをしなければ余計な体力を消耗せず、一着で入選できた可能性だってありえたのだ。


「そういや、医務室ってどこだっけか」


 不意に思い立ってプルネラを見舞おうとした。

 第四レースに乗らないグラントという騎手に場所を聞くと、検量室の中にあるようだが、用のない騎手は入ることはできないとのことである。


 仕方ないので、恭介は椅子に戻ってパドックの映像を見る。


 すると、控室の中にざわめきが広がった。

 控室を見回し、入口近くに目を向けると、第三レースで六番に乗っていたテックが戻ってきた。

 査問委員会でこってり絞られたらしく、顔を俯けて力のない表情をしている。

 仲のいいらしい騎手たちが彼に近寄って気遣うが、どこか上滑りしている感がある。


 ――プルネラ、遅いな。


 医師の診察に時間がかかりすぎている気がした。

 前のレースが終わってもう二〇分以上経っているはずだ。

 第四レースの出走馬たちが馬場に入場し、返し馬を行っている。


 すると、またしても場内アナウンスが聞こえてきた。


「お知らせします。プルネラ・ハートレー騎手は落馬負傷のため、第四レース以降騎乗変更となります。第四レースはアイヴァー・コリンズ騎手に乗り代わりとなります。なお、第五レース以降につきましては騎手が決まり次第お知らせいたします」


 控室がざわついた。

 恭介はプルネラの安否を気遣うあまり、胸の内にざらざらした感触が芽生える。


 だが、まもなくして、プルネラが控室に戻ってきた。

 見た感じだと彼女に何の異変もなかったが、眉根をひそめ、力んだ表情をしている。

 仲間の騎手たちが近寄って彼女を気遣った。 


 ――ん? 


 恭介は控室の光景に違和感を覚えた。

 プルネラを気遣う騎手と、テックを気遣う騎手の面々が違っている。

 表面上からは窺い知れない溝を垣間見た気がした。


「ま、どこの世界でも仲不仲ってもんがあるか」


 とつぶやいてから、恭介もプルネラに近寄る。


「プルネラ、大丈夫なのか?」


「キョースケ」


 プルネラは恭介に目を遣る。


「見た感じ、乗れそうだけどな。どこか痛めたのか?」


 近寄ってみても、彼女に何の異常も見られない気がする。


「大丈夫に決まってるでしょ。くそ、あのヤブ、適当な診察して」


 いきなり口汚く罵った。


 すると、右肩を押さえてぐるぐる腕を回し始めた。


「ほら、なんともないでしょ。なのに今日の騎乗は許可できないって」


 プルネラは顔を俯けて両手を握りしめた。


「ざけんな!」


 いきなり鋭い叫び声をあげた。

 恭介は驚きと呆れが綯い交ぜになってどう声を掛けていいかわからなくなった。


「プルネラ、ほら落ち着いて。これじゃ不良時代と変わらないじゃない」


 と仲間の女性騎手が肩に手をかけて気遣う。

 プルネラは荒い息を立て、落ち着こうとしているらしい。


 ――ヤンキーだったのか……。


 どおりで、プルネラの気性が荒いはずである。

 あまり過去を詮索したくないが、気が立ったときの荒々しい言葉遣いには当時の名残がある気がした。


 様々なことを考えているとプルネラが恭介に近寄ってきた。


「プルネラ、残念だったな。まあ、医者の判断だし、今日はゆっくり休んで――」


 とりあえず慰めようとしたが、プルネラの怒気の気圧されてしどろもどろになってしまった。

 

「キョースケ」


 なぜかプルネラは恭介に強い視線を送ってきた。

 負けん気の強さをそのままぶつけてきた感がある。


「なんでしょう?」


 声が上手く出ず、奇妙なイントネーションで訊いてしまう恭介。

 どぎまぎする気持ちを抑えきれないうちに、プルネラが顔を寄せてつぶやいた。


「気をつけてね」


 そう言うだけで、すぐに離れて行った。


 ――何なんだ、いったい。


 プルネラの真意がわからなかった。

 ジュスタンたちのことなのか、査問委員会のことなのか、それとも別のなにかがあるのか。

 いずれにしてもこの開催、ただ事ではすまなそうな気配が漂っているのは間違いなさそうだ。


 恭介は、さっきのレースを思い出してみた。

 プルネラはジュスタンの馬に乗っていた。

 対して六番はジュスタンの所有馬ではない。

 他の陣営がジュスタンたちを嫌っていてプルネラを執拗にマークしたのだろうか。

 六番のマークはあまりにも執拗で、結果プルネラを落馬させている。


 ただそれでは少々辻褄が合わない。

 そうするなら一日目からプルネラやデイン、それに他のジュスタンのペガサスをマークするはずだが、そのような素振りがあったのはさっきの第三レースのみである。


 ――いや、待てよ。


 恭介は今日のレースを振り返ってみた。テックはいずれのレースもジュスタンの勝負服を着ていなかった。

 もしかしたら、あのとき、いや、恭介が気づかなかっただけで昨日からも馬主たちや騎手たちによる対立が起きていたのかもしれない。


 しかし、騎手に騎乗停止を覚悟で乗って来いと指示する馬主や調教師がいるというのだろうか。

 妨害するにしても、仕掛ける側が処分を食らうようでは割に合わない気がする。

 恭介が初騎乗初勝利をあげたときのジュスタンやレオポルドが異常なだけである。


 戸惑う恭介をよそにレース実況が耳に届く。

 アイヴァーが見事に代役を務めたようだ。


 ――考えても、しゃあねえな。


 余計なことに気を回さずに、今自分にできることをするしかない。


 早く十勝すべきだと思い直し、恭介は新聞を読み、レース展開を予想してレースに備えた。

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